打ち上げ用ロケットの姿勢制御や人工衛星の姿勢制御や軌道保持には,スラスタと呼ばれる小型のロケットエンジンが使われて来ました.スラスタは,推力が自重よりも小さいことが多いため,性能評価には振り子型の推力測定装置 (thrust stand, thrust balance, スラストスタンド)が利用されてきました.これは,振り子の変位が振り子に作用する外力に比例することを利用しています.
その一方で,振り子には固有(共振)振動数が存在し,推力がこの振動数に近い周波数で変動すると,振子が共振し推力が測定することができません.そこで,本研究では,外乱オブザーバーと能動制御とを併用し,共振周波数を超えた高い周波数の推力変動をも測定できる広帯域の推力測定装置を提案し,その性能評価を行っています.なお,従来の測定方法については,宇宙輸送シンポジウムの講演集(STEP-2013-027)を御覧下さい.
第1図は,提案する推力測定装置です.
第1図 提案する推力測定装置
図のように,提案するスラストスタンドには,振子の振動を抑制し目標位置に留めるためのソレノイドアクチュエータと加速度センサが取り付けられています.変位センサが振子の変位を計測し,そのデータが制御器(パーソナルコンピュータ)に送られます.制御器は,振子の目標位置からのずれに応じてソレノイドアクチュエータに印加する電圧を調整し,振子が目標位置に来るように調整します.このとき,振子の加速度とアクチュエータ駆動電流を計測し,この値を基に外力である推力を評価します.
スラストスタンドの運動方程式は,
のように表されます.Im: 慣性モーメント,c: 減衰係数,k: バネ定数,lt: 支点からスラスタまでの距離,la: 支点からアクチュエータまでの距離,F0: アクチュエータの推力電流比,i: アクチュエータの駆動電流になります.ここで,能動制振を用いることから
と近似できます.すると推力は,
となります.すなわち,加速度とアクチュエータ駆動電流により推力を測定できることを示しています.なお,このような方法で外力を推定する装置を「外乱オブザーバー」と呼ばれるようです.
第1図のような推力測定装置を試作し,校正用ソレノイドアクチュエータを用いて,周期変動をする参照推力(以下の時間変化グラフでは,緑色の線)を与えました.また,制御器には,一般のパーソナルコンピュータにLinuxをインストールし,RTAI (Real Time Application Interface)を用いてLinuxカーネルをリアルタイム化しいています.また,PID制御に用いる振子の速度と変位を求めるため,離散化カルマンフィルタを実装しました.
第2図 7Hzの推力変動を与えたとき.
第2図は,7 Hzの推力を与えたときの,提案する方式により評価した推力(赤色)と従来の方式である零位法により求めた推力の時間変化を表しています.この程度の周波数であれば,提案する方式も従来の方式も推力変化を捕えることができることが分かります.
第3図 10 Hzの推力変動を与えたとき.
しかし,周波数を大きくしていくと,実際の推力と零位法にずれが見られはじめます.第3図は,10 Hzの推力を与えたときの時間変化です.従来の方式(零位法,黄色)は,実際の推力(緑色)に比べて若干振幅が大きくなっていることが分かります.一方で,提案する方式(赤色)は,正確に推力を算出しています.
第4図 30 Hzの推力変動を与えたとき.
第4図は,30 Hzの推力を与えたときの時間変化です.従来の方式は実際の推力の9倍近く大きく振幅を評価しています.提案する方式も若干推力を大きく評価していますが,位相のずれもなく正確に推力を評価しています.
なお,スラストスタンドの改良により,現在はより正確に推力を評価できるようになっています.
第5図 75 Hzの推力変動を与えたとき.
第5図は,75 Hzの推力を与えたときの時間変化です.従来の方式では,推力変動に追従できないため,位相もずれ振幅も小さく評価しています.一方で,提案する方式は正確に推力を評価できていることが分かります.
第6図 周波数特性
第6図は,周波数特性を表しています.赤色が提案する方式により評価した推力,黄色が従来の方式(零位法)により評価した推力です.また,加速度により評価した推力を参考値として水色で表し ています.
縦軸は,推力測定装置で測定した推力の振幅と実際の推力の振幅の比を表しており,理想値は1.0です.
このように,零位法では,共振周波数(30 Hz)では約9倍近く過剰評価していますが提案する方式では,加速度計測の併用より誤差は10%程度に抑えられています.
また,30 Hzを過ぎると零位法で評価した推力が1.0 に戻ってきますが,これは先述の通り,高い周波数領域では,零位法は追従することができず,位相が大きくずれています.一方で,提案する方式では,共振点を超えた領域でも 正確に推力を捕捉していることが分かります.
今回75 Hzまで推力変動を与えましたが,提案する方式は,20%近い誤差がありましたが,位相のずれもほとんど無く推力を評価することができています.