【投稿一覧】
2025年12月9日
「ことばの矛盾はなぜ美しいのか─シェイクスピアが描いた感情のかたち―」河野弘美
2025年10月10日
「『ライオン・キング』と『ライオン・キング:ムファサ』に見る聖書的要素 」松浦加寿子
2025年7月7日
「単語は簡単、意味は奥深い——文脈と映像が〈読む力〉を育てる」石原健志
2025年4月30日
「変わり種の疑問文:wh-平叙疑問文」三村仁彦
2025年12月9日
タイトル:ことばの矛盾はなぜ美しいのか─シェイクスピアが描いた感情のかたち―
投稿者:河野弘美(京都外国語短期大学)
今日の英語にはvirtual realityのように、本来なら意味が対立しそうな語が一体となり、一つの表現として広く受け入れられています。よく考えてみると、sweet sorrowやpainful joyといった、矛盾する要素が同時に成立する表現は決して珍しいものではありません。こうした矛盾の共存が自然なものとして語彙化されている背景には、英語という言語が歴史的に多くの比喩表現を取り込み、柔軟に発展してきたという事情があるのかもしれません。
このような矛盾した語の結びつきの歴史を遡ると、表現の可能性を大きく押し広げた存在としてウィリアム・シェイクスピアの名が浮かびます。英語の創造性を高めた天才ともいえる彼は、『ロミオとジュリエット』(Romeo and Juliet, 1595頃)で用いた撞着語法(オクシモロン)によって、人間の複雑な感情を言葉にする革新的な手法を示しました。
1996年製作の映画にロミオが初めて登場するシーンで、彼は恋心の混乱を次のように語ります。
Romeo: Why then, O brawling love! O loving hate!(恋よ争う恋…恋する憎しみ)
O anything, of nothing first create!(“無”から生じた“有”なるもの)
Heavy lightness, serious vanity, (沈んた陽気まじめな戯れ)<00:10:34>
『ロミオ+ジュリエット』(Romeo + Juliet, 1996)
このセリフの続きにもいくつもの撞着語が登場し、ロミオが恋の気持ちをうまく整理できずにぐるぐるしている様子が伝わってきます。こうした矛盾した思いをそのまま口にしてしまう感じは、多くの人が一度は覚えのある感情で、矛盾しているのにどこか共感できてしまう、そんな表現の魅力がよくわかります。
ジュリエットもロミオの台詞に呼応するかのように、矛盾した恋心を語ります。
Juliet: O serpent heart, hide with a flowering face!(蛇の心が花の顔に潜んでいるなんて)<01:15:30> 〈同上〉
『ロミオ+ジュリエット』では現代風の演出が多く取り入れられているため、ジュリエットの有名な台詞のいくつかは省かれています。しかし原作では、ジュリエットもまたロミオと同じように、うまく言葉にできない複雑な気持ちを更に続けてぶつけています。
Juliet: Did ever dragon keep so fair a cave?(あれほど綺麗な洞穴に龍が棲んでいたなんて。)
Beautiful tyrant! fiend angelical!(美しい暴君、天使のような悪魔)
Dove-feathered raven! Wolvish-ravening lamb,(鳩の羽根をまとったカラス、狼のように激しく求める羊)(Shakespear(2000),pp.268-269,日本語訳は筆者による)
これらのロミオとジュリエットが語る表現は、恋というものには「喜び」と「苦しみ」が同居することを象徴的に描いたものだと言えます。原作を読みつつ、映画や舞台映像も併せて見ていくことで、シェイクスピアの才能がより立体的に感じられるようになります。
撞着語法自体はシェイクスピアの発明ではなく、古代ギリシアや中世ヨーロッパの恋愛詩(ソネット)にも類例があります。しかし、これを劇的効果として最大限に活かし、感情が爆発する瞬間の言葉として効果的な表現にした点に、彼ならではの天才ぶりが見て取れます。また、映像視聴を組み合わせる授業では、学習者が矛盾表現の効果を演技の動きや表情とともに受け取れるため、文学への理解がより深まります。
そもそも矛盾こそが人間の感情の本質に近いのかもしれません。喜びには不安が、愛には痛みが、希望には恐れがつきまといます。シェイクスピア劇を通して、その複雑さに触れることができるのです。そして、シェイクスピアの台詞が400年以上たった今も映画や映像作品で繰り返し引用され、若い世代にも共有され続けているのは、こうしたBeautiful Contradictionとも呼べる人間の普遍的な経験に根ざしているからなのだと言えます。
英語教育においても、撞着語法は文脈理解や比喩表現、語彙指導など幅広い活動に活用できます。原作を映像と組み合わせることで、学習者は矛盾が生み出す美しさや奥深さを、より体験的に味わうことができます。シェイクスピアの表現は、今もなお学習者の感性に響く教材として大きな価値を持ち続けています。
【参考文献】
Shakespeare, William.(2000). Romeo and Juliet. In J. L. Levenson(ed.), The Oxford Shakespeare Romeo and Juliet. Oxford University Press.
イングラム,W.G.レッドパス,T.(1975).『シェイクスピアのソネット―愛の虚構―』.(田村一郎,他訳).文理大学事業部.(原著は1964年に出版)
2025年10月10日
タイトル:『ライオン・キング』と『ライオン・キング:ムファサ』に見る聖書的要素
投稿者:松浦加寿子(倉敷市立短期大学)
『ライオン・キング』(The Lion King, 2019)は、主人公シンバが父ムファサの死と叔父スカーの陰謀を乗り越え、真の王として成長する姿を描いた物語です。続編『ライオン・キング:ムファサ』(Mufasa: The Lion King, 2024)では、若き日のムファサと弟タカが絆を育みながらも葛藤を抱えていく過程が描かれています。『ライオン・キング』の製作陣は、シェイクスピアの『ハムレット』と『聖書』から影響を受けていると語っており、続編にもその影響が色濃く反映されていると考えられます。そこで本稿では、両作品に見られる『旧約聖書』の要素について考察します。
まず、天地創造との対応が見て取れます。『ライオン・キング』において、ムファサがシンバに王国の境界を教える場面では、「光の届く場所」が秩序と善の象徴として示されています。これは創世記第1章で神が光と闇を分け、世界に秩序をもたらした場面を彷彿とさせます。
Mufasa: Look, Simba. Everything the light touches is our kingdom.(ごらん、シンバ。日の当たる所すべてが王国だ。)<00:12:03>
また、『ライオン・キング:ムファサ』に登場する動物たちの楽園 “ミレーレ” はスワヒリ語で「永遠」を意味し、緑と食物に満ちた土地として描かれています。雲の合間から光が差し込む演出は、神の創造行為を思わせ、希望や導きの象徴として機能しています。 “ミレーレ” は、両作品の中心的テーマである命の循環と調和を象徴する「サークル・オブ・ライフ(命の環)」とも響き合い、物語に深みを与えています。
Mufasa: Mom, what is that light way out there?(母さん、あの光っている場所は何?)
Eshe: Oh, that’s very special. Beyond the horizon, beyond the last cloud in the sky, that’s a place we call Milele.(あれは特別な場所よ。地平線を越えて一番遠い雲のもっと先。あの場所は “ミレーレ”。)<00:09:21>
次に、洪水のモチーフは、『ライオン・キング:ムファサ』において重要な転機として描かれています。ムファサが洪水で家族と引き離され、孤児となる場面は、創世記第6~9章のノアの洪水を彷彿とさせます。洪水は裁きと浄化の象徴であり、ムファサが試練を経て王として目覚める過程は、使命を担う存在として成長していく物語構造に沿っています。そのような過酷な状況の中で、タカは孤児のムファサを群れに迎え入れます。この受け入れの場面は、裁きの後に訪れる希望と再生の象徴といえます。
Taka: We can’t just leave him here.(放っておけない。)
Uru: Rules are rules, Taka. Obashi will never accept a stray.(決まりは決まりよ、タカ。オバシは野良ライオンを受け入れないわ。)
Mufasa: I’m not a stray. I’m just … lost.(野良じゃない。迷子なだけ。)<00:17:51>
最後に、『ライオン・キング:ムファサ』において、兄弟の葛藤と赦しの物語が重なります。タカがムファサを裏切り、敵のキロスに加担する場面は、創世記第4章でカインが嫉妬からアベルを殺した構図と重なります。
Mufasa: Taka, please!(タカ、ウソだろ?)
Taka: I’m the son of a king. But Sarabi chose you. Just like Mother. Just like my own father. I saved you and you betrayed me!(王の息子は俺だ。でもサラビも母さんもお前を選んだ。父さんまでもだ。命を助けた俺をお前は裏切った。)<01:30:54>
さらに、創世記第45章でヨセフが兄たちを赦す場面と同様に、ムファサも葛藤の末にタカを赦します。これは神の慈悲と赦しの精神を体現するものであり、王としての寛容さに神性が見て取れます。
Taka: Mufasa, please forgive me.(ムファサ、俺を赦してくれ。)
Zazu: You must banish him, Sire.(追放するべきです、陛下。)
Mufasa: As long as I’m king, my brother will have a place here.(僕が王である限り、弟はここに置く。)<01:45:47>
このように、両作品には『旧約聖書』の要素が随所に反映されています。天地創造やノアの洪水といった聖書的要素が物語の根幹を支えており、それが視聴者の心に深く響いています。聖書的要素が物語に重層的な意味を与えることで、作品が世代を超えて愛される理由の一つとなっているのです。
【参考文献】
日本聖書協会(編著)(1987).『聖書 新共同訳 旧約聖書』三省堂.
Popp, O.(2018). ‘Ready, fire, aim’: A talk with Disney producer Don Hahn. The Stanford Daily.
https://stanforddaily.com/2018/02/01/ready-fire-aim-a-talk-with-disney-producer-don-hahn/ (最終閲覧日:2025年9月20日).
2025年7月7日
タイトル:単語は簡単、意味は奥深い——文脈と映像が〈読む力〉を育てる
投稿者:石原健志(大阪星光学院)
英語を読むとき、「単語の意味」を確認するのは基本です。けれども、やさしい単語で構成されていても、語句全体の意味が直訳ではつかみにくい表現があります。今回は be met with A や nothing if not A のように、単語自体は平易でも、表現として特有の意味をもち、直訳では理解しにくいものを扱っていきます。
こうした表現は、単語の意味だけを見ていてもいまひとつピンとこないことがありますが、むしろ映像の中での使われ方を知ることで、意味や使い方が深く理解できることもあります。とくに、皮肉や逆説的なニュアンスを含む「簡単そうで難しい表現」は、登場人物の言い回しや場面の文脈によって、かえって印象的に、そして的確に伝わってくるのです。だからこそ、英語表現が実際にどのように使われているのかを映像で観察することは、学びに直結する貴重な手がかりになります。まずは以下の例文でbe met with について確認しましょう。
(1) When I introduced myself, I was met with blank stares.
(私が自己紹介をすると、ポカンとした視線を浴びた)
この be met with A は直訳すれば「Aで迎えられた」ですが、実際には「Aという反応を受けた」、「Aにさらされた」という意味で使われます。withの目的語が人ではなく出来事や感情であるのが特徴で、好意的とは限らない反応を受けることを表すのが一般的です。ここでは blank stares(無表情な視線)を受けたことで、「歓迎されなかった」「気まずい空気になった」という意味合いが生まれます。
さらにnothing if not Aの例を見てみましょう。
(2) Emma is nothing if not practical.
(エマはとにかく現実的な人だ)
この nothing if not A は、一見否定表現のように見えますが、実際には「まさにAである」、「A以外の何者でもない」といった強調の意味を持ちます。文法的には明確な肯定であり、ここでは「エマが現実的であることは疑いようがない」という解釈になります。
こうした表現について、ドラマや映画では、あえて皮肉として使われ、意味が反転する場面も見られます。以下にその実例を紹介します。
(3) Narrator: The next day Gabrielle returned the engagement ring to John Roland. A gesture that was met with measured enthusiasm.
(翌日、ガブリエルはジョン・ローランドに婚約指輪を返した。それは、控えめな熱意で受け取られた行動だった)
―<00:37:47>『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives, Season 1, Episode 13, 2004)
… was met with measured enthusiasm(控えめな熱意で受け取られた)は一見穏やかな言い回しに思えます。しかし、実際の場面では、ジョンは激しく怒り、物を投げつけて感情を爆発させます。視覚的には明らかに「控えめ」どころではない反応です。〈映像〉とのギャップにより、実際のセリフに皮肉の意味が加わり、観ている人に強い印象を与えます。
同じことが次の(4)でも当てはまります。
(4) Narrator: The residents of Wisteria Lane are nothing if not loyal.
(ウィステリア通りの住人たちは、何よりも忠誠心にあふれている人たちだ)
―<00:02:58>『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives, Season 7, Episode 19, 2010)
nothing if not loyalはセリフだけ見ると「まさに忠実である」という〈称賛〉に見えます。しかし、この場面の映像は、その住人達が秘密や偽りを抱えながら、表面的な結束を装っている様子を描いています。つまり、ここでのloyalは必ずしも美徳ではなく「体裁を守るための都合のよい忠誠」として用いられており、ナレーションはそれを知ったうえで冷静に皮肉を込めているのです。
このように、英語には直訳ではとらえにくい意味をもつ表現があり、文脈や映像によって皮肉や逆説的なニュアンスが加わることもあります。こうした文脈をふまえた意味理解は「単語の意味を知る」だけの学習ではたどり着けません。映像を通して英語に触れることで、「こんなふうに使われるのか」と具体的な用法に気づきやすくなります。その結果、直訳では捉えにくい表現もより印象深く記憶に残るはずです。
2025年4月30日
タイトル:変わり種の疑問文:wh-平叙疑問文
投稿者:三村仁彦(帝塚山大学)
今回は一風変わった疑問文についてお話したいと思います。一般に,英語の疑問文は主語とbe動詞・助動詞を倒置することで得られますが,話し言葉ではこの倒置を起こさずに疑問文を作ることも可能です。このような〈主語+be動詞・(助)動詞〉の語順をもつ疑問文は「平叙疑問文(declarative question)」と呼ばれ,典型的には話し手がこうだと考えていることを聞き手に確認したり,話し手の驚きを表したりする場合に用いられるとされています。音声面では文末は上昇調で発音され,表記上は疑問符が付けられます。
(1)
a. This is your car? (= I suppose this is your car, isn’t it?
b. That’s the boss? I thought he was the cleaner.
c. ‘We’re going to Hull for the weekend.’ ‘You’re going to Hull?’ (Swan 2016:302)
平叙疑問文は一般的な総合英語教材でも(簡潔にではあるものの)取り上げられていることが多く,上記Swan(2016)のような,より専門的な英文法解説書では基本的に専用の項目が立てられています。ところが,平叙疑問文にもwh-句を含むタイプがあることは,(筆者の知る限り)総合英語教材はもちろんのこと,どの英文法解説書でも触れられていません。ですが,映画や海外ドラマのセリフを注意深く観察していると,この型の平叙疑問部に出くわすことがままあります。それが今回ご紹介したい「wh-平叙疑問文(wh– declarative question)」です。
(2)
a. Tess, your silence indicates what?(テス,あなたの沈黙はいったい何を意味しているのかしら?)<00:30:45>『M3GAN/ミーガン』(M3GAN, 2022)
b. And I’m looking for what?(それで,私はいったい何を探せばいの?)<00:38:25>
『インデペンデンス・デイ』(Independence Day, 1996)
c. We are meeting again when?(次の会議は何時だ?)<00:06:25>
『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing, Season 4, Episode 7, 2002)(飯田2022:79)
(2)が示すように,wh-平叙疑問文のもっとも大きな特徴は,wh-句が文頭に移動せず元位置(in-situ)に留まるという点にあります。また機能面では,通常の平叙疑問文と同様に感情的な疑問文であるとともに,疑問詞に対する聞き手の回答を強く要求し,談話の進行を促すはたらきをもつとされます(cf. Biezma 2020:7)。この点は,次の(3)で確認できます。
(3)
Donna Who: Uh, what are you doing with my bowling ball?
(ねえ,私のボウリング・ボールで何をしているの?)
Cindy Lou Who: Chasing it.(転がしてるの)
Donna Who: And you’re taking it where?
(それで,いったいどこに持っていくつもりなのかしら?)
Cindy Lou Who: It’s a secret.(それは内緒)
<00:32:34>『グリンチ』(The Grinch, 2018)
(3)は母親のボウリング・ボールを転がしながら出かけようとする娘と,その様子を見て驚く母親との会話です。母親は最初こそ単純なwh-疑問文で「何をしているの」と尋ねているものの,続くセリフでは一転wh-平叙疑問文を使って「いったいどこに持っていくの」とやや強めに問いかけています。これは,娘が最初の質問に対して十分な答えを返さなかったため,重ねて質問するにあたって,より納得のいく返答を求めて母親がwh-平叙疑問文を用いたものだと考えられます。
ところで,クイズ番組の司会者がよく用いるとされる,いわゆる「クイズ疑問文(quiz question)」も表面上は(4)のwh-平叙疑問文と同じ形式をもちます。
(4)
a. Terry McTeer: The majority of weather occurs in which atmospheric layer?(天候の大部分が発生するのはどの大気層でしょうか?)
<00:49:42>『クイズ・レディー』(Quiz Lady, 2023)
b. Terry McTeer: The Striding Man is the logo of what spirits company?(ストライディング・マンはどの酒類販売会社のロゴでしょうか?)
<01:11:16>『クイズ・レディー』(Quiz Lady, 2023)
両者が同一のものなのか,それとも2種類の異なる文がたまたま同じ形を有しているだけなのかは興味深い問題と言えるでしょう(cf. 三村2024)。
【参考文献】
Biezma, María (2020) Non-informative assertions: The case of non-optional wh-in-situ. Semantics & Pragmatics Volume 13, Article 18: 1-54
飯田泰弘(2022)『英語教材としての英語スクリプト(4):問い返し疑問文に関して』岐阜大学教育学部研究報告 人文科学71(1),129-138.
三村仁彦(2024)『wh-平叙疑問文の生起環境と語用論的機能について―映画・海外ドラマからの実例に基づく記述的分析―』第15回映像メディア英語教育学会東日本支部大会における口頭発表.
Swan, Michael (2016) Practical English usage (Forth edition), Oxford University Press, Oxford.