124.『これが太極拳だ!! 楊澄甫と陳微明』新刊

太極拳の歴史とその時代を生きた人たちを知る上で貴重な資料となる書籍である。

この本自体は、歴史の中に埋もれていた写真を現代に伝える太極拳写真集と言ってよいだろう。

写っているのは高名な武術家の『楊澄甫』とその高弟である『陳微明』である。この時代、現代と違って携帯のカメラでフィルムも入れずに気軽に写真が撮れるという時代ではなかった。素人が高価なカメラを持っているなど考えにくい。写真の専門家がしっかりとした目的を持って撮影したはずだ。本の解説にもあるが、一番解りやすい目的は出版用の写真撮影となろう。現にこれらの写真は陳微明著作の剣や太極拳の本の中に収録されている。われわれにとってありがたいのは、今回発掘された写真はとても鮮明で顔の表情などもはっきりと見て取ることが出来ることだ。この楊澄甫の写真はフリー百科事典のWikipediaに単鞭が載っている。しかし、残念ながら画質が悪く鮮明さに欠けていた。

この本の第一の魅力は楊澄甫の40歳前後であろう年代の太極拳をのぞき見ることが出来ることだ。85式の起勢から収勢までを見せてくれている。消失した部分の動作はイラストで埋めているが、当時の楊澄甫の動きは十分つかむことが出来る内容だ。もちろん晩年の完成された楊澄甫の太極拳に比べればまだまだ上達途上にあることがはっきり見て取れる。それでも太極拳の技取りはのびのびと自由に動いているのが感じられる。扇通背の定式は太極拳體用全書では歩型はしっかりと弓歩で取っているが、この写真では馬歩と弓歩の中間くらいの歩型になっている。日本人はまじめで几帳面だから、定式弓歩だとすぐ「違うっ!」と言いがちだが、武術の技取りとしてはどちらでも全く問題ない。武術家の見解としては、扇通背の弓歩定式が一つ。馬歩での定式が一つ。そして、半馬歩の定式が一つと3種類の定式歩型があってもなんの問題も無い。却って技のレパートリーが一つより三つ有るほうが望ましいという考え方だ。85式には扇通背が23式と65式目の2回出てくるから、23式の扇通背をきっちりした弓歩で取り、65式の方をこの写真と同じ半馬歩で取るのも自由でおもしろい。

手揮琵琶の定式も正しくは右掌は掌心が上を向く。この写真の定式では簡化24式太極拳と同じで掌心が下を向いている。これはカメラのシャッターのタイミングが過渡動作を撮影してしまったのか?自由に技取りをしている結果、この形になったのか?今となっては不明である。

競技の太極拳であれば、定式の形が違ったものであれば減点対象になるであろう。

実際の武術では一つの技の許容範囲は大きい。敵に対して技を決めることが先決なのだ。様々な取り方があって良い。打虎式などでも下の手の拳心が下を向いていても、内側に向いて拳眼を上にしていても両方あっても、一向に問題ない。この本は、自由な視点に立つことにより太極拳の奥深さを感じ取ることが出来る作品である。また、陳微明の剣の写真も鮮明で、楊式剣の学習には大いに参考になるであろう。

出版社による作品紹介

楊式太極拳の第三代・宗師楊澄甫の中年時代の太極拳技術写真とその高弟・陳微明師の太極剣の技術写真が発見された。宗師楊澄甫の太極拳の写真は、おそらく40歳代前半のものと思われる。

楊澄甫宗師と陳微明師の技術を充分に学べ、非常に貴重な資料である。

また楊澄甫宗師と陳微明師の太極拳の技術写真を並べ比べた「宗師楊澄甫と陳微明師の拳架対比」を追加した。

この太極拳・剣の貴重な写真が愛好者の技術研鑽に大いに役立ってくれることを願う。