私は新聞社の校閲部門で、記事の内容をチェックする仕事を20年ほど続けています。校閲の仕事については、ドラマや漫画で取り上げられたおかげで、以前に比べればご存じの方も増えてきました。本日は、校閲の仕事内容を紹介し、皆さんが普段読んでいる新聞ができあがるまでに、どのような過程があるのかを知っていただければと思います。
記者が取材をしてから記事が配信・紙面化されるまでの流れは、大まかに次の通りです。
①記者が取材→記事を執筆
②デスクと相談のうえ加筆・修正→原稿リリース
③編集者のチェック
④校閲記者が点検→新聞完成・記事配信
もちろん、記事を書いた記者自身もチェックはしますが、校閲記者は取材記者とは異なる視点で、新聞が印刷される直前まで記事をチェックします。このため、校閲記者は「新聞社の最後の砦(とりで)」とも呼ばれています。校閲作業の基本はひたすらアナログです。記事を印刷し、赤ペンでまずは文節ごとに線を引き、固有名詞やカタカナ、ひらがなのかたまりには一文字ずつ斜線を引きながら「読む」というより「潰す」ように確認していきます。特に、ひらがなやカタカナが連続する部分は間違いを見逃しやすいため、時には声に出してブツブツと読み続けることもあります。校閲の点検には、主に三つのポイントがあります。
まずは、「誤字・脱字がないか、言葉遣いが適切か」という点です。いくつか日本語として不適切な表現の例をご紹介します。
(1)無料メールマガジンを購読する
(2)碁を指す、将棋を打つ
(3)弱冠40歳
(1)に登場する「購読」は本来、「お金を払って読むこと」を意味するため、「無料」とは矛盾した表現です。(2)は囲碁と将棋の動詞についてです。囲碁は「打つ」、将棋は「指す」が正しい表現であり、ここではその使い方が逆になっています。(3)の「弱冠40歳」という表現ですが、「弱冠」はもともと「20歳の男性」を意味し、そこから「若い人」を指すようになりました。したがって、40歳に用いる表現ではありません。こうした間違いやすい表現については、新聞社内のルールブックで共有し、注意喚起をしています。すべての記者がルールブックを持っており、表現について考えるきっかけとして活用しています。
次に校閲記者が行うのが、「事実関係に誤りがないか」の確認です。記者が書いた内容が正しいかどうか、何らかの裏付けが取れるように、客観的な手段で可能な限り検証します。その際に使用するのは、書籍や地図はもちろん、新聞社の過去の紙面、そして記事中に引用されている資料などです。たとえば、記事に雑誌の引用があれば、社内のデータベースから該当の雑誌を探して、参照します。さらに、インターネットでも公式ウェブサイトなど信頼できる情報源を探して確認します。
誤りと思われる箇所があれば、その根拠を明示した上で、記事を執筆した記者に伝えます。記者はその根拠をもとに、記事を修正するかどうかを判断するため、私たちが提示する根拠には細心の注意が求められます。当然のことながら、個人のブログやSNSのまとめサイトに書かれている情報を根拠とすることはありません。また、ウィキペディアも読み物としては面白いのですが、誰でも編集できるという特性から信ぴょう性が落ちるため、校閲の指摘の根拠に使うことはありません。
校閲作業の一例を紹介します。2025年2月23日付朝日新聞の朝刊に掲載された、サッカーJリーグの湘南ベルマーレの試合に関する記事で、当初の原稿には「1998年以来2度目の開幕2連勝」とありました。これが正しいかどうかを確かめるため、Jリーグの公式サイトを使って確認作業を行いました。Jリーグの開幕は1993年ですので、そこから湘南がJ1に在籍していたすべての年について、実際に開幕戦と第2節の成績を一つひとつチェックします。年ごとに勝ち負けを白・黒の丸で印を付けながら書き出して間違いないことを確認しました。さらに、記事に書かれている得点が入った時間についても公式サイトの記録やハイライト映像を参照して確認します。確認が済んだ部分は、先ほど紹介したとおり、原稿に斜線を引いて潰していくため、最終的な確認が済んだ原稿はチェックの線で真っ赤になります。
特にスポーツ面の校閲はとにかく時間との戦いです。ナイター試合の結果などは、記事がリリースされてから締め切りまで数分しかないことも珍しくありません。少しでも効率的に点検できるように、普段から「どのウェブサイトを参考にするか」「どの資料を手元に置いておくか」といった情報を担当者同士で共有しながら進めています。
記事の確認におけるポイントの三点目が、「わかりやすく配慮の行き届いた文章かどうか」のチェックです。単に事実関係が正しいかどうかだけでなく、その表現が誰かを傷つけていないかについても念入りに確認します。また、不必要に難しい言葉を使っていないか、漢字が多すぎないかといったことも考えながら確認しています。
例えば「盲」の字は、本来「目が見えない」という意味ですが、「盲従」のように「無知」「無分別」といった意味の言葉に使われることがあります。でも、それは実際に目が見えない人に対して配慮が欠けている表現といえるのではないでしょうか。また、性別と性格を結びつけるように読める表現も、慎重に検討しています。「女性ならではの気配り」「女性特有のきめ細かさ」「男らしく堂々と」といった表現は、一見すると褒め言葉に思われるかもしれません。しかし、「気配りができる」「堂々としている」というのは性別によるものではなく、個人の特性や資質によるものです。こういった表現が頻繁に使われることで「女性は気配りをするもの」「男性は堂々としているもの」といった固定観念を読者に植えつけることにつながりかねません。
こうした表現を文字にして多くの人に伝えることは、偏見や差別の拡大につながります。これは記者個人の問題にとどまらず、記事を読んだ人に「朝日新聞社全体が偏見意識を持っているのではないか」と受け取られるおそれがあります。そうなると、会社そのものだけではなく、メディア全体の信頼性を損なうことになりかねません。こうした視点から、校閲の仕事は会社にとって「危機管理」を担うポジションだとも言われています。
もちろん、日々膨大な量の記事が生み出されており、常に全てをじっくり調べ尽くせるとは限りません。締め切り時間まで余裕がない時は、まず間違いが起きやすい固有名詞などを確実にチェックしたうえで、細部を押さえていきます。それでも誤りに気づかずに紙面やデジタル版に載ってしまうこともあります。もし、誤りであることが判明したら、「訂正」という形で読者に誤りの内容を伝えます。
訂正は校閲記者にとって非常に重たいものです。しかしそれは「新聞が報じるものは正しい」と信頼してくださっている読者に対して、真摯(しんし)に向き合う姿勢の表れでもあります。朝日新聞の場合、実際に訂正が出ると、記者の執筆過程と校閲の作業過程を振り返り、どのようにすれば防げたかを検証します。その内容は社内で共有され、再発防止のためのノウハウとして生かされています。
ここまで、校閲の具体的な作業についてお話ししてきましたが、昨今は多様な形態のメディアがあふれる中で、デジタル時代における(紙の)新聞の役割について次のように整理してみました。
(1)情報と言論
(2)一覧性
(3)信頼性
(4)解説・オピニオン=考える(ことができる)メディア
(5)予想もしない事実に出合える
(6)情報量=毎朝、新書2冊分
この中でも、特に強調したいのは「(3)信頼性」です。情報の発信者として、正しいことは大前提です。新聞社の発信する情報は、現場で取材する記者はもちろんのこと、その原稿を管理するデスク、校閲記者、さらに紙面全体の編成を考える編集者、夜間に起きた出来事に対応する「泊まり班」の記者たち、そして編集長と、多層的なチェック体制が敷かれています。こうした体制のもとで、私たちは確認できた情報しか世に出しません。噂レベルの話題をそのまま記事にすることはありません。
紙の新聞の発行だけでなく、デジタル版では24時間態勢で速報を発信しています。どのニュースをトップとして扱うのか、写真やインフォグラフィックス(図やイラスト)を含め、どのように読者に分かりやすく届けるかという点も非常に重要です。その日に予定されているニュースや突発的な事件・事故、インターネット上での話題の動向などを踏まえて、校閲を含む編集局内の各部署が集まって議論しています。
今年2025年1月21日付朝日新聞の朝刊1面トップの記事を例に、ニュースの扱いについて紹介します。新聞は前日に起きた出来事を中心に伝えることが基本ですが、21日は日本時間の未明に米国・トランプ大統領の就任式が予定されていました。米国大統領就任という節目の出来事に対し、いくつかの新聞は「トランプ氏就任へ」という記事を1面トップに載せました。一方、朝日新聞がトップに据えたのは、前日の20日に大阪高等裁判所が出した「難聴の子供の逸失利益が、障害のない子供と同額と認められた判決」の記事でした。これは、それまでの「障害があると逸失利益は減額される」という通念を覆す、非常に画期的な判決でした。このように、大きなニュースが複数重なる日には、どの記事を紙面のどの位置に配置するかという判断が非常に難しくなります。この日は、トランプ氏の就任報道は翌日以降も続くことが見込まれることや、その日の朝刊原稿の締め切り時間では、まだ「就任へ」という段階だったことなどを総合的に考えた結果、この日は逸失利益の記事がトップになりました。
これは一つの事例に過ぎませんが、何を1面トップに据えるかという選択は、新聞社としてのメッセージ性が大きく表れる部分でもあります。朝日新聞では、紙の新聞やデジタル版の構成をコンテンツ編成本部という部署が中心となって判断しています。毎朝、他の新聞と比較しながら、「朝日はこの記事が1面トップでよかったのか」と悩みながら日々の紙面を作っているそうです。記録性を持つメディアだからこそ、「どのニュースを選ぶか」「どのように編成するか」といったことを毎日悩み抜いたうえで作っています。
デジタル化が進み、新聞社の仕事の進め方も、記者の役割やあり方も確実に変化しています。情報があふれかえる時代に、新聞が「確実に裏付けを取った情報を報じるメディア」として信頼してもらうために、各新聞社は取材や編集の過程を伝えるといった努力をしています。繰り返しになりますが、「噂レベルの情報を報じることは決してせず、きちんと裏付けを取ったうえで報道する」という新聞社の基本姿勢は変わりません。しかし、読者が「これ、本当なの?」と疑問を感じるような事象については、それが正しいか否かを含めて現状を積極的に報じていけるよう模索を続けています。
ここまでお話ししてきたように、新聞は度重なる議論と厳しいチェック体制によって作られています。そして、新聞社は写真や動画も含め、「言葉」や「表現」をなりわいとしています。だからこそ、速報性を重視しつつも、自分たちが選んだ言葉の影響力を考えて、「本当にこの表現でよいのか?」と、立ち止まりながら報じることが何より大切だと考えています。
新聞の役割は「今、何が起きているか」を伝えるだけではありません。将来に向けて「その時何が起きていたのか」を残していくアーカイブとしての役割も担っています。例えば50年前に何が起きていたかを調べたいとき、多くの人が新聞(記事データベースなど)の利用を考えてくださるかと思います。そうした役割を、これから数十年後、100年後にも果たし続けていけるように、信頼されるメディアであり続けることを目指しています。それを担保するために必要な校閲記者の技術は、いわゆる「オールドメディア」だからこそ、脈々と受け継がれてきたものです。これからも、言葉を選び、正確なニュースを提供していきたいと考えています。