本プロジェクトは、科学技術振興機構(JST)・社会技術研究開発センター(RISTEX)
SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム 情報社会における社会的側面からのトラスト形成「デジタルソーシャルトラスト」
において、2024年度(令和6年度)に (b) 課題特定型プロジェクト として採択されました。
私たちの生活の多くがデジタル化されたことで、人が亡くなった後に残されるものは「モノ」から「データ」へと大きく変わりました。
かつての手紙や日記、写真のような遺品は、今ではSNS上のメッセージやデジタル写真といった形で残され、これらは「デジタル遺品」と呼ばれています。
オンラインサービスに目を向けると、GoogleやMeta、Appleといった一部の大手プラットフォーム企業は、アカウントの無効化やデジタルデータの引き継ぎ、追悼アカウントといった機能を提供しています。
しかし、多くのサービスでは契約上「一身専属」とされ、アカウントやデータを遺族が引き継ぐことができないのが現状です。さらに、データを残したい人と削除したい人の意向の違いや、アクセス権をめぐる法的・技術的な制約など、解決が難しい課題も浮かび上がっています。
こうした状況に加え、近年急速に発展したAI技術によって、亡き人をデジタル上で再現できるようになりました。
2019年には、YAMAHAのVOCALOID:AIによる「AI美空ひばり」が話題となり、感動を呼ぶ一方で「死者への冒涜」との批判も集めました。
韓国のドキュメンタリー番組では、母親がVRを通じて亡き娘と「再会」し、世界的な注目を浴びました。
アメリカでは、銃乱射事件で亡くなった高校生をディープフェイクで蘇らせ、選挙への投票を呼びかける動画が公開されました。
さらに、2022年以降は画像・音声・テキストを自在に生成するAIが一般に普及し、その人物の姿や声を再現し、発言をさせるといった事例も報告されています。亡くなった人を「復活」させる動画や、一般向けに故人をAIで生成する商用サービスも生まれつつあります。
本研究の目標は、残されたデータから人工知能(AI)によって故人を生成する際のトラスト形成における課題と、複数のトラスト間において発生しうる課題を特定した上で、トラスト間の重なり合う部分の合意形成を目指すことです。
デジタル遺品やAIによる故人の再現の問題は、情報学・死生学・法学といった複数の分野が関わるにもかかわらず、これまで分野横断的に議論される機会が少なく、共通の枠組みや合意が形成されていません。
人間や社会がこうした技術と向き合う方法について、社会的なコンセンサスが未成熟なまま、死との向き合い方が急速に変化しているのが現状です。
このプロジェクトは、こうした状況に対して、異なる学問分野の研究者が視点を持ち寄り、現実の事例やデータを分析し、課題を整理し、社会的に受け入れ可能な「落とし所」としての合意形成をめざすものです。
本プロジェクトは、実証研究と理論研究を組み合わせ、次の3つの観点を軸に進めます。
1.故人の意思が尊重されること(自己決定)
故人の生前の意図や同意が尊重され、故人AIの生成において適切に反映されること。(AIによる再現を拒否する意思も含む)
2.故人の外見や言動に忠実であること(再現)
AIが故人の外見や言動を正確に再現する際、技術的・倫理的な課題が解決されること。
3.利用者にとって満足できるものであること(無害・効用)
遺族や関係者などの利用者が、AIで生成された故人との対面に満足し、納得できるものであること。
それぞれの観点における信頼(トラスト)は、互いに重なり合いながらも、ときに対立します。これらをどうバランスさせ、合意を形成できるかを多分野で議論します。
本プロジェクトは、量的・質的調査や具体的な事例の分析結果、倫理・法的な観点からの検討結果、海外事例や専門家の知見をふまえて、サービス提供者、利用者、業界関係者など立場ごとの課題を整理し、実践的で現実的なガイドラインをまとめることをゴールとします。
その過程における研究成果やガイドラインは、本サイトにて順次公表してまいります。