「プレゼントは私」
(作者:ユメピリカ様)
降誕祭の近いこの時期に何故自分の街を離れてリューンに来たのかと言えば、つまり、忙しさに巻き込まれたくないからだった。
それを知らされて、カジはがっくりとカウンターに突っ伏す。
――アダムは自分にしか出来ない事以外に興味が薄い。
例えばクッキーやケーキを焼いたり、慈善活動のために炊き出しを行ったり、ミサで聖歌を疲労したり、そういうのを好まない。
誰かがやるだろう。自分ではない。
そういう考えだ。
だからこそ『聖歌隊の仕事』以外はこうしてもろもろを放り出す事がある。
「相変わらず敬虔なのかどうか分からん奴だなあ」
リューンの宿の親父は豪快に笑っていた。
昔馴染みとは言うが、どれほどの事を知っているのか――聞く気はないが。
「カジは出かけないのか」
「出かけるって……」
冷め始めた朝食のスープを啜って、カジは眉根を潜める。
「何処に? リューンは降誕祭前の熱気でひっくり返りそうじゃないか。俺はああいうの、いい」
「ヴァイオレットちゃんとお前のいい子ちゃんは二人で買い物に行ったっていうのに」
「……いい子って誰だよ」
「なんだっけ。ディエ、だったか?」
カジは鼻で笑う。
「俺とあいつはそんなんじゃねぇぞ」
「否定するところが怪しいな。本命はヴァイオレットちゃんの方か?」
「言ってろ」
では、と親父は俄かに声に真剣さを混ぜてカジに尋ねる。
「暇なんだな?」
「……やる事がない、という意味ならな」
「よし」
親父はカジを真正面から見つめた。
「急ぎの依頼がある。今いる奴で任せられるのはお前くらいしか浮かばなくてな」
「おいおい、俺はこの宿所属の冒険者じゃないんだぜ」
でも、と意地悪く笑う。
「評価されるのは悪い気分じゃねぇ。依頼を受けるかは、話を聞いてからだが」
「お前の同業者の護衛がメインだ。隣町まで送ってやって欲しい」
クリスマスまでに、とそれが続く。
「……後、二日か」カジは指折り数える。「隣町だろ? 馬車で一日だったから、悪い仕事じゃない、が」
「それがな……。馬車の組合がストライキ中で運行がストップしてるんだ」
「おいおい、リューンってのも案外住み心地悪そうだな」
そして、表情を無機質なものに変える。
「つまり、歩きで二日。……不可能だな」
「正規ルートを通れば三日は掛かるからな。……だが、抜け道がある」
聞こうじゃないかと顎で示すと、親父は眉をひそめた。
「整備されてない道を……しかも、モンスターの住処を突っ切るルートを取れば。……ギリギリだが、間に合うはずだ」
「ふん」
――そんな事だろうと思った。
でなければ、カジに頼んだりしないだろうから。
「親父の頼みだ。受ける」
「そうか! すまんな、感謝する。じゃあ、依頼人を紹介しよう」
「おう」
おおいと呼びかけられてカウンターから顔を出したのは、
「ばう!」
一匹のぶちもようの犬であった。
「冒犬者のビルギットだ! よろしく頼んだぞ!」
「依頼人と言ったのに、どう見ても犬。しかもぶちゃいく犬」
カジが思わずそう口にすると、「ひどい! 失礼しちゃうわ!」と声が上がった。
「親父さんはかわいいって言ってくれるもん!」
「はっ?」
それは紛れもなく、「犬」から発せられていた。
「しゃ、喋った……!? 犬が喋った!!」
「犬」は表情を心配そうなものに変えて「しゃべるのが変なの?」と声を潜める。
「親父さん、私、変……?」
「冒犬者は喋るものだろう。何言ってるんだお前は」
「え、えええ……? 俺が悪いのかよ」
納得いかない。
「もしかして、犬嫌いか?」
「というか猫派だ」
「がーん」
「こらお前! 依頼人に対しての態度がなってないぞ!」
「……なんだろうな、この理不尽さ」
『いつもの依頼』はこんな『摩訶不思議』は起こらない。絶対にだ。
だからこそ、興味を覚えた。
「まあ、いいや。依頼について聞かせてくれよ」
ビルギットと呼ばれた「冒犬者」に話しかければ、ごく普通の会話が成立する。
「えっとね。隣町のアイリスちゃんのお家に行きたいの。クリスマスまでに!」
「おう。でも、どうして危険を冒してまでクリスマスに拘るんだ?」
「だって、クリスマスプレゼントはクリスマスまでに届くはずでしょ? 違う? 違うの?」
「プレゼントぉ? そいつはまあ、クリスマスに届かなきゃいけないな。うん」
「うん! プレゼントになるの! ほら、おリボンだってちゃんとあるんだよ!」
『彼女』は親父さんに「つけてつけて!」とせがみ、親父は「おお、今つけてやるからな」と可愛らしいリボンをそのたぷたぷの首に結んだ。
つんと鼻を上に向けて彼女がポーズをとると、「よーしよし。かわいいぞー! 似合ってるぞー!」と親父はべた褒めだ。
ぶんぶんと機嫌良さそうに尻尾を振っているビルギットを、カジはじいっと見つめた。
「自分がプレゼント、なのか。おっさん面の犬にリボンはどうかと思うけどよ」
その言葉がショックだったのか、さっきまで揺れていた尻尾がしょんぼりを動かなくなった。
「こらー!! 依頼人に対しての態度がなってないと言ったばかりだろうが! 少しは学ぶ姿勢を見せんか!」
「ええええ……」
納得いかない。
「……んで、そのアイリスってのは? 何でその家なんだ?」
「アマリアからの依頼なの! 冒犬者として最後のお仕事なの! だから、プレゼントになるの!」
「ほおん?」
ちらち親父を見ると、「アマリアは、この子の相棒でな」と声を潜めた。
「偏屈だが、依頼をきっちりこなす、そんな女の子でな……お前とは大違いだよ」
「なるほど。さすが犬は忠義に厚いって言われるだけあるなあ」
「アマリア……人間だよ……」
カジは己の失態に「ぐふっ」と声を漏らす。
「犬だと思ったんだよ……わりぃ……いや、ほんと、すまん……」
「アマリア、許してくれると思うなあ」
彼女は尻尾を振りながら話す。
「アマリア、アイリスちゃんへのプレゼント用意し忘れてたの。でね、アイリスちゃんね、ペットが欲しいって言ってたからね。私をプレゼントって偽って連れて行くことにしたのよ。このリボンだって、アマリアのをくれたの!」
彼女はえっへんとばかりに上を向いた。
「そういうわけで、私、引退してプレゼントになるの。冒険者から飼い犬になるの」
「待て。いい雰囲気のつもりだろうけど、理由どうしようもないぞ!? お前それでいいのか!」
「親父さんの御飯、喉が通らなくなるぐらいに悩んで決めたの!」
「……」
カジはじとっと親父を見つめた後、「こいつはそのアマリアって奴に一言言ってやらんと俺の気がすまねぇんだがな……!」と拳を振るわせた。
「アマリア、今教会にいるから会えないよ?」
「ええいっ! どいつもこいつも!」
あんな人込みに入ってまで探す余裕は無い。
なにぶんこちらには時間がないのだ。
「つーかそもそもなんだが。お前のことも聞いておきたいんだが」
「ビルギット、五歳! メスのブルドッグだ! 良い子だ! 伏せ、お座り、なんでもござれ!」
「親父に聞いたわけじゃねぇ」
「趣味は穴掘り! 最近のあだ名は『墓荒らしのわんこ』! ものすごく良い子だ!」
「ぜってぇ良い子じゃねぇだろ、それは」
「わたし、冒犬者なのよ! だから、道中も、ちょっとなら戦えるよ! だからさぽーと、がんばる!」
「おう……そいつは頼もしいな」
親父よりも本「人」の方がしっかりしているではないか。
「道はよくわかんない!」
ちらり親父を見ると、「山道を行き、途中で外れてくれ。ショートカットするために、洞窟を抜ける」と説明があった。
「そこはモンスターの巣だそうだ。……種類も種族も不明だ。だからこそ、お前に頼むんだ」
親父は頭を下げ、「なんとしても、無事に届けてやって欲しい、頼む」と重々しく告げた。
「はっ」
カジは笑い飛ばす。
「そんなに深く頭を下げると眩しい。さっさと上げろよ」
「……」
親父は怒ったりしなかった。
「まあ……やってみるさ」
外は寒いだろうか。
自分の黒いコートを羽織り、二本の剣と背負い袋を引き寄せる。
「もう十分だ。行くぜ」
「すまんな……じゃあこれを渡しておこう」
親父が取り出したのは、何やらファンシィなグッズ達だった。
「これがビルギットのベット代わりの篭で、これがお気に入りのおもちゃ。後、御飯はこれで、おやつは……」
「地図じゃねぇのかよ!? 世話セットじゃねぇか!」
「お前ならどーってことない荷物だろう?」
「……まあな」
自慢する事でもないが、カジは力がある。
おそらく、ビルギットを持ったままでも戦闘をこなせるだろう。
――彼女を「置物」として考えるのならば、だが。
「御飯を食べた後は顔の皺など綺麗な布で拭いてやってくれ。後、フンの始末はキチンとだな」
「犬なんだな……本当に……め、面倒……俺、犬なんて飼った事ないし」
口ごもっていると、ビルギットが申し訳なさそうにカジを見上げていた。
「ごめんね……。私、一匹じゃ扉もあけれないから。その代わり、オヤツ欲しいって我儘は言わないから……」
「安心しろ、ビルギットは大人しい良い子だ。勝手にどっかに行く事はない」
「でも、犬なんだろ?」
「……ああ。体力は人間よりずっと少ない。ペース配分に気をつけてくれ」
親父は声を潜め、カジに耳打ちする。
「休憩をしっかりとってやってくれ。……自分から辛いなどとは決して言わないだろうからな」
「……俺にそういう気配りを求めんなよ。善処はするがな」
「ああ。じゃあ、頼んだぞ。カジ、ビルギット……気をつけていくんだぞ」
ビルギットはぴしっと佇まいを整える。
「親父さん……今までお世話になりました! いってきます!!」
そう高らかに宣言した彼女を見て、「ああ……! 達者でな! うおおん」と涙ぐむ親父は、なんというか、『違った』。
アダムならまずそもそもこんな依頼を受けないし、『演技であったって』泣いたりはしない。
「泣くなよ、親父……じゃあ、行ってくる」
「うおおん! ビルギットの事、頼んだぞぅ!」
「分かった、分かったから……」
逃げ出すようにして、カジはビルギットを伴って宿の扉をくぐった。
彼女はもう、振り返ったりはしなかった。
「この道だなあ」
カジは荷物を持ち直す。
雪がまばらに残る道に、二人はやってきていた。
「この道を行けばアイリスちゃんに会えるのね! 私、がんばって歩く!」
ビルギットはぴょんぴょんと跳ねる。
「カジ! はやく、はやくー!」
「へいへい。そんなにはしゃぐと、街までもたねぇぞ」
「はーい! ペースを保ちながら、だよね!」
「よし、良い子だ」
カジは道を確認する。
「兎も角、まずは一日目だな。山小屋まで辿りつくぞ。まっすぐ行けば夕刻までには着くはずだ」
「うん! がんばって歩きます! 最後の冒険に出発だわ!」
ビルギットはちょこちょことお尻を振りながら歩き始めた。
カジもその歩幅にあわせて歩き出す。
冬の空気はぴんと張り詰めて、喉に張り付くようだ。
人間がこうなのだから犬ならもっと喉が渇くのだろうなと思っていると、「ねぇカジ」と話しかけられる。
「一つだけ約束して欲しいの」
「何だ」
「冒険は帰るまでが冒険だから、ちゃんと宿に帰るって約束。それで親父さんになでなでしてもらうの」
「……あのなあ、遠足じゃねぇんだからそれはどうなんだ? それに、俺はその、人間だから……あの親父からなでなでは……よしてくれ……」
苦い顔をしてみせると、ビルギットは何やら不満――いや、不安か?――でこちらを見つめ返した。
「ま、まあ」カジは取り繕う。「帰還の約束は必ず守ってやる。ほら、行くぞ」
「だめだよぅ、なでなでもセットだよぅ。カジは恥ずかしがりやさんなのね」
「ちげぇよ!」
大いに否定する。
道中、時折生き物の気配は感じるが、まだ危ないものには遭遇していない。
ビルギットの動きに合わせるのは苦痛ではなかった。
「うー」彼女は唸る。「やっぱり歩いてると寒いね。足が冷たいわ。カジは平気?」
「俺の故郷よりリューンの方が寒い気はするが……犬ってのは雪が降れば庭を駆け回るんだろう? 平気じゃないのか?」
「暑いのより寒い方が好きよ? でも、雪とか踏むと肉球が冷たくなって嫌いなの。すごく嫌な思い出、思い出すし!」
「思い出」
――脳裏にちらつく、青白い雪。
――月下に映える、赤い髪。
「……まあいいや。滑らないようにだけしてくれよ」
「はーい!」
一人と一匹は歩く。
――寒い日だ。
呼吸をすれば、すっと喉と鼻の中が冷える。
死んでいく冷たさだ。
それを蘇らせようと、己の熱がさっと呼吸を温めて外へと逃げていく。
生きている熱だ。
ぼんやり、そんなことを思いながら歩いていた。
「……あ」
「ん」
カジの横をちょこちょこと一生懸命歩いていたビルギットが突然ぴたりと立ち止まる。
よく見れば小さな耳を立てて、しきりに首を動かしていた。
「どうした?」
「女の人の悲鳴、聞こえたの。多分、道の横にある森の真ん中くらいだと思う、距離」
「俺には聞こえなかったが」
「すごくちっちゃい声だったから人間には聞こえないとは思う。ワンコは耳がいいんだよ」
なるほど、と小さく頷く。
犬は人間よりもはるかに物を聞き取ると聞いた事があったので。
「……助けてあげたい、でも……。私の体力じゃあ、あそこまで行ったら山小屋まで辿り着けない……。冒犬者として依頼を優先するべき。……でも、困ってる人を……見捨てるなんて……辛いよぅ」
ビルギットはしくしくと言葉を繋ぎ、最後に「アマリア」と泣き出しそうに付け加えた。
相棒からの大事な依頼を取るか。
人と生きる犬としての矜持を取るか。
それを、選びかねている。
カジは眉間を押さえる。
――冒険者なのか。それとも、聖歌隊の剣なのか。
その矛盾を、叩きつけられた気がした。
「ふせ」
何気なく呟いたその「命令」に、ビルギットはさっと対応した。
ヒラメのように地面に寝そべった彼女は、どうして今伏せをするの? と不思議そうにしていた。
「良い子だ。しっかりしつけられてるじゃねぇか」
カジは己の荷物を改める。
「その体勢で、「まて」だぞ。俺は別行動してくる」
「別行動?」
「どのみちそろそろ休憩だろ。お前はここでゆっくりしてろ」
「カジは?」
「俺は散歩に行って来る。そこらへんをぶらぶらとな――広い森じゃねぇ。すぐ戻る」
「カジ!!」
ビルギットは嬉しそうに、しかし心配そうに「でも、気をつけてね。……無理だけはしないでね?」と言葉を紡いだ。
カジはひらひらと手を振りながら「俺の留守中に何かあったら、遠吠えするんだぞ。んじゃ、行って来る」と道から外れる。
「……うん! ちゃんと『まて』してる! いってらっしゃい!!」
おそらくビルギットは言いつけを守るだろう。
自分は『散歩』に専念すれば良い。
枯葉を踏み荒らしながら、カジは冷たい森の中を駆ける。
「おかえりなさい!! 大丈夫だった?」
「ああ。お前の聞いた声の主は無事だ。安心していい」
「カジも?」
くるりと回ってみせる。
「見ての通り、怪我ひとつない」
「よかった……! ありがとう、カジ」
「俺は散歩してきただけだっつーの」
置いていた荷物を取り上げる。
「十分休んだだろ? 今から頑張って山小屋に行くぞ」
「はーい!」
ビルギットが元気よく返事をする。
「やっぱり、カジは、恥ずかしがりやさんなのね!」
「うるせぇ」
カジは「あ、そうだ」と左手をくるりと捻ってそれを宙に投げ、またキャッチする。
「助けた礼に、リンゴを貰ったんだった。山小屋に着いたら食べさせてやってもいいぞ」
「しゃりしゃり!! 美味しそう!!」
「……俺の剥き方に期待すんなよ。なんつーか、こういうのは、うん、苦手だ」
「はーい」
ビルギットは鼻をひくひくとさせた。
「……アマリア、しゃりしゃり剥くの上手だったんだよ」
「へぇ」
「ウサギさんの形や、私の形に切り分けちゃうの。ブルドック型に!」
「……ブルドックの形とは……いったい……」
聖歌隊で手先のいい奴といえばエメリだが、だからといってブルドックの形に切るのは無謀にも思えた。
そのまま二人はビルギットの歩調に合わせて歩き続ける。
「ん」
カジは遠目にそれを確認した。
「ここだな。親父の言ってた山小屋は」
「お腹空いちゃった! 早く入ろう! カリカリとしゃりしゃり! 楽しみ!」
ビルギットは元気よく駆けて行って、山小屋の前にちょこんと座った。
涎を垂らしていなければ、忠犬で通じただろうに――そう思うと、何やら笑える。
「食い意地の張る野郎だ」
「わたし、女の子だよ!」
「はいはい」
カジは山小屋の扉を開ける。
旅人の為に用意されているのだろうこの小屋は、冬の寒さを何とかしのげる程度の作りをしていた。
寝具や自炊道具が用意されているはずもなく、カジは手早く荷物を広げる。
「水場はありそうだったから……暖炉……うん。少しは温かいものが食えそうだ」
ビルギットに座っているように言いつけ、暖炉に火を入れた。
「ビルギット、お前は火の番をしているように」
「はーい!」
その間に水を確保しようと外に出た。
「お、茸……」
前に『冒険者だったあの人』が教えてくれた、食べられる茸と野草を少し採取する。
ひもじい思いはしなくても良さそうだ。
中に戻るとビルギットが背筋を伸ばして炎を見つめていた。
「あ、カジ! わたし、ちゃんと見てたのよ!」
「ご苦労」
鍋に干し肉を入れて、沸かし始める。
「これも見ててくれ」
「はーい!」
その間にナイフを使って茸と野草を切り分けた。
そして、貰ったリンゴをくるくると手の中で回転させる。
「……ブルドック型……」
眉間に皺を寄せながら、皮にナイフを入れた。
「……」
「カジ、お湯が沸くの」
「話しかけんな」
「見ててって言ったの、カジなのにぃ」
「皮むきに忙しいんだよ!」
芋と違ってでこぼこしていないので、カジの不器用さが顕著に出た。
「ほらよ」
不恰好に切り分けられたリンゴに、ビルギットは眉間をしかめた。
「カジ、思ったよりへたくそね……」
「期待すんなって言っただろ!」
恥ずかしさで赤くなりながら、カジは茹った鍋に茸と野草を入れる。
「カジ、カリカリ! わたし、カリカリも食べたい!」
「はいはい」
少々手間取ったが、なんとか一人と一匹で慎ましく食事を終えた。
「ごちそうさまでした!」
「……おそまつさまでした」
顔の周りを布で拭いてやると、彼女は上機嫌であった。
ビルギットは暖炉の傍でぺたりと腹ばいになる。
「……カジ、明日が本番? ……間に合うかな?」
「明日、洞窟を抜けるのが手間取らなければ……間に合うさ」
「ん、わかった! 明日もしっかり歩くよ! がんばるね!」
「……ああ」
カジは思い出す。
――ビルギットは、人間じゃあない。
体力も気力も、自分のそれとは違う。
「体力はもちそうか?」
「いっぱい歩いたから疲れちゃったけど、寝れば大丈夫! しっかり休憩するよ! 明日が本番、だもんね!」
「気力は?」
「気力って……がんばるって気持ちだよね? その気持ちだけはいっぱいあるよ!!」
彼女は「ほら、これみて! 読んで!」と籠に頭を突っ込んだ。
「これみてるとがんばってアイリスちゃんに会うんだって思うの!」
咥えているのは手紙だ。
「ん、あ……? 読んでいいのか? ん……」
――クリスマスパーティしょうたい状
親あいなる ビルギットちゃんへ
クリスマスの夜におうちで
ちいさなパーティをします。
神父さまにおそわった
ワンワンもおいしく食べれるスープをつくっておまちしております。
ぜひ、いらしてください。
お姉ちゃんをずっと守ってくれた
ビルギットちゃんに
あたらしいわたしのかぞくに
はやく、会いたいです。
アイリス
「……いいな、こういうの」
ビルギットは手紙をじっと見つめながら尻尾をブンブンと振っていた。
彼女にとって、それは元気の出る魔法のような、とてもとても自慢したいものなのだとはっきり感じ取れた。
「……ん」
しかしその瞼が閉じ、うつらうつらしているように思えて、カジはそっと手紙を籠に戻した。
「そろそろ寝ろ。明日も早い」
「……!」眠りかけていたビルギットははっとして「はーい!」と返事をした。
彼女は籠の中に潜り込み、毛布にすっぽりと包まる。
だが、もぞもぞと動いているようで、眠れないことは一目で分かった。
「……ねぇ、カジ」
「なんだよ? 早く寝た方がいいぞ、お前」
「……カジは……」
言いにくそうな声。
「誰かと会う事が……すごく怖いって思う事ってある?」
「はっ……?」
それは、カジの思考の奥の方に響いた。
――会う事の怖い、誰か。
それは。
それは――
――思い出しては、いけない。
「お前」震える声で取り繕う。「アイリスちゃんと会うのが怖いのか?」
「うん……。……ほんのちょっぴりだけど」
「お前のキャラじゃねぇだろ?」
「……」
短い沈黙。
「ワンコは人に比べて生が短いから、自分が置いていく側なんだって事自覚して行動してるの」
「……そうか」
「アイリスちゃんと一緒にいれる時間は凄く短いもん。……だから、本当は……迷ってる。私が行って、いいのかなって」
「そんなこと」
――本当に? それを、否定するの?
鈍い頭痛。
「……置いていかれるのは辛いよ。そんな思い、アイリスちゃんに何度もさせちゃって本当にいいのかなって」
「……」
カジは少し考え、口にする。
「別れが嫌だから、出会わなければいい、と? そう言いたいのか?」
「……そんな事ないよ。出会いがなければ、……物語がはじまらないもの」
「俺にはそう聞こえたけどな」
目を閉じる。
――冬の日。赤い色。
なびく赤。土に汚れた自分の手。
「俺は、いつか別れるとしても」
いつか、この手で殺すとしても。
「出会えたことに感謝するけどな」
いつか、この手で滅ぼすとしても。
「それが、答えじゃダメか?」
出会えた瞬間だけは――感謝している。
そう思って、彼女と目を合わせた。
「……うん」
ビルギットは小さく頷く。
「私も感謝してる。アマリアに出会えた事、カジに出会えた事」
小さく吼え、彼女は「ありがとう、カジ」と言った。
「……もう寝ろ。アイリスちゃんと会うんだろ」
「はーい! カジ、おやすみ! 明日、アイリスちゃんに会えるのを神に感謝しながら、眠るわ!」
暫らくすると、籠の中から小さないびきが聞こえてきた。
ようやく寝付けたようだ。
「神、ね……」
カジは小さく呟き、「おやすみ、良い夢を」と声をかけて、己も毛布に包まった。
「く……くちゃい! お、お鼻がへこんじゃうぐらい、くちゃい、くちゃいよ!」
件の洞窟の前で、ビルギットが思わずといった様子で叫んでいた。
「お前の鼻はもともとぺちゃじゃねぇか……でも、まあ、俺の鼻でもこいつはキツイ悪臭だな」
「うぅ……辛いよぅ……わんこは綺麗好きなんだもん……くちゃいの、やだぁ……」
「この悪臭から考えられんのは……」
カジは物陰からその洞窟の入り口を伺う。
見張りとして立っていたのは、二足歩行の大きな豚だった。
「ふん、やっぱりオークか。集団生活を好むやつらだからな、これは……骨が折れそうだ」
「うう……くちゃいのなんかに、負けないもん! アイリスちゃんのために!」
「その意気だ」
カジは剣を鞘から引き抜いた。
「お前は下がってろ、このために俺がいるんだからな」
――さて、どうカタをつけよう?
「ごちゃごちゃしてるのは、めんどくせぇな」
とんと地を蹴り、オークに肉薄する。
ビルギットの悲鳴が聞こえたような気がするが、構わなかった。
「ぶひ!?」
オークがこちらに気づいた時には、カジの剣はその首に到達していた。
「ぶひぃいいっ!」
断末魔を撒き散らしながら、オークはばたりと地に伏す。
同時に、洞窟内にも別な声が反響し始めた。
「気づかれることは百も承知……」
剣を振るい、赤黒い汚れを弾き飛ばす。
「こっちには時間がねぇんだ。しゃきしゃきいくぞ、ビルギット!」
「は、はい! ま、……負けないんだから!」
カジは荷物を左手に、剣を右手に洞窟内に飛び込んだ。
ビルギットがついて来れるぎりぎりのスピードを選びながら、迫り来るオーク共を薙ぎ払った。
「たいしたことねぇな」
「カジ! 左!」
「おう!」
くるりと剣と荷物を持ち替え、オークの体を斬り飛ばす。
「カジ……しゃりしゃりは剥けないのに、こういうのは器用なのね」
「うぐっ……い、言ってろ!」
踏み出した先、ぐにゃりと柔らかい感覚があったかと思うと、あっという間に足が沈み込んだ。
「うわっ」
――落とし穴だ!
「カジ!」
「慌てんなっ」
鋭い痛みに奥歯を噛んだ。
どうやら底に木材か何かで突起が作られていたらしい。
さっさと右足を抜き出す。
靴の中がぬらりと滑ったが、痛みはある。
大事はない。
「だいじょうぶ? けが、ない?」
「ねぇよ」
――この洞窟内が異臭塗れで良かった。
カジは土に靴底をこすり付ける。
己の血の臭いは、オーク共の臭いでかき消されているだろう。
「先に進むぞ」
「う、うん……」
なるべく悟られないようにする。
止まるわけにはいかないのだ。
そこからは少々スピードを落とし、先へ先へと進む。
カジの勢いに恐れをなしたのか、オークは思ったほど襲い掛かっては来なかった。
「あ」
ビルギットは嬉しそうにひと鳴きする。
「やった! 出口だわ! これでアイリスちゃんに会える! くちゃいのともお別れ!」
「いや……」
「カジ! はやく行こう!」
「ビルギット! 下がれ!」
鋭く叫び、前に出る。
出口の光から現れたのは、四匹のオークと、一回り大きな『ロード』と言われる体格のオークであった。
「ちっ」
カジは舌打ちする。
「最後の最後で数が多い! ビルギット、隙を作るから駆け抜けろ。こいつらは俺に任せてな」
「やだ!」
はっきりとした否定に、カジは目を見開く。
「あぁ?」
「ブルドックは納得できない事は……聞かないの! 私も少しなら戦えるもん!」
「はっ……とんだ悪い子だな。良い子っつー親父の評判は嘘じゃねぇか」
「悪い子でいいですよぅだ! 宿に帰るまでが冒険だもん。カジが帰れなかったら私、やだもん」
「俺がここでやられるわけねぇだろ」
「……それに、私一匹じゃ……迷子になっちゃうから……やっぱり、これが一番いいと思う。アイリスちゃんの所に行くには!」
「……しかたねぇな」
荷物を放り投げ、カジはロードに向き合う。
「お前の言うことにも一理ある。一緒に出るぞ、ここを!」
「うん! 頭痛いけど、がんばる!」
ロードが武器を振り上げると、四匹のオーク達が一斉に向かってきた。
「数で勝負ってか? 甘いんだよ!」
カジの身に法力が宿る。
雷にも似たそれは剣に伝わり、空間を切り裂いた。
「ぶひぃっ!?」
「おととい――」
「ぶーっ!」
「きやがれってんだ!」
ばっさりと切り伏せられたオーク達を見て、にわかにロードが興奮しはじめる。
「随分部下思いじゃねぇか? いや――自分の所有物を殺されて怒ってんのか?」
――その気持ちは、まあ、分かる。
だが、己が身を挺して庇わなかった時点で、死ぬ運命は変えられない。
「ふっ!」
鋭く息を吐き出し、ロードに肉薄する。
「はぁっ!」
打ち付けた刃は鈍い音に阻まれた。
相手の巨大な斧からすれば、カジの青銀の剣は細すぎる。
「はっ」
嗤いかけ、剣を持ち直す。
「少しは出来るのか?」
斧が振りかぶられる。
しかしその動きは鈍重で、カジにとっては物足りないほどであった。
身を捻り、地を割る一撃を避ける。
「うーん!」
ビルギットがその足元に体当たりを仕掛けた。
大したダメージではないだろう――しかし、それは確実にロードの意識を一瞬カジからはがすことに成功していた。
「はぁあああああっ!」
青白い法力の乗った刃がロードの体にやすやすと突き刺さる。
「ぶもぅっ!!」
血液が蒸発するほどの熱量が、その巨体の中で暴れまわっているはずだ。
「悪いな……急いでるんでな」
もう一回剣を振り落とし、ロードを完全に沈黙させた。
激しく動いたせいだろう、右足の痛みが強くなってきている。
「これで通り抜けられる」
右足を引きずらないように注意した。
悟られれば、面倒だ。
「これなら間に合うはずだ」
「うん……」
ビルギットは一歩出口に向かって踏み出す。
「今度こそ……アイリスちゃ……んの家に……」
しかしその小さな身体は、出口の直前でばったりと倒れてしまった。
「ビルギット!?」
駆け寄って、小さな身体に触れる。
温かい。
「……あたま……いたい……」
「ああ、もう言わんこっちゃねぇ! おい、しっかりしろ! ビルギット!」
言葉による反応は返ってこなかった。
「くそっ……!」
泥で汚れたその身体を抱き上げる。
――大丈夫。
心のうちに、自分を励ます。
――まだ、温かい。
人は夢を見る。
犬も夢を見るのだろう。
それはきっと、同じように儚くて、悲しくて、愛おしいものに違いない。
「なんか……夢みた……の」
そう空ろに呟く額を撫でる。
「……あれ、なんか……暗い?」
「気絶してたんだよ、お前」
カジは目を閉じる。
「運ぶのは簡単だけどよ。……動かしていいものか、判断つかなくてな」
「そんなの! 平気よ、ありがとう……」
ビルギットは鼻先をカジの指にくっつけた。
「でも、私、どれくらい寝てた?」
辺りは薄暗く、彼女にもだいぶ時間が過ぎてしまった事ははっきりと分かったはずだ。
「時間、時間は大丈夫? クリスマスは?」
「……」
どう答えるべきか。
言葉に、迷っていた。
「い、急ごう」
ビルギットはよろよろと立ち上がる。
「私のせいで、ごめんね……頑張って、歩こう」
「……ああ」
小さく、短く答えて、彼女が歩くその少し後ろについていく。
一人と一匹の影は消え入りそうになるほど、辺りは暗かった。
ビルギットの息は整わず、尻尾にも元気がない。
限界なのだ。
何もかも。
「……クリスマスが、終わっちゃう……間に合わない……間に合わないよぅ……」
どうしようと繰り返しながら歩く姿を、ただただ追う。
赤い色が自分の右足を伝っていることよりも、彼女の尻尾が揺れない事の方が、辛く感じた。
「きゃん!」
「ビルギット!」
ころりと転がった彼女の名前を呼ぶ。
「大丈夫! 転んだだけ! 平気、だもん! カジ、行こう!」
「……休憩するぞ」
「でも!」
きっと彼女を睨みつける。
ビルギットは驚いたように身を小さくし、「わかった……ごめん……」と地面に崩れ落ちた。
息を整えようとして、しかしやがてそれは涙声に代わる。
「ぐすっ……ひっく……アマリア……」
「お前はよくやったよ。……だから、休め」
「まだ、まだ頑張れる……少し、休んだら……! また、歩くもん……!」
――その残酷な現実は、自分が突きつけなければならない。
彼女はきっと、自分では認められないほど、良い子だから。
「無理だ。お前の足じゃ、もう、間に合わない」
「……間に合わない……なんて……」
ぐしゃぐしゃになりながら、彼女は「アマリア、ごめんよぅ」と何度も何度も謝った。
相棒の名前。
それを、何度も。
「……」
カジは長く考えて、「もうなりふりかまってられねぇな」と小さく呟いた。
「ビルギット、リボンをつけるぞ」
「……え?」
相棒がくれたというリボンを「ああっ手がかじかんで……くっそ……」と毒づきながら彼女の首に結びつけた。
そしてビルギットをひょいと持ち上げ、肩に担ぐ。
「カジ!? わ、私、重たいよ!? 20キロあるよ!?」
「高々長剣10本分だろ――こうでもしねぇと、間にあわねぇんだよ!」
荷物もまとめて抱え上げ、カジはビルギットに叫ぶ。
「しっかり捕まれよ! 依頼を引き受けたからには絶対にやり遂げる。それが冒険者の誇りなんだぜ!」
――そう、自分に『冒険者』を教えた人は言っていた。
「必ず、クリスマスまでに届けてやるから!」
「……うん!」
走り出す。
走る、駆ける。
跳ぶ様に。
重さなど気にならない。
やがて白い粉がぱらぱらと視界を汚し、あっという間に大粒の雪になった。
ホワイトクリスマス、というやつか。
「カ、カジ」
ビルギットの声。
「右足、が」
「気にすんな」
「でも、それ、ぽたぽた、アマリアと、一緒――」
「いいから!」
点々と赤い痕が残る。
雪と混ざって、地に落ちる。
「こんな傷なんともねぇ。……俺のことはいい。何か、楽しい事でも考えてろ!」
「……カジ」
彼女は小さく呟いた。
「クリスマスプレゼント、喜んでもらえるかな」
「喜ぶに決まってんだろ!」
走る。
「アイリスちゃん……好きになってくれるかな? 私の事なでなでしてくれるかな?」
「もみくちゃにしてくれるだろうよ、絶対にな!」
走る。
「でも……不安なんだ……私、鼻ペチャワンコだし……子犬でも、ないし……おっさん面、だし……」
「お前は可愛い犬だよ! 自信持てよ……!」
「……うん!! カジ、大好き! ありがとう!!」
「いい加減黙ってろ! 舌、噛むぞ!」
走る。
走って、走って、走って――
「……ここ!」
ビルギットの導きで、その家まで辿り着いた。
辺りはもう真っ暗で、カジもビルギットも雪で真っ白になっていた。
「……まだ、起きてるといいんだが……」
ビルギットを降ろす。
彼女は不安げに鼻を鳴らしながらカジを見上げていた。
新しい家族との顔合わせに緊張しているのだろう。
ぐっと手足を伸ばして、しっかりと立っていた。
「ノックするぞ」
カジは返事を待たず、その扉を叩いた。
やがてばたばたと走ってくる音がし、「はーい!」と扉が開いた。
出てきたのは人の良さそうな女性である。
「クリスマスの夜遅くにどちら様かしら……?」
「あ、お母さ……ん……!」
ビルギットの声はがちがちに緊張していた。
「わ、わた、私! あの、えっと、くりすますの……!」
おろおろとする彼女の言葉を、カジが繋ぐ。
「アマリアさんからアイリスさんへクリスマスプレゼントのお届けです。アイリスさんは、いらっしゃいますか」
「ああ……! そのリボン……!」
女性は『全てを察して』、声を上げた。
「ビルギットちゃん……! ビルギットちゃんでしょう!」
「なんだ」カジはほっと息をついた。「親父から連絡いってたか。……この子がビルギットで、間違いない」
「やっぱり……! アマリアからの手紙には、いつも必ずね、あなたの事が書いてあったのよ……! アマリアの最高の相棒だって!」
女性はビルギットに手を伸ばす。
「ああ……! もっと顔を見せて……!」
「うん……! お、お母さん……!」
あんなに元気の無かったしっぽが、ぴんと立っていた。
「娘のために……家に来てくれて……ありがとう、ビルギットちゃん」
彼女に触れたとたん、女性は「まあ!」と声を上げた。
「こんなに冷えて! 冒険者さんも中へ入って! 今、スープを温め直しますから! さあ、こちらへ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
雪を払い落とし、カジは温かい部屋の中にお邪魔する事になった。
冷たさが止血になったのか、もう右足から血は流れていない。
「今、アイリスを呼んできますね。馬車が動いてないからビルギットちゃんが来れないって聞いてから、泣きっぱなしで……」
「泣いて!?」
ビルギットはまたおろおろとしはじめる。
「な、泣かしちゃったの、私!? どうしよう、カジ! 嫌われちゃうかも!?」
「ばーか、そんなわけ――」
「わんわんのこえ!」
カジの否定にかぶさったのは少女の声であった。
「ビルギットちゃん!? ビルギットちゃんがきたの!?」
息を切らせて現れたのは青い目の少女だった。
「び、ビルギットちゃん!」
「は、はい!」
ようやく出会えた二人は、おっかなびっくり向き合っていた。
「あんたにクリスマスプレゼントだ。この子はずっと、お前に会いたがってたんだぜ。……ほら、ビルギット」
歩み寄るように声をかけると、アイリスの方がぱっとビルギットに抱きついた。
「ビルギットちゃん……あいたかった……!!」
ぎゅっと抱きしめる少女の目からは、涙が零れていた。
「うああああん!! あいたかった!! ずっと、あいたかったんだよ!」
「うん……! 私も、会いたかった! アマリアの大事な、アイリスちゃんに!」
彼女があまりにも嬉しそうにするものだから、カジは「そんなに尻尾振ると、そのうち千切れるぞ」と笑った。
「サンタさん……!」
少女が泣き笑いしながら、カジを見ていた。
「ビルギットちゃん、つれてきてくれて……ありがとう!」
「……仲良くしろよ」
「うん!」
本当に嬉しそうだ。
だというのに、そこには少し、悲しさが混じっていて。
カジの小さな疑惑が、鈍く、形となってきた。
「今、食事の用意をしますからね。……本当にありがとうございます、冒険者さん」
「もう礼は受け取ったから――」
「カジ、ありがとう!」
「ビルギット、俺の話も聞け」
でも、彼女は黙ってくれなかった。
「最後の冒険が、アマリアみたいな貴方と一緒で、私、幸せだった!」
「……俺も楽しかったよ」
暖かい暖炉の傍で、少女の泣き声と犬の鳴き声を聞きながらの食事になりそうだ。
カジはふと、目を閉じる。
――白い雪。
赤い、赤い、跡。
自分を呼ぶ、赤い髪のそれ。
何か、思い出せそうな。
今日のような日に。
しかし今日ではない、不幸な日に。
何か、あった気がして。
それが何か分からないけれど。
それを今は思い出せないけれど。
でも、ビルギットのおかげで――それを、つかみかけているような気がした。
「カジ、……笑ってるの?」
「え?」
「それとも、泣いてる……? 私、わからない、な……」
「……気にしないで、ください。少し、『思い出していた』だけ、ですから」
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あとがき。
今回はユメピリカさんの「プレゼントは私」を書かせていただきました。
たまたまユメピリカさんの新作が出た際に、この作品とクロスオーバーがあると聞きつけて
「じゃあ若カジでこれをやってから」とプレイしたところ、これがおおはまり。
急遽リプレイに入れさせていただきました。
口が悪く、しかしお人よしの主人公がとてもいい活躍を見せてくれるこの作品は、
ほんわかした作風の一方であまりにも悲しい側面をもっています。
あくまでもこのリプレイは主人公の視点であり、
『彼女』のことは語ってはいません。
ぜひ、プレイして『彼女』と一緒に歩いてほしいです。
快くリプレイ小説をご許可してくださったユメピリカさんに感謝を。
本当にありがとうございました。