橋掛なる二つの世界をつなぐ、
『此處』と『其處』と、『今日』と『明日』とを、また『光明』と『闇黑』とを。
午後の太陽は斜めに橋掛を打ち、
大鼓小鼓笛の合奏はここへ流れ込む。
私は假面をかぶつて橋掛を踊る。
人はいふ、『彼は諸國一見の僧儈だ、將來といふ名所をさしてぞいく』。
他の人はいふ、『彼は傳統の幽靈だ、今にあと御吊ひ給へとうなるであらう』。
だが私の踊る一曲は『現在』だ……
一身に自然の方則と音律とを集め、
手を上げて空間を握り、足に永劫の時を踏みつける。
私が『三の松』の前に立ち、正面をきつと見詰める時、
見よ二つの世界は打つて一つになる。
私は靜に橋掛を踊る、靜に靜に、
恰も月が雲の空中を歩むかのやうに。(「橋掛」)
野口米次郎「橋掛」「能樂斷章」より『創元』第三巻第二号、一九四二年三月一〇日、五頁。