古田先生を初めて知ったのは,東大数理を目指して院試対策をしていた頃だったと思う.当時の僕は4次元の幾何を何も知らず(今も知らないと言って差し支えないが),ポアンカレ予想やゲージ理論といったかっこいい単語の延長として,先生を知った.顔を初めて見たのは院試の口頭試問で,聞かれた質問を今でも覚えている.あたふたとした回答に対し,微笑みながら「そうですか.」と仰られ,当時の僕は何を間違えたのかと焦ったものだった.先生を知っている人なら察せられる通り,これは納得したという意味である.
合格後,指導教官の希望を出すための面談期間というものがあった.閉曲面の分類が楽しかった僕は安直に4次元の幾何へ憧れ,古田先生に連絡をとった.結局ご縁はなかったのだが,その理由はサバティカルである.あなたの初年度に自分は不在なので,他の先生を選んだ方が良いと思う,初年度は非常に大事な時期であるという趣旨のお返事をいただいた.しれっと引き受けることも,M3を前提に指導することもできたと思う.当時は残念と感じることしかできなかったが,古田先生の誠実さに初めて触れた出来事だった.なお,このサバティカルがずれていたら,僕の専門は幾何解析だった可能性が大いにある.
古田先生の講義は1つしか受けられなかったが,今にして思えば随分影響を受けた.目次,アイディアや直観の提示,別証明を試みる,絵を描くといった自分の習慣の起源だと思う.様々な意味での誠実さについては,古田先生を思い出すと反省するばかりである.「大学院で幾何の勉強を目指す学部生の方たちへ」はこれまでに10回以上読んだ.
TAとしては,集合と位相演習でお世話になった.学生レポートの気になる部分に対して僕が鼻息の荒い文章を書いて配付したいと主張したところ,何の注文もなしに快諾された.配付当日に伺ってみたところ,古田先生の考えや価値観とは異なるが,いろいろ触れてみるのが良いと思われたとのことだった.演習中の発表に対してもそうだったが,相手の話を最後まで聞く,相手の考え方を無闇に否定しないという態度が透徹されていたように思う.
研究の相談に乗っていただいたこともあった.突然メールをして,妙に限定された命題についてお尋ねしたにも関わらず,長文メール数往復を経て,直接議論するお時間までいただいてしまった.今にして思えば,そんな時間の余裕があるはずはないのだが・・・.トポロジーシンポジウム,玉原,インフォーマルセミナー,学位審査など,他にいくつもの場面が思い出されるが,先生はいつも誠実だった.真に稀有な人だと思う.2020年以降顕著だが,会うべき人には会えるうちに会っておかなければいけないことを痛感している.