アラタというのは僕の五歳の息子です。僕は大谷隆です。
今回の制作について僕が考えたのは、今、一番、自分の力が注がれているもの、注がざるを得なくなっている「それ」を制作としてやってみようということでした。
色々と考えて思い当たったのが、五歳の息子のアラタでした。アラタは、幼児らしい、エネルギーの塊のような存在で、どんどんと僕の日常の中でその力を発揮しています。次々と新しいことを学び、身につけていくと同時に、やんちゃ盛りで手に負えない状況も多くなってきていました。
楽しく面白くイライラし落胆する、激しい日常です。
アラタに僕はすでに膨大にエネルギーを注いでいる、注がざるを得なくなっている、だからとにかく、アラタに関連する制作にしよう、と思いました。
ただし、アラタを対象として、僕が表現をする、例えば、アラタを主人公にした物語をつくる、ようなことは最初から外しました。それは単なる僕の制作であり、「アラタ」は素材にすぎません。アラタが居ない時間帯を確保して僕だけで制作が進むはずで、それだと、アラタ以外を対象としたこれまでの制作と何ら変わらないことになります。
そこで、アラタとの日常そのものを制作にすると決めました。
そう決めたものの、実際にどのように制作プロセスが進むのかわかりません。作品イメージも掴めません。ただ、何をどうすることになったとしても、以下のことだけ決めました。
こうはしないと思っていること
アラタが、僕となにかやる
僕が、アラタとなにかやる
こうしようと思っていること
アラタと僕が、なにかやる
どう違うのか、簡単に言うのは難しいのですが、僕にとって上記の三つの文章は明確に異なる像を結んでいます。どうにかしてそれが表現できれば良いのかもしれません。
かろうじて、決められたことが一つできたので、これを現時点での作品テーマとして、アラタと僕がはじめます。
制作を開始当初、一緒に絵本を作ることを目標としました。
しかし、思うようなプロセスにはならなりませんでした。まず、僕がこれまで、制作というものを進めていっていた状態自体が、実現しないということがわかりました。僕にとって制作のための状態はもっと落ち着いた状況で、そこで自分自身を十分に見る時間が必要だったとわかりました。それを自覚しました。
アラタとの日常にはそのような落ち着いた時間はほとんどありません。僕が暗黙に想定していた状況が整わないため、制作上の困難以前に、制作に入ることができませんでした。
「アラタと僕が、なにかやる」状態になればなるほど、僕自身がアラタの、大人からすると「慌ただしい」時間を体験することになります。その状態で僕のイメージしてきた「制作」は実現しません。
11月から12月あたりで、そういったことが自覚できてきたので、そこから、より具体的に根本的な方針を模索していきました。
まず、ともかく「アラタと僕がなにかやる」ことは実現すること。そしてその五歳児の慌ただしい日常に僕もそこにある状態で、アラタと僕に起こる出来事を、どうにかして表現として形にすること。これを方針としました。
こうして、ほとんど偶然に、作品2ができました。正確には、これは作品にできるのではないかという実感が芽生えました。アラタが三枚の絵を描くことになるその日の顛末を僕が文章にし、その中に、アラタの絵と、アラタ自身による絵の解説を登場させるというプランです。
その後、クリスマスプレゼントで紙とペンをもらったアラタによる絵本「クリスマス」(作品1)ができました。こちらはほぼアラタが制作し、僕はそれに同行した形です。
考えてみれば、僕は、「今まさに自分が最も力を注いでいること、注がざるを得なくなっていること」というのが、今まさに自分がその状態に強く留め置かれている状態であることを、ようやく自覚しました。具体的には、五歳のアラタが今まさに「生きている最中」であり、僕もその「今まさに自分が生きている最中であること自体を意識化することすらしない状態」を共有することにほかならなりません。その状況下で、同時に、そのことの全体を俯瞰する表現者の視点に立つことの困難さに直面したのだと思います。どうにか、少なくとも一つの作品を制作できたのは、とても有意義なことでした。自分の表現観を更新した実感があります。
改めて驚愕するのは、アラタが絵を描く時、常にこういうふうに絵を描いているということです。子供は、強い現実の体験をしつつ、それを表現として抽出・結晶化させています。
芸術祭での制作は毎回、思うようには進まないのですが、それでも、その度に発見があって、それ以降の自分を変えていきます。今回もやってよかったと心から思います。
絵本を2点、展示する予定です。
おおたにあらた・え おおたにたかし・ぶん
4ページ
展示場所:別館2階、東側の部屋
おおたにたかし・ぶん おおたにあらた・え
32ページ(予定) 原画3枚
展示場所:本館1階
難航しています。僕がこれまでつくってきたその全ての中でもっとも難航していると思います。僕は、作るって、もっと落ち着いた、集中したものだと思っていました。アラタのつくるはどうもそうではなくて、僕のつくるという概念を大きく揺さぶってきます。どうしよう。現在、本当に困っています。
11月のミーティング直前に、現状を報告する練習を録画したものです。
「まるネコ堂」代表。宇治市出身。企画編集会社、NPO出版部門を経て独立。自分の文章を書きたい人のための文章面談、寄ってたかって本を読む「まるネコ堂ゼミ」など、読む書くことにまつわる仕事をしています。まるネコ堂芸術祭実行委員。