関口:「しゃべってもいい図書館」っていいですよね。3人のお話を伺っていると、図書の概念がどんどん広がってきました。図書館は文化の発信基地であると改めて感じました。続けて、新聞やNIEを学校図書館にどう位置づけ、実践されているか具体的にお聞きかせください。
稲井:高校から大学の学びへと円滑に接続させるには、図書館が非常に重要であることから、1年生の共通科目で図書館職員による図書館ガイダンスを行っています。大学図書館が所有する新聞・雑誌などメディアの活用についても入門編からガイダンスしています。また多くの新聞を配備し、紙の新聞を展示したNIEコーナーも設けています。これらはアナログですよね。大学ですので、新聞社の有料記事データベースは豊富にあるのですが、それだけでは学生は利用しません。「場としての図書館」という機能を重視して、あらゆる情報が集まるようにしています。4月には図書館で新入生向けのクラブ活動勧誘イベントを実施します。リアルな場であることを大切にしたいと思っています。
学校図書館の役割については、「学力向上」のため、学習センター機能が求められすぎていると感じています。学校図書館は保健室や教室でもなく、職員室でもない、子供たちの居場所の一つであり、セーフティーネットにもなっています。その意味では、たとえ多くの素晴らしい本があっても、それをつなげる人、案内する人が必要です。人的な配置が不足しているのは学校図書館の課題だと思います。
私は22年度の文科省「子供の読書活動推進に関する有識者会議」の研究に参加しました。その中で読書とICTのベストミックスの重要性が議論されました。特に高校生の新聞を含む読書率は低くなっています。家庭の事情によって格差が広がらないよう、学校図書館は誰でもアクセスできて本や新聞と出合える場、教育の機会均等、公平性を担保する場になっています。
NIEとも関連しますが、強調したいことが一つあります。GIGAスクール構成の基盤が整備される中で、インターネットで調べられるから図書館の情報資源は必要ない――そうした声が学校や研修の場で聞かれることがあり、バランスを欠いてしまっていると懸念を抱いています。これは大きな課題です。全ての情報がインターネットにあるわけではありません。情報の選択は主体者である子供たちが行うべきで、そこをないがしろにはできないと考えます。
関口:メディアリテラシーの問題になりますね。インターネットや本、新聞などのよりよい情報を適切に選択し活用する能力が求められていますが、最近は全てICTに針が振れてしまっています。しかし、それではダメだと人々が既に少しずつ気づき始めているのではないでしょうか。
稲井:私が参事を務めている全国学校図書館協議会も、現在のバランスを欠いた状況には危機感を持っており、様々な取り組みを通じて働きかけています。教育実習で訪問した高校ではICTを活用した授業が行われていますが、図書館での学習にも積極的に取り組んでいます。豊島区立池袋第一小学校では、学校図書館の「学習情報センター化」を推進し、図書館には1学級が学習できるスペースを設けています。新聞のバックナンバーを展示している学校もあります。アナログの良さを活用していく重要性を感じています。
現在のNIE実践で求められるのは、対話的な学びです。他者と協働して課題を解決する力、他者の意見を取り入れながら自己の能力を発揮する力はもちろん重要です。それに加えて、これからの社会には、コンピテンシー(資質能力)も求められています。NIEを通して、子供たちに新聞というメディアの特性や、その社会的意義を発達段階に応じて教えていく必要があります。デジタルの情報は、じっくり読まずに、流し読みして知った気になってしまいます。デジタルネイティブの特性をとらえながら、情報をじっくり読む能力を育む必要があると感じています。保護者や地域の人と一緒に新聞を読んだり、外に出て調査する際に新聞を情報源として活用したりすることも重要です。
関口:私の頭が古いのかもしれませんが、紙とディスプレーで同じ情報を見たとしても、ディスプレー上の情報はなかなか頭に残りません。東大で脳科学を研究している酒井邦嘉教授は、紙とディスプレーでは同じ文字情報でも定着率が違うとの研究報告を発表しています。
稲井:学生もよく言っています。紙で読みたがる学生も多いです。
関口:副島さんからも学校図書館とNIEについて具体的にお話しいただけますか。
副島:学校長として学校図書館中心の学校経営をしている時は、分刻みの学校生活で新聞を活用する時間を捻出することと、教職員の負担軽減が課題でした。そこで、授業で新聞をどのように有効に活用するかについて心を配り、高学年で実践を積んでいきました。
5年生国語「新聞を読もう」での学習から、社会や理科でも、新聞をきっかけに情報を収集しようとする児童が増えました。6年生国語「意見文を書こう」は、新聞記事を自分の書きたいテーマに結び付けて読み、自分の考えを構築していきました。これをきっかけに子供たちが新聞記事を探すなど自ら情報を取りに行く姿が見られ、新聞活用の有効性を感じました。4年生国語で取り組んだ新聞作りでは、新聞社の記者に出前授業で来ていただきました。新聞そのものの特徴や良さを理解でき、新聞は自分たちの表現方法の一つであることに気がつきました。5年生社会「これからの食料生産」では、TPPが話題になっていた時に、教科書や資料集にその情報が載っていませんでした。最新の情報は新聞が一番です。子供たちが連日新聞記事を集めてくるようになりました。
目まぐるしく変化する社会では、現実を捉えるために絶えず最新の情報が必要です。その時、真偽がよく分からない情報ではなくて、識者の目を通して精査された最新の情報であることが重要だと考えています。そのためには学校司書の存在が不可欠です。担任は忙しいので準備できずに諦めてしまう、インターネットに頼ってしまうということもあります。
一人一台端末の時代が来て、デジタル資料の活用というのは避けては通れませんし、有効な面もあります。新聞と同様に、記事データベースも必要だと思っています。緑園東小時代、データベースの活用を通して過去の新聞記事を見つけることができて、学びが深まった経験があります。データベースをめぐる環境整備というのは各学校単位で出来ることではなく、自治体レベルで取り組んでいただきたい。一方で、実物に触れる体験が、絶対に大切です。一人一人の子供が自ら紙の新聞を開く時間を捻出する必要があると思います。
新聞は、いろいろな授業、単元で驚くほど活用できます。タイムリーに新聞記事を見つけるのは難しいですが、学校司書作成のスクラップファイルはとても役立ちます。同時に担任もどの単元で新聞を有効に活用できるかという目を持っている必要があります。
稲井:20代の先生方にとって新聞はあまり身近なメディアではないと思いますが、新聞活用が先生方にもたらす経験はどのようなものでしょうか。
副島:新聞というメディアを知っているかどうかで大きな違いが生じます。緑園東小では、授業だけでなく朝の時間などで新聞のスピーチを取り入れた経験を持っている若い先生がいます。そうした経験を持つ先生は新聞に対する意識が高い一方で、そうでない初任の先生方はインターネットで調べることが主流で、低学年の児童にも、とにかくタブレットで調べることを推奨しています。先生方自身に選択肢が少ないと感じています。
関口:私は過去に三つの小学校で管理職を務めましたが、NIEを導入して一番良かったのは、子供はもちろん、先生も成長することでした。授業の教材研究の質が底上げされます。新聞を授業で活用できるかどうかを先生が考えるようになり、その蓄積が授業の質も向上させると実感しています。
行政は学校教育に直接関与する部分は少ないと思っていましたが、葛飾区では学校を直接支援しています。詳しくお話しいただけますか。
入山:葛飾区の基本計画には、学力推進のため学習センター(学校図書館)の活用が掲げられています。区内全ての学校に学校司書を配置し、教育委員会に司書を統括する学校図書館コーディネーターという役職を置いています。彼らが中心となって司書に対する研修を行い、全体のレベルアップを図っています。各学校の情報を共有し、その成果を持ち帰って自校で取り組む体制を取っています。
NIEについては、昨年4月に学校司書向けに「新聞活用と学習支援の充実を目指して」というテーマで研修を実施しました。朝日新聞社の協力を得て、児童・生徒と同じように、学校司書がSDGsのワークショップに取り組みました。各校でNIEの実践を積み、11月には事例を共有する研修会も開きました。具体的な取り組み事例として、新聞掲示の工夫、新聞記事の内容をクイズ形式にして閲読を促すアイデア、スクラップの分類・活用方法などを共有しました。
葛飾区では、各学校にSDGsの17テーマの担当を割り振り、司書が関連記事をスクラップしています。区内で共有しているエクセルに、司書がスクラップした記事の見出しや掲載情報を書き込み情報共有しています。
また、区で新聞協会発行の「新聞で授業が変わるNIEガイドブック」を全校分購入し、学校での実践を広げていけるようにしました。今後は、教員向けの研修も進めていきたいと考えています。学校図書館コーディネーターや司書が主体となって実施する、学校図書館担当の先生向けの研修では、司書と連携した取り組みに関するグループワークも行っています。
関口:学校の先生から学校司書にどう働きかけるかで頭を悩ませる学校が多い中、行政が主導して学校司書から先生方にアプローチしていく体制は素晴らしいと感じます。こうした取り組みが進み、新聞に親しむ子供たちが少しでも増えるとよいと思います。