「八重小校歌プロジェクト」とは,4年生が,総合的な学習の時間で取り組んでいる課題発見解決型の学習単元のタイトルです。
八重小の校歌をテーマに,自分たちで学習のゴールや探求したい課題を設定し,解決に向けて計画を立て,協力して学習を進めています。
9月はじめのある日,校長先生が4年生教室に来られ,こんなお話をされました。
「八重小には,昔作られた校歌のCDがある。聴いてみてほしい。」
「プロの男性歌手による校歌はとてもすてきだが,子どもの声のバージョンもあれば,いろいろな場面で使えてよいと考えている。」
「4年生は歌が上手だと聴いたのでお願いしたいが,チャレンジするか。」
「ただし,大切な校歌なので,審査は厳しく行う。何度チャレンジしても良いので,いいものができるまで,みんなで力を合わせてかんばってほしい。」
この依頼,4年生は果たして,引き受けるのでしょうか・・・。つづく。
校長先生からの「令和版 校歌CD」作成の依頼に,少し尻込みをしてしまった4年生。「難しいことだからよく考えよう。今ならまだ断ることもできる。他の学年にしてもらうことだってできる。」と一応説得したものの,「せっかくだからやりたい!やらせてほしい!」と,やる気に火がついた様子。とりあえず,初めの歌録りをしてみました。
さすが歌の上手な4年生。初めてにしてはなかなかの出来でしたが,本人たちは全く満足していませんでした。これからどんなことをしていけば,満足できる歌声に近づけるのでしょう。プロジェクトはまだスタートしたばかりです。
校歌についてのアンケートを取ってみると,ふだん,校歌の意味を考えながら歌っていないという人や,校歌の中によく分からない言葉・知らない言葉がある人が多いことが分かりました。特に,「八重三山」「余谷の里」「日野山」などの地名と思われる言葉が分からないという結果でした。
そこで,さっそく見に行ってみることにしました。「八重三山」とは,学校に伝わる文献によると,春木地域から見える「霧ヶ頂」「樫の実」「豊ヶ丸」の3つの山のことで,並んだ様子が手をつないでいるように見えるというものです。千代田病院の先まで歩いてみると,猿喰山の右側に3つの山が並んでいるのがよく見えました。
本物の「八重三山」を見ながら,みんなで校歌1番を歌いました。歌声は,いつもより明るく,遠くの山まで届いたような気がしました。
プロジェクトのゴールイメージについて,話し合いました。相手や周りの人がどうなれば成功なのか,自分たちはどうなれば成功とするのか,デジタル付せんに書いて出し合いました。
シンプルなものからなかなか壮大なものまで出ましたが,具体的な姿をイメージすることができ,これからの見通しをもつことができました。
2nd テイクを録り,聴いてみた子どもたち。当然,まだまだ満足しません。どこが「もう少し」なのか,出し合いました。
多かったのは,「きれいな声」や「元気な声」など歌声についての意見でした。歌詞については,「間違えないように覚える」といった意見がありました。
それぞれ,どんなことをしていけば乗り越えていけるのか,考えていきます。
校歌についてのアンケートで一番多かったのは,『校歌の由来』に関するものでした。そこで,まず,学校のホームページに載っている沿革史を調べてみました。
「昭和32年8月に『校歌制定』ってあるよ」「平成元年3月にも,『校歌制定』がある。」「どういうことだろう。」「どれくらい前のことなの?」など,わかること,わからないことを出し合いました。
その後,昭和62年4月に,八重西小学校との統合によって現在の新校舎となった経緯や,統合2年目の3月に校歌が完成したことを知りました。
「当時の先生や卒業生に聞けば,校歌の由来が分かるかも…」と話していると,「うちのお父さん,その頃八重小にいたそうです!」「うちもです!」という声が…。
そこで,次に,校長室に保管してある当時の卒業アルバムを調べることにしました。みんなで卒業生の名前を見ていくと,お父さん,お母さんの名前が次々と見つかりました。また,いつもお世話になっている地域の方々のお名前も!
あともう少しで,校歌の由来を覚えている方にたどりつけそうです。
道徳の授業「わたしたちの校歌」で,校歌にこめられた思いや願いについて考えました。
校歌についての事前アンケートによると,校歌の意味について,いつもはあまり考えていないことがわかりました。そこで,校歌について調べ学習をしたある学校の取組を参考にしながら,自分たちでも考えてみることにしました。
前回の活動から,今の校歌ができたころにくわしい方が見つかったので,さっそくインタビューした様子をビデオで視聴しました。
「八重西小学校と旧八重小学校が統合となり,現在地の八重小学校が新設された。はじめの年は校歌がなく,『卒業式を迎える子どもたちのために,校歌を作ってあげたい』と願った保護者の声から,校歌制定委員会が発足した。」
「委員会のメンバーで,歌詞に入れたい言葉をいろいろと黒板に書き出して話し合った。『八重三山』『志路原川』『日野山』『余谷』などを歌詞に取り入れたのは,生まれ育った地域に慣れ親しんでほしかったからだと思う。また,八重地域だけでなく,八重西や蔵迫から通う子どもたちもいるので,広い学区全体を見渡せるような歌詞になるようにした。」
「校歌CD作りに取り組んでいる4年生には,大人になっても町や学校のことを忘れないように,大切に校歌を歌ってほしい。」
校歌を作られた当時の経緯や思いを,このとき初めて知った子どもたちでした。
インタビュービデオを通して,校歌ができたころのエピソードについて教えてくださった地域の方が,何と4年生教室に来てくださいました!
そして,この校歌には,「こんな子になってほしい。」「こんな子でいっぱいの学校になってほしい。」という願いもたくさん込められていると話してくださいました。そこで,校歌に込められているのは,どんな子どもたちの姿なのかを,自分たちで話し合って考えてみることにしました。
「八重三山のように,みんなで協力する子」「朝をよびおこすくらいの大きな声であいさつする子」「ケンカしたときでも,みんなで仲直りができる子」「みんなが元気がないときでも,元気を出す子」「きらいな勉強でも,しっかり授業を受ける子」「一日一日成長していく子」「努力してむくわれる子」「心が清らかな子」「心が折れそうでもがんばる子」「笑顔をいつでもわすれない子」「失敗しても次につなげる子」「すぐに立ち直る子」「自分たちの街の文化や自然を世界に伝える子」「先輩たちの思いを継いでいく子」「生きているように生きる子」「ずっと続く命を大切にする子」・・・。
歌詞カードを埋め尽くすほどに,みんなの考えが集まりました。みんなで出し合った子どもたちの姿。最後に,そんな「自分」,そんな「自分たち」をイメージして,校歌を歌いました。また一段階,レベルアップできたような気がします。