研究内容
Research Fields & Projects

分類・生態・進化学 ― 不思議だらけのベントスの世界を覗く

 海は生命の起源,生物多様性の宝庫であり,生命誕生から長いあいだ生命進化の舞台となった場所でもあります。海底では,実に多種多様で奇妙奇天烈な生物たちが生活し,様々な形態や生態を進化させてきました。ベントス(底生生物)は身近な海でもたくさん見ることができます。石巻専修大学ベントス研では,干潟や磯に生息する様々なベントスを研究対象として,分類学や生態学,進化学の視点から,多岐に渡る研究テーマに取り組んでいます。
 卒研生や大学院生の研究では,学生の興味・関心を重視しつつ,文献調査や議論を重ねながら,実現可能で「ワクワク感」のある研究テーマを選択してもらっています。身近なベントスでも分かっていないことは多く,よくよく考えると,これまで誰も気が付いていなかったような「不思議」に気が付くことも少なくありません。普段のフィールド調査から着想を得ることもあります。不思議だらけのベントスの世界を覗くような,見落とされてきた不思議を掘り起こすような研究を展開していきたいと考えています。

・ベントスの分布や生息状況の調査

 宮城県内の沿岸域を中心として各地でフィールド調査を行い,ベントスの分布や生息状況を調べています。広く様々なフィールドで調査を行うことで各種の分布や生息環境が把握され,また,定期的に同じ場所で調査を行うことでベントスの生息状況の変化をモニタリングすることができます。このような調査の中で,地域初記録や北限や南限記録更新となる生物が採集され,新産地報告につながることもあります。環境省や県で作成しているレッドリストやレッドデータブックの作成への協力も行っており,各種の生息状況のデータを提供することで,地域の生物多様性の理解・保全につながる研究を進めています。

 レッドリスト・レッドデータブックへの協力

スジホシムシモドキヤドリガイ Nipponomysella subtruncata (Yokoyama, 1927)

オグマヒモムシ Nipponnemertes ogumai (Yamaoka, 1947)

・ベントスの個体群や群集の動態

 ベントスの生息状況を定期的に観測して季節的な変化や経年的な変化を追うことで,個体群や群集の動態を調べる研究を行っています。個体群動態を調べることで,その種の成長や成熟,繁殖,新規加入や寿命について把握できます。また,群集動態を調べることで,自然界における撹乱や人為的な撹乱といったイベントに対する生物の応答や,気候変動に対する長期的な生物相の変化を捉えることができます。

 関連卒研テーマ

・ベントスの繁殖生態・幼生生態学

 ベントスの幼生はプランクトン。多くの海産無脊椎動物は生活史の初期に浮遊幼生期をもちます。ベントスの個体群や群集のことを理解するためには,ベントスの世界だけではなくプランクトンの世界も覗く必要があります。また,ベントスには生殖群泳などの特徴的な繁殖行動を示すものも多いですが,繁殖についてわかっていない種が多く存在します。ベントスの繁殖や浮遊幼生期の動態を理解するため,幼生の同定方法の開発やフィールド調査を行っています。

 関連論文・文献 

スピオ科多毛類の様々な種の幼生

冬夜の石巻で泳いでいたユムシ
Urechis unicinctus (Drasche, 1880)

2022年に新種記載したホヤノポリドラ
Polydora tunicola Abe, Hoshino & Yamada, 2022

DNAバーコーディングにより隠蔽種の存在が検出されたイワムシ類

・多毛類の分類学的研究

 多毛類(≒海産環形動物)は,軟体動物や節足動物などとともに海洋ベントスの主要な分類群の一つを担うグループですが,分類が難しいグループとしてもよく知られています。分類学的研究の遅れにより,人間の生活と関わりの深い沿岸域においても,同定が困難・不可能な種や,形態が酷似する複数の隠蔽種が混同されている可能性のある種などが高い頻度で出現します。そのため,日本各地で行われている干潟生物調査において,生息種が正確に記録されていない可能性や多様性が過小評価されている可能性が高いという問題があります。このような状況を少しでも改善するため,DNAバーコーディングの手法を用いながら,沿岸域でみられる多毛類について,隠ぺい種の検出や,分類学的混乱の整理,新種記載などの分類学的研究を行っています。
 学生の希望に応じて,多毛類以外でも分類学的研究を進めていきたいと考えています。

 関連卒研テーマ

・ベントスの進化の研究

 生物は,生命が誕生して以来長い時間をかけて様々な環境に適応し,多種多様な形態や生態,行動を進化させてきました。海洋には奇妙奇天烈で不思議なベントスたちがたくさん生息していますが,それらもすべて進化の産物と言えるのです。ベントスを観察していると例えば以下の3つのように,様々な「なぜ?」が頭に浮かびます。
・なぜ海に生息するコツブムシや砂浜に生息するハマダンゴムシは,陸上に生息するダンゴムシと同じように球体化するのか?
・なぜクロベンケイガニの歩脚には長い剛毛(私たちは「すね毛」と呼んでいます)が生えているのか?
・なぜイソガニのオスのハサミの間には肉球様の構造があるのか?
これらの「なぜ?」にこたえるためには,進化学的な背景を明らかにする必要があります。飼育実験や行動観察,DNA解析を用いた系統関係の推定などの手法を用いて,身近なベントスの「なぜ?」について,適応・進化的意義の解明を目指しています。

 関連する卒研テーマ 

球体化するハマダンゴムシ Tylos granuriferus Budde-Lund, 1885

「すね毛」が特徴的なクロベンケイガニ Orisarma dehaani (H. Milne Edwards, 1853)

フィールドに恵まれた石巻で,身近な自然や生物を研究する

宮城県の沿岸環境
 宮城県の海岸は中央部に突出した牡鹿半島を境として,北側には複雑な地形で岩礁域の多いリアス式海岸が,南側には平坦な砂浜域を有する仙台湾が形成されています。また,牡鹿半島のつけ根にある万石浦と仙台湾の支湾である松島湾は閉鎖的な内湾域であり,泥質~砂泥質の干潟が発達します。

石巻専修大学の立地
 宮城県の中部に位置する石巻専修大学には,これらの性質の異なる海岸に容易にアクセスできるという立地面での利点があり,様々な環境や生態系,ベントス種を研究の対象とすることが可能です。また,石巻専修⼤学は旧北上川の河⼝から約9キロ上流に位置し,キャンパス内やその周辺には数多くのクロベンケイガニが⽣息しているなど,身近な場所でベントス研究を進めることができます。ベントス研では,このような恵まれたフィールドを活かし,「すぐそこにある自然」の中から生物の不思議や自然環境の価値を見出し,研究のテーマとしています。

楽しくなければ,研究じゃない!

〒986-8580 宮城県石巻市南境新水戸1番地
石巻専修大学 理工学部 生物科学科
海洋ベントス学研究室