近藤和廣(62回)

地球温暖化の特効薬・日本の森林

淡交会 環境委員会 近藤和廣(62回)

1.皆さんは森林が地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの二酸化炭素CO₂を吸収する役割を果たしていることはご存じでしょう。温暖化対策の決め手と

されている「カーボンニュートラル」とは、排出するCO₂の総量と森林などで吸収するCO₂の総量をイコールにすること、すなわち排出量実質ゼロというこ

とです。本日はこの観点から森林についてお話しします。

(日本の国土の3分の2は森林)

2.「日本の国土の3分の2は森林」です。この森林面積比率は世界の先進国中2位の高さです。しかも世界の森林面積が減少するなか、日本の森林面積は「過去半世紀にわたり横ばい」で推移しています。そしてその森林蓄積は天然林・人口林とも年々増加し、特に森林の4割をしめる人工林の半数が主伐期である50年生を超え、本格的な利用期を迎えています。実は現在の日本の森林は数百年ぶりの豊かな森林になっているのです。

3.太田猛彦氏の日本の2000年間の「森林・耕地・人口の変遷図」(太田猛彦「森林飽和」国土の変遷を考える(NHK出版)97ページによると、日本では1500 年ごろ以降に急激な森林の劣化・荒廃が起こっており、とくに江戸時代の中葉以降は、私たちが今日見るような豊かな森林は、山地荒廃・採草地・焼畑地・薪炭林などのため国土の半分以下にまで減少しました。これは日本の人口が15世紀中葉から18世紀初頭までに約3倍になり、耕地面積も3倍程度に増加したことが原因です。

4.年配の人は子どものころ学校で「国土の3分の2は森林である」と教えられたはずです。戦後高度成長とともに山地は開発され、平地で都市が拡大し、農林地 は住宅地になりました。しかし今も「国土の3分の2は森林」です。おかしくないかと思うのが自然ですが、実はこれまでの間、燃料革命で薪炭林が消滅し、肥料革命で「原野」が消滅したことや、戦後の造林努力で「荒廃地」が森林と化していることなどが知られていないのです。

日本はなんとか森林の劣化・荒廃を脱し、この半世紀は国土の3分の2の森林面積を維持しています。

5.ところで日本の人口の動きを見ると、明治維新、太平洋戦争後もひたすら増え続けましたが、ついに頂点に達し、その後急激な人口減少局面に入りました。

森林は豊かになりましたが、森林を有する多くの山村では限界集落や限界市町村が生じ、今や日本の山村や林業は危機的な状況にあります。

(森林のSDGs未来都市・下川町)

6.そのような中で国連のSDGs(持続可能な開発目標)が2015年に制定されました。その目標15は「陸の生態系を保護・回復するとともに持続可能な森林管理を行い、砂漠化を食い止め土地劣化を阻止・回復し生物多様性の損失を止める」と広範です。またこのSDGsには山村が持続可能であるために必要な経済、社会、環境にわたる多くの目標が掲げられ「だれ一人取り残されない」とする今までにない画期的な開発目標です。

7.日本の自治体はSDGsに積極的に取り組んでいます。「SDGs未来都市」が続々誕生しています。その中で第1回ジャパンSDGsアウォードを受賞した北海道下川町を紹介します。下川町は人口3400人、東京23区と同じ面積の9割が森林で、森林以外には何もない町です。下川町のSDGs計画は、①目標15で循環型森林経営とFSC森林認証を中核に据え②目標8で林地残材等を利用する森林バイオマス原料製造施設を導入③目標15で森林バイオマス発電所によるエネルギ―自給を目指し④目標15でコンパクトタウンを建設しバイオマスエネルギーを供給し担い手労働者の住宅を確保し⑤目標12でゼロエミッションの木材加工業施設を導入⑥目標3、4で森林サービス業として森林環境教育、森林セラピー(健康といやし)を提供するという総合的なものです。森林の機能を最高度に発揮させることがポイントです。森林しかない下川町は森林SDGsに生き残りをかけています。下川町方式は全国の同じような森林を持つ自治体に勇気を与えています。

8.「里山資本主義」(藻谷浩介著2013年NHK広島取材班)という本に、21世紀先進国オーストリアが紹介されています。オーストリアと日本の共通点は、ともに先進国で国土が急傾斜の森林国であること。この国で林業が最先端の輸出産業に生まれ変わりました。欧州エネルギ―情勢の変化の中で、激論の末憲法を改正してまで、原発を廃止し豊かな森林資源を輸出産業とエネルギー政策の中心に据えました。打倒・化石燃料を合言葉に木材ペレットが灯油との価格競争に打ち勝ち、町にはペレットを個人住宅に配給するタンクローリーが走り回り家庭のボイラーのタンクに直接供給してくれるので住民はペレットに全く手を触れなくてよいのだそうです。下川町の取組みが、国際的にもうまくいくことを見せてくれているのが森林国オーストリアです。

(森林は何ができるのか)

9.さて、菅首相が2050年カーボンニュートラル(排出量実質ゼロ)を宣言しました。「カーボンニュートラル」というのは、冒頭で述べたように、排出するCO₂の総量と森林などで吸収するCO₂の総量をイコールにすることです。CO₂の縮減に務め縮減できなかった部分は森林が吸収してくれることを期待しているのです。

なおここで念のためですが、地球温暖化対策は温室効果ガスの縮減を目指していますが、温室効果ガス自体の存在を否定しているわけではありません。温室効果ガスは人類にとって有益なもので、温室効果ガスがない場合、地球の表面温度は氷点下19℃に下がると見積もられています。温室効果ガスがあるために世界の平均気温はおよそ14℃となっているのです。

(植物とCOとの関係・光合成)

10.ところでここで「森林によるCO₂の吸収」と言う言葉から連想し、ちょっと寄り道して、地球史的な「植物とCO₂のドラマ」を振り返ってみることは決して無駄ではありません。

地球温暖化は、産業革命以後の人為的なCO₂排出活動が地球の温室効果のために人類を危機に陥れるというものですが、植物とCO₂の関係は産業革命よりもっとずっと古いのです。

①約40億年前に生命誕生。20億年間は細菌・古細菌のような原核生物だけだった。

②太古の地球の大気はCO₂・水蒸気・窒素が多くを占め、酸素はほとんどなかった。

③原核生物の一系統の「光合成細菌」が登場。24億年前頃から異常繁殖ともいえる大繁盛を遂げて地球の海と大気を作り変えてしまう。光合成細菌は 太陽光のエネルギーを利用してCO₂から有機物を作り酸素を放出した。海中に溶けていた鉄分を酸化して鉄鉱床を作り、赤褐色をしていた海を青色に変え、なおも酸素を放出し続け大気中に酸素が蓄積した。

④古細菌の多くは酸素のない環境に逃げ込んだが、一方で酸素を利用するαプロテオ細菌が登場。20億年ほど前、古細菌の一種がαプロテオ細菌を飲み

  込んだ。これが真核生物の始祖である。飲み込まれたαプロテオ細菌はミトコンドリアになった。

そして真核生物のあるものが酸素発生型の光合成細菌を飲み込んだ。飲み込まれた光合成細菌は葉緑体になった。

こうして成立した3つの生物(古細菌、 ミトコンドリアの祖先、葉緑体の祖先)が一つに合体した生物こそ植物の始祖なのである。

⑤植物の始祖といっても単細胞生物の藻類だった。この藻類が緑藻と紅藻に枝分かれし、緑藻はやがて地上に上陸してコケ類となった。これが陸上植物の

祖先である。

⑥その後地球上の隅々まで広がり生物中最大勢力となった緑色植物の細胞のなかで、光合成細菌の末裔である葉緑体が、CO₂を吸収し有機物を作って酸素を 吐き出すという」地上で最も偉大な活動を続けている。(この項は実重重実「感覚が生物を進化させたー探索の階層進化で見る生物史」新曜社を参考にしました)

(新しい森林林業基本計画)

11.菅首相の「カーボンニュートラル宣言」を受け、森林分野ではさっそくSDGsへの対応も含め、新たに森林林業基本計画が策定されました。「国土の3分の2という森林面積を維持すること」、そして「持続可能な森林経営」を行うことが基本です。これにより、①森林は大気中のCO₂を吸収固定し、②木材として建築物などに利用することで炭素を長期間貯蔵することができます。また③省エネ資材である木材の建築利用や④木質バイオマスのエネルギ―利用がCO₂排出削減に寄与します。

(森林とともに―防災のことなど)

12.最後に私たちの住む下町と森林とのつながりについて考えてみましょう。関係ないと思いますか?本日は私たちの排出するCO₂を地方の森林が吸収してくれる関係をお話ししましたが、そのほか水源林や木材・林産物の利用や生物多様性の維持や森林のいやし効果など国土の3分の2をしめる森林と下町が無関係なはずはありません。もともと私たちは森林に住んでいたのですから。近ごろ江東5区は大規模水害が起こったとき72時間前に警報して区外に避難するという計画を作成し、例えば墨田区は東京西部方面の浸水の外に避難することとされました。こんなときあらかじめ西部の森林を有する自治体と話し合っておいて、いざとなったら水が引くまでの2週間ほど避難させてもらうことにして、日頃から植林や木材・林産物の購入や林間学校・環境教育などでつながりを持つようにしたら、世の中はずいぶんとよくなることでしょう。            (以上)