Paul Gauguin [Public domain], via Wikimedia Commons

『心理学評論』特集号

「心理学の再現可能性:我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

企画概要 つい先日、Scienceに衝撃的な論文が掲載された。その内容は、過去の心理学の研究論文について追試を行った結果、結果が統計的に再現されたものは追試実験全体のうちの40%に満たないというものであった。また、2015年の年頭に出たBasic and Applied Social Psychology誌はそのエ ディトリアル記事で、今後一切統計的検定に関する記載を行わないと「高らかに」宣言して、心理学のみならず幅広い研究者コミュニティの耳目を集めた。

そして近年、心理学の領域においても、Hendrick SchönやSTAP細胞問題に近いようなデータの捏造・改ざんによる研究不正を犯す研究者すら出てきた。このこと自体心理学界においてゆゆしき問題である。しかしかれらの行為を軽蔑する研究者たちも、意識するしないにかかわらず、さまざまな問題のある研究実践 (QRPs)に手を染めてはいないだろうか。

これらの問題に対する関心は今に始まったことではないが、ここ数年、研究者の側もこれらに対して自覚的になってきたというのも事実だ。そこで、再現可能性、統計の問題、QRPsから研究不正まで、という相互に密接に関連しあうこれらの問題に対する現状の認識と展望について忌憚のない議論を進めるべく本特集号を企画した。これらの議論を通して、心理学が今よりさらに一歩前に前進するこ とを強く期待する。

(文責:友永雅己)

担当編集委員

論文とアブストラクト

  • 友永雅己・針生悦子・三浦麻子 特集号に寄せて

  • 池田功毅平石界(学振/中京大・慶応大):心理学における再現可能危機:問題の構造と解決策

    • 近年心理学は、知見の再現可能性に関する重大な危機を迎えている。これまで広く実践されてきた心理学研究方法と、多くの心理学ジャーナルで採用されてきた報告制度には、システマティックな問題点が存在することが、多くの研究者に自覚されつつある。すなわち、研究の価値に対して科学的というよりも審美的な判断基準が優先されることで、肯定的結果に対する出版バイアスが生じ、またそれらに対抗して研究者が種々の「疑わしい」方法(p hackingやHARKing)を採用してきた結果、多くの報告が、実は第一種の過誤によって得られた空虚なものである可能性が明らかになってきた。さらに、仮説が真である事前確率が低い研究領域では問題が極度に悪化している可能性もある。事実、報告された論文結果の再現性は4割弱しかないという報告もなされている。こうした現状に対して、事前登録制度を伴う追試の重要性が認識され始め、ジャーナルの掲載基準を含めた制度的改革が進行しつつある。本稿ではこれら問題の構造、そして解決策を概観する。

  • 山田祐樹(九大):認知心理学における再現可能性の認知心理学

    • 追試やメタアナリシスを扱う多くの先行研究が, 心理学とその関連領域においてその低い再現率や効果量の問題を指摘してきた。著者は本稿において,問題のある研究行為や不正行為などのあらゆる研究領域に共通する問題だけでなく, 認知心理学特有の問題について議論する。まず,認知心理学では研究結果の再現可能性や効果量の問題がほとんど注目されていないことが示唆された。さらに,認知心理学の研究者の認知過程に関する研究はほとんどなされておらず,それが再現可能性問題や追試不足における動機づけの要因への軽視につながっていることを指摘する。こうした問題の理解をもとに,認知心理学が今後どのようにしてこの種の問題を解決していくかについて議論を行う。

  • 森口佑介(上越教育大(現・京都大)):発達科学が発達科学であるために:発達研究における再現性と頑健性

    • 心理学研究において,研究の再現性や頑健が大きな問題になっている。しかしながら,発達科学領域ではこれらの点ほとんど議論さていないのが現状である。本論文は,発達科学における研究の再現性と頑健性の問題を論じる。 特に,2つの例 を紹介する。まず,乳幼児を対象にした実験研究である。これらの実験結果には様々な要因が影響を及ぼすため,追試は容易ではない。この点を解決するために,現在ManyBabiesプロジェクトが始動している。 2つ目は, 長期間の発達プロセスを調べる縦断研究である。縦断研究は多大な研究時間や資金を要するために,再現性よりも頑健性を評価した方がいかもしれない。最後に,国内の発達科学の状況を紹介し,発達研究において研究の信頼性を高めるために,より努力をするべきだと提案したい。

  • 鮫島和行(玉川大):システム神経科学における再現可能性

    • システム神経科学は、心理現象と脳に おける物理現象を橋渡しする重要な経験科学である。人や動物が刺激をうけ行動している最中の神経活動や脳血流を記録し、外界からの刺激や行動との対応関係や情報処理を探る分野である。本稿では、システム神経科学における再現可能性と透明性の具体的な問題を取り上げ、現状の問題点とその克服法について議論する。

  • 澤幸祐・栗原彬(専修大):動物心理学における再現可能性の問題

    • 研究の再現可能性や信頼性は科学にとって極めて重要であり,動物心理学にとっても同様である。動物心理学の領域においては,研究は異なる動物種について異なる実験状況,実験課題を扱うため,人を用いる研究とは異なる問題が生じうる。適切な統計解析の使用や実験計画の改善に加えて,同一種間・複数種間を問わず再現可能性を高めるためには,研究の理論的背景が重要である。動物心理学においては実験課題や実験状況の標準化が難しい場合があるため,理論的背景の存在は研究の再現可能性や解釈の妥当性を高めることに寄与する。こうした努力は,動物福祉的な観点から見ても,不必要な動物の使用を削減することに重要であると考えられる。

  • 大久保街亜(専修大):帰無仮説検定と再現可能性

    • 帰無仮説検定は長らく厳しい批判にさらされてきた。それにも関わらず,現在でも心理学において支配的な統計手法である。帰無仮説検定における恣意的な有意水準とp値への過度な依存は心理学における再現可能性の低さに関わる可能性がある。本研究では,論文誌 社会心理学研究を対象に調査を行い,そのような過度な依存が,日本の心理学にも存在するか検討した。その結果,効果量とp値の解釈には,特にp値が有意水準周辺のとき齟齬があった。さらに有意水準のすぐ下のp値の報告はスパイク状に増加した。これらの結果はp値への過度な依存が信頼できず再現もできない結果につながることを示唆している。これらの結果を受けて,本研究では過度の依存を解決するための2つのアプローチについて議論した。

  • 小塩真司(早稲田大):心理尺度構成における再検査信頼性係数の評価―心理学研究に掲載された文献のメタ分析から―

    • 新たな心理尺度を構成する際に,信頼性係数を報告することは重要な手続きの1つとなっている。しかしながら,日本の心理学者の間でどの程度の信頼性係数が適切であるかについては意見が一致しているとは限らない。本研究では,過去の心理学研究に掲載された信頼性係数,特に再検査信頼性係数を収集し,メタ分析を試みた。変量効果モデルによる母相関係数を推定したところ,ρ = .76 という結果を得た。再検査信頼性係数と内的整合性間の関連はほとんどみられなかった。尺度の項目数は,再検査信頼性係数の高さに関連していた。論文の著者は,再検査信頼性係数が r = .50 を下回る際に,その係数に問題がありそうだと記述する傾向が見られた。得られた結果をもとに,信頼性係数の使用方法について議論された。

  • 藤島喜嗣樋口匡貴(昭和女子大・上智大):社会心理学における"p-hacking"の実践例

    • 社会心理学研究における再現性の低さが議論になっている。再現性を低める一因として、p-hackingと呼ばれる問題ある研究実践がある。本論文では、身体化認知とプライミングに関わる直接的追試研究を2事例用意し、p-hackingの実践例を示す。著者らはp-hackingにより、本来なら仮説を支持する証拠が得られないにも関わらず、事後的に仮説を支持する結果を導きだすことができた。選択的な結果報告と事後的な仮説生成がp-hackingを隠蔽する可能性を指摘し、研究の事前登録と否定的結果の公開がp-hackingを駆逐すると主張する。

  • 渡邊芳之(帯広畜産大):心理学のデータと再現可能性

    • 心理学におけるデータの再現可能性について,いくつかの方法論的側面から検討した。再現性の低さは研究方法の間違い,不適切な統計的分析,統制されない潜在変数の効果,そして研究される現象自体の確率性によって引き起こされる。データや分析の妥当性はこうした非再現性の源泉によって異なるので,期待される再現性のレベルは研究される現象と,それと関連する変数の理論的方法論的特性によって変化する。心理学者が歴史的に追試に熱心でなかったことは心理学的データのデモンストレーション的・逸話的方法から生じていて,それが最近まで心理学者を再現性に関係する問題の検討から遠ざけていた。心理学が再現性の問題に対応していく際のいくつかの可能性についても議論した。

  • コメンテイター

    • 佐倉統(東大) 科学的方法の多元性を擁護する

    • 平井啓(阪大) 心理学研究におけるリサーチデザインの理想

    • 三中信宏(農環研/東大) 統計学の現場は一枚岩ではない

    • 松田一希(中部大) フィールド研究の再現性とは何か?

    • 小島康生(中京大) 人間の観察研究における再現可能性の問題

    • 武田美亜(青山学院女子短期大学) 再現可能性の問題から始める心理学研究の「バックヤードツアー」

    • 東島仁 (山口大学) 再現可能性問題は心理学になにをもたらすのか

Important Notes

  1. 分量はだいたい1-2万字(ただし、増減は可能です。刷り上がり20ページま では許容範囲です)

  2. 執筆規程は http://www.sjpr.jp/rule.html をご覧ください。

  3. 締め切りは,原著論文については2016年2月末日でした.コメント論文は原著論文が出そろってから1ヶ月後をめどと考えており,具体的には4月24日を想定しています.