正義とはなにか。英雄とはなにか。そんなもの俺は知らない。
クラン「はっ、そうかよ。てめぇらが正義だって言うのなら、俺は悪になるわけだな」
クラン「それならそれでいいさ。俺は正義なんてクソの役にも立たねぇもんに興味はない。なあ、聖人様」
スワン「クラン、あなた・・・・・」
クラン「じゃ、やろうか」
クラン「悪を執行する」
死ぬような思いをして北国の街についてから1週間ほど。俺たちはさらに北の沿岸部に向かっていた。聞くところによると、そこにある教会に聖人スワンがいるらしい。
ルルト「海かー。僕、海ってみたことないんだよね。結局この旅でも未だに見てないし」
クラン「俺もだ。本で読んだ話だと、湖なんか比べ物にならないくらい広くて、あとしょっぱいらしい」
フレイン「ふーん。つまり、ものすごく大きな水たまりってこと?」
クラン「詳しくは知らないけどな。まあそれももうすぐ見れるはずだ」
ただ、この凍えるような寒さでは海に入ったりすることは出来ないだろうが。そういえば、俺もルルトも一応泳げるのだがフレインはどうなのだろうか?
フレイン「そんなに大きい水たまりだと、私は近づかない方がよさそうね。川で水浴びくらいしかしたことないし」
泳げないみたいだ。まあツルを伸ばせるのだから、いざとなれば水面まで体を持ち上げるくらいはできるだろう。
ルルト「そういえば、お姉さんに会ったらそのあとどうするの?例のアリスちゃんを探しに行くの?」
クラン「そうだな・・・・それもいいけど、ここらで一度サーナさんに近況報告みたいなのをしてもいいかもしれない」
あわよくば姉さんとサーナさんを合わせて互いに誤解を解かせたいというのもある。今はお互いがお互いを憎むべき敵のように思っているだろうから。
フレイン「ぜひとも同伴させてもらいたいわね。クランの育ての親にも挨拶をさせてもらいたいし」
ルルト「むっ・・・・まあ、僕も友達を紹介するぐらいは文句言わないよ」
フレイン「あら、友達と思ってくれてるの?」
ルルト「ここまで連れ添ってきて今更何言ってるのさ」
フレイン「それもそうね」
いつのまにか二人は結構仲良くなっていたみたいだ。喧嘩するほど仲がいいとはいうが、これもそういった類なのだろうか。もしかしたら俺が見ていないところではかなり仲良くやっているのかもしれない。
そんな感じで和気藹々としながら道を歩いているときのことだった。バサッ、バサッと大きな羽ばたきの音。大きく白い6枚の翼に赤い髪。あいつが―ワグラエルが俺たちの目の前に現れた。
ワグラエル「どもども~、あなたの心の恋人、熾天使ワグラエルちゃんで~す」
クラン「こんな寒いところまでご苦労様。天使ってのも大変なんだな」
ルルト「うぇぇ、ってことはこれ脱がなきゃいけないじゃん・・・・帰れよ!」
フレイン「そうよ!私たちを殺すつもり!?」
ワグラエル「いや、普段ならそうなんだけどさ~、今回はちょっと事情が違って~」
おかしい。いつもなら向こうも戦闘の態勢に入っているところなのだが、今回はそれがない。
ワグラエル「あたしの立場からこんなことを言うのはなんだって話なんだけど、ちょっとお願いがあるんですよ~」
ルルト「・・・・お願い?」
ワグラエル「そそ。ちょっと助けてほしいことがあって」
命を狙われている相手から助けを求められるとはこれまた奇妙なことだ。
ワグラエル「ほら、2回ぐらい殺し合った仲だしさ~。頼むよ~」
フレイン「殺し合った仲って・・・・」
クラン「内容次第だな」
フレイン「え、聞くの?」
クラン「ふだん余裕たっぷりで俺たちの相手をするこいつが、助けてくれって言ってるんだ。ってことはその余裕がなくなるぐらいマズい事態なんじゃないのか?」
ワグラエル「クランくんは話が早くて助かるよ。ここからはあたしもちょっと真面目にいくから。歩きながら話をさせて」
ワグラエル「ここからすぐ北、もう50メートルほどいったところに、とある魔物たちが住む集落があるの」
ワグラエル「そこの魔物はもう善意の塊と言っていいほど人畜無害な人たちで、普段は漁をして生活してるだけの善良な魔物なんだ」
ワグラエル「人間と敵対してるかといえばそうじゃなくて、むしろ迷った旅人とか難破した船とかがあれば率先して助けに行くぐらい心優しい魔物たちなの」
ワグラエル「だけど、その魔物―セルキーを、魔物っていう理由で『浄化』しようと動き出したところがあってさ」
ワグラエル「その集落の周りにはそいつらが結界を張っていて、魔物であるセルキーたちは逃げ出すことができないの」
セルキー・・・・たしか、アザラシの皮を被って海を泳ぐ人魚の仲間だったはずだ。確かにセルキーが人を襲ったというのはどんな本にも載っていなかった。
ワグラエル「そこでなんだけど、あたしはその結界を気付かれないように解除するから、その間にセルキーたちの生き残りをつれて逃げて欲しいんだ」
ワグラエル「虫のいい話ではあるし、あたしが渡せるものといったらこの翼についてる羽ぐらいなものなんだけど・・・・」
ルルト「それって、自分で行くわけにはいかないの?」
ワグラエル「魔物を『浄化』しようとしているのは教会側の人間さ。そんなところに天使がいって、私があなたたちを助けますなんていっても信じてもらえないよ」
ワグラエル「なら同じ魔物である君たちに言ってもらったほうが説得力がある。だから、お願い」
ワグラエルの表情からはいつもの飄々とした感じは一切なく、切羽詰まったような追い詰められた表情だった。
クラン「・・・・いいぜ。そんなことを聞かされて、見捨てられるほど薄情じゃないさ」
ルルト「僕ももちろんだよ」
フレイン「えっ、い、行くの?罠かもしれないじゃない!」
確かに、そうかもしれない。俺が行って、そのままワグラエルと教会の人間たちとの挟み撃ちになるかもしれない。だけど・・・・
クラン「・・・・俺は、かつてサーナさんに助けられた。絶対に死ぬと思っていたときに、彼女は俺を助けてくれた」
クラン「実際はそうじゃなかったかもしれない。だけど、サーナさんが俺を助けてくれたみたいに、俺も誰かを、助けてやりたい」
フレイン「・・・・じゃ、私も付き合いましょうかね。旅は道連れ世は情け、地獄の果てまで付き添ってあげるわよ」
サーナさんは、きっと俺の一生のあこがれだ。彼女は母であり、師匠であり、俺にとってのヒーローだ。彼女に近づくためではないが、彼女のように俺もやってみたい。救える命があるのなら、救いたいんだ。
ワグラエル「恩にきるよ。それじゃあ、いまから結界に穴をあける。そこからまっすぐ行った先に、集落はあるから・・・」
ワグラエル「炎の加護」
彼女がそう唱えると、今まで感じていた寒さが吹き飛んだ。
ワグラエル「熾天使としての力を使って加護を与えたよ。これで防寒具が無くても動けるはず。頼んだよ、三人とも」
そういって、ワグラエルが結界に穴をあける。俺たち三人は、そこを通って集落へと向かった。
どうやらワグラエルの加護はファイアフォースと同じく、身体強化の効果もあるようだ。おかげで、身体が軽い。いつもよりも速くかけることができ、あっというまに集落に到着した。そこで俺たちが見たものは
クラン「なん、だよ・・・・・これ・・・・・」
ルルト「う、そ・・・・・間に合わな、かった・・・・・の・・・・?」
フレイン「っ!なんてひどい・・・・・!」
赤黒く染まる雪、つぶれて凍り付いた肉塊。おびただしい数の無残な死体が、そこには転がってあった。事態を把握しようにも、目の前の惨状に頭が追い付かない。どうにか落ち着かせようとしていると、唐突に何かが飛来してきた。
クラン「なんだっ!?」
咄嗟に受け止めたそれは、まだ幼い少年だった。全身が腫れあがり、腕がもげたその少年は
「だ・・・・れ、か・・・・・ルー・・・・を・・・・たす・・・・け・・・・・・」
そう言葉を発し、そのままこと切れた。
クラン「大丈夫か!しっかりしろ!フレイン、回復を!」
フレイン「・・・・・無理よ」
ルルト「っ!・・・・・クラン、その子は、もう・・・・・・」
今目の前で、1人の子供が死んだ。俺は、間に合わなかったんだ。そして、子供が飛んできた方向には・・・・
「・・・・クラン?今あなた、クランって・・・・・」
クラン「・・・・・・なるほど。これが『浄化』ってやつなのか。なあ、姉さん」
スワン「あなた、やっぱり・・・・クラン、なのね・・・・!」
7年前に別れた俺の姉、スワン=ソフライムがそこにいた。
スオウ「スワン様、お知合いですか?」
スワン「あそこにいる青年・・・・彼が前に話した、私の弟よ」
ノイス「そばにいるのは、翼と言い肌の色といい、魔物か?」
ローチェ「ここには結界が貼られていたはずです。ですから、魔物は入ってこれないはずですが・・・・」
どうやらあの聖人様は3人の仲間と行動しているようだ。まったく、こんな形で再会するなんてな。
ルルト「クラン、あれが・・・・」
クラン「ああ。認めたくないが、俺の姉だ」
フレイン「・・・・クズどもが」
この場所には争った形跡がない。だからこの惨状は、一方的な虐殺だ。倒れている死体の中でも、判別できるものは誰かをかばっていたり、集落から背を向けていたりするものばかりだ。おそらく逃げ出そうとしたところをやられたのだろう。よく見ると遠くに見える水の上にも多くの死体が浮いている。海から逃げようとしたが、結界のせいで逃げられなかったのだろう。
クラン「人生で初めて見る海は血に染まった赤色か・・・・さて、ルルト。さっきの声は聞こえていたか?」
ルルト「うん、もちろん」
クラン「もしかしたら、まだ生き残りがいるのかもしれない。探してくれないか。俺はあいつらと話がしたい」
雷の魔法の扱いに長けているルルトは、生き物が発する微弱な電磁波を感知することができるらしい。森の中のように生き物だらけの場所だと意味がないが、今回のように周りに生き物がいないならば効果覿面だ。
ルルト「わかった。フレイン、クランを頼んだよ」
フレイン「ええ。そっちもよろしく」
そう言うと、ルルトはすぐにその場を去った。そして俺は、ゆっくりと奴らに近づく。
クラン「やあやあやあ、聖人様。どうもお久しぶりで」
スワン「・・・・その呼び方は嫌いよ。それに、あなたも聖人じゃないの。私のことは前と同じように、姉さんって呼んでちょうだい」
クラン「俺が聖人、か。くっくっく、どうやら聖人様は何も知らないご様子で」
フレイン「・・・・あんなやつが・・・・・・」
ああ、やはり彼女の思考はそこで止まっているのだな。そして、あのときから何も変わっていないようだ。
ローチェ「スワン様。あの男からは聖なる力を感じられません。むしろ、もっと禍々しい、魔の力を感じます」
スワン「そんなはずないわ。あの子は私と同じく、天使の祝福を受けた子。魔の力だなんてありえない」
クラン「くっくっく、やはりそうか。なあ、姉さん。確かに俺はお前と同じく、天使の祝福を受けた。それはその通りだ」
スワン「なら!」
クラン「だが、俺は受けたのは天使は天使でも堕天使の祝福だったんだぜ」
スワン「!?」
本当に知らなかったみたいだな。こんなやつが俺の姉か。まったく、笑えて来るぜ。
クラン「お前が聖人だというのなら、差し詰め俺は魔人だな。お前とは対極の存在なんだよ、聖人スワン」
スワン「うそ、でしょ・・・・嘘よね?あなたが、そんな・・・・そんなの嘘よ!」
スオウ「スワン様、お下がりください。あやつら、殺気を見せています」
格闘家のような男が、スワンの前に出て来た。そこで、相手メンバーを詳しく観察してみる。スワンは剣を、僧侶は槍を。大男は弓を持っていて、格闘家は素手。そうか、なるほど。
クラン「あの子供を殺したのはお前か」
スオウ「・・・・・向かってきたから浄化を執行したまでだ」
浄化。なんとも素敵な言葉だ。その言葉があれば、魔物を殺すことは正当化されるのだから。魔物だけじゃなく、人を殺すこともだったかな。
クラン「それはずいぶんと大層なことで。もっとわかりやすく『私が殺しました』ぐらい言えばいいのにな。それとも、浄化って言っときゃなんでも許されるからそうしてるのか?」
スワン「クラン、あなたは魔女に操られて、悪魔に連れ去られたから今はすこしおかしくなっているだけ。だから、私と共にいればちゃんと元に・・・・」
魔女に操られて、悪魔に連れ去られて・・・・お前にとっては10年間共に育ったアリスもただの悪魔としか思ってなかったのかよ。
クラン「おいおい、姉さん。そりゃないぜ。俺が狂人に見えるのか?幼気な子供が殺されたことに心を痛めていることはおかしいのか?」
ローチェ「ただの魔物が死んだだけじゃないですか。それに、向こうから襲ってきたのですから正当防衛ですよ」
クラン「おいおいおい、シスターさんよ。俺の知ってるシスターってのはもっと慈悲深かったんだがな。相手が魔物ならその命はどうでもいいってか?」
ノイス「一応言っておくが、この状況は俺たちがやったわけじゃない。教会が派兵した軍によってなされたものだ」
クラン「『だから俺たちには関係ないです』だなんて言うつもりはないだろうな。そんな寝ぼけたこと言ってくれるなよ」
スオウ「魔物は悪だ。だから浄化した。われわれは正義を執行したまでだ。それのどこがおかしい」
フレイン「クラン、もう十分よ。これ以上こいつらの話を聞きたくない」
ああ、俺も同感だ。やはり、狂信者ってのはどうしようもない奴ばかりだってことが嫌って程わかったぜ。知ってたはずなんだがな、あのときから。
クラン「その前提がおかしいんだよ。なんで魔物が悪なんだ?それを疑問に思ったことはあるか?」
スオウ「悪は悪だ。それが覆ることはない」
クラン「生まれた子供に罪はない。魔物としてこの世に生を受けただけで悪になるなら世の中たまったもんじゃないぜ」
スオウ「だから浄化しているのだ。来世では悪として生まれてこぬように」
クラン「話が平行線だな。よ~くわかったぜ、お前たちに話は通じない」
スオウ「・・・・それ以上殺気を向けるのならば、貴様が稀代の英雄スワン様の弟となれど、容赦はできないな」
クラン「おーおー、随分と上から目線でものを言ってくれるじゃねぇか。何様だよ」
スオウ「我らは正義だ。正義が語るは正の道。我らの言葉全てが人を正しく導くものだと思え」
正義とはなにか。英雄とはなにか。そんなもの俺は知らない。
クラン「はっ、そうかよ。てめぇらが正義だって言うのなら、俺は悪になるわけだな」
クラン「それならそれでいいさ。俺は正義なんてクソの役にも立たねぇもんに興味はない。なあ、聖人様」
スワン「クラン、あなた・・・・・」
クラン「じゃ、やろうか」
スオウ「正義を執行する」
クラン「悪を執行する」
身体強化の魔法をかけ、武闘家の男と対峙する。向こうは完全な人間で、相当な手練れのようだ。攻撃のひとつひとつが技になっている。だが
クラン(あの天使やサーナさんほどじゃねえな)
拳、脚。その両方が、彼女らのそれより数段遅い。この程度の攻撃ならば、見切ることはたやすい。突きを受け流し、蹴りを避ける。俺が今まで鍛えて来た体術が、初めて実戦で役に立っているように思える。
スオウ「どうした!その程度か!」
クラン「おらよっと!」
相手の攻撃に合わせて、身をかがめて拳を入れる。向こうはそれを察知し、咄嗟に身を反らして躱したのだが、
フレイン「アース・ブロウ!」
スオウ「ぐおっ!?」
フレインの魔法によって、無防備な背中に強烈な一撃が叩き込まれる。その勢いで、相手は宙を舞い、
クラン「よっと」
俺の魔法でそのまま宙に留めた。こうなれば己の肉体のみで戦うやつは攻撃できまい。
ローチェ「なっ・・・・ひ、卑怯です!1対1の決闘に、横やりをいれるなど!」
向こうのシスターがヤジを飛ばすが、
フレイン「あら、これって決闘だったの?ごめんなさい、知らなかったわ。知らなかったから関係ないわね」
フレインが言葉を返す。その言葉からは静かな怒りを感じる。
クラン「そんじゃ、終わりだ。『イクスティンクション』」
その魔法の名を唱えると共に、懐から大量のナイフが相手へと向かっていく。
スオウ「な、ナイフが!ぬおおおおおっ!!!!!」
相手も無我夢中で捌くが、人間の4本の手足だけじゃ全てを防ぎきることは不可能だ。
ローチェ「やめなさいっ!セイクリッド・ウィンド!」
フレイン「邪魔はさせないわ。ウォール・オブ・フォーチュン!」
シスターが放った風の聖法を、フレインの魔法で相殺する。そして、
クラン「じゃあな、正義の人よ。『フェニックスの魂』」
宝石に魔力を籠めて、大量の炎を発射する。魔法の威力が弱い俺にとっては強力な攻撃手段だ。
スオウ「ぬわーーーーっ!!!!」
その間抜けな断末魔とともに、男は黒焦げになる。魔法を解除して地面に落ちると、炭化した身体はバラバラになった。
ローチェ「そん、な・・・・スオウ、さん・・・・・?」
スワン「っ!クラン、あなた・・・・・」
クラン「どうした、聖人様。そこのゴミを作ったのは俺だぜ。目の前で見ていたことをなに信じられないみたいな表情してんだよ」
ノイス「スワン、下がれ!こいつはもうお前が知っている弟じゃない!」
フレイン「あら、まだかかってくるのかしら。いいわよ、相手してあげるわ!」
ローチェ「スオウさんは、正義感に厚く、とてもやさしい人だった・・・・それなのに、お前は!」
なに悲劇のヒロインぶってるんだよ。今の惨状を作り出しておいて、よく言うぜ。
クラン「・・・・笑えるな。そのやさしさを魔物にも向けることは出来なかったのか?その正義感は魔物を殺すことにしか向けられなかったのか?人を殺すというのに、殺される覚悟はなかったのか?自分たちのことは神様が守ってくれるとでも信じてたのか?所詮はその程度なんだよ、お前たちは!」
ローチェ「黙れ!悪魔の使徒め!私の命をもってお前たちを消し飛ばしてやる!」
スワン「ローチェ、やめなさい!それは使っちゃダメ!」
向こうはどうやら決死の攻撃を仕掛けてくるようだ。こっちも迎え撃つ準備はしておこう。
ローチェ「ホーリー・ブラス」
ルルト「ボルトグレイズ!」
ローチェ「きゃあっ!」
突如、強烈な電撃が相手のシスターを襲った。それは、一足早く任務を終えたルルトの攻撃だった。そしてすぐに後方へと移動する。
ルルト「クラン、生き残りは一人だけだった!早く脱出しよう!」
見ルルトが戻った側には1人の少女が倒れていた。彼女が恐らく『ルー』だろう。ああ、そうだ。俺たちの目的は、生き残りを連れて逃がすこと。だから、たった一人でも生き残りがいたのならば、それを全力で逃がさなければならない。
クラン「だけど、簡単には逃がしてくれそうにないな」
ノイス「・・・・・・」
大男はすでに弓を構えており、こちらが隙を見せたらすぐに攻撃をするだろう。ルルト、フレイン、そして俺。この中で攻撃を防げるのは・・・・・。
クラン「ルルト、フレイン。その子を連れて先に行くんだ。俺は、あいつらの相手をする」
フレイン「クラン、でも・・・・」
ルルト「・・・・フレイン。この子は衰弱してる。君の魔法で回復してあげないといけない。僕には逃げる人を追う弓を防ぐ手立てはない。だから、今はクランに任せるしかないんだ」
ローチェ「くっ、逃がすものですか・・・・!お前たち全員地獄送りにしてやる・・・・!」
クラン「重力倍加!」
ノイス「くっ!」
スワン「重っ!」
ローチェ「きゃあっ!」
向こう側の周囲一帯の重力を二倍にする。急な事態に混乱しているはずだ。
クラン「ルルト、フレイン!今の内に!」
ルルト「わかった!」
フレイン「・・・・死なないでね!待ってるから!」
ルルトとフレインはそういって走っていった。そして今、俺の目の前には三人の敵がいる。
ノイス「くっ、この重さでは放っても届かんな・・・・」
ローチェ「ぐぎぎ・・・・重くて、動け、ない・・・・」
スワン「・・・・・はあっ!!!」
スワンが一歩一歩、こちらへと近づいてくる。伊達に鍛えていないか。修行を積んだ聖人というのは、二倍の重力の中でも動けるぐらいに強固なようだ。
スワン「クラン・・・あなたは、私の仲間を殺した・・・・・」
クラン「ああ。お前たちは俺の見知らぬ魔物を皆殺しにした」
スワン「あなたが魔に堕ちただなんて、今でも信じられない・・・・・」
クラン「俺の姉がここまで狂信者だったなんて夢にも思わなかったよ」
スワン「だから、あなたがこれ以上魔に染まる前に、私がここで斬る!」
クラン「お前がこれ以上魔物を殺す前に、俺がここでぶっ殺す!」
スワン「我が名はスワン!聖人として天使の祝福を受けたものなり!勇者スワンの名において、正義を執行する!」
クラン「俺は魔人として堕天使の加護を受けさせられたクランだ。お前が勇者なら俺は愚者でいい。愚者の肩書のもとに、悪を執行する!」
スワン「いくぞ!」
クラン「こいよ!」
こうして、俺とスワンの殺し合いが始ま―
「はいは~い、そこまで~」
らなかった。大きな6枚の翼、赤い髪。どこかでみたことあるその姿は、俺が知っているものとは大きく異なっていた。
スワン「お前は、堕天使ワグラネリー!」
そう。彼女の翼は、黒かった。熾天使ワグラエルとは違い、天使の輪もなく、髪も黒みがかっている。堕天使という言葉が納得できる姿であった。
ネリー「はいは~い、みんなのアイドルネリーちゃんですよ~っと。クランくん、無事~?」
クラン「堕天使、ワグラネリー・・・・?」
ネリー「そうそう。クランくんにはいつも姉がお世話になってるみたいだね~」
ノイス「出てきやがったか、堕天使!こいつはお前の指し金か?」
ネリー「違うよ~。あたしはただあの姉がめいわくかけてる分、ここらで清算しとこうと思ってきただけだし~」
どうやら彼女はワグラエルの妹らしい。となると、あの熾天使が仕事熱心なのは妹が堕天使になったことと関係があるのかもしれないな。
ローチェ「そうか・・・・お前が、お前のせいで、スオウさんは!お前を、殺す!浄化してやる!」
ネリー「見ての通りあっちの子は頭に血が上っちゃってるので~、今の内に離脱しちゃって~。ここはあたしがなんとかしとくからさ~」
クラン「わかった。助太刀感謝する」
ネリー「どういたしまして~。んじゃ、こっからはあたしが相手してあげるよ~」
ワグラネリーにその場を任せ、俺はルルトたちの元へ向かった。
なんとか結界の外まで出ることができたみたいで、近くの木に書置きが残してあった。
『ちょっと面倒なのが近くに来たから結界も壊したし退散しま~す。これあげるから許して~ Byワグラエル』
ルルト「クラン、これがこの手紙と一緒に置いてあったものだよ」
大きな宝石。ほのかに魔力を感じるこれは、フェニックスの魂と同じくなにかの魂と呼ばれるものなのだろう。どこで手に入れて来たのかは知らないが、ありがたくいただいておこう。
フレイン「・・・・あっ、目を覚ましたわ。よかった・・・・・」
ルルト「大丈夫?えっと、ルーちゃんだっけ?」
少女はこくこくとうなずく。そして辺りをきょろきょろと見まわすと、不思議そうにこちらを覗き込んだ。
クラン「・・・・ああ、俺はクラン。クラン=ソフライムだ」
ルルト「僕はルルトだよ!ルルト・サンダーバード!」
フレイン「私はフレインよ。フレイン・アルラーネ」
俺たちの自己紹介が終わったところで、少女が口を開く。が、
ルー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」パクパク
ルルト「・・・・えっ?なんだって?」
声が小さくてよく聞き取れなかった。
クラン「ごめん、もう一度言ってもらっていいかな?」
ルー「・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・!?」パクパク
フレイン「んー、やっぱり聞こえないわね」
・・・・いや、違う。これは、聞き取れないんじゃない。声が出せていないのだ。言葉が発せないとかそういうレベルですらなく、音すら出ていない。
ルー「(´;ω;`)」
突如、ルーが涙を流しだす。そこで、察してしまった。彼女の声が小さいのではない。彼女は―
クラン「・・・・もしかして、喋れない、のか?」