Seasonal variability of Mercury's sodium exosphere deduced from MESSENGER data and numerical simulation.
Suzuki, Y., Yoshioka, K., Murakami, G., & Yoshikawa, I. Journal of Geophysical Research: Planets, 125, e2020JE006472. (First published: 25 August 2020)
研究の背景 〜水星の「大気」とは?
水星は太陽系の天体の中で最も太陽に近いところを公転している惑星です。太陽に近いだけあって、水星は常に太陽からの熱や紫外線等の厳しい環境に晒されています。今回の本題である水星の「大気」は、地球の大気とは性質が大きく異なります。大気構成原子のほとんどは高温、紫外線、太陽風粒子(荷電粒子)、ダスト(塵)等の宇宙空間環境の影響を受けて水星表面から飛び出たもので、すぐに宇宙空間に飛んでいくか再び水星表面に衝突するため、各原子が水星上空を浮遊する時間はせいぜい数時間程度です。従って、水星大気はほぼ真空と言っても良いくらい希薄です。
大気の量は周辺の宇宙空間環境によって激しく左右されるため、大気量の変化を見れば天体が宇宙空間からどのような「攻撃」を受けているかを推定できます。水星は天体と宇宙環境の相互作用を理解する上で重要な天体と言えるでしょう。また、月等の衛星や近年相次いで発見されている系外惑星にも水星のように非常に希薄な大気を持つ天体が数多く存在します。水星環境の理解は、このような希薄大気を持つ天体一般の理解にも繋がるでしょう。
先行研究 〜水星大気量は予想外の季節変動をしていた!
水星は軌道離心率(軌道の歪み)が約0.2と大きく、季節によって太陽との距離が1.5倍程度変動します。これにより昼側領域の表面温度が200℃から400℃以上にまで変動するなど、水星環境は著しく季節変化をします。水星大気構成原子の中では、特に明るく光り観測しやすいNaの研究が最も進んでいます。地球上の望遠鏡からの観測では、水星が遠日点にある時(太陽から最も遠ざかる時期)に、温度の低下と紫外線量の減少により大気中のNa量が減少することが分かっていました。しかし、初の水星周回探査機であるNASAのMESSENGER探査機に搭載されたカメラMASCSによる観測から、水星の昼面の上空では遠日点付近で大気量が増大するという驚くべき結果が得られました(Cassidy et al., 2015)。さらに翌年には特定の経度だけ、他の経度よりも常に大気量が多いとの解析結果も発表されました(Cassidy et al., 2016)。これらの観測結果については「それっぽい」説明はなされたものの、シミュレーションによる再現に成功した例は未だありませんでした。
私の研究 〜水星大気量の季節変動の鍵は彗星にあり!?
MESSENGER/MASCSで観測されたNa大気量の季節変動性の要因を解明するために、私はまずMASCSの観測データを解析し直しました。その結果、水星の朝方・夕方にあたる領域では、地上観測の結果と同様に遠日点付近で大気量が減少していることが分かりました。地上観測では主に朝方・夕方の領域を見ていたので、MASCSの観測結果と地上観測の結果が整合して安心しました。
次に、シミュレーションを1から構築して、MASCSの観測データの再現を試みました。水星大気のモデルは10年ほど前に作られたものがあるのですが、自分で好きなように加工できるモデルが欲しいので、これまでのモデルや観測結果を勉強しながら自分で新しいモデルを構築しました。しかし、半年以上かけてモデルを開発し、コンピューターで数週間計算を回し続けても、昼面の大気量も遠日点付近で減少するという観測結果に反する計算結果が出てしまいました。
困り果てた私が目をつけたのは「流星群」でした。流星群とは、彗星の噴出物が彗星軌道上に溜まったもの(ダストトレイル)が、その軌道を横切った天体に大量に衝突する現象です。なぜ流星群に目をつけたかと言うと、ある先行研究(Killen and Hahn, 2015)で、水星のCa大気量の季節変動の一部がエンケ彗星(地球のおうし座流星群の原因となる彗星)由来の流星群で説明できるとされていたからです。この先行研究を発展させてエンケ彗星由来のダストトレイルが水星に衝突する時期を計算した論文(Christou et al., 2015)を見ると、なんと遠日点付近で昼面に大量に流星群が降り注いでいるではありませんか。これらの研究を知った私はすかさず自分のモデルに流星群の衝突によるNa大気の放出を取り入れました。その結果、現実的な量の流星群衝突でMASCSの観測データの再現に成功しました。
問題点とこれから 〜観測もモデルもまだまだ不完全!
こうして一応は地上望遠鏡やMESSENGER/MASCSによる観測結果の再現に成功しましたが、「特定の経度だけ、他の経度よりも常に大気量が多い」という観測結果については「それっぽい」シナリオは示したものの、モデルによる再現には至っていません。というのも観測データがまだまだ不足しており、水星Na大気の詳細な分布がよく分かっていないため、モデルの構築も難しいからです。
現在、JAXAが開発した探査機「みお」とESA(欧州宇宙機関)が開発した探査機MPOの2機からなる、水星探査計画BepiColomboが進んでいます。両探査機は2025年末に水星周回軌道に入る予定です。これらの探査機にはNa等の大気中の原子の分布を調べるカメラや、ダストトレイル等の粒子の分布を調べる装置が搭載されています。BepiColombo計画により、水星の環境がより詳細に分かるでしょう。5年後の軌道投入が今から待ち遠しいです。