サーナ=アクリヴィア。俺を連れ出した彼女はそう名乗った。彼女の話によると、アリスたちははるか遠く、海を越えた先にある国まで船で移住するとのことだ。魔女の家系であるとばれてしまった以上、この国に留まることは出来ない。なので、話が広がる前に貴族のコネを使って船に乗り込むのだという。
クラン「海、か。俺はあの村から出たことが無いからわからないけど、どんなところなんだ?」
サーナ「ふふ、さて、どうかしらね」
クラン「・・・サーナさんは、どうやってあの場所に?」
サーナ「さあ、どうしてでしょうね」
クラン「・・・・さっきからはぐらかされてばかりだな。今ここが、どこかも教えてくれないんだから」
サーナ「気にすることないわよ。さ、もうすぐつくわ」
彼女は不思議な人だ。名前は名乗ってくれたが、どこから現れたのかわからない。『止まれ』。そう彼女が発した言葉に姉さんは従っていた。いや、『従わされていた』のか。なんにせよ、いろいろと謎が多い人だ。
サーナ「さて、到着よ。この扉の向こうに、私の家があるわ」
クラン「この向こうって・・・・このボロ家が?」
サーナ「ええ。入ればわかるわ。さ、私の手をとって」
彼女は見るからに高貴な人だ。とてもこんなボロボロの廃屋に住んでいるとは思えない。
サーナ「さあ、お見せしましょう。これが私の『魔法』よ」
言葉が出なかった。ウチの物置よりも小さいあの家の中が、人が寄り付くこともないであろうあの廃屋の中が、かつてのアリスの家よりもよっぽど絢爛な屋敷だったのだ。白くきれいな光る壁、広々と敷かれた赤い絨毯、煌々と輝く大きなシャンデリア。
クラン「・・・いや、おかしいだろ!明らかに外で見たよりも大きい部屋だぞ!しかも、ここはまだ玄関じゃないか!」
クラン「これが、魔法だって言うのか!?アリスが使った、あれと同じ!サーナさん、あなたも魔女だったのか!?」
もうわけがわからない。あまりに現実離れしたことが連続して起きていて、俺の中で不安が渦巻いている。
サーナ「ふふ、違うわよ。あの人たちと違って、私は『魔女』という種族ではないわ」
クラン「何を言ってるんだ。魔女が種族?いったいどういう・・・」
サーナ「私は『狭間人』。世界の狭間で生まれ、そこで暮らしている種族」
ハザマビト?世界の狭間だとか、何を言っているのかよくわからない。だけど今いるこの場所は、さっきまでいた場所とは何もかもが違う。それだけはわかる。
「あっ、おかえりなさーい。・・・・あれれ?サーナ、その人だれ?」
奥から現れたのは、サーナさんより少し濃い緑色の、とげとげした髪をもち、髪と同じ色の大きな翼をもった少女だ。・・・・おおきな、翼?
サーナ「ただいま帰ったわ、ルルト。さあ、クラン。自己紹介を」
クラン「・・・えっ!?あ、えーと、俺は、クラン=ソフライムだ。サーナさんに連れられて、今日からここでお世話になる」
その翼はなんだとか、いろいろ聞きたいことはあったはずなのに。言われたとおりに自己紹介してしまった。どうしてだろう、サーナさんの言葉にはなぜか従ってしまう。
ルルト「へぇ。僕はルルト。ルルト・サンダーバードさ。見ての通りの可憐なサンダーバードだよ」
サンダーバード?なんだそれは。初めて聞く言葉に、正直戸惑いが隠せない。
サーナ「ふふ、いろいろあって混乱しているみたいね。ちゃんとした話は明日にして、今日はもうゆっくり休むといいわ」
クラン「え、あ、うん。わ、わかったよ」
ルルト「あ、じゃあ僕が部屋に案内してあげるよ。こっちこっち!ついてきて!」
ルルトはそういうや否や、俺の手をつかんで走りだ―
バチッ
クラン「あいたっ!」
ルルト「うん?ああ、ごめんごめん。ついうれしくって放電しちゃった」
クラン「な、なんだ今のは?なんか、手がバチッて・・・?」
ルルト「気にしない気にしない。さ、今度こそ行こ」
今度こそ俺の手をつかみ、彼女は走り出す。それにつられて、俺も走った。
部屋に着くまでの道中、3回ほどこのやりとりを繰り返したのは内緒だ。
あまりにたくさんのことが起こって疲れていたのか、その日はぐっすり眠れた。一度アリスの家のベッドで眠ったことがあるが、それと同じくらい柔らかなベッドだった。ウチの家の固いものとは大違いだ。
サーナさんが作った朝食を食べ終え、俺たちは客室へと移動した。朝食とは言いつつも、今が朝であるかどうかはわからない。何せこの屋敷には窓が一つもない。外の様子が確認できないから、今が朝か、昼か、夜かもわからない。
客室には大きなソファーが2つ向かい合っていて、間に丸い机が置かれていた。このソファー1つだけでもウチの家の稼ぎの10年分ぐらいはあるだろう。
サーナ「さて、なにから話しましょうかね。いろいろと話すことが多くて迷ってしまうわ」
ルルト「あ、はいはい!僕から質問!どうしてクランはここに来たの?」
クラン「どうして、か。・・・・死にたくなかったからかな」
ルルト「あ、そういうのいいんで。もっと具体的に」
少しぐらいカッコつけさせてくれてもいいじゃないか。このルルトという少女は男みたいな言動をしながら、男のロマンというものがわかっていないな。
クラン「まあ、いろいろあって、姉に殺されそうになっていたところを助けてもらったんだ」
ルルト「お姉さんに?うわー、これだから人間ってやつは・・・・数が多いと余裕があるんだね」
サーナ「ふふ、あなたの活躍は聞いているわよ。女の子のために文字通り体を張って助けに行く・・・カッコいいじゃない」
そうまっすぐに褒められても少し照れ臭いものがある。俺は別に誰かに褒められたくてやったわけじゃない。だけど、周りの大人たちが俺を非難する中で、こう言ってくれる人がいるのは嬉しい。俺は、間違っていなかったんだって思える。
ルルト「へぇ、ふーん」
クラン「それじゃあ、俺から質問。・・・サンダーバードってなんだ?」
ルルト「えっ、知らないの!?いや、確かに今は全体的に数が少ないから知らなくても仕方ないとは思うけど・・・・」
サーナ「サンダーバード。ルルトの種族ね。あなたが『人間』であるように、この子は『サンダーバード』という種族なの。雷を浴びて傷をいやし、雷を放って獲物を仕留める不死の鳥。それがサンダーバードよ」
ルルト「へっへっへ!ご先祖様はもっともーっと大きかったんだよ!クジラを鷲掴みにしちゃうぐらいにね!」
クジラっていうのがよくわからないから、自慢されても困るんだけど・・・・。彼女の言い方からすると、よっぽど大きかったのだろう。
サーナ「では、私から1つ。あなたとお姉さん・・・スワン、だったかしら。あなたたちは天使の祝福を受けたのよね」
クラン「ああ。といっても、生まれたばかりのことらしいから覚えていないけど」
サーナ「そう・・・・。それで、あなたたち姉弟は聖人と呼ばれていた。ふふ、面白いわね」
ルルト「あー、たしかにそれは笑えるね。なんで聖人?」
そんなことを言われても、俺自身には身に覚えがないのだから困る。それに、サーナさんたちの笑いどころが全然わからない。
サーナ「クラン。あなたは聖人ではないわ」
クラン「・・・・えっ?」
いやいやいや、じゃあ俺と姉さんは何なんだ。天使の祝福とかそういう話はいったいどういうことなんだ。
サーナ「勘違いしないで欲しいのは、聖人でないのはあなただけよ。あなたの姉は間違いなく聖人だわ」
ルルト「え、マジで!?姉弟なのに!?」
なんで俺たち姉弟を見たことが無いこいつが驚いているんだ。
クラン「いったい、どういうことなんだ。もったいぶらずに教えてくれ」
サーナ「ええ、わかったわ。クラン、あなたは聖人ではない。むしろその逆なの。そうね、あえて言うなら・・・・『魔人』かしら」
クラン「マジン・・・・?魔人?」
ルルト「そうだよ!だってクランってば、聖人って言う割には聖力が一切ないし、逆に魔力がすっごく多いんだもん!」
クラン「あー、待った待った。その聖力?と魔力?っていうのはいったいなんなんだ?」
サーナ「ふふ、今から教えてあげるわ。ルルトは復習がてら聞いていてね」
サーナ「さて、突飛な話になるのだけれど、我々生者が住まう世界というものは3つ存在するの」
クラン「世界が、3つ?」
サーナ「1つは、地上界。知的生命体として最も繁栄しているのが人間である世界」
サーナ「1つは、天界。知的生命体としては、天使や天人と呼ばれる存在が多く住まう世界」
サーナ「1つは、魔界。知的生命体として、魔物と呼ばれる多種多様な種族が多く住まう世界」
サーナ「この3つの世界は見えないところでつながっていて、普段は行き来することもできないけれど、手段さえあれば自由に往来することが可能よ」
世界が3つ?それが繋がっている?頭がこんがらがってきた・・・・いままで教えてもらったことにそんな話は一つもなかったぞ。
サーナ「さて、この話はあまり重要ではないわ。大事なのは聖力と魔力について」
サーナ「聖力、というのは元来天界に住まう者が扱う力なの。彼らはその力を聖法を使って炎に変えたり、光に変えたり、また自分自身の筋力を増加したりだとかをしているわ」
クラン「炎に変えたりって・・・・じゃあ、アリスが使っていたのは・・・・」
サーナ「次に、魔力。これは魔界に住まう者が扱う力で、彼らは魔法を使って同じく炎に変えたり、光に変えたり、また自分自身の筋力を増加したりだとかをしているわ」
クラン「ああ、そうか。じゃあアリスが使ったのはやっぱり魔法だったのか」
サーナ「ええ。これらの力は、やることは一緒なんだけれど、性質は全くの逆。そして、あなたたち人間は、その力のどちらをも扱うことができる」
クラン「え?」
サーナ「ルルトのような魔物は、一般に魔法しか使うことができないし、あなたの村の・・・テトラだったかしら。あの子はヴァルキュリアだから聖法しか使うことができないわ」
テトラが、ヴァルキュリア?じゃあ、テトラも人間じゃなかったのか?
サーナ「あなたたち姉弟は子供ながらに異様な身体能力を見せていたでしょう?あれはあなたたちがもっている聖力と魔力が関係しているの。聖力や魔力というのは生体エネルギーの代わりになる。だから魔力や聖力が多い、それだけで普通の人間より強いのよ。そしてその力は、天使から与えられたものよ」
クラン「ちょっと待ってくれ。天使っていうのは天界に住む、聖力を使うやつなんだろ?じゃあ、なんで俺は魔力を持っているんだ?」
ルルト「うん?どういうこと?」
サーナ「そう思うのも当然ね。本来ならば、あなたも姉と同じく聖力をその身に纏い、聖人として生きていくはずだった。だけど、そうはならなかった」
ルルトの方はよくわかっていないみたいだ。もしかして、あまり頭が回らないタイプなのか?
サーナ「ルルトにはあとで説明するとして、続けるわね。あなたに祝福を与えたという天使。一回目、あなたの姉に祝福を与えた時はまごうことなき天使だった。だけれど、二回目。あなたに祝福を与えた時には、彼女は天使ではなく・・・」
サーナ「堕天使になっていたのよ」
サーナさんの話によると、堕天使というものは天使が魔力を持ってしまった姿のことをいうらしい。何らかの原因で堕天使になってしまった天使が、俺に祝福を与えたから俺は堕天使の力・・・つまりは魔力を身体に取り込んでしまったそうだ。
サーナ「さて、私の話はこれくらいにしましょうか」
ルルト「うー、なんか途中から知らない話がいっぱい出てきてよくわからないや・・・・」
クラン「なんで初めて魔力の話を聞いた俺がわかって、魔物のお前がわからないんだよ」
ルルト「そんなこと言われてもさー、僕頭で考えるより体で感じる派だからさー。正直勉強は苦手・・・」
サーナ「ちなみに、ルルトはクランと同じ11歳よ。仲良くしてあげてね」
ルルト「仲良くしようね、クラン!」
さっきまで悩んでいた姿はどこへいったのやら。今はもう元気に笑ってこちらに向かっている。そんな彼女を見ていると、俺も自然と笑顔がこぼれて
クラン「ああ。これからよろしく、ルルト」
ここへ来たばかりのときの不安もどこかへと消え去って、これからの生活が少し楽しみなものになった。