171Ybの431 nmにある新たな時計遷移の絶対周波数を世界で初めて測定

イッテルビウムの内殻電子が励起された新たな時計遷移は精密分光による基礎物理の探索の道を切り開く

ハイライト

概要

我々は中性イッテルビウム原子の新たな時計遷移を観測し、その絶対周波数を世界で初めて測定した。共鳴するレーザーを冷却原子気体に照射することによって、内殻のf軌道の電子が励起される431 nmにある新たな時計遷移を直接的に励起した。その絶対周波数は695 171 054 858.1(8.2) kHzと測定された。この相対不確かさは40年以上前の間接的な測定から4桁向上した。この測定によって、この遷移のさらに精密な測定が可能になる。その結果、暗黒物質、微細構造定数の時間変化、同位体シフトを用いた未知の力、アインシュタインの等価原理の破れの探索などの様々な基礎物理的な探索が可能になる。また、光格子時計の精度をさらに向上させることも可能となる。 この観測の詳細はPhysical Review A誌に米国東部夏時間2023/6/15に掲載された。

光格子時計は数千個の中性原子が光の力によってトラップされ、極めて安定なレーザーによって分光される時計であるが、世界で最も正確な時計の一つである。特に、他の原子時計と比べると、光格子時計は一定の平均時間における安定度が高いという長所がある。これは多くの原子がトラップされているためである。レーザーとの共鳴が可能な周波数領域が極めて狭い原子の遷移が安定性の究極的な源となる。この遷移はこれまでのところは電場、磁場、黒体輻射といった外場が遷移周波数に与えうる影響を最小限に抑えるために、環境に対する感度が小さい遷移が用いられてきた。このような遷移を時計遷移といい、荷電氏が2つある原子がそのような遷移を持つ。

環境に対する感度が小さい時計遷移の精密分光が発展するにつれ、そのような遷移でも環境に対するセンサーとして働くことが分かった。すなわち、分光の精度が極めて高いので感度が低い遷移であっても環境のわずかな変化に反応してしまうのである。このような高い感度をもってすれば、もし環境に対する感度が高い遷移が用いられれば、外場のより正確な測定が可能である。実際、理論家は異なる遷移を様々な物理現象の測定に使うことができると予測してきた。彼らの予言は外場だけにとどまらず、特定の遷移は基礎物理的な現象に対してもよい感度を持つと主張している。

そのような基礎物理的な現象に対して感度がある時計遷移の一つが中性イッテルビウム原子の431 nmの時計遷移である。この遷移においては内殻のf起動の電子が励起されるため、基礎物理の目的に対して魅力的な特徴を持つ。その一つは微細構造定数の時間変化に対する高い感度である。微細構造定数とは電磁力の大きさを決める定数である。その定数という名前が示すとおり、この物理量は変化しない者とされるが、遠方の宇宙では値が異なることを示唆する天文学的な観測が存在する。これが本当なのかを地上で検証するにあたり、この新たな時計遷移は中性原子の時計遷移の中では最も高い感度を持ち、これまでの測定と比べて短時間で同じ精度に達することが可能となる。また、この遷移は同位体シフトの測定を通じた電子と中性子の間に働く未知の力の探索、超軽量暗黒物質の探索、アインシュタインの等価原理の検証にも寄与すると期待されている。これらの利点にもかかわらず、過去には直接的な遷移の観測は行われておらず、正確な遷移の共鳴周波数は古い間接測定を除いて知られていなかった。

我々はこのイッテルビウムの431 nmの新たな遷移を探索した。171Ybの原子を30 µKまで冷却し、ドップラーシフトをはじめとする精密分光を行う上で障害となる揺動を抑えた。遷移を励起するために431 nmの新たなレーザーを作成した。このレーザーはもともとは光格子時計の運用のために構築された周波数安定システムにロックし、UTC(NMIJ)にリンクされている。UTC(NMIJ)は1秒の定義を具現化したものであり、我々が維持しているものはCs時計の秒の定義からの相対的なずれが10-14以下であることが分かっている。これによって絶対周波数の測定ができる。ひとたび遷移を発見したら、トラップのためのレーザーと磁場を短時間切ったときに431 nmのレーザーを当てることでより詳細な分光を行った。これによって系統シフトが取り除かれ、磁気的な副構造を分離するために磁場をかけることが可能となる。

図1:431 nmの共鳴する光を当てた時の原子の応答。レーザーが正確に遷移と共鳴すると、トラップ内の原子の数は減少する。(図は論文のものを改変した。)

図1に遷移のスペクトルを示す。レーザーが遷移と共鳴すると、原子は励起され、蛍光を発するレーザーとは相互作用しなくなる。これが原子数の減少として観測される。4つのくぼみは磁気的な副構造で、これら4つのくぼみの周波数の平均が遷移の周波数となる。絶対周波数の測定は複数回行うことで過渡的な周波数のシフトがないことを確認した。系統シフトを差し引いた結果を図2に示す。絶対周波数として695 171 054 858.1±8.2 kHzを得た。相対誤差は1.2×10-11であり、40年前の間接測定から4桁向上した。

図2:いくつかの周波数測定の分布。緑の線が平均値、濃い緑の帯が統計不確かさ、薄い緑の帯が系統不確かさを含めた全体の不確かさを示す。(図は論文より引用した。)

この測定によって、世界中の誰もがこの遷移を分光に使うことができるようになる。そして、1×10-15やそれ未満といった他の原子時計に使われている遷移と同等の不確かさでの精密分光への道を切り開く。この遷移の精密分光は以下のような様々な基礎物理の役に立つ。

我々のプロジェクトの次のステップは以下のとおりである。

将来的には、微細構造定数の時間変化の探索や2つの時計遷移を同時に運用することで外場の影響をその場で較正することを考えている。 

この研究は科学研究費助成事業研究活動スタート支援(21K20359)、基盤研究(B)(22H01161)、基盤研究(C)(22K04942)、JST創発的研究活動支援事業JPMJFR212S、JST未来社会創造事業JPMJM118A1、並びに光科学技術研究振興財団の支援を受けています。

論文情報

論文誌:Physical Review A 107, L060801 (2023)

タイトル:Observation of the 4f146s2 1S0 − 4f135d6s2(J = 2) clock transition at 431 nm in 171Yb

著者:Akio Kawasaki, Takumi Kobayashi, Akiko Nishiyama, Takehiko Tanabe, and Masami Yasuda

2023年6月16日掲載