「赤き封書」(100kb祭り/2015年夏)
(作者:オサールでござ~る様)
――ほんの少しの間、冒険者になっていたことがあった。
冒険者ではない自分は、冒険者が何か良く分からなかったので。
アダムはほんの少しの間、カジを冒険者にした。
交易都市リューンのとある宿。
たった一ヶ月、瞬きするような時間だけ、カジは確かに冒険者だった。
「…………」
焚き火を目の前にして、そんなことを思い出していた。
とある山道。
普通、こんな真夜中には誰も通りがかる事がない。
だが――待ち続けていた。
必ず、待ち人は此処を通るという確信を持って。
「…………」
持ってきていた干し肉を齧り、葡萄酒に口をつける。
味は感じられなかった。
腹が満たされるわけでもなかった。
それでも、灯りを絶やさないように薪をくべながら、カジはその動作を繰り返した。
「…………」
そして時折、懐から『それ』を取り出して眺める。
赤い封筒。
血のように、赤い、赤い。
――凡そ一ヶ月前――
『その人』は突然、"天馬の提琴亭"までカジを尋ねてきた。
「――引退?」
およそ『その人』には似合わない言葉を引き連れて。
「――あぁ。今すぐ、と言う訳にはいかないが、近い時期には、な」
確定しているのだと確信し、カジの心はざわついた。
「何故だ? あんたは冒険者としての腕は高いし、まだまだ身体に不安が出る年でもないだろ?」
「……」
沈黙。
カジは己の失態を恥じた。
「……悪い、理由なんて人それぞれ、だったな」
それは前に『この人』本人から聞いた言葉であった。
「だが――あんたは俺にいろいろ教えてくれた恩人の一人だ。だから尚更……な」
あの短かった一ヶ月間。
リューンでの冒険者生活の中で、『この人』はカジに冒険者とは何たるかを教えてくれた。
依頼の受け方、交渉術、持ち物のイロハ――とにかく、何でもだ。
カジはあの日々でようやく、自分が演じるべき冒険者を知ったのだった。
「……私は、」小さく『その人』は続ける。「他の冒険者とは違って、冒険者自体に夢を持っていないんだ」
「……え?」
「私は、物も知らぬ幼い時から冒険者なんだ」
それは、聞いたこともない――聞く必要の無かった――『その人』の生きてきた道の話だった。
「私はもともと孤児で、孤児院は肌が合わなくて逃げ出したんだ。そんな小さい子供が、自分の身一つでどうにか生きていくには……路地裏で物取りになるか、冒険者になるか。それぐらいしか思いつかなくてな」
自嘲の笑みが、『その人』の頬に浮かんだ。
「私は犯罪者になりたくはなかったから、必然的に後者になった、ってわけさ」
「…………」
何も言うことが出来なかった。
良くある話だ――そう切り捨てる事は簡単であるはずなのに、何故かカジはその不幸話に圧倒されていた。
――ああ、『この人』の背中にはその重みがまだかかっているのだ。
そう思うと、何も言い返せなかった。
「今までは夢もなかったから、冒険者という生き方に疑問は無かった。……けどな、カジ」
呼ばれて、緊張する。
その声が嫌に遠い。
「そんな私にも……夢が出来たんだ」
「……夢?」
恐る恐る聞き返す。
「あぁ。冒険者のように危険ではあるが魅力ある光景が得られる仕事ではなく、ただただ退屈でつまらないが平穏が約束されるような生活……少し意味が違うが、"堅気な生活"を送る事が……ようやく手に入れた私の夢なんだ」
「…………」
夢。
夢、とは。
カジの頭の中でぐるぐると回るそれを、『その人』は熱っぽく語っていた。
「お前には、理解できないかもしれない。でも、私からすれば他の何よりも魅力的なものなんだよ」
「……」
遠い目をして語る『この人』に、何も言うことが出来なかった。
いつの間にか、月明かりが高いところから暗い大地をぼんやりと照らしていた。
「…………」
封筒の中の手紙を引き出し、カジは無表情のまま思案する。
焚き火に薪を少し足せば、静寂の中にパチパチという音だけが響いた。
ここには、一人だ。
まだ、一人しかいない。
闇の中輝く火は、自分の存在を周囲にアピールしているはずだ。
ここにいると。
ここで待っていると。
手紙を封筒の中に戻す。
――不意に、気配を感じた。
普通の人間であれば気のせいと思うような感覚。
しかしここにいるのは――ただの人間でもなければ、ただの冒険者でもない。
血塗れた聖北の狗だ。
カジは立ち上がり、気配のする方向へと身体を向けた。
「……ここに来るのは予想済みだ。残念だが、逃げられるとは思わない方がいい」
静かに告げながら、聖北の印が刻まれた銀の長剣を引き抜いた。
だが、それでもまだ、気配は何の反応も見せない。
――三日前、日中――
「……用事って何だよ? アダム」
アダムは無表情のまま、静かにソレをカジの前に置いた。
赤い封筒。
生憎、手紙をくれるような人物に心当たりは無かった。
「これが、一体……?」
「ギルドから、だ」
「――――!?」
封筒に伸ばしかけていた手が反射的に止まる。
「……これが、"紅の書"、なのか」
アダムはただ頷いた。
「――相手は?」
「自分で確かめる事だな」
「……」
――『天馬の提琴亭』はただの冒険者宿ではない。
だというのに、わざわざギルドがここへこの封筒を持ってきた意味とは。
暗い確信が、カジの心の中に生まれていた。
「……断る、わけには?」
「ギルドからだぞ? お前は手が離せない事態じゃないし――それに、わざわざここに送ってきたんだ」
アダムは片目を瞑って見せた。
「奴さんからのご指名だよ。"こう言う時があった時に"ということを事前に話していたらしい」
「……」
唇を噛む。
無言のまま、今度こそその手紙を掴み、懐に仕舞った。
「姿を、見せないのか?」
気配を読み違える事はしない。
居る、のだ。確実に。
カジは暗闇に赤い封筒をかざす。
「"紅の書"……この意味、あんたにわからないはずは……ないよな?」
返答は、ない。
試されているのか。
まるで試験の答え合わせのように、カジは続けた。
「"紅の書"……冒険者がギルドのルールに背き、逃走した時に流される、冒険者粛清の依頼書」
呼吸が浅くなるのを自覚していた。
「これを受けた冒険者は請けるべき仕事が無ければ、優先的に受けなければならない依頼としてギルドから渡される」
そう、教えられた、『あの人』に。
「つまり……冒険者が冒険者であるための法を破った相手を処罰する、冒険者にとっては元同僚を殺す……血塗られた内容の封書だ」
己の中の声が囁く。
――そんなもの、いつもと変わりないじゃないか、と。
でも、違うのだ。
今の己は、冒険者なのだ。
「……これの対象になった時、俺に頼むように告げていたと聞かされた。……こういう事を予測していたのか?」
暗闇を睨む。
「あんたは……こういうことを起こさない事、そして記されないように逃げずに処罰を受ける事。これを信条としている、と言ったじゃないか……」
冒険者としての一ヶ月が、カジの中で反響する。
「あの言葉は、嘘だったのか?」
――地を踏む音がした。
現われたのは間違いなく、『あの人』だった。
何も変わっていない。
変わっていないように、見えた。
「……見逃しては、くれないか?」
その声に熱を感じる事は出来なかった。
「断る」
「……」
「何故だ? あんたは……憧れの、"堅気の生活"を手に入れたんじゃなかったのか……?」
沈黙。
だが、それを破ったのは『その人』の方であった。
「世の中、そう上手くはいかない……と言う事だ」
『その人』は腰から己の得物である細剣を抜いた。
敵対の遺志であった。
「……馬鹿野郎っ!」
吼えた。
ただ、悲しかった。
どうあがいても、逃げられないのは自分も同じなのだ。
この手は、誰かを罰する事しか出来ないのだ。
冒険者であろうと、聖北の狗であろうと。
「はぁあっ!」
暗闇の中、焚き火の灯りだけが全てだ。
――しかし、それがどうした。
カジはその人の動きを正確に捉えていた。
死線を幾度となく超えてきた経験よりも、たった一度、『この人』と本気で打ち合った記憶が、彼を導いていた。
冒険者としての剣。
それを真っ向から受けた経験。
絡まっていく己を、何とか御した。
――何度、打ち合ったのだろうか。
最後の刃が、相手の細剣と一緒に命までをも切り裂いた。
ぴしゃり、赤い雫が大地を濡らす。
「――何故――」
精神の昂ぶりに、視界が揺らぐのを止められなかった。
「――あんたの、本気は……こんなものじゃなかったはずだ」
声が跳ねる。
酸素を求めて、喘ぐ。
「……一体どういうつもりだ!?」
地に転がった『その人』は、何度も吐血を繰り返し苦しそうに、しかし笑った。
「……焼きが回った、だけ、さ」
――そんなはずはない。
カジは無言のままに否定する。
――そんなに人とは弱くなるものではない。
そんな心を見透かすように、『その人』は「腕を上げたな、カジ」と呟いた。
「俺の最期を看取ったのが、お前で……よかったよ……」
――なんて勝手な事を。
カジはそう叫びたくなるのを堪えた。
そんな物の為に、冒険者になったわけではないのに。
「最後に教えてくれ。……どうして、あんたが?」
浅くなる息の音が、大地を濡らす赤い水音が、二人を引き離していく。
「……それなりに有名になると、堅気に戻る事を憎む人間がいる……それに引っかかった……」
笑い声。
自嘲の様な、諦めのような。
「それだけ……さ……」
その最後の言葉を断ち切るように、一陣の風が二人を撫でる。
そして、かつての先輩冒険者は、目を開いた状態で動かなくなったー―
「…………」
長く、長く息を吸う。
生きている。
生きて、いる。
「……?」
透明な雫が頬を伝った。
自分の意思とは無関係に、はらはらと流れて、止められない。
何のために流れたのか。
それすら今のカジには分からない。
「……お疲れさん。ほら、紅の書の報酬だ」
アダムはずっしりと重い袋をカジに渡した。
どうやら、好きに使えと言うことらしい。
「……大金だが、気が晴れそうにない」
「何だ、弱音か」
「どうかな……」
カジがカウンターに額をつければ、「まあ、そんなものさ」と声が降って来る。
「少しでも気を紛らわすための大金だが、大した効果も得られんよ」
「……」
そうなのだろう。
金はいくらあったって、この身には重たいだけだ。
「酷なようだが、奴さんはチャンスを掴むタイミング……あるいは手に入れるための力の過不足を誤った。それだけの事だ」
「……簡単に言いやがってっ!」
顔を上げ、睨みつける。
アダムはそんな視線を物ともせず、言葉を続けた。
「これは、全てが終わり長い年月をかけ、"過去"のものとして扱えて始めて言える言葉だ」
黄金色の瞳が、カジを射抜く。
「納得できなかろうが、そう思うしかあるまい? お前は、生き残ったのだから」
「……くそっ」
己の考えが上手く言葉にならなかった。
「ほら。今日入ったとっておきの上等の酒だ」
アダムは苦笑しながら、その美しい瓶をカジの前に差し出す。
「今は、酔って全てを忘れた方がお前のためだろう」
グラスが一つ、差し出される。
カジ一人だけの為に。
「……酔えるかよ」
乱暴に、そのグラスを掴んだ。
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あとがき。
今回は、オサールでござ~るさんの「赤き封書」を書かせていただきました。
対象レベルが8-10だったのですが、
どうしても「冒険者とは」という話を入れたくて、
カジ(この時点でレベル5)には無理して頑張ってもらいました…
勝率は二割といったところでしょうか…。
思った以上にカジは精神的にダメージを受けたみたいです。
次はどうなることやら…。
快くリプレイ小説をご許可してくださったオサールでござ~るさんに感謝を。
本当にありがとうございました。