超好熱菌の環境適応機構

超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisの電子顕微鏡写真

 教科書には載っていない「未知」を明らかにするために研究しています。計画通りに進まないのは当たり前です。すぐに結果がでるような研究はありません。研究には失敗はつきものです。「未知」を「既知」にするには根気が要りますが、やりがいを持って打ち込むことができると思います。超好熱菌は「生物進化の解明」と共に「耐熱性酵素の産業応用」という二つの側面から注目されている微生物です。一緒に“HOT”な研究をしませんか?失敗を恐れずに積極的な姿勢でチャレンジする方をお待ちしています。

はじめに

 生物は、真核生物、細菌、アーキアの3つのグループに大きく分類することができる。核がないアーキアは、細菌と同じく原核生物に分類されるが、DNA複製・転写・翻訳など極めて重要な過程に働く酵素・遺伝子の多くは、真核生物に似た性質をもつ不思議な存在である。アーキアには、高温、高塩濃度や高い酸性度を示すような極限環境に生育するものが多くみられる。このうち、極限生命材料工学研究室が扱うのは、80℃以上の至適生育温度を示す超好熱性アーキアである。この環境下では、普通の生物のタンパク質は、ゆで卵のように茹であがって(変性して)しまうが、この微生物のタンパク質はそのような環境ですばらしい機能を発揮する。超好熱菌はどうして「超好熱性」なのか?この理由を酵素・遺伝子のレベルで解析することによって、産業利用へとつなげるのがこの研究室の大きな目的である。また、原始の地球は、アーキアが存在する極限環境に近かったと考えられており、アーキアを詳しく調べることは、生命誕生の源流にさかのぼり、生物進化の謎をひもとくことにもつながる。


 超好熱菌は、80℃以上の至適生育温度を示す微生物の総称である。超好熱菌の染色体DNAのGC含量は必ずしも高くなく、GC含量と最適生育温度の間には相関がみられない。そのため、超好熱菌には核酸を熱による融解から防ぐ機構が存在すると考えられる。それには次のような因子が挙げられる。RNAに対しては、修飾塩基の存在、ポリアミンの結合による二次構造の安定化など、DNAに対しては、DNA結合タンパク質、DNAのトポロジー変化などがある。


超好熱性アーキアThermococcus kodakarensis由来リバースジャイレースの立体構造予測図

超好熱性アーキア由来リバースジャイレースの機能解析

 リバースジャイレースは、超好熱菌だけに見出される特別な酵素である。この酵素は、負の超らせんや弛緩型DNAに作用し、正の超らせんを導入する。また高温環境下で生じる化学的分解(脱プリン化などに起因するホスホジエステル結合の切断)を、脱プリン化部位を認識・結合することによって防いでいると考えられている。リバースジャイレースによる高温におけるDNA安定化は、超らせんの導入、または、化学的分解の防止の、どちらの効果が大きいのか明らかにしたいと考えている。タンパク質工学を駆使して変異体を作製し、in vitroにおいて酵素の特性を解析することに加え、超好熱菌細胞内で機能させて表現型を解析することによって、生命の高温環境への適応戦略の仕組みにせまりたい。


超好熱性アーキア由来DNAポリメラーゼBの機能解析

 アーキアの転写・翻訳・複製といった遺伝情報伝達(セントラルドグマ)に関するタンパク質・遺伝子は、真核生物に極めて類似している。アーキアのDNA複製機構は真核生物のものよりも関与するタンパク質の種類が少なく、より単純化している。したがって、真核生物のDNA複製メカニズムを理解するためのモデルとなることが期待できる。DNA複製には様々な複製因子が関与しているが、その主役はDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)であり、細胞内にはFamily A, B, C, D, Y, Xのいずれかに属する複数種のDNAポリメラーゼが存在する。細菌はFamily A, B, C, Yに属する5つのDNAポリメラーゼをもち、そのうちFamily Cに属するDNAポリメラーゼIIIがDNA複製に関わる中心的なポリメラーゼである。真核細胞では少なくとも15種類のDNAポリメラーゼが確認されており、そのうち、DNA複製に中心的な役割を果たすのはFamily B型に属する3種のDNAポリメラーゼα、δ、εである。一方、アーキアのクレンアーキオータ門ではFamily Bに属する2種のDNAポリメラーゼが複製に関与していると考えられているが、ユーリアーキオータ門では、それぞれFamily BとDに属する2つのDNAポリメラーゼ(PolB, PolD)が複製に関与すると考えられている。ユーリアーキオータ門に属する超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisには、2種類のDNAポリメラーゼが確認されており(PolB, PolD)、それぞれ、PolBがリーディング鎖の合成を、PolDがラギング鎖の合成を分担していると考えられてきた。我々は、polB遺伝子について解析を進めていく過程で、ポリメラーゼドメインの保存領域であるRegion2が欠失した株を見出し、polB遺伝子破壊株の取得に成功した。現在、polB遺伝子の細胞内での役割について、DNA修復の観点から解析を進めている。

Microbes and Environments, 34 (3), 316-326, 2019