第十一回 加藤老師遺稿『一動全動・一意全動・無意全動』

太極拳の動作を表す四文字熟語が数多くあります。

『一動全動』或いは、『一動百動』などと云われる四文字熟語もその中の一つです。検定試験の筆記試験にもしばしば使われる熟語の一つです。一つの動作がその目的に合わせて全身が協調して動き、身体中の部位が各々の役割を果たしていると云う状態を表している言葉です。

しかし実際の動作の中で、一動半動としか思えない動作を多くの人がしています。試験の答案には立派に書けても、動作の中に表れなくては何にもなりません。

太極拳の要領を表す四文字熟語は、それぞれ大事な意味を持つものですが、身体の動きを表現する四文字熟語はそれぞれ単独で考えては意味を持たなくなります。一動全動と云っても立身中正と云う太極拳動作の根幹にある状態を抜きにしては考えられません。

立身中正の要求が満たされている条件の中に、沈肩墜肘があり、含胸抜背、鬆腰鬆跨、虚靈頂勁が有ります。このような状態の中で目的を持った意念が働く時に、目的に向かって身体全体それぞれの持つ機能が発揮される時、一動全動の要求に合う身体の動きが表れます。一動全動は言葉の意味は分かり易いのですが、実際の動作の中で実現する事は、そんなに簡単な事ではありません。

虚実分明と云う言葉があります。

練習中に虚の手の動き、足の動きを質問する人が結構多くいます。実の手や足の動きを大事に考える事が無い為に、あっちこっち考えなくても良い動きが気になる人、沢山いますね。虚の部分は実にかなって動くものであり、虚は実の動きを支えている関係に有るものでなくてはなりません。

前述したように、身体の各部位の状態が整った時に一動全動が有るのですが、私は目的を持った意識が働く時に、全身が協調して動作が起きるのが大切であると考えます。

私の親しくしている友人に空手の師範がいます。彼が朝起きて来ない時、弟子の人は決して手を添えて起こす事はしなかったそうです。

なぜかと云うと、手を添えて起こそうとすると、彼は無意識の内に起こそうとする人を攻撃したそうです。弟子たちは彼を朝起こす時、長い棒を使って起こしたそうです。

修練を積んだ人は無意識の内に身を守る動作が自然に出てくるのかも知れません。凡人には解らない世界です。もしかしたら、一動全動は一意全動では無くて、無意全動なのかも知れませんね。

そんな境地まで達する事が出来れば素晴らしいですね。中国の達人の逸話も色々聞きますが、本当なのかなぁーと思いつつも、名人、達人の世界を覗いて見たいと思ったりします。

でも、無意全動の前には、まず一動全動。日々の練習の中で自分の身体の変化を聴き取ったり感じ取ったりする感性を持たなくてはなりません。一つの動作を繰り返す単式練習の時、自分の動作を心の目で見る習慣を付けましょう。動作そのものに流されてはいけません。良い動作を見つけるためにも、良くない動作を感じ取る感性を意識して養いましょう。良くない動作をした時は、身体に必ず違和感を感じる筈です。良くない事に気が付けば、何をどうすれば良いかは比較的簡単に解決します。

後は、良い動作を聴き取る感性を持って繰り返し練習をしましょう。必ず身体が覚えて呉れます。

練習、練習、質の良い練習をしましょう。