「paradoxical sleep」
一見バラバラに見えるイメージの断片がどこか夢枕で見たような共時的な物語を生み出すこと。
それは写真や色紙等を用いたコラージュから絵画を描き起こす若林の一作品内においてもそうですが、若林の制作スタイル、複数の画布を並べて一度に複数枚の制作を進めていくことにも関わっています。本展に向けて若林が描いた作品群は、いずれどこかへ散り散りに離れていきますが、この場では一同に介して、群像のように互いの場面を交信させているのかもしれません。ただそれを観る私たちは客観的に鑑賞するというよりは、作家の記憶と時間の流れに飛び込むように促され、そしてそれらは作家自身の固有の記憶だけではなく、自分自身または誰かの心の引き出しに繋がるトンネルにもなり得ます。
2022 年 1 月に発行したアーティストブック『日々草』は、若林が絵画の下絵にするコラージュと言葉を素材に、スライドショーのような時間の流れを意識して制作されました。紙芝居のように編まれたこの本はタイムラインを持ちながらも、一度読まれるとそのイメージが脳裏に留まり、それらがさらに頭の中で新たなコラージュのように組み合わさります。そこで生み出される、時間も綯い交ぜになった一つの実在しないイメージ。それこそが若林の絵画の根源と言えそうです。
そのようなイメージを下敷きにしながら描かれた若林の絵画作品には、滑らかなマチエールから立ち上がるぼんやりとした空気の質量や、時には破裂するような鮮やかな光の明度など、記憶をくすぐるフックが随所に散りばめられ、リアリティや記憶の輪郭が前後する様が画布の上に現前することで、ありふれたようでしかし符号化されきらないイメージが確かな手触りとともに頭の中で像を結びます。
ソシュールは、言語は歴史上の通時的な流れで語られる現実存在でなく、あくまで共時的な意識、それぞれの話し聴く個人の脳内にある言語知識や意識から語られる、認識の問題だと投げかけました。またユングは、人の心の中では時間と空間が相対的に認識され、それが物理学とも結びつき、世界の根幹にある統一的な現実があるのではないかと共時性について探求しました。
あくまで私たちが共有するその主観的な意識の流れ、集合的無意識の群像の中にある若林の絵画は、遠くて近い記憶の窓から手招きして、私たちが日夜イメージを重ねながら歩んでいることを知らせているようです。
本展のタイトル「paradoxical sleep」はレム睡眠のことを指します。
脳内の引き出しに記憶が仕舞われては引き出される真夜中に、絶えず私たちは様々なイメージを描き出しています。展覧会とは常に時間を逆説する空間ですが、ここでは若林の描き出したイメージの一節が、それぞれ個別の時間軸を持ちながら矛盾と共存を孕んで提示されます。
会場となる「25 時」というアトリエの名前は、彫刻家の戸谷成雄氏が 2017 年に武蔵野美術大学での祝辞で引用した、吉本隆明氏の言葉に由来しています。生活や仕事のために費やす 24 時間から離れて、この実世界には存在しない創造的な時間を自らのために作ること。その喩えとして「25 時」という言葉が使われました。
ここにはないどこかの時間が、絵画を眼差す人たちの中に共有されるだろうかと願って、作家は絵画を制作するのかもしれません。
oar press