この世界は,たくさんの要素が集まって,互いに影響しあうことで出来上がっています.このとき,各要素を見ているだけでは予測が つかないような特性が,集まり全体の特徴として現れることを創発現象と言います.この創発現象は,生命を生命らしくする大事な特徴の一つだと考えられてい ますが,果たしてどのようなメカニズムで生じているのでしょうか?コンピュータの中に人工世界(社会)を作り出し,その中で繰り広げられる主体間の相互作 用の様子を観察することで,創発的な現象が生じる鍵となるメカニズムを明らかにしようとしています.具体的には次のようなトピックに焦点を当てて研究して います.
生成モデルを用いたエージェントベースモデルの拡張
大規模言語モデルなどの生成モデルを「複雑さの生成エンジン」として用いることで,従来の素朴なエージェントベースモデルとは異なるアプローチで複雑さの進化・創発の理解と応用を目指します.
その先駆けの取り組みとして行っている,自然言語を用いて記述した性格特性(ペルソナ)を持ったエージェント集団における協力進化モデルが「名大フロントライン」で取り上げられました.
進化と学習の相互作用,ボールドウィン効果
生物には,個体レベルの学習と,集団レベルの進化という2つの適応的なプロセスが存在します.これらがどのような関係を持っているか,また,その関係がど のように変化してきたかは,いわゆるLamarck的な獲得形質の遺伝の是非に端を発する100年以上前から議論されてきた生物学的に重要な問題となって います.もちろん,現在では獲得形質が遺伝する仕組みの存在は否定されていますが,それでもなお,生涯のうちで個体が環境と相互作用することで生じる表現 型の変化=表現型可塑性が,遺伝子レベルの進化に大きな影響を与えうるということが示されています.この研究室では,進化と学習の相互作用のひとつであるボールドウィン効果と呼ばれる現象に注目し,進化の過程に対する学習の役割のダイナミックな移り変わ りについて,抽象モデル・仮想生物進化モデルなどを用いて解析しています.
科研費新学術領域「共創的コミュニケーションのための言語進化学(代表:岡ノ谷一夫(東大・帝京大))」において,C01班「言語の起源・進化の構成的理解(代表:橋本敬(JAIST))」の分担研究者を担当し,「言語能力の生物進化と文化進化の相互作用」について研究しました.
現在も主要なテーマの一つとして,ソフトロボットを用いた発生可塑性の進化モデルで,可塑性ファースト仮説を検討したりしています.
進化とニッチ構築
「生物は(進化の過程で)自らを環境に適応するように作り変えてきた」という話をよく耳にしますが,最近,「生物は自らが適応的になるように環境を作り変 えてきた」という新しい考え方を取り入れた研究がなされてきています.このような,生物がもたらす環境の改変はニッチ構築と呼ばれ,バクテリアの動物質の 分解から,トリやビーバーなど多くの動物の巣作り,人間の文化的活動まで至る所で存在し,ニッチ構築を行う生物やその周りの生物たちの進化の過程に大きな 影響を与えてきたと考えられます.そこで,ニッチ構築を考慮した環境との相互作用に注目した人工生命モデルを構築し,そこに存在する普遍的な進化ダイナミ クスを明らかにしようとしています.
協力行動の創発と進化,空間的局所性,ネットワーク構造の進化
利己的な集団において,どのようにして協力行動が生じるかは,繰り返し囚人のジレンマゲームをはじめとして,さまざまな文脈で議論されてきました.我々 は,個体間の相互作用の関係とその進化が協調行動の創発に与える影響に注目し,その共進化の過程の解明を目指しています.
仮想生物の進化
二次元・三次元の仮想空間で,ブロックや細胞が集まってできた仮想生物の進化の様子を観察することで,生命の新奇性(今までない機能や構造が生まれること)や,多様性(個体間や種間で生命の特徴に違いがあること)について理解を深めようとしています.いわば,仮想生物を使った「エコ・デボ・エボ(生態・発生・進化)」理解への取り組みです.上記のコミュニケーションの進化やニッチ構築の進化なども,シンプルなモデルと同時に,仮想生物アプローチで研究しています.
related resources (in Japanese)
野鳥の歌を介した相互作用の理解
野鳥は春から夏の繁殖期にかけて,縄張りの主張や求愛のために雄が歌を歌います.我々は歌を介した種間・個体間の相互作用に興味を持っていて,人工生命モ デルやAI技術を活用した理解に関する基礎的研究を行っています.具体的には,種間において,同時に歌うことを避ける時間的重複回避行動の適応的意義を エージェントベース進化モデルを用いて調べています.また,最近では,名古屋大学の演習林(稲武フィールド)やカリフォルニアにおいて,マイクロホンアレイ を用いて実際の歌行動を録音し,ロボット聴覚ソフトHARKを用いて分析することも始めています.