「爺の帰還」(100kb祭り/2014夏)
(作者:ユメピリカ様)
その街は――
「何もねぇな」
カジは第一印象を素直に口に出していた。
観光名所と呼べそうなものはなく、良く言って素朴な風景がただただ立ち並んでいた。
そんな中で、装備を整えた己の何と目立つ事か。
「何から始めるか……」
カジは今回の『依頼』を思い出す。
「指名手配の、死霊術師?」
カジは思わず聞き返していた。
アダムは神妙に頷き、「我々の最大の敵と言っても過言ではないだろう?」と続ける。
「もちろんだ。が――そんな田舎町に?」
「奴らは巧妙に姿を隠す。闇の中燻って、神のお心を乱すだろう」
「……ふむ」
死霊術師。
今まで何人も殺してきた相手だ。
そこに恐れも何もない。
「指名手配犯ってーと……目立つ事をしたわけ、だな?」
「元々マッドサイエンティストとして有名人だったようだ」
「はん……」
アダムは地図を広げて、「この街だ。一年ほど前から潜伏している、らしい」と指で示した。
「一年って、随分と気長な話じゃねぇか」
「そこは狡猾と言うべきか、『病気』としてカモフラージュされていたようだ」
「病気? ……話が見えてこねぇぞ」
にっこりと、宿の亭主は笑った。
「自分の目で見てこい。その方が早い」
――つまり情報を纏めると。
カジは冒険者を装いながら、街を巡り歩いた。
人々は皆口数が少なく、暗い空気を纏っていたが、何とか現状を把握する。
――流行り病。
だんだんと周りの事に無関心になり、衰弱死していく病。
それはまるで魂が抜けたよう。
どんな医者や聖職者が見ても治す事は出来なかった。
一年前から、猛威を振るう不治の病。
「……見えてきたぞ。こいつは、病じゃねぇ……奴の仕業か」
眉間を揉む。
――アダムはまた、俺にこういう仕事をさせる。
嫌なのではない。
時々、思うだけだ。
己の何処かに、ただひたすら、剣を振るうだけでありたいと思う部分があることを。
多分、それでいいのだと、思う。
ただ殺せばいいのだと思う。
神の――いや、己の――敵を。
殺すために、次の行動を起こそう。
カジは聞き込みを『流行り病』から『不審な人物の行方』に切り替えた。
しかしこれがなかなか上手くいかない。
皆、他人に無関心なのだ。
病気ありきではない――皆、死に疲れている。
その気持ちは、分からなくもなかった。
「ああ、君の言う人に心当たりはないぜ」
――結局この人物もはずれだった。
カジは「協力感謝する」と礼をした。
「いいって、これくらい」
その青年は、くたびれた笑いを見せた。
「君……ちょっと似てるんだよな」
「……似てる?」
「少し前、流行り病で亡くなった近所のお爺さんにね」
「……はっ」
小さく嗤う。
――俺もくたびれたものだ。
青年はそういう意味じゃなくて、と首を振った。
「だから、いい人だと思うんだ。そういうこと」
「ふうん……」
近所の爺さん。
顔と人格を覚えられるとは、何て素朴な関係なのだろう。
イルムガルデの『近所』など、顔も名前も分からないというのに。
「爺とは似てないよ」
不意に。
意識を冷ます声がした。
カジはそちらを向く。
ほぼ、無意識に。
――確かに、目が合った。
「……っ!!」
相手はこちらが『気づいた』と確認するや否や、脱兎の如く逃げ出した。
恐怖を顔に貼り付けて。
「待て!」思わず叫び、さらに苛立って「待ちやがれ!」と怒鳴っていた。
「え? え? ど、どうしたの、冒険者さん!」
疑問を投げられたが、今はどうでも良かった。
相手はこの街に精通しているのだろう――実に素早い身のこなしでカジを引き離そうとしている。
「くっそ……!」
全速力の追いかけっこでは、『二本目の剣』よりもいつもの長剣の方が重く感じた。
いっそ捨ててしまおうかとも思ったが、それはあまりにも短気だ。
とにかく、追い詰めなければ。
幸い、相手は一般人。
こちらの方が身体能力は高いし、恐怖で思考が凝り固まっているに違いない。
――俺は今、獲物を追い詰める役なのだ。
「うおっ!?」
転がったゴミに足が捕まる。
転倒を防ごうと体制を整えると、今度は喫茶店の看板が倒れてきた。
「んんっ、こなくそ――!」
どうやら相手は本気で捕まりたくないようだった。
となれば、何が何でも捕まえてみたくなる。
――狭い所や物が多い場所を通ろうとするならば。
カジはわざと距離を開ける。
曲がり角を確認し、情報集めで使った道を脳内に思い浮かべる。
――次だ。次の曲がり角。
わざと倒されたものに突っかかってみせると、相手は右に曲がった。
そこは狭く、倒す物もあるが――行き止まりだ。
「あー……長かった……」
思わず声に出しながら、右に曲がる。
そこでは呆然とこちらを振り返る少年がいた。
「こっちは武装してんだぞ……重いんだよ、疲れるんだ。お前と違って。わかっだろ?」
「……」
少年は震えているように見えた。
おそらく、恐怖で。
「……聞きてぇ事があってな」
カジは己の表情に気づいて、なるべく刺激しないように心がけた。
酷くゆっくりとした動作で、路地に置かれた木箱に腰掛ける。
「俺はカジ。冒険者をやってる」
嘘の肩書きを述べた。
「指名手配犯の死霊術師を探してんだ」
「し、死霊術師……?」
「ああ。血相変えて逃げ出したんだ、何か知ってんだろ? 吐いてもらうぞ」
「……」
「マッドサイエンティストでこの付近に一年ほど前から潜伏してるって話だ」
「……」
少年は深く深く考え、ほっとした様子で答えた。
そこに、違和感を覚える。
「悪いけど、君の言う死霊術師は知らない」
「じゃあ何故逃げた」
「……怖かったんだよ。追いかけてくるのが犬でも、人は恐怖心で逃げるだろ?」
「……ふん」
――ごもっとも。
「もういいだろ。行っても良いか?」
「……協力、感謝するぜ」
少年が去ろうとするのに、カジは「あ、最後に一つだけ」と呼び止めた。
「名前。名前が聞きてぇ」
「……」
少年は訝しそうにしていたが、「ブルクハルトだよ」と小さく答える。
「じゃあ、さようなら」
去っていくその背中に違和感を感じた。
――何か、知ってるな。
言葉は嘘ではない。だが、何かを隠している。
「何だと思う?」
自問自答。
「……俺だったら、」
『二本目の剣』に触れる。
「そうだな……自分で、確かめたいかな。その、疑問に思った事を。誰かに話す前に」
あの冷たい手を思い出す。
自分で解決するために、他人には誤魔化す――その経験は、自分にもある。
「行くか」
立ち上がり、目を瞑る。
――その匂いは、もう覚えた。
少年の後を追う。
気配を消して。
鬱蒼とした森の中、狼の息遣いが聞こえてくる。
それでもこちらに来ないのは――おそらく、カジの向かう先が生物にとって忌むべき場所だからだ。
死霊術師の根城。
そこに、あの少年はカジを連れて行ってくれる。
やがて彼が姿を消したのは、木々の中にひっそりと隠れた小さな洞窟であった。
「こんな場所じゃ、見つからねぇか」
入り口を覗いて、理解する。
強い負の臭いだ。
「……」
カジは表情を引き締めて、洞窟に潜った。
中は異様だった。
腐臭、異臭が鼻につき、空気も淀んでいる。
ぐきり、ごきりと、嫌な音もしている始末だ。
「大当たり、ねぇ」
喜ばしいことではない。
見立てでは、もう、時間がない。
闇に慣れた目に飛び込んできたのは、多くの死体を従える死霊術師と――
「じ……爺の……死体……?」
呆然と呟く、少年だった。
「ははっ! 上手くいっているね」
神経に障る笑い声。
「魂が完全に抜けた死体は扱いやすくていい!」
なるほど、と思いながらカジはそれを凝視する。
老若男女の死体。
その一つが、高齢の男のそれであった。
カジは一歩近づく。
「こんな田舎町なら、異変が起きたって病だと勘違いしやがる」
また一歩。
――少年に異変を感じた。
匂いが、その魂が、変質しようとしている。
また一歩近づく。
その黒く歪んでいきそうな魂に、手を翳す。
「落ち着け。ブルクハルト」
名を呼ぶ。
現世に留める。
人の形を保って、人の心を保つように。
己の声で、繋ぎとめる。
「だ……誰だ!!」
死霊術師はカジの気配にようやく気づいた。
遅すぎるくらいだ。
「……ぼ……冒険者……?」
少年は驚いたようにカジを見た。
まさか、ここに辿り着くとは思っていなかったのだろう。
「下がってろ」
また一歩、近づく。
「……殺しは、プロに任せるんだな。お前は、悪い奴じゃ……殺しをするような奴じゃないんだろう? なあ?」
青銀の長剣を抜く。
「お前の恨みは、俺が晴らす」
濁った空気に、己の法力を散らす。
空気がぴんと張り詰めた。
「お願いします!」
必死の声が、耳朶を叩く。
「そいつを倒して、婆さんを救ってくれ!」
その願いの意味は分からなかった。
それでも――剣を振るうには、十分な理由だった。
「お、お前っ……聖北か!」
「いかにも」
「くっ、ついに見つかったか――だが!」
法力に覆いかぶさるように、不浄な力が沸きあがる。
「こっちは良い出来に仕上がってる……お前も仲間入りさせてやるよ!」
「お生憎様だな」
身を低くし、疾駆する。
「俺はまだ、死ぬ気はない」
狭い洞窟は足場も悪い。
しかしそんな物、そんな場面、幾度と踏み越えてきた。
腐った死体の動きは、カジには遅すぎる。
そもそも相手にする必要性を感じない。
カジは真っ直ぐに死霊術師を剣の間合いに入れた。
「へっ?」
その事実が、相手を固まらせる。
「そしてな――」
両手で剣を相手に突き刺し、そのまま力任せに押し倒す。
「ぎあああああっ!」
哀れな死霊術師は、まるで虫の標本のように地面に縫い付けられた。
「死んでも、この魂を穢させるつもりは、ない」
「あああああ、煩いんだよお前ぇ!」
ゆらり、臭いが動く。
血を吐き出しながら、死霊術師は僕に命令を下した。
「剣を手放すとか馬鹿のやる事だ!」
「冒険者!」
少年の悲鳴。
だが、カジは後ろ手に『二本目の剣』を引き抜いていた。
「邪魔すんな」
――マテルの剣。
それを掲げると、腐乱死体は動きを止めた。
斬られる事を悟ったのか、聖なる力に臆したのか。
この剣で何かを斬るつもりはなかった。
ただ、示しただけだ。
ここは――邪悪な者のいる場所ではない。
「ひっ」
死霊術師の悲鳴。
汚れた魂の末路。
カジは剣を捻りながら抜き出す。
「滅しろ」
次に振り落とした一撃は、確実に相手の首を落としていた。
死霊術師は、結局人間だ。
これで復活する事はない。
周りの死体達は糸が切れたようにばたばたと倒れだし――
後には、カジと少年が残った。
「爺さんの墓参りも……久しぶりのように思えるねぇ」
高齢の女性は、そう笑っていた。
「本当だな。死んだばっかりは毎日来てたのに」
少年はぽつりと言い、「元気になってよかった」と目を伏せた。
静かに近づくと、少年ははっとこちらを向いて「噂をすればなんとやら」とはにかんだ。
「よう、冒険者」
「……」
――婆さん。
その言葉を思い浮かべながら、墓の前に跪く老婆を見ていた。
――声を、かけるべきなのか。
ちらり、少年を見る。
だが、何の反応も返ってこなかった。
あえて無視されている事に気づき、カジは「あの」と声をかける。
老婆は驚いてこちらを見たが、ゆるゆると表情を優しいものに変えた。
「冒険者様?」
「ああ……」
「本当に感謝しております。貴方様のおかげで、こうして……夫の事を……思い出せました」
泣きそうな、しかし優しげな表情。
それに、胸をえぐられそうになる。
誰かを失う悲しみ。
それはきっと、誰にでもある。
「大切な思い出を胸に……残り短い生を生きていけます」
「……どんな人だったんだ。亡くなった旦那さんは」
あえて、それを口にする。
それしかない。
「……優しくて、面白い人でした」
「カッコいいとかじゃないんだ」
少年が合いの手を入れる。
「いつだって私を置いて先に行くのに、必ず後ろを振り返って戻ってきてくれる人でした」
「そりゃあ、婆さんの事を爺は心底愛しているからな」
「私が自分の事を俺と呼ぶのは乱暴で嫌いだと言えば、不思議な一人称になったり」
「そりゃあ、好きな人に嫌われたくはないじゃないか」
「僕や私じゃ、自分には似合わない。そう言って……自分の事を爺って呼んでいたんですよ」
カジは言いかけて――止めた。
少年が困ったように微笑むので。
「だって……その頃には、すでに爺だったじゃないか。そんなに笑うなよ」
老婆は思い出を幸せそうに語った。
だからこそ『それ』を聞かずには居られない。
「旦那さんの名前を……聞いてもいいか?」
「……ブルクハルト。ブルクハルトという名でした」
「うん……そうか。ありがとう、いい名前だ」
そう告げると、自分の事ではないはずなのに、老婆は嬉しそうに笑った。
「話し過ぎてしまいましたね。もう……行かなくては」
「ああ」
「お婆さんの長話に付き合ってくれてありがとうございました。いつでも……遊びに来て下さいね」
「……俺が?」
「ええ。貴方なら、この街を救ってくれた英雄さんなら、いつでも歓迎しますわ」
「……ん」
老婆は礼儀正しく一礼して去っていった。
カジは暫らくその背中を見ていたが、やがて小さく首を振る。
「言いたい事が沢山ありそうだな」
「そりゃ、もう」
「ま、そういう事だよ」
「ブルクハルト、お前……」
その言葉の続きは何処にもなかった。
聞きたいことは山ほどある。
でも、何を?
でも、如何にして?
カジには自分の疑問をまとめるだけの冷静さがなかった。
少年は――爺は意地悪そうに、笑った。
「お前さんの目は本人と違って多弁だな」
「なん……」
「大丈夫、大丈夫だよ」
――まるで、自分が子供になったようだ。
静かに、宥められている。
「婆さんと出会った頃の……綺麗だった頃の爺の姿で迎えに来ただけだから。死んで自由に姿が変えれるんだ。どうせなら、惚れ直して貰おうと思ってさ」
「にしては……酷い、臭いだったぞ」
「ははは……悪霊になりかけてたのかな? 婆さんは、爺の事、思い出せなくなってたから。それにあの死霊術師は……憎かった」
「……」
憎しみや怒りは、強い力を生む。
でもそれはきっと、強すぎて己の魂まで歪ませるのだ。
カジは、それを目の当たりにした。
「爺は情けないな。お前さんがいなかったら……戻れないところだった」
しばし、見詰め合う。
目を逸らす事は出来なかった。
「さて」少年――爺は上を向いた。「そろそろ行くか。お前さんのおかげで、お迎えも先になった事だし」
そして、「あまり手を汚すなよ。お前さんの魂は、清いままの方がいい」と笑った。
「……!」
見透かされて、カジは身を震わせた。
――気づかれていたのか。
この身に被った血の数を。
「俺は――」
「……大丈夫。大丈夫、だって、そうだろう?」
爺はやっぱり笑った。
「達者でな。爺は天でのんびりお前さん達が来るのを待ってるよ」
「ブルクハルト」
「天に昇ったら……そうだな。お茶ぐらいはおごってやっても良い」
「まだ、話が」
「だが……長生きしろ。人生を謳歌してから来い。それだけは……絶対だ」
その存在が。
その魂が。
目の前から消え失せようとしているのを、止められなかった。
「ああ、我侭を言うなら……あの、声を。美しき法力を、どうか、唱えてはくれないか」
「……」
カジは、それに答えなかった。
言いたかった事を全部飲み込んで、死者を送る言葉を紡ぐ。
それは――葬式のそれに、良く似ていた。
「じゃあな、カジ」
別れの言葉は短く、
「お前さんに、感謝しているよ……愛する人を救ってくれて、ありがとう」
あっけなく、爺は行ってしまった。
誰もが辿り着く向こう側へ。
一人残され、それでも尚、カジは聖句を紡ぐ。
その声が人を導くと言うのなら、きっと涙はいらないのだろう。
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あとがき。
今回はユメピリカさんの「爺の帰還」を書かせていただきました。
名作だと思います。こ、これが100kb祭り投稿作品、だと…!?
今回は何度も何度もプレイしました。
シナリオ内では『爺』の心情で進んでいく物語を、どうカジの視点にするか。
そもそも『死』に対して敏感だけれど無感動なカジが『爺』との会話をどうするのか……
今回はまたひとつカジが成長して、エンディングに繋がる話となりました。
是非、皆様も『爺』との一時をお楽しみください。
快くリプレイ小説をご許可してくださったユメピリカさんに感謝を。
本当にありがとうございました。