サーナさんへ。あなたの家を出てから10日ほど経ちました。さっそくですが、とてつもないピンチに陥っています。
ルルト「ふっ、ぐぅっ・・・・!」
クラン「はぁ・・・・はぁ・・・・」
「んふふ~、それじゃ、そろそろ終わりかな?」
「え~と、なんだっけ。あ、そうだそうだ。『神の名において浄化を執行する』」
どうしてこんなことになったのか。思い返してみよう。
ルルトと共に屋敷を出たとき、俺たちはローマにいた。サーナさんが気を利かせてどこへ行くのにも移動しやすいであろう発展した街に扉をつなげてくれたのだ。この街にはサーナさんと買い出しをするときに何度か来たことがあるから、ある程度の地理もわかる。もしかしたら、そのことを見越してここに何度も連れてきてくれたのかもしれない。サーナさんはいつか俺たちが出て行くことをわかっていたのかもな。
ルルト「さて、クラン。さっそくだけど、どこを目指す?当てのない旅をするって行っても、こう目的地が無いとね!」
クラン「そうだな。どこにしようか」
ここでふと、数年前に別れた幼馴染のことを思い出した。テトラ・ヴァイス。アリス救出の際にも手を貸してくれた彼女は、最後に聞いた話では神聖ローマ帝国に移住したそうだ。もしかしたら、もう一人の幼馴染――アリス=フレデリアの行先も知っているかもしれない。
クラン「北だ。北に行こう。神聖ローマ帝国の北部にある教会。そこに、俺の幼馴染がいるはずだ。仮にいなかったとしても、目的地を彼女がいる場所にしておけば、しばらくは行先には困らないだろう」
ルルト「ふぅーん、幼馴染、ね。テトラっていうヴァルキリーだっけ?」
クラン「うん。天人である彼女が、どうして魔物であるアリスを助けようと思ったのか。少し、話を聞いてみたくて。それに、俺がいなくなったあとの村の話も気になるし」
ルルト「ん、そうだね。もしかしたら、僕たち魔物と天界の人たちとがそのうち仲良くなれる日が来るかもしれないしね。僕もクランの故郷の話ももっと知りたい」
クラン「そういうことだ。とりあえず、出発だ。それじゃ、馬車を・・・・」
こうして目的地を決めた俺たちは、サーナさんからもらった多いぐらいの路銀と、方位磁針を頼りに北へ向かう。あとは、途中で人に道を尋ねたりしながら進めばいいだろう。
クラン「そういえば、ルルト。翼は?」
ルルト「さすがに外で出すわけには行かないからね。今は魔法で隠してるよ。基本は出さない方針でいくよ」
クラン「そうか・・・・あの翼、結構好きなんだけどな」
ルルト「へっ?そ、そう?」
クラン「触るともふもふするし、ちょっとビリってきて疲れたところに効くし・・・・」
ルルト「普段からお手入れは欠かしてないからね。とはいえ、僕みたいな大きさの羽が落ちてたらまずいことになりそうだし。バトルの時以外は使わないさ」
クラン「そうそう戦闘になることなんかないでしょ」
ルルト「お互い魔力抑えてるし、そもそも魔力が見える存在っていうのが少ないからね。だいじょぶだいじょぶ」
そんな話をしながら、1週間ぐらい。神聖ローマ帝国内へと入ることができた。出来たのだが・・・・。
ルルト「えー!?次の街への馬車がないの!?」
クラン「今は全部出ちゃってるらしい。待ってたら1週間ぐらいかかるって言うし、ここはもう歩いていった方がいいんじゃないかな」
ルルト「う~、歩くのめんどくさい・・・・」
ここ最近は馬車の旅に慣れてしまったからなのか、ルルトはあまり徒歩での移動をしたがらない。しかしまあ、路銀も無限にあるわけじゃないんだ。宿代がかさむのもよろしくないし、ここは歩いてでも次の街へ向かおう。
道なりに歩き始めて2日ほど。それは突然やってきた。白く大きな6枚の翼を広げ、白い輪を頭に浮かせて舞い降りて来たその人は、誰がどう見ても『天使』だとわかる存在だった。
「あ~、も~、こんなの見つける気なかったのに~。見つけちゃったからにはやらないと怒られるよね~」
クラン「・・・・誰だ、君は」
ルルト「天使・・・・!」バチバチ
「ん~、誰だっていいと思うけど~、自己紹介しないって言うのも失礼だし~、名乗っとくね~」
ワグラエル「あたしは熾天使ワグラエル~。魔物と魔人を見つけちゃったから、浄化させてもらうよ~」
『熾天使』だって?おいおいおい、冗談だろ。まだ旅ははじまったばかりなんだ。これから行こうとしているところがあるんだ。それなのに、どうして、どうして。
クラン「どうして、こんなところに天使の第一位様が来るんだよ!」
ルルト「天使の、第一位?・・・・・って、それってすっごくヤバい相手なんじゃないの!?」
ワグラエル「あれれ~?魔人様の方はどうして天使の位階のことを知ってるのかな~?よっぽど信心深い子なのかな~?」
ワグラエル「ま、どうでもいっか~。んじゃ、どっからでもかかってきなよ~」
クラン「お優しいことで。先手を譲ってくれるって言うのか?」
ワグラエル「これでも天使なので~。何もなすすべもなくやられるって言うのはかわいそうだし~、慈悲深いとこ見せちゃおっかな~って~」
ルルト「それじゃ、お言葉に甘えてっ!」
ルルトが一瞬で相手の背に回り込むと同時に、強烈な蹴りを放つ。それと同時に俺も正面から肘打ちを喰らわせる。ルルトは雷を、俺は重力を纏って同時に攻撃しているから、普通の相手ならこれを喰らってまともに立てるはずもない。
だが、相手は普通ではないのだ。
ワグラエル「おーおー、これ結構な威力があるね~。ん~、さすがの私もまともにくらったらやばいかも~?くらったらだけど~」
ルルトの蹴りは2枚の翼によって、俺の肘は左手で軽く受け止められていた。俺たちがそれを認識するころには、4枚の翼と右手による強烈な打撃が身体を襲っていた。
クラン「がぐっ!」
ルルト「うぐぅ!」
あの小さな体からなんてパワーだ。俺もルルトもたった一撃食らっただけで数メートルは吹き飛ばされた。
ワグラエル「ま~でも、そんなじゃなかったかな~。てか、魔法使わなくていいの~?もっとドンドンパチパチしたやつとかさ~」
ルルト「あぐっ、い、いわれ、なくても・・・・!」
ルルト「サンダー、ブレードッ!」
ルルトの得意魔法の1つであるサンダーブレード。刃のような雷で相手を貫く技で、大きな大木を真っ二つにすることも可能な威力だ。放たれるスピードは雷と同じ。
ワグラエル「よっと。おお、わりと痺れるね~」ガシッ
だが、目の前の天使はやすやすとそれをつかみ取り、そのまま握りつぶした。ルルトは連続して何度も放つのだが、全てがつかみ取られている。なら、俺がすることは・・・・
クラン「コールドレイン!」
ワグラエル「つめたっ!」
水と冷気を合わせて放つ魔法、コールドレイン。生物というものは寒さに弱く、熱が奪われると鈍くなる。ルルトより魔法の威力がでない僕は、こうやってサポートに徹しない限りこの天使に勝つことはできない。これならあいての動きを鈍らせて、水によって電気も通りやすくなるはずだ。ルルト、やってくれ!
ルルト「クロススパーク!!!」
バチバチバチッ
こんどこそ、まともに決まった!サンダーバードの全力の雷を受けたんだ。いくら相手が強いと言えども、無事でいられるわけが―
ワグラエル「おお~、これは結構効くね~」
嘘だ。どうして、どうしてそんなに平気な顔をしていられるんだ。ルルトは確実に全力で魔法を放った。だから、その反動で魔力はもうほとんど残っていないはずだ。膝を地について動けないほどに、全てを出し切った。なのに、なのに・・・!
クラン「どうして、ダメージが、ないんだ・・・・」
ワグラエル「ん~?あ~、それはね~、あたしが天使だからかな~?」
どういうことなんだ。納得のいく答えをくれ。いくら強くとも、いくら体を鍛えようとも、あれだけの雷を受けて無傷でいられるはずがないじゃないか。
ワグラエル「信心深い魔人さんなら知ってると思うけど、あたしら天使ってのは体に聖力が満ちてるんだよね~」
ワグラエル「それってさ~、魔力を打ち消す効果があってさ~、あたしら天人と魔物って互いに相性悪いんだ~」
ワグラエル「まあ、魔法に対する抵抗?みたいなのがあるって思ってもらえればいいよ~」
クラン「つまり、お前は・・・・わざと、ルルトに魔力を使わせたのか・・・・?効果が薄いのを知ってて・・・・」
ワグラエル「そりゃそうでしょ~。あんな挑発に乗ってくれるとは思ってなかったけど~、いや~まだまだ青いね~」
クラン「・・・なら、魔法を使わなきゃいいわけだ。身体がぶっ壊れるのを気にしないぐらい身体強化を重ね掛けすれば、さっきのガードの上からぶち破れるだろ」
ルルトが魔力切れで動けない以上、俺が動くしかない。もし相手の攻撃が来たら、ルルトはよけきれない。こちらへ注意を向けさせろ。
ワグラエル「ん~、そういう発想嫌いじゃないよ~。いくら策や戦術を駆使しても勝てない相手には勝てないから~、力技でごり押ししようっていうの~」
わざと長々と喋ってやがる。俺に魔法を使わせるために。なら、やってやるよ。お前の望み通りに、勝てない相手への力技でのごり押しってやつをな!
クラン「ファイアフォース」
クラン「アースフォース」
クラン「アクアフォース」
クラン「ウィンドフォース」
クラン「フリーズフォース」
クラン「サンダーフォース」
クラン「ダークフォース」
クラン「ライトフォース」
クラン「インクリーズ」
クラン「ダブル」
クラン「トリプル」
俺が使える強化魔法は全て使った。相手は油断しきっている。格下の攻撃なんか屁でもないと思ってるんだろう。その緩み切った腹に一発ぶち込んでやる。
クラン「この一撃で、終わらせる!グラビティ・フォース!」
引力をワグラエルに向け、全力で蹴りを放つ。サーナさんに教わった、最も体重が乗る蹴り方で、ヤツを―
ワグラエル「はい、解除~」
えっ?
ガスッ
その言葉と共に、俺の攻撃はまたも片手で受け止められた。そして―
ワグラエル「いや~、やっぱり君たち素直だね~。わざわざ挑発してるんだから、対抗手段をもってないわけがないじゃん」
ワグラエル「えーっと、ホーリーなんとか~」
強烈な閃光が、俺たちを襲い掛かる。熱く、突き刺すような痛みが全身を襲う。
クラン「ぐあああああっ!!!」
ルルト「あぐううううっ!!!」
コイツの話が本当なら、俺たちも聖法への抵抗はもっているはずだ。なのに、それにもかかわらず、俺たちはまったく動けなくなるほどにダメージを負った。全身から血が流れて、指先すら動いてくれない。これが、神に最も近い天使―『熾天使』の力、か・・・・。
ルルト「ふっ、ぐぅっ・・・・!」
クラン「はぁ・・・・はぁ・・・・」
ワグラエル「んふふ~、それじゃ、そろそろ終わりかな?」
ワグラエル「え~と、なんだっけ。あ、そうだそうだ。『神の名において浄化を執行する』」
く、そ・・・・このまま、やられて、たまるか・・・・・!重力を、逆に・・・・俺を立たせろ・・・・!
クラン「はぁっ・・・・はぁっ・・・・」
ワグラエル「ん~?まだ立ち上がるんだ~。魔法を使ってるとはいえ、すごい根性だね~」
クラン「こんな、簡単に・・・・終わって、たまる、かよ・・・・」
ワグラエル「いや~、感心感心。でも、まだまだ無駄が多いね~。それも実戦の少なさのせいかな~?まあ最近ドンパチすることがないもんね~」
クラン「無駄、が・・・・?」
ワグラエル「そうそう。たとえば今使ってるその魔法、自分だけを対象にすればいいのに周りの重力ごと上に向かせてるし~、さっきの攻撃の時も蹴りの放ち方が通常の重力下でのそれだし~」
ワグラエル「そっちの鳥さんの方は相手が目に負えないスピード出してんのにわざわざ後ろに回ったりだとか~、雷出すのにも広範囲に拡散しすぎてあたしにくらわせる分は威力落ちてたし~」
ワグラエル「今あたしが使った聖法、これあんたたち二人にしかぶつけてないんだ~。だから周りを見ればわかるんだけど、攻撃の跡とかついてないんだよね~。地球にやさしいよね~」
口調こそふざけてはいるが、この天使の言っていることは本当だ。この戦いで、俺たちは無駄がかなり多かった。相手の挑発にすぐに乗り、無駄な力を使わせられ、攻撃自体にも無駄が多い。敗因はいくらでもあるが、たった一つ言えるなら、相手が強かったという以上に―
クラン「俺たちが、弱かったって、こと・・・・か・・・・」
ワグラエル「ま、そういうことそういうこと~。んじゃ、来世にはいい人間とかに生まれ変われたらいいね~。え~っと、ホーリー・フレイ」
ここ、までか。せめて、ルルトを―
ワグラエル「・・・・・・あ、呼び出しかかった。ごめんね~、偉い人からお呼び出しがかかったからあたし行かなくちゃ~。回復はしといてあげるから、またね~」
目の前の天使はそういって、俺たちの傷を治して飛び去って行った。俺たちのトドメはいつでもさせるとでも言いたげに。とはいえ、今回は
クラン「・・・た、助かった、のか?」
ルルト「・・・・そう、みたいだね」
俺たちの命は助かった。そういうことなのだろう。そしてあいては『またね』といった。つまり、またもう一度俺たちを始末しに来るということだ。
クラン「・・・・強かったな。正直、歯が立たなかった」
ルルト「あの剽軽な態度も、僕らを挑発するためだとか、それ以外にも決定的な差が、強さに自信があるからこそなんだろうね」
クラン「このままじゃ、次来られたら今度こそやられる。なら、どうする?」
ルルト「やられたまんまで終わってたまるか。次は返り討ちだ」
クラン「だな。優雅な馬車の旅はもう終わりだ。これからは、お互いに鍛えながら―」
クラン「向こう方の言っていた『無駄』ってやつをなくせるように戦い方を学んでいこうじゃないか」
ルルト「オッケー。さすらいの旅から武者修行になったわけだ!よーっし!がんばるぞー!」
こうして、早速命の危機に瀕しながらも俺たちの旅は続く。まずはテトラの元へ。彼女を見つけ出し、あの後の話を聞こうじゃないか。俺がいなくなった後の話を。