ミズムシ類は淡水域から浅海、深海に至るまで幅広い生息域をもつ生物ですが、深海(水深200m以深)において最も多様性豊かな生物の一つです。特に栄養が少なく生物密度が低い海溝の中でもその生物量は非常に高く、形態・生態ともに多様化しています。
私たちは主に船舶を用いたトロール調査によって深海の海底堆積物を採集し、その中から顕微鏡を使ったソーティングによって得られた標本を使った解析を行っています。得られた標本の形態観察に加え遺伝子解析によって得られた配列データから、生物個体群の地理的な遺伝構造を解明したり、生物種間の系統関係を知ることにより、それらの種がどのように進化してきたのかを知ることができるほか、時にはまだ名前のついていない種(未記載種)を発見することもあります。
私たちの主な研究は、これらの新種に名前をつける作業(記載)です。近年、DNAの塩基配列に遺伝情報が含まれることがわかってきて、その後の技術の進歩によってDNAの塩基配列を容易に読み取れるようになりました。それにより生物の正体がはっきりとわからなくてもその集団構造や生物相、種数などを推定することができます。しかしながら未知の配列が多くあるとその分その精度は下がり、さらに特定の種の遺伝的な種内変異の程度も知らなければ、真の種数を見誤ることになりかねません。それはすなわち、急激に変動する現代の地球環境において今まさに絶滅しようとしている生物を見逃してしまったり(生物多様性の喪失)、そうした生物の保全策を誤ったりすることにつながります。
生物の種を認識し、名前をつけて形態を記載し分類するという作業は、生物種の正しい数の把握という以上に、他の研究者や一般の方々・行政との認識を一致させるという意味もあります。ネコ(学名:Felis catus)という名前を聞いて多くの人が猫を認識できるように、ある生物の話をしたり理解を深めるためには全世界で共通の名前がある必要があります。
上述の通り、遺伝子解析とそれまでの形態ベースの分類との整合性(または相違)が次々に明かされ、進化の末に出来上がった現在の生物の姿をより正確に、そして容易に捉えることができるようになってきました。しかしながら、形態をじっくり観察し、地道な文献調査を行う従来の分類学が不要になるわけではありません。私たちの研究は「アルファ分類学」とも呼ばれ、その所以は全ての分類研究の礎であるということです。
準備中
準備中