学生時代のある日、先輩の卒業を祝う学生寮での「追い出しコンパ」で、私は写真を撮っていました。
当時は、まだデジタルカメラではなく、フィルムのコンパクトカメラでした。
「こっち向いて!」と声をかけず、楽しそうなみんなの様子を黙って撮っていました。
できあがってきた写真は、その時の料理の匂いやみんなの笑い声まで蘇ってきそうな、生き生きとしたものでした。
こういう写真っていいなあ…と思いました。
今思えば、この時が「そこにある物語を感じる写真」を撮りたいと思った最初だったのだと思います。
卒業してすぐ、私は特別支援学校(当時は養護学校)の教諭になりました。
特別支援学校では、学校であったことを自分の言葉で話すことができない児童生徒もいるので、
行事だけでなく、授業中や学校生活全般の様子を写真に撮り、アルバムやデータをおうちの方にお渡しして学校の様子を伝えていました。
課題や訓練に一生懸命に取り組む姿、友だちと仲良く遊んでいる姿、先生たちとのやり取りの様子…
それらを撮る時、その場がどのような状況で、周りの人とどんなかかわりがあり、子どもたちがどんなことを感じているのか、
それがおうちの方に伝わるように心がけました。
写真を撮ることが楽しくなった私は、一眼レフカメラを購入し、
構図、光の読み方、測り方、シャッタースピードと絞りの関係、感度、ストロボの使い方等、基礎的なことを勉強しました。
最初はフィルムの一眼レフカメラだったので、フィルム1本24枚撮りで撮った写真の中に、気にいる写真が1,2枚しかないなんてこともありました。
デジタルカメラで撮った写真は、子どもの肌の質感が納得できず、しばらくはフィルムの写真にこだわっていました。
しかし、その後、私はデジタル一眼レフカメラを購入することに。
その頃には、デジタルカメラでも子どもの柔らかな肌の質感もきれいに撮れるようになっていて、
失敗を恐れず何枚も何枚も撮れるデジタルカメラで撮ることで、スキルが上達していきました。
プライベートでは、自分の子どもたちを撮り、できあがった写真は「私が見ている景色」となりました。
わが子には、私が撮った写真を見て、「お母さんはこんな風に自分を見てたんだなあ」と感じてくれたらいいなと思っていました。
でも、ちょっと寂しさがありました。(そこに、私が写っていないのです。)
その後、職場の同僚や友だちの娘さんなど、たくさん写真を撮らせてもらいました。
最初は、ポートレートとしての要素が強い写真でしたが、だんだん、家族とのかかわりや心の動きがわかるような写真を撮るようになっていきました。
そして、
朝、小さな子がお父さんと一緒に楽しそうに話しながらゴミ出しを手伝っている姿や
通勤路で見かける、小さな子とお母さんが手をつないで歩いている姿を見ると、
「この、何気ない日常の中にある温かな物語を写真に収めたい。数年後には思い出になってしまうこの物語を空気感も含めて写真に収めてあげたい。」
と、強く思うようになりました。そう、お父さんやお母さんも一緒に写っている写真を。
令和6年3月、30余年の教員生活を”卒業”し、新しい道を歩むことにしました。
私が撮る写真は、そこにある温かな物語を感じる写真です。
大切な今だけの物語を、写真で残してみませんか。
※特別支援学校教諭として障害のあるお子さんとのかかわりの経験があります。
障害のあるお子さんのご家族様もお気軽にお問い合わせください。