「ヘンゼルとグレーテル(仮)」
(作者:ユメピリカ様)
刃物のような三日月が、木々の間から見え隠れしている。
その光源だけでは到底足りず、"聖歌隊"の先頭、カジは古びたカンテラを掲げていた。
零れ落ちる温かな光は、六人の足元を穏やかに照らす。
「……情報を整理しない?」
ぽつりとディエが呟いた。
「そうですね。……別々に同じ場所の依頼を受けるなんて、思ってもみませんでしたから」
アデラがその言葉を拾い、とりあえずそうすることになった。
「カジ、とりあえず貴方からお願いしてもいいですか?」
「……」
小さく溜息をつく。
「俺が受けたのは魔女の討伐依頼。この森の近くの村からの依頼だ。……村に被害が出てる、と」
「私が受けたのは」ヴァイオレットが続ける。「賢者の塔のお偉いさんから」
「えー? 賢者の塔からだったの?」
エメリが胡散臭そうに声を上げるが、"聖歌隊"の参謀はそれをさらりと流した。
――聖北教会は賢者の塔と利権関係で仲が悪い。
「古くからの友人の安否確認を、とのことよ」
「安否確認……? ふうん……」
アダムの呟き。
「で、アンタは?」
カジが促すと、「ああ、俺の依頼か」とようやく彼は話し始めた。
「魔法具を作る職人からの依頼で、暴走したゴーレムの処分を頼まれた」
「その三つが、全て同じ場所、か……」
ディエは顔を顰める。明らかに面倒に巻き込まれた、という雰囲気を漂わせて。
「さあさあ足を止めないで。詳しいことは歩きながらにしましょう」
時間がないのだからと、ヴァイオレットは全員を急かした。
「昔から魔女が森に住んでいたんだ」
エレガ村の村長フェルナンドは、沈痛な面持ちでカジにそう告げた。
「だが、なんの悪さもしない良い魔女だったんだ」
「良い魔女、ね……」
カジは眉間に皺を寄せた。
――はたしてそんな者が本当にいるのか、俄かには信じられなかった。
「それが、変わってしまった……。それまで普通の森だったのが暗く澱んじまった。何が起こったのか、俺にはわからん」
どんっと机に拳が叩きつけられる。
「ただ、森の魔女が……村の人間をさらうようになった」
――ほら見ろ、やはり魔女は魔女ではないか。
カジは腕を組み、無言のまま相手に続きを促した。
「……さらわれた者で帰ってきたものはいない。……もう……被害者は四人にもなる」
「それは随分と」
「お願いだ! もう魔女は昔の魔女じゃない……どうか、退治してくれないか」
「……」
――そもそも、どうしてこの村に来たのかを思い出す。
"天馬の提琴亭"で暇を持て余していた時に、ふとやって来た商人の噂を聞いた。
どこそこの森の魔女がヤバい、と。
そんなあやふやな情報ではあったが、カジは『魔女』という単語に反応し、"聖歌隊"に依頼が入っていないことを確認して此処までやってきたのだ。
魔女はこの世に害をなす。
そう教えられてきたからだ。
「どの『子』もまだまだ小さくて……本当に、本当にかわいそうな事をした……もう、これ以上犠牲を出すわけにはっ!」
「……報酬は?」
カジは極めて冒険者らしく、そう尋ねてみた。
「そ、それは……400spで、どうか」
「……」
安すぎる。
冒険者としての知識は多くなかったが、それが危険手当込みの値段としては安すぎる事くらいは理解していた。
しかし――この村は豊かではない。
観ればすぐに分かる。ここには神の威光は届いていない。
神が見ているのならば、子供が悲惨な目に合う事などないのだから――
「……分かった。受ける」
「あ、あ、ありがとうございます……!」
上ずった声が喚起に震えていた。
「……まあ、そんな感じだ」
「全く、カジはお人よしなんですから」
ヴァイオレットの言葉を背中に受けて、カジは肩を竦める。
「……勝手に相談せずに受けた分は働くつもりだ」
「でなければ困るな」
アダムが笑った。
「お前、少しは狡猾になれ、貪欲になれ。流石に魔女討伐を400spで受けた何てことが知れたら、冒険者全体の値打ちが下がるぞ」
「知ったこっちゃないな」
カジはくいと顎を上げる。
「俺は冒険者じゃないんでね」
「くくっ……よく言う」
何だかアダムは嬉しそうだった。
それに気持ち悪さを感じながら、しかしカジは何も言わなかった。
ヴァイオレットが賢者の塔へ出向いたのは、借りた本を返すためであった。
さほど役に立たなかったなあ等と失礼な事を考えながら階段を下っていると、「もし」と声をかけられたのだ。
「"天馬の提琴亭"の方では?」
「そう、ですが」
「やはり……すみません、こんな所で。本当は私から出向かなければならない話ですのに」
そう呟いた老魔術師の顔には焦燥が浮かんでいた。
――只ならぬ何かがあるのだろうか?
そう思いながら、とりあえずヴァイオレットは冒険者の一人として話を聞く事になった。
「私はここを離れられませんので、誰かに頼もうと思っていたところ、貴女を見つけまして」
「まずはお話だけ伺いますわ、ミセス」
「ええ……」
エデと名乗った魔術師は深い溜息を吐く。
それはもはや、諦めのような。
「友人の安否確認をしていただきたいのです」
「安否確認、といいますと?」
「一ヶ月に一度は連絡してきた人なのですが……半月ほど連絡が来ないのです」
「それは心配でしょう……」
「私も彼女も……もういい歳です。突然倒れた、そんな事が不思議じゃない歳です。最後に届いた連絡も体調が良くない……という連絡でしたから」
なるほど、とヴァイオレットは内心確信する。
諦めの色は、それかと。
「もし、彼女に何かあった場合……新しく魔術師を派遣しなければならないんです」
「派遣? 何かあるのですか、その方の勤め先には」
「ええ」
エデは枯れた指で眉間を押さえた。
「彼女の代わりに正気を抑える事が出来る人間を送らねばなりません」
あそこは悪い地場なのだと告げる彼女の瞳は、ヴァイオレットを真っ直ぐ見つめていた。
「失礼ですがミセス。私がそれを受けた場合、おいくら頂けるのでしょう」
「ええ……旅費は全てこちらで賄います。それとは別に100SP、ご用意させていただきます」
「なるほど」
――悪くはない。
たかが一人の安否確認だ。
行って帰って終わるだろう。安全に向かう道筋さえ見極めてしまえば、苦労も少ない。
「分かりました。場所を教えていただきますか?」
「ああ……ありがとうございます。神に感謝しなければなりませんね」
エデは深く祈りを捧げた。
「今思えば貧乏クジだわ」
ヴァイオレットは子供のように頬を膨らませて不機嫌さを表した。
「危険手当もないのよ!」
「そりゃあ、ただの安否確認じゃーね」
「お父さんとカジが受けてきた依頼を聞いて事の次第に気づいたのよ。はあ、溜息が出ちゃうわ」
エメリがくすくすと笑って「ヴァイオレットでもそういうことがあるんだね」と目を細めた。
「私だって完璧じゃないからね!」
彼女は「ぷんぷん」と口にしながら「カジ、もっとしゃっきり歩いて!」と言葉を荒げる。
「八つ当たりするなよ、ったく」
それでも少し、カジは歩くスピードを速めた。
「うわああ、ああああ……うわああああ……」
「……何だあれは」
アダムが訝しげに酒場のマスターに訪ねると「先ほどからあんな調子なんだ」と困り顔が返ってきた。
男が一人、四人掛けの席で酒を煽って泣いていた。
誰もそれに近寄ろうとせず、混み合っているはずの店内はそこだけ異様な空気に包まれていた。
「お前、何とかしてやれんか」
「おいおい」
アダムは苦笑する。
「どうして俺が」
「どうしてってお前、冒険者ならそれくらいやってもいいんじゃないか?」
「何を馬鹿なことを。冒険者だろうが何だろうが、面倒ごとにただで巻き込まれてやる義理は――」
「冒険者ぁああああああああ!」
アダムの腕が何者かに掴まれる。
「うおっ!?」
「貴方、冒険者なんですかああああ……!?」
「そ、そうだ」
「話を、お話をおおお……」
「分かった、分かったから!」
アダムが時間をかけて宥めると、男は魔法具技師エジットと名乗り、話し始めた。
「……娘を不慮の事故で亡くしまして」
「それはお気の毒に」
「仕方がないことだったのでしょう。しかし、それを自分のせいだと息子は塞ぎ込みました」
深い溜息。
「私は……息子を慰めるために……世話役のゴーレムを作りました。……少しだけ娘に似せて」
――罪深い事だ。
アダムはそう思ったが、口には出さない。
「息子はゴーレムを実の妹のように可愛がりました。……まるで息子が尽くすように」
また、溜息。
その息の音が、まるで泥の様にこの場に沈殿していくようだ。
「最初の妻はそのゴーレムを気味悪がり家を出ました……。……私は追いませんでした。次の妻も、嫌悪しました」
――それはそうだろう。
まずそもそもゴーレムという存在が異質である以上、そこに「死んだ人間の代わり」という出来もしないことを押し付けるのだ。
アダムも内心、この男の所業を嫌悪した。
「これではダメだと話し合い……ゴーレムを捨てる事にしました。しかし、息子が……ゴーレムを拾って帰ってくるので、仕方なく……息子と共にゴーレムを私の魔術の師といえる人に預けたのです……」
」
「なるほど」
賢明な判断だと頷いた。
人は甘やかされるだけでは駄目なのだ。
試練が無ければ、人は堕落する。
「師のおかげで息子は徐々にゴーレム離れできてきた…はずだったんです」
「はず……?」
エジットは体から出る全ての力で、カウンターに身を叩きつけた。
「だが、それは間違いだった! あのゴーレムは暴走して息子と師を殺したんだ!!」
「お、おい」
「あのゴーレムを壊してくれ!! 私から息子と師を奪ったあの悪魔を……!!」
「分かった! 分かったから!」
アダムは男を取り押さえる。
このままでは死にかねない。
それほどまでに激烈な憎しみであった。
「……どうか」
か細い声が男の喉を伝う。
「私が自分で作り出した怪物を。どうか……。どうかお願いします。私の代わりに敵を討ってくれ」
「……」
アダムは頷いた。
「500spだ。その男がもてるもの全て売って作った金だ。……断れなかったな、流石に」
「優しいところがあるんですね、アダムにも」
「よせよせアデラ。俺は優しさしか持ち合わせていないぞ」
「聞いて呆れる」
カジが呟くと「何か言ったかな?」と意地の悪そうな声が飛んできた。
「耳が遠くなったか? まあ、戦えれば何でもいいけどな」
「言うわねぇ」
ヴァイオレットがカジの肩を叩いた。
「なあに、機嫌が悪いの?」
「……」
「……カジは、優しいから」
ディエがはにかんだ。
「うるせぇ」
女性二人の視線を右手で払った。
「お前達、和気藹々としているのもいいが、そろそろ」
「ええ」
アダムが視線を向けた先には、蔦に覆われた小さな家があった。
恐らくそこが魔女の家であり、魔術師の家であり、魔法具技師の師の家であるのだろう。
「準備はいいか」
「いつでも……」
カジはカンテラの灯を消した。
――家には明かりが微かに灯っている。
まるで普通の家のように。
誰かが帰りを待っているかのように。
合図もなく、カジは無防備にその扉を開けた。
《……おかえり、兄さん》
平坦で無機質で、それなのにどこか熱っぽい声がカジを迎えた。
――それは少女の背丈ほどの大きさのゴーレムであった。
精巧なつくりであっただろうそれは、今は整備されずに汚れて錆びていた。
だと言うのに、その動きは実に「ヒト」に似ていた。
「すべての事件の元凶、か」
アダムの声。
悪い魔女であり、壊れたゴーレムであり、兄の帰りを待つ少女。
それが、目の前でかくかくと動いている。
「ゴーレムの考えられる暴走の原因の一つは、この森の瘴気でしょうね」
ヴァイオレットは「ここはきつすぎるわ」と続けた。
『少女』は足をぎくしゃくと動かして、カジに近寄っていく。
《酷いわ、兄さん。私を置いてどこに行っていたの?》
ヒトの声に聞こえなくもないそれは、しかしやはりヒトではない。
「魔法使いの体調の悪さで少しずつ瘴気が漏れ出していた……そうして、暴走したんじゃないかしら」
なるほど、とカジは内心で頷く。
それなら辻褄が合う。
《それに、お友達を連れてくるなら先に言ってくれればいいのに》
慌てているような、呆れているような。
しかしそれは恐らく、カジの想像に過ぎない。
『少女』の感情を、子供っぽく妄想しているに過ぎない。
――恐らく、そうなのだと言い聞かせる。
「結果、魔法使いが死んだ後、ますます壊れていったか。大事な者を殺すまでに」
アダムの声は笑いを含んでいた。
人形のくせに、と。
《だから、御飯の用意もお掃除もしっかりできてないわ》
『彼女』はもうカジの目の前だ。
つるりとした大きな瞳を、少し高いところにあるカジに向けている。
妹が兄を心配して、見上げるようにして。
――そんな馬鹿な話があるものか。
「どんな理由があろうと」
剣を鞘から抜く。
ゆっくりと、『少女』に見せ付けるように。
「これが何人もの命を奪ったのは変わりない……」
『少女』は狼狽する。
《あれ……? 兄さん……? また子豚を置いてどこに……?》
そして、甲高い金属の悲鳴が"聖歌隊"を震わせた。
《いかないで!! 置いていかないでよう!!!!》
伸ばされた冷たい手を、手で払った。
『彼女』はまた叫ぶ。
《今、ご馳走を用意するから!! 子豚をかまどに入れるから!!》
「ゴーレムが、人のように、叫ぶな」
細い首に剣先を突きつける。
「カジ」
ディエの呼びかけに手を上げて応えた。
「俺が、悪い魔女を殺す依頼を受けたんだ」
「それは私だって――」
「ヴァイオレット。お前の仕事は終わっただろう? 魔術師は死んだ。それだけだ」
「……」
やれやれと彼女は首を振る。
「なら俺はどうだカジ。俺はそのゴーレムを壊せと依頼を受けたんだぞ」
「魔女の討伐が先だ。俺達が聖北の"聖歌隊"である以上な」
「分かった分かった。そんなに殺気立つな」
カジは赤い瞳を翳らせて、剣をついと動かした。
ぷちりと『少女』の首の何かが切れる。
《――――!!!》
悲鳴。
それを断ち切るために、剣を振り上げ、
「祈れ」
その丸い頭を叩き割った。
ぐしゃりと破壊音が響き渡り、腐った床板にソレはめり込んだ。
「うわあ」
エメリの呆れた声。
「これ、人間だったら惨殺死体って言われちゃうよ」
「人間じゃ、ない」
「そりゃそっか」
カジはそんな声を聞きながら、剣を逆手に持って、『少女』の背中に剣を突き刺す。
ヒトであれば、心臓の位置を性格に貫く。
《――――!!!》
死の痙攣――を錯覚させる動きがあり、しかしそれは直ぐに収まった。
「一人で片付けちゃって、もー」
ヴァイオレットは骸の腕を摘み上げる。
「……もう動かないわね。中をやられてるわ」
「だが」
アダムは顎でそれを示した。
「念には念を。何せ、ゴーレムだからな」
「そうしましょ」
カジは剣を鞘に収め、窓際に向かう。
外は鬱蒼とした森が広がっているだけだ。
瘴気のせいで、何の生き物もいないのだろう。
彼の背中ではアダムが「ディエ、そっちを持て。こいつ、見た目より重い」だの「アデラ、そこを開けてくれ」だのと指示を飛ばしている。
耳を塞ぐつもりは無かった。
がたがたと何かが収められる音がし、「ヴァイオレット、任せた」と声が飛ぶ。
そして、見た。
かまどにヴァイオレットが魔法で火を点けるところを。
「……」
――妹とやらが向こうにいるのだろうか? 兄はそちらにいるのだろうか?
どちらにしても、『彼女』は、そこへ行けるのだろうか?
「……」
その思考を、くだらない事と断ち切った。
所詮、炎は全てを焼いてしまうのだから。
何も残りはしないのだから。
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あとがき。
オープニングを除いた、本格的なリプレイの第一回目は、
ユメピリカさんの「ヘンゼルとグレーテル(仮)」を書かせていただきました。
このシナリオはプレイヤーの視点とは別に『少女』の視点が描かれているのですが、
それは実際にプレイして、体験していただいた方がよいと思い、描写しておりません。
皆様も三つの依頼、受けましょう!
そして『彼女』の事を思ってほしいです。
快くリプレイ小説をご許可してくださったユメピリカさんに感謝を。
本当にありがとうございました。