サンプル値制御理論について
サンプル値制御理論について
現代サンプル値制御理論とそれまでの課題
制御システムにおいて,制御される対象(通常プラントと呼ぶ)は 連続時間で動作しますが,これに対し, (多くは一定時間間隔毎の)離散時間で観測,制御動作を行う 制御をサンプル値制御と呼びます.制御器(コントローラ)に ディジタルプロセッサを使用することが多いことから ディジタル制御とも呼ばれます. ディジタル制御器にはさまざまな自由度があり,利点も多いのですが, これまでには次のような問題がありました.
連続時間と離散時間が混在 しているので,時間要素が2つになり,モデルが複雑になる.
その結果,全体の系(閉ループ系)が時不変(時間のシフトに対して 不変)でなくなる.したがって,伝達関数や周波数応答といった 時不変系で有用であった概念が使えなくなる.
制御系設計もこれまでの手法が使えず,複雑になってしまう.
この連続と離散の2つの時間要素の混在をどうすればいいのでしょうか. 古典的には,プラントのサンプル点上の挙動に着目し,それとコントローラ とをまとめて離散時間で記述していました.古くz変換法で知られるアプローチは すべてこれです.
しかしこれではサンプル点間の情報,挙動がすべて失われてしまい,サンプル点間に 大きなリップル(応答の波打ち現象)が生じてしまうことが避けられません. 例えば下の図のようになります.
リフティングによる解決
私が1989-90年に開発した手法(現在ではリフティングと呼ばれています)は 連続時間信号を,サンプル点間信号を失わずに離散化してしまう方法です.
この図で分かるように,連続時間の信号 f をサンプル時間 h ごとに区切ります. そして関数の列 {fn(· )} を作り,これを f の代わりに 使うのです.この対応 L: f &rarr {fn(· )} をリフティング作用素といいます.
連続時間プラント P に対し, 連続時間入力 u(·) と連続時間出力 y(·) があったとき, それらをリフティングして {un(· )} と {yn(· )} を作ります. サンプル時刻 nh, n= 1, 2, &hellip のタイミングに同期して 関数の入力 {un(· )} が入力され, これが P に作用して,{yn(· )} を 出力するのだと考えて見ます.そうすると,詳しいことは省略しますが ("A function space approach to sampled-data control systems and tracking problems," IEEE Trans. Autom. Control, vol. AC-39, pp. 703–712, 1994. 参照), このプラント P は各時刻 nh で 無限次元の入力ベクトル(関数なので) un(· ) を受け,同じく 無限次元の出力ベクトル yn(·) を出力する離散時間システム となるのです.
いったんこれらの土台が固まってしまうと,後は有限次元と変わらない いわば形式的な議論が可能になります.例えばこの関数列のz変換は
&Zeta[{un(·)}] := &Sigman=0&infin un(·)z-n
として与えられますし,これから伝達関数 G(z) や zに ej&theta を代入して周波数応答 G(ej&thetaej&theta) が得られます.
いったんこれらが定まってしまうと,プラントもコントローラも同じ離散時間の 枠組みで扱うことが出来るようになります.伝達関数や周波数応答といった 有用な概念が回復できたことはその顕著な帰結なのです.またこうしてしまうと, 連続時間プラントと離散時間コントローラを接続し,その閉ループの方程式を 書き下すのにも何の困難もないことが分かるでしょう. 時間要素が一つに統一されたことにより サンプル値制御系を再び(サンプル点間を無視したり近似したりせずに) 時不変系として扱うことが可能になったわけです.
有限次元のものをなぜわざわざ無限次元にするのか,という疑問をもたれる方が あるかもしれませんが,上のような時不変系にすることの利点は, この無限次元性のもたらすわずかの不便(あるとすればですが)を 補って余りあるといえます.
これらの理論により,サンプル点間応答を含めて最適に (例えばH&infin制御規範の下で)制御する設計法が得られることに なりました.例えば以下の図で, サンプル値制御系を用いずに連続時間設計のコントローラ を適当に離散化して用いた応答(点線)と サンプル値設計による応答(実線)を比べてみれば,その差は明らかでしょう.