研究内容

研究のメインテーマ:骨格筋機能向上による健康増進の追究

骨格筋は体の40%を占める体内最大の器官であり、運動器や代謝・内分泌器官として健康維持・増進に不可欠な器官です。特に、骨格筋機能の障害は要介護状態に至る大きな要因であり、骨格筋機能を維持するための効果的・効率的な方策を構築することは健康科学分野における重要課題となっています。このような背景から当研究室では、実験動物(ラット・マウス・遺伝子組換えマウス)や培養細胞を用いて、身体機能に関連する内的因子(加齢・遺伝・ホルモン等)や外的因子(運動・食事・環境等)による骨格筋の量や質(代謝機能)への影響について、分子生物学的・生化学的解析手法により解析を進めています。

研究キーワード:骨格筋・代謝・運動・健康・老化・栄養・宇宙環境

現在取り組んでいる研究の概要

糖化ストレスによる骨格筋機能への影響解明

加齢に伴いなぜ骨格筋機能が低下するのか。その原因の1つとして、糖化ストレスが関与していると考えられています。加齢とともに、タンパク質品質管理機能が低下するため、体内では本来の機能を失った異常タンパク質が増加します。異常タンパク質の中でも、最近、老化タンパク質として注目されているのが終末糖化産物(糖化反応後期生成物)(AGEs: advanced glycation end products)です。AGEsは糖とタンパク質のアミノ基が非酵素的に反応して生成し、その蓄積は糖化ストレスを発生させ細胞・組織の機能低下を招くことがわかっています。

当研究室では糖化ストレスによる骨格筋機能への影響について解析を進めており、その成果としてAGEsを多量に含んだ食餌の長期摂取が骨格筋の形成を阻害するとともに、筋力低下を招くこと(Egawa et al., Br J Nutr , 2017; Egawa et al., JPFSM, 2018)やAGEs受容体であるRAGEが廃用性筋萎縮の進行に関与すること(Egawa et al., Acta Astronautica, 2020)を明らかにしています。また、糖化ストレスを軽減させる手段としてプロポリス摂取が有効であることを明らかにしています(Egawa et al., Foods, 2019)。最近では、糖化ストレスが運動トレーニング効果を妨げる運動抵抗性因子としての可能性(Egawa et al. J Appl Physiol, 2022)について、また老化に伴う抗糖化システムの変化について解析を進めています。

骨格筋の適応性の制御に関わる分子機構の解明

骨格筋の大きな特徴は周囲からの刺激に合わせてその特性(大きさや機能)が変化することです。つまり骨格筋は適応性に優れていると言えます。例えば、筋力トレーニングによって骨格筋は肥大し、持久トレーニングによって筋線維タイプや糖・脂質代謝能力がより良い特性に変化します。逆に、寝たきり、宇宙滞在、ギプス固定などによって負荷量が減少すると骨格筋は必要最低限量まで萎縮します。ではなぜ骨格筋はこのようにうまく適応できるのでしょうか。

当研究室ではこの適応性の分子機構に関して、細胞内シグナル伝達分子を中心に解析を進めています。その成果として、エネルギーセンサーとして知られる5'AMP-activated protein kinase(AMPK)が熱ショックタンパク質HSP72を介して筋肥大を調節していること(Egawa et al., Am J Physiol Endo Metabo, 2014)、そして廃用性筋萎縮の進行(Egawa et al., Am J Physiol Endo Metabo, 2015)や萎縮後の再成長(Egawa et al., Int J Mol Scim, 2018)に関与していることを明らかにしています。現在は骨格筋のAMPK活性を抑制したマウスや骨格筋のインスリン様成長因子(IGF-1)をノックアウトしたマウス、Toll様受容体(TLR4)mutantマウスを用いて、運動時の骨格筋適応の分子機序解明を進めています(Fujiyoshi et al. Int J Mol Sci, 2022)。

骨格筋の代謝機能を促進する食品成分の探索および分子機構の解明

健康維持・増進には身体運動が有用なことはよく知られています。例えば、運動時の骨格筋収縮は、糖・脂質代謝の活性化やマイオカイン(骨格筋で作られるホルモン)の分泌促進、タンパク質合成の促進などの様々な健康有益性をもたらしてくれます。しかし、運動をしたくても運動することができない運動弱者(高齢者、有疾患者、障害者など)の人はもちろん、健常者でも習慣的に身体運動を行うことは困難です。

そこで、当研究室では運動の有益性の一部を代替できるような食品の可能性を求めて、運動による代謝機能変化を模倣する食品(機能成分)を探索し、その機能解析を進めています。これまでに得られた成果として、カフェインが運動時に骨格筋で生じる代謝変化と同様にAMPKを活性化して糖輸送を促進することを明らかにしています(Egawa et al., Metabolism, 2009; Egawa et al., Acta Phisiol, 2011; Tsuda et al., )。またカフェインは古くから運動効果の増進作用を有することが知られており現在ではドーピングの監視リストに入っています。これに関連する内容として、カフェインが筋収縮と相加的に骨格筋AMPK活性化や糖輸送を促進することを示すとともに(Tsuda et al., Physiol Rep, 2015)、カフェインが運動効果を増進するメカニズムの一端をメタボローム解析により明らかにしています(Tsuda et al., Nutrients, 2019)。