熾天使ワグラエルとの闘いから2週間ほど。あれ以来、彼女は一度も俺たちの前に姿を現していない。放っておいてくれるのならそれでいいのだが、そうはいかないだろう。あれほどの力の持ち主だから、俺たちの魔力を補足するぐらいわけないのだ。ならば、いつでも殺しに来れるはずだ。用心に越したことはない。
それはさておき、現在俺たちは森の中を歩いている。次の街まではまだ遠く、路銀はまだそこそこ残っているのだが食料が心もとない。そういうわけで、食料を集めつつ進むために森の中を歩いているの、だが・・・・。
ルルト「ここどこーっ!?もう疲れたよー!」
クラン「んー、おかしいな。ちゃんと方角はあってるんだけど・・・・」
ルルト「うー、ここ背の高い木が多くて飛びにくいしさぁ・・・・、ていうか空飛ぶと人間に見つかるからそもそも飛べないし・・・・」
クラン「透明化の魔法は?」
ルルト「あんな細かいのできないよ!」
透明化の魔法、水魔法と風魔法を合わせて使い、光の屈折で姿を隠す魔法だ。細かい操作が必要で、ルルトは途中で投げ出していたような気がする。
クラン「あれ?じゃあ翼は?どうやって隠してるんだ?」
ルルト「人化の魔法だよ。身体強化の応用で、サーナさんが教えてくれたんだ。これだけはやっとかないと外に出られないからって」
クラン「そういうことか。そっちは投げ出さなかったんだな」
ルルト「そりゃ、僕だってちゃんと外に出たかったし。身に着けるまではお買い物に行くだけでも翼を隠してとか大変だったんだよ?」
クラン「魔物って大変なんだな。人間が楽ってわけじゃないけど」
そうこう言い合っている内に、なにか奇妙な感覚に襲われた。デジャヴとでもいうべきか、この似通った森の景色の中でも何度も同じ景色を見たような、そんな気がしたのだ。もちろん、人が一人一人同じ姿を持たないように、木も一本一本全く同じものは存在しない。草や花もそうだ。だから、似た景色はあれど同じ景色というものは存在しない。
クラン「・・・・ルルト、一回魔力探知をするよ」
ルルト「へっ?どうして?」
クラン「ピクシー・レッドって知ってる?」
ルルト「え?えっと、なんだっけ?」
クラン「ピクシーとかその他にも妖精が魔法で人を惑わせて、惑わされた人は同じ場所をずっとぐるぐる回ってしまうというイタズラだ。だから魔力探知で相手の位置を探って、止めてもらおうと思う」
ルルト「おおー、クランよくそんなこと知ってるね」
クラン「いろいろと本は読んだからね。さて、と。サーチ」
周囲に細かな魔力の粒を放ち、その消え方から魔力を持つ生き物を探知する魔法。魔力を持つ生き物は空気中からも魔力を自然と吸収するから、小さい魔力の粒だとぶつかるだけで取り入れてしまう。魔力を持たない生き物にはこれは効果が無いので、対魔物用の探知魔法だ。
さて、魔力探知をしてみたところ、10メートルほど離れたところに魔物がいることがわかった。はっきりとした形まではわからないが、こいつが原因で間違いないだろう。
クラン「それにしても、なんだ。俺たちと同じぐらいの大きさの魔物が、土の中に?」
ルルト「あっ、それ土竜じゃない?」
クラン「モグラって魔物だったっけ?」
ルルト「動物じゃなくて、魔物の方の土竜。いるんだよ、動物と同じ名前の魔物が。土竜もそうで、確か土の中に隠れて獲物を捕る魔物が」
シュルルルルッ
クラン「うわっ!?」
ルルト「クラン!?」
ルルトとの会話に気を取られ、注意力が薄れていたのか。突如地面から出て来たツルにしばりあげられてしまった。そのままツルはすごい勢いで移動していき、俺自身も連れ去られて行った。ちなみにすごく冷静に話しているようだが、突然のことに驚きすぎて現状の把握をすることぐらいしかできないだけだ。それに、地面につかないぐらいの勢いで引っ張られているので実はものすごく怖い。
ルルト「えっと・・・・え?クランが攫われた、ってことだよね?こうしてる場合じゃない!」
ツルの動きが止まり、俺は宙に縛り上げられる。そして、俺の目の前には一人の女性がいた。彼女が俺を連れ去った張本人だろう。なんせ彼女の周囲からツルが伸びていて、それが俺を縛っているのだから。
クラン「・・・・君は?」
フレイン「私はフレイン。見ての通り、アルラウネよ」
クラン「見ての通りって・・・・」
アルラウネ。本に載っていた話では大きな花の中に人型の魔物がいるという話だったが、彼女は頭に頭部と同じ大きさの花を咲かせているだけだ。
クラン「俺が知ってるアルラウネとは違うんだけどな」
フレイン「それは、いわゆる花の中にいるやつじゃないかしら?」
クラン「そうそう。それじゃないの?」
フレイン「んー、昔はそうだったらしいんだけどね。今の時代そんなことしてても立派な夫は見つけられないし・・・・」
フレイン「だから、今の時代のアルラウネは花を様式美として頭に生やす程度で、普通に立って歩くのよ。頭に花だと地面に潜れば擬態できるしね」
植物の魔物。同じ景色を見ていたと思ったのはこいつのせいか。おそらく魔法で木を生やし、迷わせたのだろう。とはいえ、タネが割れてしまえば簡単だ。植物だけに。
クラン「ファイア」
フレイム「ウォーター」
炎の魔法でツルを焼こうとしたが、水の魔法で消されてしまう。まあ向こうも魔物なのだからそれくらいはできてあたりまえか。それじゃあ・・・・
クラン「エアカッター!」
フレイン「あいたたた!痛い痛い痛い!切らないで!」
スパスパと俺を縛っているツルを斬り落とす。なにか喚いているが気にしないことにする。
フレイン「このツルは私の手足みたいなものなのにそれを容赦なく切るなんて・・・・」
クラン「さてと、なんで俺を連れて来たんだ?」
フレイン「スルーなのね。そんなの、決まってるじゃない。あなたみたいにたくさん魔力を持った人間は珍しいの。だから―」
ルルト「見つけたー!!!」
肝心な理由のところを聞こうとした瞬間に、ルルトが追い付いてきた。そしてそのまま、彼女はフレインに攻撃を仕掛ける。
ルルト「クランは渡さないっ!プラズマ・カノン!」
フレイン「彼は私がいただくわ!ウォールドアース!」
ルルトの雷をフレインは土の壁で受け止める。しかしルルトもなんで正面から攻撃を仕掛けるんだろう。相手が気付いていないうちに不意打ちを食わせればよかったのに。
フレイン「あなたは、サンダーバードね。いいわ。あなたを討ち倒して、彼は私がもらう!」
ルルト「お前なんかに渡すものか!」
フレイン「あら、まるであなたのものみたいだけど、本当にそうなの?」
ルルト「うっ、ぼ、僕とクランは契約もしてるんだ!お前とは違うんだよ!」
フレイン「あらあら、ならば奪うまで!」
言い合いをしている内に、フレインの方は周囲にツルを張り巡らせてルルトの動きを制限している。ここは向こうの住処なのだ、地形を知り尽くしているのだろう。地の利は向こうにあるのは確かだが、ルルトはどう動くのか?
ルルト「このツルは全部お前につながってるんだろ?ならそのまま電気を流せばいい!くらえ!」
ルルトはツルをそれぞれの手でつかみ、大きく羽を広げて電気を流し込む。だが・・・・
フレイン「ぐっ・・・・多少ビリっとする程度であまり効かないわね」
ルルト「あれ?」
そりゃそうだ。植物には電気が流れにくいし、よくみるとあのツルは地面から伸びている。本体にたどり着く前に地面で散ってしまってまともにダメージが入っていない。
フレイン「今度はこちらからいかせてもらうわ。アーススパイク!」
フレインの魔法によって地面から大きな土の突起物が突き上げ、ルルトを襲う。だが、
ルルト「へへーん!そんなの空を飛べば当たらないよーだ!」
ルルトは空に逃れて攻撃を避ける。フレインも次々と魔法を発動するが、ルルトのスピードに追いつけない。
その後も彼女らの攻防は続いたが、ルルトの電撃のダメージはフレインにすぐに回復され、フレインがなんとかルルトに傷を負わせてもルルトは自分が放った雷で回復する。泥仕合にもほどがある。
しかしながら、回復魔法を使った様子もないアルラウネがどうして傷をすぐに回復できるのだろうか。これは、もしかしたら彼女の個別魔法となにか関係があるのでは?と、もはや蚊帳の外となって一人で考えていると、気が付いたらルルトが劣勢になっていた。
フレイン「ふふ、捕まえたわ。いくら速く動けたとしても、こうやって縛ってしまえばそれも無意味ね」
ルルト「ふふっ、本当にこれで僕を捕まえたつもりなのかい?」
フレイン「あら、この状況でそんなことが言えるなんて・・・・もしかして鳥頭だから自分の状況も理解できてないのかしら?」
ルルト「それじゃ、教えてやる!『エレクトロ・プラント』」
瞬間、ルルトの身体が強い光を放ち、それと同時にフレインが吹っ飛ばされた。そしてその直後、まるで雷が落ちたかのような轟音が辺りに鳴り響く。
フレイン「あぐっ!?」
ルルト「へっへーん!どうだ!僕の奥の手、自分を雷に変える魔法!拘束なんかきかないんだよっ!」
ルルトの個別魔法、エレクトロ・プラント。ルルトの身体を雷に変えることができ、雷と同じ速度で動くことができる。身体を雷に変えている間は実体がなく、拘束から逃れることもできるようだ。
フレイン「ぐっ、な、なるほど・・・・」
それにしても、なんで最初から使わなかったんだろう。いや、魔力の消費が激しいのはわかるんだけど、一撃で決めてしまえばこっちのものだし・・・・。ああ、こういうところが戦闘における無駄ってやつなのか。
フレイン「でも、もう回復したわ」
ルルト「えっ!?」
やはり、先ほどからダメージを受けてから回復するまでが早すぎる。魔力を特別使った様子もなく、むしろ魔力ごと回復しているようにも見える。となると、なんらかのエネルギーを外部から取り入れているのだと思うのだが、それは・・・・
クラン「あ、そうか。もしかして、君の魔法って根っこから?」
フレイン「あら、わかったの?」
ルルト「えっ、どういうこと!?」
クラン「個別魔法って確か一応なんでも作れるけど、その魔物にあったものじゃないとうまく扱えないっていうのはサーナさんが言ってたよね」
例えば、シルフが土の魔法を使ったり、サラマンダーが水の魔法を使ったりのように、自分の体質と合わない魔法はそれだけで多くの魔力を消費し、威力も劣る。だから、普通は生活していくうえで身の丈にあったものを勝手に身に着けるのだとか。
クラン「フレインはアルラウネ、植物型の魔物だ。植物は根から栄養を吸収して成長する。だから、多分土からエネルギーを吸収して回復していたんじゃないかな」
空気中にはそういう回復に使える栄養分が多くない。今の状況でエネルギーを効率よく吸収しようと思ったら土からしかないわけだ。ここは森の中で、落ち葉や虫、動物の遺骸が分解された栄養たっぷりの腐葉土がたくさんある。つまり、このままではルルトが先にスタミナ切れで負けてしまうだろう。
クラン「さて、タネが割れたら対策は簡単だ。要は、土にさえついていなければ回復できないんだろう?」
フレイン「あら、どうやって私をこの地面から離すのかしら?」
そういえば、言われたな。俺の魔法にも無駄が多いと。確かに、今の状況で相手の周囲ごと重力を逆さにしたとしても、それは無駄に魔力を使ってしまう結果となるだろう。土ごと持ち上げたりしてしまっては全くの無意味だ。いくら俺の魔力が多いとはいえ、無限ではない。効率的に使うためにも、使用範囲を限定する必要がある。相手を持ち上げるのにも、最小限の力で。
クラン「んじゃ、まずはその根をぶった切るか。エアカッター!」
フレイン「そんな見え見えの攻撃、当たらないわよ!」
相手の足元に向けて風の刃を放つ。当然相手はよけるために飛びあがるだろう。その瞬間だ。相手が上へと飛び上がる瞬間に、相手のみを対象にして重力の向きを逆にする。そうすれば、相手を無理やり持ち上げるなんてこともせずに、
フレイン「えっ、なっ、なにっ!?きゃあっ!?え、浮いてる!?私浮いてる!?」
簡単に相手を宙に浮かせることができる。
クラン「ルルト!相手をつかんでくれ!」
ルルト「オッケー!」
フレインが困惑している内に、ルルトに捕まえさせる。そして
クラン「アーススパイク、そしてフリーズ!」
フレインの真下で土を突起させ、凍らせてカチコチにする。
クラン「さ、フレイン。そのまま地面に向かって落ちるか、それとも降参するか。選んでくれ」
ルルトががっしり掴んでいるので、つねにフレインには微弱な電気が流れているだろう。このまま手を離せば、痺れている彼女は地面との激突を避けられない。だから、彼女に選択肢などないのだ。
フレイン「・・・・ふぅ。降参よ。私の負け」
ルルト「やったぁ!」
こうして、俺たちの2回目の実戦は勝利に終わったのだった。
フレインを地面に降ろしたあと、俺を攫った理由を聞いてみる。そこが一番聞きたかったところなのだが、ルルトにさえぎられたからな。今度こそ聞かないと。
クラン「魔物とはそんなに見境なしに人間を襲うものなのか?」
フレイン「そんなわけないじゃない!そんなことしたら討伐対象になって、天使とかにも目を付けられるし」
クラン「じゃあ、なんで・・・・」
フレイン「アルラウネはメス型しかいない魔物。古来より人間の男性を捕まえては、つがいとなって繁殖してきたの」
クラン「・・・・えっと、つまり、あれか?君は見ず知らずの俺を捕まえて伴侶にしようとしたと?」
ルルト「うわ、なにこのビッチ。クラン、早く行こ。ビッチがうつる」
フレイン「違うわよ!人間ならだれでもいいわけじゃない。あなたが、特別魔力が多い個体だからよ」
クラン「魔力の多さがつがいに関係あるのか?」
フレイン「そりゃあるわよ。だって、そっちの方が強い子供が生まれるじゃない。特に、あなたほどの魔力の持ち主は千年に一人いるかどうかの人材よ。逃がすわけがないわ」
ルルト「ふんっ、こうやって返り討ちにあってるわけだけどね!」
ルルトがやけに相手につっかかるな。とはいえ、俺も見ず知らずの相手の伴侶になるつもりはない。丁重にお断りさせてもらおう。
ルルト「で、どうして君がついてくるのさ!」
フレイン「あら、言ったでしょ。逃がすつもりはないって。無理やり旦那にするのは諦めたけど、クランが私を受け入れてくれるまでついていくわよ」
ルルト「もーっ!クランもなんとかいってよぉ!」
クラン「え?まあ、害がないならいいんじゃないかな?森の案内もしてくれたし」
ルルト「むーっ!もーっ!もーっ!」ポカポカバチバチ
クラン「痛いっ!電気が流れて地味に痛い!」
フレイン「ふふ、ねえ、クラン。ルルトとは契約したんだって?」
クラン「え?うん、もうずっと前の話だけど・・・・」
ルルト「そうだよ!僕とクランはもう契約をやってるんだ!君に付け入る隙間はない!」
フレイン「あの契約って実は人間側は相手が何人でも大丈夫だって知ってる?」
クラン「え?」
ルルト「えっ!?」
フレイン「私も風の噂で聞いただけで詳しくは知らないんだけれど・・・・どう、やってみない?」
ルルト「だめーっ!ダメダメダメ!それは僕の、僕だけの特権なんだから!クラン、ダメだよ!」
クラン「え、ええっと、ルルトもこう言ってるし、とりあえず今は無しで・・・」
フレイン「あら、残念。気が変わったらいつでも教えてね?私は準備できてるから」
ルルト「気が変わることなんてありません!この話はおしまい!さっさと行くよ!」
旅は道連れ世は情け。こうしてあてどもない旅に新たな仲間を加えて、俺たちは北へと向かう。これからもっと北へ行くことを考えたら、冬になる前に到着はしたいかな。