研究内容

筋肉と腱の相互作用によるパターニング

我々の体には600を超える骨格筋があり、姿勢の維持、呼吸や複雑な身体運動を実現しています。しかし骨格筋は単独で機能することはできず、収縮で生じた力は腱を通して骨などの組織に伝わることで初めて意味を持ちます。すなわち我々の体には何百もの筋肉と腱の結合があるということです。

筋肉と腱がペアとなって働くことを我々は普段意識することはほとんどありません。それくらい当然のことと感じられます。しかしながら、個体発生の過程を考えるとこれは全く当然のことではありません。例えば我々の四肢(手足)の筋肉は体節に由来しますが、腱は側板中胚葉に由来するため、もともと全く異なる起源を持つ細胞同士で結合が起こっていることになります。また、四肢の形成過程では短時間の間に、狭い範囲の中で、複数の筋腱結合が形成される必要があります。このような複雑な過程を経るにも関わらず、全身の筋肉ー腱のパターニングはとても再現性形成されるため、骨格筋と腱の間には何らかの組織間相互作用があると考え研究を進めています。

腱特異的にCreを発現するScxCreマウスと、Rosa26-LSL-DTAマウスを掛け合わせ、胚の腱細胞に細胞死を誘導すると、全身の筋肉の配向が変化することを見出しました(Ono et al. Development 2023)。この結果は腱から筋肉に結合を誘導する何らかの働きかけがあることを示唆しています。研究室ではこの分子的な実体を明らかにしようとしています。

また、筋と腱の接合部はMyotendinous Junction (MTJ)と呼ばれる特殊な構造を形成し強固な結合を裏打ちしていますが、MTJがどのように形成されるかには不明な点が多く残っています。我々はマウス胚発生のMTJ形成を詳細に可視化し、新たな分子メカニズムを明らかにしたいと考えています。

マウス大臀筋(赤)が腱(緑)を介して大臀筋粗面に結合する様子

マウス新生仔の肋間筋(Myosin Heavy Chainの免疫染色)

転写因子Sox9のSUMO化による骨格形成制御

Sox9は軟骨形成に必須の転写因子であり、ホモ欠損マウスでは軟骨の形成が全く起こらず、ヘテロ欠損でも重篤な骨格異常を引き起こし出生直後に致死となります。人でもSox9のヘテロ欠損はCampomelic Displasiaの原因として特定されており、種を超えて重要な働きを持ちます。Sox9はそのDoseが多すぎても骨格異常が起きることがわかっており、定量的な制御が骨格の正確な形成には必須であることがわかります。我々はその定量的な制御の一環として翻訳後修飾の一種であるSUMO化に着目して研究を進めています。

ゲノム編集技術を用いてマウスSox9のSUMO化標的アミノ酸に点変異を導入したSox9K396Rマウスを作出したところ(Inui et al. Scientific Report 2014)、その骨格形成や恒常性の過程に異常が生じることが見い出され、現在そのメカニズムについて解析を進めています。また、これまでタンパク質のSUMO化は細胞からタンパク質を抽出し、免疫沈降やWestern Blottingを行うことで検出されていましたが、我々はNanoBitシステムを応用することで生細胞から定量的にSox9のSUMO化を検出するレポーターを作成しました(Saotome et al. IJMS 2020)。このレポーターを用いることで軟骨細胞の分化や骨格形成の過程においてSox9のSUMO化がどのような役割を果たしているのか、明らかにしていきます。

Sox9は胚発生の軟骨形成に重要なだけでなく、骨折からの治癒過程や、加齢による膝軟骨の変性(変形性関節症など)にも関与することがわかっているため、Sox9K396Rマウスの骨折モデルや加齢時の膝軟骨の変性などについても調べています。

腱細胞の力学応答・転写解析

腱は筋肉と骨をつなぐ結合組織です。腱はコラーゲン繊維に富む弾性組織で、方向性と階層を持った繊維構造を取り、両末端では筋肉や骨と結合する特殊な組織を構成します。腱の損傷は日常生活や運動の質に大きな影響を与える重要な組織でありながら、構成する細胞の性質や発生分化の過程など不明な点が多く残っています。我々はマウスやラットから腱細胞を単離し、その性質について、力学応答と転写制御解析の二つのアプローチで研究をしています。

腱組織は運動などの適度な力学的刺激を受けると線維の太さや強度を増します。同様に、単離された腱細胞でも細胞伸展などの適度な刺激を受けると線維を構成するコラーゲン等の遺伝子発現が上昇します。これらのことから、腱は適切な力学的な刺激に応答して細胞や組織の状態を改善することが分かりますが、細胞内でどのような情報伝達が行われているかはほとんどわかっていませんです。我々は腱細胞に伸展刺激や基質硬度の変化などの力学刺激を加え、これらの刺激が遺伝子発現の変化に結びつく細胞内の経路について解明しようと研究を進めています。

腱細胞では転写因子Scx、Mkx、Egr1/2などが特異的な転写因子として知られ、下流で働く遺伝子としてTnmd、Dcn、Col1a1などが知られていますが、これらの因子間での転写制御関係はほとんど不明なままです。我々は腱で発現する遺伝子の転写制御配列を同定し、転写因子群との制御関係を明らかにしたいと考えています。

写真上段:ラットのアキレス腱

写真下段:ラットの腱から単離した腱細胞

Smad2のユビキチン化による細胞・個体の制御

TGF𝛃シグナルの細胞内メッセンジャーSmad2はユビキチン化で制御されていることが分かっていましたが、この過程が可逆的なものか、不可逆的なものかは不明でした。我々はSmad2の脱ユビキチン化酵素USP15を同定し、この酵素がTGF𝛃シグナルの伝達に不可欠であることを示しました(Inui et al. Nature Cell Biology 2010)。また、Smad2はポリユビキチン化による分解だけでなくモノユビキチン化による可逆的な制御を受けていることを示し、ユビキチン化による転写因子の機能制御の多様性を明らかにしました。我々はこのSmad2のユビキチン化の生体内の役割を明らかにするため、ゲノム編集を用いてSmad2とE3リガーゼの結合モチーフであるPYモチーフ5アミノ酸を欠失させたSmad2dYマウスを作成し、解析を行っています(未発表)。

プラナリアの筋肉の再生

プラナリアは高い再生能力で有名な扁形動物ですが、その筋肉もとても興味深い性質を持っています。プラナリアの筋肉は大きく体壁筋と咽頭筋に分かれ、前者は全身に、後者は主に咽頭に存在します。体壁筋は長軸方向・円周方向・斜め方向の三層構造で体を覆っており、それぞれの層がメッシュ状の構造をしています。体の一部が損傷した場合、再生部には新たに体壁筋が形成され、既存のメッシュ構造に組み込まれますが、新たに再生された筋肉と既存の筋肉が機能的な構造を取り戻す過程を制御する仕組みはよくわかっていません。咽頭の再生における咽頭筋の形態形成も同様に不明な点が多く残されています。

我々は筋の再生に関わる遺伝子群に注目し、dsRNAによるノックダウンや免疫染色、in situ hybridizationによってこれらの過程を研究しています。近年、プラナリアの筋肉は再生時の位置情報を制御する遺伝子群を発現する細胞であることが示され、体を動かすためだけではないその機能が注目されています。筋再生に関わる遺伝子群の研究から新たにパターニングに関する知見が得られる可能性もあり、興味深い研究テーマです。

当研究室のプラナリアは学習院大学(当時)の阿形清一先生から分与いただいたDugesia Japonicaを使用しています。



写真上段:プラナリアの全身

写真下段:プラナリアの体壁筋の免疫蛍光染色

ゲノム編集による遺伝子改変マウスの作成

動物再生システム学研究室では解析の対象となる遺伝子改変マウスを自分たちで作成しています。これまでにゲノム編集技術を使って点変異マウス(Inui et al. Scientific Reports 2014)やダブルノックアウトマウス(Inui et al. Nat Cell Biol 2018)の作成を報告してきており、最近ではiGONAD法を用いたノックアウト(Gurumurthy et al. Nature Protocols 2019)も導入しています。

エレクトロポレーションを用いてノックインを行う手法やエピゲノム解析のためのdCas9の活用など新しい手法の開発も進めています。





写真上段:iGONAD法で卵管膨大部にゲノム編集溶液(緑)をインジェクションした様子


写真下段:In Vitro Fertilizationで受精させたマウス受精卵