「夢オチします」(100kb祭り/2015新春)
(作者:River様)
――それは、音のない夜のことだった。
『俺』は山道を登っていた。
剣を友にして、されど独りで。
丘の上を目指して、言葉なく闇の中を進む。
急ぎ過ぎず、しかし着実に。
風の音が耳朶に染み入り、心を圧迫する。
――心?
そんな物が自分に残っていたのかと、少しだけ疑う。
でも確かに。
確かに、それはこの身の中にあった。
そして視界がはっと開け、闇の中にぽっかりとそれが姿を現す。
「……ほう――、」
満月であった。
思わず溜息が漏れるほど美しく、しかし狂気の象徴であるソレは、まるで嘲笑うかのように『俺』を見下していた。
暫し、見惚れる。
――恐らく恋とはこういうものなのだろう。
「良い夜だ……。そう、思わないか? カジ」
その声に、視線を地上に戻す。
「よう」
『俺』は短く応える。
月下に見慣れた顔を見つける。
『天馬の提琴亭』亭主、そして『俺』の上司、アダム。
赤い、紅い髪が、闇の中で燃えるように浮かび上がっていた。
――特に驚くことではない。呼び出したのは、彼なのだから。
「悪いな、こんな時間に呼び出したりして」
「いいさ」
笑ってみせる。
「夜の散歩と言うのも悪くなかった」
夜の世界は、『俺達』にとって遠くて近い存在であった。
仕事はいつも夜だった。
月の下、狂気に塗れて、いつも。
そう、いつも。
「それよりどうした? わざわざこんなところにまで呼び出して」
しらばっくれてみる。
「まさか、野郎二人で月見というわけでもないだろう?」
「……まあな」
アダムは笑った。
黄色い目が、柔らかく細められる。
しかし、『俺』には分かっていた。
――全て、分かっていてここに呼び出されたのだ、と。
「カジ」
アダムの低い声。
「俺の下について、何年になる?」
「……どうだったかな。それなりに長いつもりではあるが」
「そうだな。最初はひよっこだったお前が、いつの間にか俺を上回るようになった」
「謙遜か? そんなもの――」
「そんなもの、意味がない、と?」
「……」
『俺』は首を横に振った。
「アダム、……もう、いいだろう?」
『俺』は顔を拭った。
――真っ赤な返り血が、この身を塗らしていた。
「俺を殺しに来たなら、さっさと見せろ。その、殺意を」
「……くくっ、言うようになったな」
アダムはすらりと槍を取った。
銀色のソレ。
幾多もの魔と、幾人もの人を貫いた、聖北の銀槍。
その穂先がついと向けられる。
『俺』の胸元に向かって。
「俺は、強かった。どんな敵にも負けなかった。どんな逆境にも打ち勝った」
今のお前のように、と。
「だが――ここでお前を『滅ぼす』。お前は少し、"優しすぎた"よ」
「アダム」
「でなければ、このような大胆なこと、出来なかっただろう?」
紅い男は、牙を剥いて嗤う。
「"聖歌隊"のメンバーを、皆殺しにするとはな」