検査検体バイオバンクシステムを研究のリソースとして
統合オミクス技術の臨床応用をめざす
検査部に集約されたヒト検体を、質量分析と空間オミクスで多次元に解析し、個々の生体内の分子プロファイルを包括的に捉えます。これにより、疾患の特徴や治療効果に関わる微小な生体内変化を高精度で把握し、個別化医療の実現を目指します。さらに、長期的なバイオバンクデータの蓄積により、疾患の予防や早期診断に不可欠なバイオマーカーの発見にも貢献します。当研究室は臨床現場に最も近く、全診療科に開かれた共創の研究プラットフォームを提供し、研究成果を迅速に臨床現場に還元し、患者の健康増進と疾患管理の革新を目指します。
1. ヒト化VWF-GPIbαマウスを用いた血栓形成機序の解明と新規抗血小板薬の開発(金地)
動脈血栓の形成は血中の接着分子von Willebrand factor (VWF)と血小板膜糖タンパクGPIbαとの結合によって惹起されるintegrinαIIbβ3活性化で血小板が凝集塊をつくることによって引き起こされます。従って、VWF-GPIbα相互作用を阻害することは、有効な抗血栓薬の開発につながる可能性があります。しかしながらこの相互作用は正常止血にも必須なため、VWF-GPIbα結合を阻害することは出血のリスクがあり、またGPIbαを標的とした抗体投与は血小板減少を起こす為、未だ創薬に至っていません。私たちはVWF-GPIbα結合を阻害することなく、この結合によって引き起こされるintegrinαIIbβ3活性化を抑制することにより、正常止血を保ちながら病的血栓形成を抑制する方法を模索しています。VWF-GPIbαを標的とした創薬開発が困難であるもう一つの理由として、VWF-GPIbα相互作用は種特異性があるため、マウスモデルでの研究は困難であり、大型動物での検討が必要であるということも挙げられます。私たちはVWFの血小板結合を規定する部位(A1ドメイン)をヒト化したノックインマウスを作製し、さらにヒト化GPIbαマウスと掛け合わせることによりVWF-GPIbα相互作用をヒト化したマウスモデルを作製しました。このマウスモデルをベースに様々な変異体GPIbαを血小板に発現させたマウスを作製し、病的血栓形成におけるGPIbαの機能解析を行なっています。またここで得られた知見をもとに、血小板粘着(= 一次止血能)を保ちながら血栓形成阻止する、より安全で効果的な抗血小板薬の開発を目指しています。
2. 臨床オミクスアプローチによるデータ駆動型研究、バイオマーカー探索、臨床検査法の開発(瀬戸山)
生体分子の包括的な理解を目指し、複数の最先端質量分析装置(LCMS, GCMS, FTMSなど計5台)を駆使したメタボローム、リピドーム、プロテオームの解析と空間トランスクリプトーム解析を融合した臨床オミクスアプローチによって、データ駆動型の研究を展開しています。病院検査部とのシームレスな連携により、様々な疾患に関連するバイオマーカーを探索し、臨床検査法の開発も目指しています。「メンタルヘルスの臨床検査法」の社会実装を目指した研究も展開しています。
3. 肥満抵抗性を示すhuman TFAM高発現マウスの分子機序の解明・肥満治療薬の開発(藤井)
心血管死の原因である肥満は、現在減量以外に根本的に治療法は確立されていない。社会情勢によりリモートワークが今後さらに普及していく現代では、変化するライフスタイルによる肥満症の増加が強く懸念され、根本的な肥満解消を目指す新規治療法の開発が急務と考えられる。当研究室で独自に樹立した、human TFAM(mitochondrialtranscription factor A)過剰発現トランスジェニックマウス(TgTgマウス)は高脂肪食負荷に対し非常に強い抗肥満効果を示し、それが褐色脂肪組織の活性維持による代謝の亢進に起因することを見出した。また、TgTgマウスの褐色脂肪組織由来初代前駆脂肪細胞を野生型マウスへ移植することで、同様の抗肥満効果を示すことを確認した。ヒトは加齢に伴い褐色脂肪組織が減少する一方でBMIは上昇する経過をたどるが、当研究室では細胞・組織の老化を修正するべくTgTgマウスに存在するミトコンドリア機能を介した”疲弊しない褐色脂肪組織の維持機構“を明らかにし、「生活習慣の改善」のみに依存しない新規治療法の開発を進めている。
4. 薬剤耐性細菌の宿主ゲノム進化を阻止する薬剤耐性対策の創出(相原)
薬剤耐性細菌が患者体内で抗菌薬ストレスに曝されると、細菌の持つ染色体や可動性遺伝因子のDNA配列が変化し、その結果、薬剤耐性を更に強化した細菌が発生・選択されていくことがあります。私たちは薬剤耐性細菌の宿主内ゲノム進化プロセスをゲノム解析により明らかにし、その進化プロセスを抑える新たな薬剤耐性対策の創出を目指して研究を行っています。
5. 次世代シークエンサーを用いた血栓症の遺伝子解析(上田)
静脈血栓塞栓症は深部静脈血栓症などに代表される多因子疾患で、日本では先天性血栓性素因としてプロテインS、プロテインC、アンチトロンビンなどの血液凝固阻止因子欠損症が知られています。九州大学病院検査部では20年以上にわたり血栓性素因解析を行っており、静脈血栓塞栓症の病因遺伝子解析や体質的素因を調査してきました。当研究室では高度かつ高速な処理が可能となる次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析を行うことで、血栓症だけでなく様々な疾患にも応用できる解析法の樹立を目指しています。
6. 空間オミクスを活用した疾患診断のための革新的アプローチ法の開発
近年、疾患の診断や治療において、オミクス技術がますます重要性を増している。特に、臨床における空間オミクスは、検体組織内の個々の細胞や微小構造における遺伝子発現パターンを空間的に解析することで、疾患のメカニズム解明や治療法の理解に大きな貢献が期待できる。
当プロジェクトは、シングルセル空間的イメージングアナライザーと質量分析プラットフォームを活用し、脳腫瘍や腎生検組織などのプロテオミクス、リピドミクス、そしてメタボロミクスの情報を統合し、さらに空間オミクスを含めた分析を行うことで、当該組織における分子レベルの変化を詳細に解析し、疾患の早期診断と効果的な治療に向けた新たなアプローチを提案する。
また当プロジェクトは、オミクス技術の革新的な統合と空間的解析の進展により、疾患診断と治療における新たなフロンティアを切り拓くものであり、その成果は、臨床現場における医療の進歩に大きな影響を与えることが期待できる。
2024年4月26日 Xenium Analyzer (10X Genomics) の始動