第十三回 加藤老師遺稿『后坐動作と重心移動』

弓歩からの后坐動作は、24式にしろ48式にしろ制定拳と云われる太極拳套路には必ず出てくる難問の一つです。この問題をクリヤー出来無いまま太極拳の練習を続けたために、膝を痛めてしまった人も大勢います。

太極拳を始めて、套路を覚えて更に練習を続ける時に、自分の身体に起きる不都合な部分に、何故だろうと考える方向性が生まれて来る事は誰にでもある事です。その事を見過ごしてしまうか、疑問を感じてどうすれば良いのかを考える事は非常に大切な事なのです。制定拳の太極拳では重要な部分なので説明が長くなりますが、しっかり読んで理解を深めてください。

弓歩型からの后坐の動作に欠く事の出来ないものは、動き出す前にまず弓歩型が正確に作られているかがとても大切な事なのです。多くの人の弓歩は完成度から見ると70%から80%くらいだと思います。私の教室の指導の時には「弓歩が不十分」とか「弓歩があまい」と言った表現で注意を致します。これは弓腿と云われる前脚の状態が不足している事が原因です。弓歩型を取る時に大切な事は、いかに前脚に的確な重心を掛けているかどうかにあります。弓歩型は前脚に7割、後脚に3割の重心配分と云われています。問題は7割掛けた重心がしっかり生きて来なくてはならないのです。一番大切なのは前脚の問題です。弓歩型を後脚の状態を先に取り上げて、あれこれ注意しようとするのは、あまり賢い考え方ではありません。

太極拳動作の要領に『分虚実』があります。常に実の部分をいかに正確に意識を以ってつくり動かすかと云う事です。

少し前置きが長くなりましたが、弓歩から后坐の完了までには、二つの重要な要素があります。

最初の動きは弓歩の前脚膝が固定され動かない状態で、前後の脚の中間点に体軸を移動させることです。この時、体軸が中間点に移動するまで前脚の膝が動いてしまうと、前脚の胯関節の動きは不十分となり、後ろ脚の膝関節を詰めてしまいます。後ろ脚の膝関節が詰まると、後脚つま先と膝頭の位置にズレが生じてしまいます。

よく「膝と胯関節の位置が定まらないのですが、どうしたらよいでしょう。」と云った質問がありますが、膝と胯関節の前に『膝とつま先』にズレが生じていないかを考えなければなりません。

下半身の動きの目的は、体軸を如何に正確に収めるべき所に移動させるかにあります。重心移動と云うのは体軸を移動させる事なのです。体軸を移動させる為に使われる身体部は胯関節です。言い換えれば、胯関節運動によって体軸は移動します。

その運動時に重要な働きをするのが、膝・足首・足裏です。膝を固定させたり、ゆるませたりする為には、足首の固定、足裏の踏みしめ(踏実)が適切に連動する事が必要です。

弓歩の定式から定式までは、両脚の中間点を区切りにすると、八つに分解が出来ます。まず弓歩から后坐・収脚まで、軸足を完成する迄の五つの分割を考える事が出来る様になりましょう。ただ何気なく動くのでは無く、この様に一つ一つの動作に対して、どのように動作すればよいかと云う指向性を持つ事は太極拳の運動には不可欠なのです。

太極拳の動作のうち手法の部分は、意識を持った表現力が必要です。それぞれの個々の個性が表れる部分でしょう。これに対し、下半身の動きである歩法は、人間の身体の構成を如何に自然に正確に機能させるかの科学だと思います。