幕間:
「二人の事、どう思っているのです」
蝋燭の火がアデラの深い皺を際立たせていた。
「お前と私の事か」
アダムは嗤いながら、ワインを煽る。
――今年も良い味だ。
「カジとディエの事です」
「そんなに睨むな。ワインが不味くなるだろう」
「真面目にお聞きなさい、アダム」
ぴしゃりと彼女はアダムを嗜めた。
「あの子達をこのまま"聖歌隊"に残していいのか、私は疑問なのです」
「いいもなにも、奴らはしっかりと仕事をこなしているじゃないか」
「『そういう風に育てられた』エメリとは違うのですよ」
アデラは深く溜息を吐く。
「"旧聖歌隊"員の娘であるディエはともかく――カジは」
「親友の息子を預かったまでだ。同じ事さ」
アダムはくすくすと笑った。
「『あいつ』は良い騎士だったなあ……覚えているだろう?」
「聖北の花型ですからね。それに――強かった」
「ああ、そうだ。だから私もその忘れ形見を育てるのに、何の躊躇いもなかったさ。きっと良い剣になる、そう思ったからな」
「……」
深い溜息の後、アデラは己のグラスのワインに口をつけた。
「カジはそのうち気づきます。自分がただ、利用されている事に」
「ふん……それならそれで、構わないさ」
「そんな」
「あいつがそれで、剣を選ぶか死を選ぶか、見物じゃないか」
「貴方って人は」
「褒めるなよ……照れるじゃあないか」
アダムはくつくつと喉を鳴らした。
「どうしてそんなに奴に拘る? 今までの奴らと一緒じゃないか」
「貴方、本当にそう思っているのですか」
「ああ」
「彼は素直で、正義に満ち溢れた子よ。それは今までの聖歌隊にはない物」
「あの戦闘狂が? 冗談だろう」
「よくお聞きなさいアダム。あの子は、」
「まあまあ、アデラ。そんなきつく言わないで」
ワインボトルを携えて現われたのはヴァイオレットであった。
「お父さんも少しは分かってあげてよ。カジはね、お父さんと違って『自分が殺したい相手』を選ぶのよ」
「私だって選んでるよ」
「お父さんの『死』に意味なんてないじゃない?」
「あるさ、ヴァイオレット。神の為だ」
「それってカジとは違うわよ」
アダムはふうむと唸って「違うか。なら、育ってもらわないと困るな」と席を立った。
「話しはもういいな、アデラ」
「何処に」
「私の仕事にさ」
そのまま振り向かず、聖歌隊の長は姿を『天馬の提琴亭』から消した。
後に残されたアデラは、深く深く息を吐く。
「……私は知っているんですよ。貴方がカジやディエなんかより、もっと多くの人間を殺していることに」
「それの何が問題なの?」
ヴァイオレットは『父親に良く似た笑顔』で嗤う。
「"聖歌隊"の意義に乗っ取っているだけじゃない。人間は綺麗なものばかりに囲まれて暮らしたいと願ってるんでしょう?」
「……私はね、ヴァイオレット」
アデラは席を立つ。
「知らなくても良い真実に、彼らを巻き込みたくないと願っているだけですよ」
「カジはさ、邪悪に対して甘いんだよ」
「……何?」
カジは身を預けていた背もたれからゆっくりと離れた。
赤い瞳が、容赦なくエメリを射抜く。
「だからさー、カジは強いよ。怖いくらいだしさ。でもさ……甘いんだよねぇ」
「どこが」
「死を選んでるってとこ!」
エメリは肩を竦めた。
「容赦なく、無慈悲に滅ぼしているようで、カジは相手を殺してるんだよ。ソンゲンがある、とでもいうのかな。そこがさ、甘いっていうか……優しいよね」
「……」
カジは心外を顔に浮かばせる。
「ちょっとはさ、身のフリカタ? 考えた方がいいと思うんだよね。聖歌隊なんだから」
「偉そうに……」
「何だよう、先輩面させてくれたっていいじゃない。僕はカジより"長い"んだよ?」
「……」
――そうだっただろうか。
「んまっ、カジの方が僕よりも強いから強くは言えないけどさー。でももっとさ、残酷に、残忍に、主の意思に反するモノを滅ぼすべきだと思うわけ、僕は」
エメリは話しながら続けていたナイフの手入れに集中したようで、もう何も言わなかった。
カジもそれ以上追求する気になれず、部屋に引き上げる事にした。
――エメリはああ見えて好戦的だし、無邪気に不浄の物を倒す。
そこには主に対しての真摯な信仰心があるのだ。
アダムの教えだと聞いた気がする。
さて、なら自分は――?
カジは思考を断ち切り、自分の部屋に滑り込んだ。
物の少ない部屋である。
剣と、その手入れをするための物と、聖書と制服と少しの私服――それくらいだ。
ベッドに寝転ぶ。
エメリの言葉が気になっていた。
――優しいと。
そんな馬鹿な。
自分は聖北の狗だ。自覚がある。
そこに優しさなど持ち合わせてない。
死は平等だ。そこに――何の意味を与えるというのだろう。
何を与えようとしたのだろう。
『彼女達』の死を、何故自らの手で選び取ったのか。
「……」
目を潰る。
長い前髪だけでは、現実を隠し切るには足りない。
「……?」
重さを感じて、カジは浅い眠りから覚めた。
「……」
仰向けの自分の腹に跨っているのはディエであった。
まるで子供がそうするように、じいっと丸い目でカジを見つめている。
「何だ」
しかし動じない。
『初めてではない』からだ。
彼女は扉の錠を破って進入する事があり、仕方なくカジは鍵をかけるのを諦めた。
ディエの行動は良く分からない。
殺気がないのでほうって置いているのが現状だった。
「カジ。元気、ない」
「馬鹿言うな。そんなわけあるか」
「私には分かる」
「……」
言うだけ無駄だ。
「カジ。私が守って、あげようか」
「……なんで?」
「カジは、私をこうやって守ってくれた」
彼女はカジに覆いかぶさるように身を近づけた。
恥ずかしげもなく。
「雪の日。仕事の日。忘れた?」
「覚えてねぇな」
「そう……」
――そんな事があっただろうか?
ディエとの仕事を思い返してみても、そんな記憶は何処にもない。
自分にとっては、些細な事だったのだろうか。
「……カジ」
「何だよ」
彼女はつっと、傷だらけの指先をカジの喉に当てた。
「怪我……良かった。治って」
「ったりめぇだろ」
「良かった。声は、大事」
その指が喉にかかり、数秒動脈を撫で――不意に離れた。
「……そろそろ重いんだが」
「あ」
ディエはのっそりとカジの上から降り、「お大事に」と部屋の外へと去っていった。
――彼女は、本当に、よく分からない。
「カジ、カジ。いるんだろう? ――ああ、そうだ、次の仕事が決まった。行ってくれるな?」