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NASA/JPL-Caltech留学体験記

5月14日更新 (野崎舜介、西村大樹)

アストロバイオロジークラブ東北支部長の野崎です。今回は僕が個人的に興味があるJPLでの研究の話について、アストロバイオロジークラブメンバーの西村さんに聞いてみようと思います!

YouTubeの動画もぜひご覧ください!!

JPLとはどんなところですか?

NASA Jet Propulsion Laboratory (NASAジェット推進研究所)は全米にいくつかあるNASAの施設のひとつで、カリフォルニア州のロサンゼルス郊外にあります。ロボットを用いた惑星探査機宇宙船の製作と運用が主なミッションで、他にも私が留学した部門では理学や天文学などのサイエンスミッションも主導しています。現在は隣接するカリフォルニア工科大学によって運営されています。

JPLに留学することになったきっかけを教えて下さい

時期は2017年の夏頃で、多分実際に留学が始まる一年くらい前だったと思います。当時の所属は東京海洋大学の学部2年生でした。ちょうどその年の慶應アストロバイオロジーキャンプに参加していて、そこでこれ (アストロバイオロジー)は面白い分野だ、自分も実験してみたいと思いたって、当時キャンプのオーガナイザーだった藤島先生にどこか海外の研究室で受け入れてくれるところを紹介していただけないかと長文メッセージ送りました。当時はさっさと日本から出たいという気持ちが強くて (今もそうですが笑) とにかく海外の研究室で早くに研究の経験を積みたいという気持ちが強かったです。ただそこで藤島先生からNASAの名前が出たときには驚いたしテンションも上がりましたね。受け入れてくださったのはJPLでOrigins and Habitability Lab.という研究室を主導されているLaurie Bargeさんという方で、藤島さんから紹介していただきました。留学の形態はJPL Visiting Student Research Program (JVSRP)という夏期インターンプログラムに参加というものでした。

研究の内容や研究環境について教えて下さい

滞在中はとくに講義とかを受けるというものではなく、ひたすら実験と論文読みをしていました。研究内容は酸化鉄へのリン酸の吸着反応についてのもので、既に走っていたアミノ酸の吸着反応の新たな展開としてはじまったものでした。リン酸はDNA、RNAといった核酸にも含まれる生命にとって不可欠な分子ですが、それが生命が誕生した場所にどうやって濃縮され、初期生命に利用されるに至ったのかということで、酸化鉄が吸着作用によってその役割を担えたかどうかを検討するための実験でした。自由度については大まかな実験内容は既に決まっていたものでしたが、細部 (どんな試薬をどんな条件で使うかとか) についてはある程度こちらの意見を聞いてもらえました。

JPLで指導してくれたのはどのような方でしたか?

指導教官はLaurieさんという方で、彼女の研究室では私が行った化学進化的な実験の他にも現生の微生物を扱った実験や、深海熱水噴出孔の環境を実験室で構築するという実験など、多様なテーマを扱っていました。また、私以外にもアメリカの近隣の大学からインターンを受け入れており、インターン生の間のコミュニケーションやディスカッションも楽しめました。Laurieさんとはそこまでお話しする機会がなくて (学会出張などで研究室にいないことも多かったので) 、なにか実験で困ったことがあったりしたときは先輩のインターン生の方に助けてもらっていましたが、個人的に進路について相談した際は時間をかけて親身にアドバイスをいただけたのが嬉しかったですね。

JPLの優れている点を教えて下さい

JPLの研究環境が優れていた点は、研究資金が潤沢にあるとか他分野の優秀な研究者とのディスカッションが有益とか色々あると思いますが、そのあたりのことは他でも色々と書いてありそうなのでちょっと別なことを言うと、私がJPLで一番好きだなと思ったのは常に宇宙を感じられる雰囲気ですね。例えば研究棟を出て少しすればISSやアルファ・ケンタウリなどの方向を指す矢印のオブジェやキュリオシティの1/1模型、また当時組み立て途中だったMars2020ローバーや有名なMars Yard、コントロールルームなども見ることができ、宇宙を近くに感じられるしとにかくカッコイイです。また研究所が山にあるので緑が多く、シカやリス、アライグマなどはよく見られ、リラックスできました。研究に直結することではありませんが、JPLのあの雰囲気は研究のモチベ維持などに大きく寄与していると思います。なによりカッコイイ職場で働いている研究者はカッコよく見えます!

周囲の優れた研究者と接してどう感じましたか?

一言でいうと実力不足を突きつけられたという感じですね。大学入ってからこれと言ってとくに努力せずに生活してて、それでも色々と良い経験はしていて、あれ?俺このままなんとかなるんじゃね??と思ってNASAにも行ってしまったわけですが(当然最低限の準備はしましたが) 、そんなんだからアストロバイオロジーも大まかな研究テーマや手法は知っていても、もっと基本的な化学、生物学、地学とかの知識が無くて、ディスカッションなどにも全然入って行けず、渡された論文もなかなか読み込めず、自分の実力が研究するには全然足りていないという現実に直面せざるを得なかったということです。

周囲の研究者たちの学問への姿勢や知識の広さについては、どのような印象をもちましたか?

皆さん非常に優秀な方なので、当時の私からすれば同じインターン生であっても幅広くかつ深い知識を持っていると感じましたが、しっかり勉強すれば太刀打ちできないというレベルでは無かったように思います。努力あるのみですね。研究にかかる姿勢については、とにかく研究を楽しんでやっているという印象が強かったですね。研究室に配属されて最初に所属メンバーからそれぞれがやっている研究テーマを個別で伺う機会があったのですが、その際に自分の研究の何が重要で何が面白いのかを教えてもらい、それを強く感じました。

周囲の研究者の方の仕事のスタイルついて教えてください!

少なくとも私が所属していた研究室ではほぼ全員定時上がりでした。大体朝9時から10時くらいに来て夕方17時頃のまだ明るい間にはもう全員いないみたいな。ちょっと調子悪い日は休むとかも普通に有りましたね。それでもしっかり結果は出しているので研究は時間よりも質が大事なんだなぁと(もちろん時間がかかる実験もありますが) 。あとはRegular Day-offといって二週間に一度金曜日が定休日だったので、三連休を使ってちょっと遠出したりできます。近くには有名な国立公園がいくつもあるので行ってみると良いかも。

何か思い出深いエピソードなどはありますか?

最も思い出深いことはMichael J. Russellさんと話したことですね。彼は深海熱水での生命起源研究の大御所の方なんですが、私が所属していた研究室の斜め前のオフィスにその名前を見つけて話しかけてみました。そこで生命とは何か、今後どんな研究をするべきか等、色々なことを話したんですが、中でも最も印象深かったのは、「あなたは非常に優秀な研究者だと聞いていますがあなたのような研究者になるにはどうすれば良いですか?」といった旨の話をしたときで、その返答は「別に焦ることはねえ。俺もお前も一人の研究者としては全く同じ立場なんだからよ。俺はもう研究者人生も終わりに差し掛かってるから色々と箔が付いて優秀に見えるかもしれないけどお前は今始めたばかりだろ?お前のやり方でお前のペースで一歩づつ進んでいけばいずれは俺みたいなヤツになれるぜ!」的な感じだったと思います(大幅に脚色有り) 。何より感動したのは初対面のよくわからない一介の大学生に対して全く偉ぶること無く自分と同じ立場だと言ってくれたことで、研究者とかそれ以前に人間としてすごい人だなと思いましたね。目指すべき姿です。

研究以外での生活はどんな感じでしたか?

毎週最後の労働日にラボのほぼ全員でダウンタウンの方のパブにいって飲み会をしていました。そこではお酒を片手にラボのメンバーと色々とお話するわけですが、研究の話の他に日々の生活の話とか日米の違いについてとか話しました。他にもLaurieさんのお宅でもホームパーティがあって、そこには研究室外の研究者さんも来ていましたね。中にはMars 2020やEuropa Clipperに関わっている方もいて様々な目線での今後の宇宙開発予想を聞くことができました。また、私のインターン最終日には送別会をしてくれました。会場がロスで最も高いビルの73階にあるSpire 73という場所だったのですが、地上約300mの西半球で最も高いルーフトップバーということで、ロサンゼルス市街からハリウッド、さらには海岸線まで見渡せて、アメリカを感じましたね。あの光景を見るためだけにまたロスに行きたいくらいです。

滞在費や、奨学金について教えて下さい!

滞在中の宿はCaltechの寮が借りられたら良かったんですが空き部屋がなかったようで、結局JPLまでバスで1時間くらいかかる場所をAirbnbで見つけて借りましたね。おかげで毎朝早起きでした。コストは諸々込みで月15-20万円くらいかな。ただ宿泊費用をあまりにも安くしたせいで (日本的には高い価格なんですが)プライバシーがないとか色々と問題があって…。次行くとしたら多少値が張ってももっといいところ借りると思いますね。お金の出どころについてですが、私は「トビタテ!留学JAPAN」という奨学金制度を利用しました。留学プログラムを自分で設計できるという自由度はあるのですが、ロサンゼルスとかにいくのであればちょっと奨学金が少ないかなとも思います。前述のJVSRPの場合は参加にあたって一定額以上の奨学金の受給生であることが必須なので、利用を検討される場合はご注意を。

生活のなかで苦労はありましたか?

食事は苦労しました。ほぼ毎日ハンバーガー食べていた気がします。朝食は近所かJPLの中にあるスタバでスコーンとか食べて、夕食は近所のWendy’sに通っていました。昼食はJPLのカフェテリアがとても充実しているのでそこを利用していたのですが、開いている時間が結構短くて、実験が長引いたりするともうクローズしてしまったりしているのでワゴン販売のサンドウィッチとか食べていましたね。一日三食取らない日が大半だったと思います。あとは移動ですね。車を運転しなかったので、ひたすら鉄道とバスを利用していたのですが、バスは乗り換えに失敗するとバス停で数十分待ちぼうけになったりして、ホームレス街で夜に待っていたときは死ぬかと笑。あと所要時間がとても長いですね。国際免許とって自分で車運転するか、Uberなど利用するかをお勧めします。

全体を通して得られたものは何でしたか?

留学生活の途中から前述の通り自分の実力不足に気づいてしまったので、このままではなにも残せず終わると思い、実験にも時間を割く一方でとにかくコネクション作りには力を入れましたね。その結果ASO第三回講演予定の石松さんともつながりができましたし、NASAのHQの方とも繋がることができ、現在はその方が主導している有人火星探査についてのワークショップに参加してます。こんな感じで、当時作ったコネクションは今活きていると感じていますし、今後も力になるだろうと確信しています。実験については帰国後にも続けようという話はあって、機会をみて再開できればと思っています。

留学の前後で、何か心境などで変化した点はありますか?

繰り返しになりますが、 JPLに行って感じたのは、なにより基礎的な学習が大事ということです。アストロバイオロジーって生命の起源とか地球外生命とかすごくキャッチーなトピックを扱っていて夢もロマンもあるし、私もそれに惹かれて入ってきたわけですが、自分の手でそうした壮大な相手と太刀打ちするためには地味でつまらなくてもまずは武器となる知識、知恵を身につける必要がある、それが研究を行う上で前提となる条件だと思うようになりましたね。また、最初留学先として提示されたときにはとても遠い存在に感じていたNASAが、意外と身近で、頑張って手を伸ばせばそこで研究することも夢じゃないと思うようになりました。上から目線みたいで恐縮ですが、学生の間に海外で経験を積むことで、世界を股にかけて活躍するような研究者にぐっと近付くと思います。