―彼は、歴史に語られる英雄ではない。
―彼は、人々が讃える英雄ではない。
―彼は、正義を持った英雄ではない。
―彼は、歴史に葬られた愚者だ。
―彼は、人々に忌まれた愚者だ。
―彼は、信念を持った愚者だ。
―彼は、人なのに人と相容れない。
―彼は、人なのに魔と交わる。
―彼は、人なのに聖を嫌う。
―だが彼は、我々の仲間だ。
―だが彼は、我々の理解者だ。
ーだが彼は、我々の家族だ。
この物語は、今から500年ほど前の話。愚者として生涯を過ごした人間―クラン=ソフライムの物語である。
とある国、とある村。何の変哲もない場所だが、そこには特別な姉弟がいた。
姉の名をスワン。弟の名をクランという。
彼らは生まれこそ平凡なれど、天使から直接祝福を受けた者たちだった。
スワン「ねえ、クラン。次はどこに行く?」
クラン「姉さん、訓練から抜け出してこんなこと、やっぱり・・・・」
スワン「固いこと言わないの。あんな訓練したって意味ないもの」
姉であるスワンは奔放であった。固いことを嫌い、己の成すがままを望む者だった。
弟であるクランは実直であった。不真面目を嫌い、人に従い生きる者だった。
スワン「どうよっ!訓練なんてしなくても、誰も私には敵わない!」
クラン「姉さん、あんなに大きな獣を・・・・すごいなぁ」
スワン「あんたも私の弟なんだから、これくらいできるできる。さ、アンタの番よ」
クラン「えぇっ!?う、わ、わかったよ・・・・」
彼らには友がいた。幼い時間を共に過ごした友が。
1人は、領主・フレデリアの娘であるアリス。
1人は、神父・ヴァイスの娘であるテトラ。
アリスは、妹のように二人に懐いていた。どこへ行くのにもついて来て、2人を称賛していた。
テトラは、姉のように二人に接していた。何をするのにも現れて、2人を見守っていた。
アリス「お兄ちゃん、お姉ちゃん、すっごーい!」
テトラ「はっはっは!そなたら姉弟はさすがだな!」
スワン「あったりまえよ!なんて言ったって私たちは天使から祝福を受けた聖人なんだから!」
クラン「あいたたた・・・・全然だめだ。姉さんよりずっと小さい」
アリス「ええー?どっちもおっきいよ?」
テトラ「大きさなどさしたる問題ではない!大人でもてこずる相手を仕留めたのだ!よくやったぞ、クラン!」
クラン「そ、そうかな?」
スワン「そうよ。アンタはもっと自信持ちなさい」
彼らは望んでいた。今のままを生きることを。
彼らは望んでいた。これからが変わらないことを。
彼女は知っていた。それが叶わない望みであると。
彼女は知っていた。それには終わりがあるということを。
彼女は知っていた。今はなくなってしまうということを。
彼は知らなかった。彼だけが知らなかった。別れが近づいているということを。
テトラ「・・・・スワン。教会からの伝令だ。貴様はバチカンまでゆかねばならない」
スワン「・・・そっか。もうそんな時期が来たのね。そうね、私ももう14だもの」
テトラ「ああ。クランは知っているのか?」
スワン「いいえ。まだ知らせていないわ。それに、どうせクランも来ることになるんだし、いいかなって」
テトラ「そうだな。出立の日が決まったら教えてくれ。フレデリア卿にも伝えなければならない」
スワン「わかったわ。ありがとう」
彼女が旅立つ2日前のことだった。村では宴が行われ、人々が皆酒に酔い、聖人の出発を祝っていた。
クラン「・・・・そっか。姉さんは行っちゃうんだね」
スワン「大丈夫よ。アンタも3年後に来るんだから。また会えるわよ」
テトラ「そういうことだ。とはいえ、やはり寂しくなるな」
アリス「お姉ちゃんとしばらく会えないのか・・・・やだなぁ」
スワン「ほんの少しの間だけよ。洗礼を終えたら戻って来る」
アリス「あーあ、お父さんたちも来れたらよかったのにな。こんなときに隣町まで行かなきゃいけないなんて」
クラン「貴族も楽じゃないんだよ。アリスも将来そういうことに携わることになるんだよ」
アリス「うへぇ、やりたくなーい」
そんな宴に魅かれたのか、そこに忍び寄る影があった。なんてことはない、ただの獣だ。だが、その獣によって彼らの世界は大いに変わることとなった。
「獣だ!獣が出たぞ!」
「きゃああっ!こっちにこないで!」
スワン「何ですって!?クラン、行くわよ!」
クラン「う、うん!」
テトラ「アリス、我々も行こう。あの二人の側にいるのが一番安全だ」
アリス「わ、わかった。そうする」
普段であればどうということはない相手だ。いつも通り戦い、仕留めればいい。だが、そうはいかなかった。
この日は運悪く酒に酔っていて、狙いが定まらない。武器は家に置いているから、手元にない。身を守る防具も、なにもない。
スワン「あうぐっ、この、やったわね!」ブンッ
クラン「くそっ、当たらない・・・暗くてよく見えないし・・・・」
テトラ「まずいな。火を背にしているから、向こう側からは我々の姿が丸見えだ。だがこちらからは向こうがよく見えない」
スワン「うっさい!そんなのわかってる!」
アリス「・・・・・・まも、らなきゃ」
スワン「クラン、アンタはアリスをつれて家にまで戻りなさい。こいつらはこっちで引き付けておく」
クラン「そんな、でも、姉さん・・・・そんな傷だらけで、無茶だよ・・・・」
スワン「心配すんな。私を誰だと思ってるの。私はあんたの姉なのよ」
テトラ「やれやれ、私は帰してもらえないのか。仕方ない、付き合おうじゃないか」
クラン「テトラも・・・・。わかった。アリス、ここは二人に任せて、僕らは―」
アリス「これ以上、私の村で好き勝手はさせない。私が、守る!」
クラン「え?」
アリス「燃え尽きろっ!!!はあああっ!」
彼が見たもの。それは、か弱い妹分の手から放たれる無数の炎。彼が知らなかった、彼女の力。
アリス「はぁっ・・・・はぁっ・・・・」
クラン「アリス、君は・・・・」
アリス「・・・・隠してて、ごめんね。私、魔女なの」
スワン「・・・そんな、アリスが、魔女・・・・・・?」
テトラ「・・・・・・」
その日、獣からの襲撃は、幼い魔女によって退けられた。その事実は、すぐに村中に広まり―
クラン「なんで、どうして・・・・・」
「あいつは魔女だ!あいつが獣を呼び寄せたに違いない!」
「聖人様を殺しに来たんだ!」
村を守った少女は、村人たちの手によって磔にされていた。
クラン「違う、だろ・・・・アリスは、姉さんを、みんなを、守ろうと・・・・」
テトラ「・・・・・・あの獣達は、スワンが退けたことになっているよ。くそっ!」
スワン「アリス・・・・」
「殺せ!殺せ!」
「アイツが魔女なら親も魔女だ!そうに違いない!探し出して殺せ!」
「火あぶりだ!殺せ!」
クラン「・・・おかしいだろ!どうして、みんなを守ったアリスがあんな目に合わなきゃいけないんだ!」
スワン「クラン、それは・・・・」
クラン「こうしちゃいられない!すぐに―」
テトラ「待つんだ、クラン」
クラン「テトラ、止めるな」
テトラ「・・・・そんなつもりはないさ。だが、あれだけ人に囲まれていてはたどり着くのもたやすくないだろう」
テトラ「私が注意を引き付けよう。その間に、君たちが逃がすんだ。いいな?」
クラン「わかった!姉さん、行こう!」
スワン「え、ええ・・・・」
テトラ「魔女がいたとは本当か!?」
「おお、テトラ様。あいつだ!あいつが魔女だったんだ!」
「あいつ、テトラ様を騙していたんだ!あなただけじゃない、聖人様達まで!」
テトラ「ここからでは姿がよく見えない。道を開けてくれ!」
テトラ「いや、違うな。もっと散ってくれないか。これでは私のように背の低い者が見れないじゃないか」
アリス「うぅ・・・・テト、ラ・・・・?」
テトラ(・・・アリス、すまない。だが、もうすぐだ)
テトラ「まさか貴様が魔女だったとはな。だが、せめてもの情けだ。父よ、ここは私に引導を渡すことを許してはくれないか」
「ああ、構わないさ。この聖槍で、一思いに貫くんだ」
テトラ「・・・ああ。わかった」
テトラ「皆のもの!天は私が魔を討つことを祝福している!あの太陽を見よ!神々しく輝くあの太陽を!」
テトラ(さあ、民衆の目を逸らせた。行け!)
クラン(今だ!)
彼は、走った。少女を助けるために、ひたすらに走った。
魔女。それがどうした。あの子は友だ。あの子は妹だ。あの子は、大切な―
クラン「アリスっ!」
アリス「お、にい、ちゃ・・・・?」
クラン「今たすけるからな!こんな縄、すぐに切って・・・」
だが、所詮は子供。そんなことがすぐになせるわけもない。クランが縄を斬り終わるころには、魔女が逃げ出そうとする姿を人々は捉えていた。
「魔女が逃げようとしているぞ!」
「聖人様が操られている!捕まえるんだ!」
大人たちがクランに近づこうとする。そこに、大きな爆発が起きた。
「今よ、アリス、今の内にこちらへ―」
フレデリア夫人―アリスの母であり、彼女もまた魔女であった。街から戻ってきた彼女が、魔法で爆発を起こしてアリスに向かう人々を退ける。
フレデリア卿は馬車を出す準備をすでに整えている。アリスが戻り次第、すぐに出られるように。
クラン「アリス!行くんだ!アリス!」
アリス「お兄ちゃん!私―」
クラン「行け!走れ!」
アリス「っ!」
結果として、アリスは逃げおおせた。フレデリア夫妻は娘を連れ、すぐにこの地を離れた。そして―
スワン「・・・・・・」
クラン「やあ、姉さん。気分はどうだい?いや、聖人様、か」
魔女を助けたクランは捕縛され、地下室に閉じ込められていた。暗く固い石の床の上に、拘束されたクランは転がされていた。
スワン「・・・・フレデリア卿たちの行方はわからないそうよ。上手く逃げたみたい」
クラン「ああ、そりゃよかった」
スワン「テトラも、虚をつかれたってことにされてお咎めなしよ。もっとも、神父様からはこってり絞られたみたいだけどね」
クラン「へぇ、そうなんだ」
スワン「・・・・・・今日、私はここを出ないといけない」
クラン「そういえば、そうだったね。すっかり忘れていたよ」
スワン「・・・・私は、聖人として、魔女に操られたあんたを浄化しないといけないらしい」
クラン「・・・・その、大きな剣で?」
スワン「魔女から解放するには、聖人の手によって殺さなければならないんだって。そうじゃないと、魂が魔女にとらわれたままなんだって」
クラン「ひどい話だね。魔女が何をしたのかも知らないくせしてね」
スワン「・・・・・・」
クラン「・・・・・・」
しばらくの間沈黙が続いた後、スワンは、手に持った剣を振り上げ―
「止まれ」
その剣が、振り下ろされることはなかった。
スワン「・・・・・・!?か、身体が、動かない・・・!?」
クラン「・・・・・・?」
「はじめまして、クラン。私は、サーナよ」
クラン「サーナ、さん・・・・?」
サーナ「ええ。古い友人からの頼みで、あなたを救ってやってくれと言われたの」
スワン「あ、あなた、私に、何を・・・・」
サーナ「あら、私は命令しただけよ。『止まれ』って」
サーナ「さて、クラン。あなたはには二つの選択肢がある。一つは、このまま姉の手によって生涯を終えること。そして、もう一つは」
サーナ「私と共に来て、新たな人生を歩むこと」
サーナ「・・・さて、どうする?」
クラン「・・・・そんなもの、決まってるじゃないか」
クラン「俺はまだ死ぬつもりはない。サーナさん、俺を、連れて行ってくれ」
サーナ「ええ、わかったわ」
スワン「ま、待ちなさ―」
サーナ「さようなら、聖人さん。早く出ないと宿まで間に合わないわよ?」
サーナ「『動いてよし』」
カラン。金属が落下し、床にぶつかる。出てくるのがあまりに遅いので心配になった幼馴染が様子を見に来ると、そこには呆然と立ち尽くす一人の少女の姿しかなかった。