2025年度の「日本機械学会誌 2025/9 Vol.128」において,「逆問題解析研究を振り返る」の特集が組まれ,東京科学大学 天谷先生, 長岡技術科学大学 倉橋先生の記事が載っておりますので,ご紹介させて頂きます.
リンク先:https://www.jsme.or.jp/kaisi-volno/no-1282/
打撃応答計測による欠陥推定解析の現状と課題 倉橋 貴彦(長岡技術科学大学)
構造内の欠陥推定:官能的方法から定量的方法へ
欠陥形態の推定に関する高精度計算法の構築
現在、日本には約 73 万の橋梁が存在し、2040 年にはそのうちの 7 割以上が築後 50 年を超えると報告されている(1)。国土強靱化への取組みとして、非破壊検査技術は進歩しているが(2)、コンクリートの剥離を伴う事故は依然として発生している。筆者の研究グループでは、従前の官能的試験法(点検者の経験に基づく試験法)に変わる定量的試験法として、「コンクリート構造物を叩いた際の構造表面の応答データを用いた欠陥形態の同定法」に関する研究を行っている。一つは、教師有り機械学習に基づく方法、もう一つはトポロジー最適化解析に基づく方法である。機械学習に基づく方法では、入力データと出力データの関係に基づいて欠陥を判別するため、多数の打撃による表面の応答データの取得は必要であるが、振動に関する物理方程式のシミュレーションは不要という特徴がある。一方、トポロジー最適化に基づく方法では、物理方程式の計算は必要であるが、1回の打撃における表面応答データから欠陥形態を同定できるという特徴がある。 本稿では、従来行ってきた研究成果に対する解説を行う。
逆問題システムの社会実装 天谷 賢治(東京科学大学)
はじめに
逆問題(Inverse Problem)は、与えられた条件から結果を求める順問題とは対照的に、観測された結果から原因や入力条件を推定する課題である(1)。数学的には、限られた観測データから方程式やモデルの未知パラメータ、境界条件、初期条件を推定する問題として定式化される。多くの逆問題は、解の存在・一意性・安定性という良定義性の3条件のうち少なくとも1つを満たさない不適切(ill-posed)問題であり、わずかな観測誤差が結果に大きな影響を与えるため、解を安定化する手法が不可欠である(2)。
以上は理論的な側面から見たよく目にする逆問題の説明である。一方、逆問題として抽象化された理論を現実世界に具現化する取り組みも、逆問題の重要な側面である。
逆問題の実装は単なる理論解析にとどまらず、観測機器や計算資源と組み合わせて新たなシステムを創出するプロセスである。例えば、X線CTではレントゲン装置やターンテーブルに逆問題アルゴリズムを組み合わせることで、人体内部の断面像が得られる。天気予報では観測所や気象衛星のデータをカルマンフィルタなどで統合し、数値予報モデルに入力して未来の大気状態を推定する。このように、逆問題は理論を現実世界に具現化し、物理系と情報系を結合するサイバーフィジカルシステムやデジタルツインの形成に直結し、既存の観測・計算インフラに付加価値を与える手段として理解できる(3)(4)。
次章で示す逆問題の発展史をみても、理論研究と応用研究は相補的にキャッチボールしながら進展してきたことが分かる。すなわち、抽象化による理論構築と現実への具現化は、逆問題研究の両輪である。本稿では、この「社会実装」という観点から逆問題をながめ、その実践手順および実装時における基本的な考え方についてまとめる。
2022年度の「日本機械学会 計算力学部門 ニュースレター No.68」において,デジタルツイン関係で特集記事をまとめましたので,紹介しておきます.
特集:工学分野におけるデジタルツイン(現実空間と仮想空間の架け橋)
・「特集にあたって」 工学分野におけるデジタルツイン(現実空間と仮想空間の架け橋) 倉橋 貴彦(長岡技術科学大学)
・逆問題工学における産学連携 天谷 賢治(東京工業大学)
・打撃応答データを用いた構造内の欠陥形態を予測する「非破壊検査用」逆解析シミュレーション 倉橋 貴彦(長岡技術科学大学)
・高解像度解析結果のデータ同化による低解像度解析の高精度化 中村 昌道(モルゲンロット株式会社),小澤 雄太(東北大学),野々村 拓(東北大学)
・デジタルツインとデータ同化 三坂 孝志(産業技術総合研究所),菊地 亮太(京都大学、DoerResearch 株式会社)
・流体工学におけるデジタルツイン 焼野 藍子(東北大学)