「えんまの領域」
(作者:River様)
「今回ばかりは叱らねばなりませんよ、ディエ」
アデラはぴしゃりと言い切った。
「……」
言われた本人はしゅんとして、下を向いている。
――こんな大事になるとは誰も思っていなかったのだ。
「ディエ、聞いていますか?」
「……聞いてる」
「貴女は、もう……表情の乏しい子なんですから」
いいですか、とアデラは続けた。
「貴女が階段でカジに後ろから抱きついたのが原因なのですよ、分かっているんですか?」
「……」
「そのくらいにしてあげてさあ、アデラ」
話を聞いていたエメリが大きく欠伸をした。
「カジは無事なんでしょ」
「無事ではありません」
きっとアデラは少年を睨みつける。
「何でさ。アデラの法術で治ったじゃない」
「起きないんですよ。もう二時間になります」
老婆は深い皺をさらに深くした。
「階段から派手に落ちたのです……無事なわけがないでしょう……私が治せるのは傷だけなんですから」
「……」
ディエはちらりと階段を見た。
その先、扉の向こうで、カジが寝ている、はずだ。
死んではいない、はず。
――今日の朝、起きてきたカジに後ろから抱きついた。
丁度そこは階段で、二人は勢いをつけて転がり落ちたのだ。
特にカジは段差で頭を切ったらしく、大量に血を流していた。
傷はアデラが綺麗に治したのだが、今もカジは目覚めない。
「アダムが帰ってきたら何て伝えれば……」
深い溜息。
「死んでないんでしょ? だいじょぶだいじょぶ」
エメリがあっけからんと笑い、また窘められる。
――そうこうしているうちに、宿の扉が開いた。
「ただいま」
「アダム!」
「……何だ、どうした」
アダムが困惑するほど、アデラの表情は逼迫していたのだ。
「カジが」
「何? カジがどうしたの」
後ろから現われたヴァイオレットは「うん?」と階段を確かめる。
「カジ」
「ええ!?」
全員の視線が集まった場所には、確かにカジが立っていた。
不思議そうな顔をして、ゆっくりと階段を下りてきている。
「カジ、」ディエはおっかなびっくり近づいた。「大丈夫?」
「……」
カジは「あー」と低く呟いて、「やっぱり階段から落ちたんですね」と後頭部をさすった。
「今日、確かに起きたはずなのにまたベッドの上でしたから、おかしいなと思ってたんですよ……記憶も曖昧ですし、頭も痛いし……これは落ちたな、と」
彼は少し笑って、ディエの瞳を覗き込む。
「気をつけてくださいよ。僕だって痛い物は痛い」
「……分かった」
「はい」
不意に視線を感じたのか、カジは辺りを見回す。
「……何ですか、皆変な顔をして」
「カジの方が変だよ!」
エメリががたがたと震えてる。
「ど、ど、どうしたのその言葉!」
「は?」
「自覚なし!?」
「何ですか、人を変扱いして……」
「だって変だよ、ねぇ!? ねぇそうだよねアデラ!?」
「え、ええ……」
―― 一体何が起きた?
「ヴァイオレット、これは」
「うーん……」
アダムに尋ねられ、彼女は端整な自分の顔を歪ませた。
「頭を打ったからでしょう? 血も流して……ちょっと、上手くいってないだけだと思うけど」
「そうか」
アダムは「カジ」と鋭く呼びかけた。
「はい」
「次の依頼が入った。全員で行くつもりで引き受けたが、お前は大丈夫か?」
「もちろん。何の問題もありません」
「よし」
心配しきりの宿の面子を彼は見回す。
「この問題は後回しだ。仕事だぞ」
リューン北部の鉱山町からの依頼だった。
鉱山に化け物が住み着いて仕事に支障が出ている、と。
何故わざわざ"聖歌隊"が呼ばれたかと言えば、リューンの顔馴染みの宿の亭主が「たまにはこっちへ来て一杯どうだ」とアダムを誘ったためである。
アダムは仕事にかこつけて、教会からの金でリューンへと足を伸ばしたのだ。
だが、その楽しみも仕事が終わってからでなければ始まらない。
「オークの巣穴、ですか……」
カジは億劫そうに目を細めた。
「さほど難しい依頼でもなさそうですが」
「報酬が、いいの?」
ディエがアダムに聞けば「800sp。まあ、相場通りだな」と返答があった。
「安心しろ、宿は取ってある。オーク臭いまま野宿などさせんよ」
「ふうん……」
――到着した現場は、いたって普通の鉱山であった。
「妖魔の住み着いた坑道っていうのはこの辺りのはずだけど……」
エメリはさっと辺りを偵察し、「あ、見張りがいるよ」と声を潜めた。
「お約束だけど、このままじゃ入れないね。どうする?」
魔法で眠らせるか、とヴァイオレットが指を向けるのよりも早く、高密度の気弾がオークを打ち据えていた。
「ブヒィィィ!!?」
「……は?」
どんっと相手が倒れるのとほぼ同時に、全員がカジを振り向く。
彼はふうと息をひとつ吐いて、構えを解いた。
「秘掌――、殺掌破。――我が掌破、二の打ち要らず」
「掌破で暗殺、なんて……!?」
「これもまた、掌破の持つ可能性の一つですよ」
「へぇ……かっこいい」
「……いやいやいや、何でディエは納得しちゃってるの可笑しいでしょ!?」
エメリが頭を抱える。
「大体! カジは! 掌破、使えたっけ!? ねえ!」
「使えますよ。基本じゃないですか」
「今まで一度も見たことないよそんなの!」
アデラと言えば神に祈りだし、アダムは眉間を押さえている。
「ヴァイオレット」
「聞かないでよ……私にだって分からない事くらいあるわ……」
「そう、そうか……仕方ないな、うん」
とりあえず、聖歌隊は件の坑道へと潜り込んだ。
入って一歩もしないうちに、オークの住処特有の悪臭が鼻を圧迫してくる。
「間違いありませんね。相当数のオークが居ますよ」
アデラは胴衣の袖で鼻を押さえる。
「さっさと済ませちゃお。気が滅入るよこんなの」
エメリがいつものように先行する。
聖歌隊がこのような狭い場所を探索することは珍しくない。
ゾンビもスケルトンもこういった暗くじめじめした場所を好むし、死霊術師や異教徒も人里から姿を隠して洞窟を根城にする。
先を行くエメリもけして油断していたわけではないのだが、"それ"に先に気づいたのはカジであった。
「エメリ、止まってください」
「うん――何?」
「……」
カジは小さく息を整え、「秘掌……迅撃掌破ァ!!」と前方に掌破を放った。
その気迫は"いつもの"と変わりない。
闇の中「ギィ!」という耳障りな悲鳴がいくつも聞こえ、しかしそれっきりぱたりと止んだ。
「お退きなさい。何者であろうと、僕の掌破は阻めません」
「……」
俄かには信じられないことだったが、どうも前方に存在した何者かを掌破一つで片付けてしまったらしい。
「……」
「ヴァイオレット?」
「あっ、べ、別にちょっとかっこいいとか思ったりしてないわ、よ?」
「顔に出ているぞ。……まったく」
アダムの大きな溜息は闇に溶けた。
坑道の臭いは奥に行けば行くほど強くなり、嫌でも敵に近づいている事が分かる。
「頭、痛くなりそう」
「大丈夫ですか」
カジの何気ない気遣いに、ディエは驚いて目を見開いた。
「心配?」
「そりゃあ……心配の一つくらいしますよ」
「嬉しい」
「相変わらず変な人ですね」
困ったような呆れているような。それでもカジの表情はいつもと比べて柔らかく思えた。
「頭痛といえば、カジ。お前は大丈夫なのか?」
「……え? ああ、忘れてました。問題ありません」
「そうか。何かあれば直ぐに言えよ」
「アダム、何だか今日は気持ち悪いですね」
「ほっとけ」
相変わらずであった。
暫らく進むと、また、臭いが一段ときつくなる。
「ねぇ、カジ」
エメリが嗤う。新しい悪戯を思いついたようだ。
「ここ、右折で見難いんだけど。仕掛けるならこういうところだと思うんだけどさ。何かできない?」
「……」
カジはちらりと闇を見て、「やってみます」と表情を変えずに頷く。
「気・波・伝・播、掌破ソナー……!」
何をするのかと思いきや、収束した掌破をそのまま地面に叩きつけた。
しかし強力な力をぶつけられたにも関わらず、地面は割れず、ただ残響が長く反射するだけだ。
呆気に取られている面々を尻目に、カジはやはり表情を変えずに言葉を紡ぐ。
「……複数の敵影を確認しました。どうやらオークが何匹かいるようですね」
「もう掌破でもなんでもないわね……」
ヴァイオレットがやれやれと首を振った。
「ねぇ、カジ。本当に大丈夫? 頭」
「皆さん失礼ですね、ほんと」
「私の目を見て言いなさいよ」
「……」
億劫そうに、カジはその赤い目を、ヴァイオレットの青紫の目と合わせる。
ころり、カジの『二本目の剣』が震えたような気がした。
「大丈夫」
「……っそ。まあ、いいわ」
進みましょう、と聖歌隊の参謀は手で示した。
「オークなんか敵じゃないからね」
エメリはあっさりと闇の中に消えた。
「ぶ、ブヒィ!?」
「ブゥぶぶ、ヴ ブヒィ!」
「ブヒブヒ!」
などとわけの分からない鳴声が響き、聖歌隊は各々の武器を持って角を曲がった。
既にそこはエメリの独壇場で、彼の振るう長い鞭は蛇のようにオークに食らいついていた。
「元気が良いですね」
アデラの祈りが聖歌隊の足を早くする。
「どうもこのオーク、普通の個体よりも丈夫な気がします」
「それ、思ってた!」
エメリが吼える。
「カジが掌破であっさり倒してるからわかんなかったけどさ、こいつらなんか強いよ!」
「良くない兆候です、この年寄りの経験上。警戒してください」
「言われずとも」
アダムの槍が聖なる炎を纏ってオークを突き刺した。
赤い炎が狭い坑道を煌々と照らす。
残りは二匹。
「邪魔邪魔、邪魔ぁっ!」
ディエが放った銀弾はオークの眉間を貫いたのだが、何の冗談か、オークはまだ動いてディエを睨んでいた。
「ふっ」
鋭い息の音。
カジが放った掌破が、死に損ないを今度こそ叩きのめした。
「これでっ、最後ッ!」
エメリが放った強烈な一撃がオークを打ち、頭蓋骨が割れる恐ろしい音がした後、ゆっくりと倒れた。
「まあ、ざっとこんなものでしょうね」
ヴァイオレットはオークの死体を検分する。
「……うーん、特に異常は見られないけど、な」
「先に進んだ方が早そうだ。皆、行くぞ」
アダムが指し示した方向は、十字路となっていた。
「あっ」
エメリとヴァイオレットが同時に声を上げた。
「東から、何か聞こえるよ。……いびきかな?」
「北からは魔力の流れを感じるわ」
「魔力? こんな所で?」
カジが問えば、ヴァイオレットは「自然なものとも考えられるけど……」と言葉を濁す。
「魔力を持つ強力な個体がいて、それがオーク達を従えている可能性も否定できない、かな」
「ふむ」
さてどうするか、とアダムが悩んでいる一方、ディエはくいとカジの服の裾を引いた。
「うん?」
「西の方角……金目の気配」
「何ですかそれは」
「何となく」
「……うーむ」
カジはちらりとアダムを見た。
「とりあえず、後方の憂いは絶つ、というのは?」
「そうしよう」
一行は東へと進んだ。
――どうせオークでも寝ているのだろう。
その予測はあっさりと裏切られた。
そこで膝をついて眠っているのは、オークよりも何倍も大きな生物だったのだ。
「これは……オーガ!」
「こんなところに……どうして?」
「まあ、眠って……いるわ。それにしても凄まじいイビキね!」
ヴァイオレットは「ささ、カジ様、ここはずずいと」と変な口調でカジをオーガの前に押し出した。
「人使いが荒い!」
「いいじゃないの。さささ、さっさとお願い」
「……ふう。仕方ない」
カジは相手を見据え、構えた。
「終掌――、―――掌葬破……!」
それは掌破にしては、あっけなく見えた。
だが確実に、確固たる事実で、掌破はオーガの心臓を止めていた。
「………」
耳の痛くなるような静寂。
それを破ったのはオーガが声もなく倒れる音だった。
「さらばだ、食人鬼。掌の術理の前では、命あるもの、等しく散り逝く」
「……わぁ」
ディエがぱちぱちと小さく拍手をしている横で、アダムとヴァイオレットの表情は暗い。
「オークとオーガが共生。普通ならまず考えられない状況ね」
「詳しく」
「単純な話よ。オーガもオークも同じ鬼族だけど、格が違いすぎるでしょう? それなのに、こんな狭い坑道に詰ってるのよ。この状況は異常、ってこと」
ヴァイオレットは目を伏せ、少し、嗤った。
「何か居るわ、この坑道。常識の埒外のモノが……」
彼女は「北ね、行くわよ」と率先して前を行く。
「あーあ、やる気出しちゃって」
――聖歌隊の参謀たるヴァイオレットが感情を剥き出しにして戦いたがる相手とは。
皆、『埒外のモノ』を警戒せざるを得なかった。
「で、何故カジとディエは居ないのです」
アデラが件の十字路で溜息を吐いた。
「何だか、西の方に用事があるんですって」
「用事って……今から強そうな相手を倒しに行くというのに」
「まあまあ。今のカジは戦力になるか分からないじゃん?」
エメリは「早くいこーよー」と腕をぱたぱたさせている。
「お前って奴は……まあいい。あいつらならさっさと来るだろう。我々だけで進むぞ」
「やったね! この四人で行くなんて、随分久しぶりじゃない?」
「そうだな。昔はいつもこうだったから……ふふ、何年ぶりか」
アダムも嬉しそうに目を細めた。
――そんな日々もあった。
「さあ、行くぞ!」
飛び込んだ先には二体のオーガと、無数のオーク。
だが、聖歌隊は怖気づかない。
もっと居てもいいくらいだ。
「これは追加報酬を貰わなければ、な!」
にやりと笑ったアダムの槍の先はオークの腕を切り飛ばしていた。
「そんなもの、後にしてください!」
アデラが叫び、その声に反応したオークが飛び掛ってくる。
「あらあら!」
しかし彼女は動じなかった。
するりと抜き放った銀色のナイフが、オークの首に深々と刺さる。
「神のご加護がありますので――平気ですよ」
にっこり笑った顔に、赤い点が飛ぶ。
「……うーん、お父さんごめん、何だか魔法の調子が悪いわ」
ヴァイオレットが指を宙に躍らせた。
どうも魔力の集中が滞っているようだ。
「私達に任せろ。問題ない」
アダムは全身を血まみれにしながら、敵陣の中で舞う。
「……やっぱりアダムは強いなあ!」
感嘆の声。
――アダムは、強い。
どんな状況でも、敵に無慈悲に、容赦なく死を与える。
それは絶対の『強さ』だ。
「はぁっ!」
その銀の槍が最後のオークの首を跳ね飛ばし、辺りは静かになった。
「勝った……!」
「こんな数のオーク、それにオーガがいるなんて……」
「まあ、楽な仕事で良かったじゃない」
私は調子が悪かったけれど、とヴァイオレットが付け加える。
「さあ、カジとディエと合流しましょ。あとは生き残りがいないか確認して……」
「ああ。こんなに汚してしまったし、臭いは取れるか分からないな」
――聖歌隊がその場から離れようとしたとき、
「……!」
坑道の奥から、何者かの叫びが響いた。
その咆哮は空気を叩き、地を揺るがし、聖歌隊の面々の皮膚を粟立たせた。
――雷鳴? 否。
店から最も遠い、地の底から聞こえるそれ、とは。
「……これか、魔力の大本は!」
咆哮に乗せられ、密度の濃いマナが坑道に伝播していくのをヴァイオレットは感じ取っていた。
「赤い――そう、これは、炎の――!」
地を割る轟音。
ソレが、現われ出でる。
「っ!」
大きな――否、巨体。
赤黒の巨鬼。
三度の咆哮は聖歌隊にその力を知らしめるには十分な効力を発揮していた。
「冗談……こんなものが、こんなところに!」
坑道を埋める圧倒的な質量。
聖歌隊の喉を灼く熱量。
己が手勢を滅ぼされた王たる鬼は、その満身を怒りに染め上げていた。
「大きい! 普通のオーガの倍はあるよ!」
「逃げられは――しないな」
「逃げる気があるの? お父さん」
「……答えは、否、だ!」
飛び掛ったアダムは、直ぐにその顔を歪める。
「熱い――!」
オーガの体躯はまるで溶岩のように赤く熱せられていた。
炎はもとより、水も氷もその皮膚を貫くには無謀すぎるほどの熱。
「ちぃっ!」
空中で体制を整え、それでも尚アダムの槍はオーガの腕を突き刺した。
「グォオオオオオオオオオオッ!」
熱風の咆哮。
「こいつ……!」
紛う事なき、強敵。
「アダム!」
アデラの癒しの術が、アダムの火傷を治す。
「でも――こいつが魔の元ならば……私にも考えがある!」
ヴァイオレットは両手をオーガに突き出した。
「行け、お前達!」
彼女の背から、魔力で造られた漆黒の鳥が無数に現れた。
それらはオーガに群がってその皮膚を食いちぎる。
「さあさあ、痛いでしょう? 大丈夫、解ってるわ――」
坑道の中はまるで竈のように熱せられ、全員の体力と水分を奪っていく。
「お父さん! 私の魔法は、長くは持たない!」
「ああっ! 分かってる!」
だが、傷を負ったオーガは尚熱く、近寄ることができない。
アダムの紅い髪が、焦げて嫌な臭いを放っていた。
退くにも、進むにも、地獄。
まるで粛清の炎――
「おいおい」
その熱波を破る、聞きなれた声。
「二人居ないだけでこの有様かよ?」
瞬間、オーガが衝撃を受けて仰け反った。
ディエが放った銀弾だった。
「あーあ、そんな面白そうなヤツだったら最初からいれば良かった」
「俺を宝探しごっこに付き合わせたくせに」
「それはそれで楽しかったけどねぇ!」
「まあな。否定はしねぇよ」
ついと銀が奔る。
「ディエ!」
「任せてぇ、カジ!」
彼女は構えた二丁の銃に聖なる力を宿す。
同時に放たれた二つの銀弾は、熱波に一陣の風をもたらした。
「こんなもの!」
その軌道を盾にして、カジは真っ直ぐにオーガへと走った。
身にありったけの法力を乗せて。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
真剣を袈裟懸けに振り落とす。
「グオオオオオオっ!!」
痛みの激昂。
「……っつう」
カジの手も顔も赤く腫れあがっていた。
それだけの熱を、まだオーガは纏っている。
「よくやった!」
アダムが地を蹴る。
「こいつで、滅びろ!」
全身全霊で持って脳天に突き刺された銀の槍は、誰の目にも致命傷として映った。
事実、呻き声と共に灼熱の体が崩れ落ちる。
脈動していた焔の心臓はその動きを止め、獲物を射止める羅刹の瞳はその光を失った。
地に伏した怪物に対し、立ち残ったのは聖歌隊だ。
「……もう、何も居ないですよね」
アデラの言葉に「魔力はもう、感じないわ」とヴァイオレットが答えた。
「もう動けないぞ」
皆火傷を負って、疲れていた。
今はエールよりワインより、水を欲していた。
「……そういえば、カジ」
「何だよ?」
「調子が戻ったようで何よりだ」
「また変なこと言いやがって……何なんだよ、まったく」
カジは今度こそ憤慨した様子で「俺は帰る。お前らはそこでぐだぐだしてろよ」とさっさと歩いて行ってしまう。
「待って、カジ」
戦闘が終わって落ち着いたディエがぱたぱたとその後ろについて行った。
「私は、さっきのが、好きだな」
「うん?」
「……何でもない」
――残された面子はぐったりと坑道の天井を仰ぎ見た。
「あいつらめ……調子が戻ったと思ったら置いていくとは……優しさの欠片もありはしない」
「まあ、四人で突入したこちらにも否はあるわよ、お父さん」
「ああ、そうか……そうだな……」
――老いたのかもしれない。
アダムは自分への評価を改めた。
リューンは華やかな都市だ。
物も人も溢れていて、歓声と喧騒に彩られている。
そこに身を置くのは久しぶりだった。
「いらっしゃ――おお、なんだアダムじゃないか」
宿で出迎えてくれたのは、髪の毛に若干頼りがいのなくなった男だった。
「やあ。久しぶりだな」
「それに、カジも。いやいや、まさか全員で来るとは思わなかったよ」
歓迎される一方で「とりあえず湯くみしろ」と怒られた。
――装備を全て洗い、帰り道で買ってきた服に着替えるとどっと疲れが出た。
各々食堂の机に突っ伏して唸る。
「あらあら、食事はどうしますか?」
宿の娘がにこやかに声をかけてくる。
「食べるよ、もちろん。ここのあげじゃがと具たっぷりのスープは格別だ」
「はい、ご注文いただきました!」
その温かさに救われる。
「ほんと、疲れたよう」
「老骨には堪えます……宿がなかったら、私、倒れていましたよ」
「だらしねぇな」
「と言いながら、カジ、貴方だって動けてないじゃないですか」
「……水、水をくれ」
「やせ我慢じゃないですか、っもう」
やがて運ばれてきた食事は、聖歌隊の腹と気力を満たした。
アダムの言ったとおり、
「ふふふ、いい食いっぷりだ」
「それはそうと……随分、宿の面子が減ったんじゃないか?」
アダムは食堂を見回してそう言った。
この宿の亭主は顔をしかめる。
「まあ、な。辞めたやつ、死んだやつ、いろいろいるが……まあ、流行らなくなったって所さ、ここが」
「伝説の男が弱気だとはな」
「よせよせ」
宿の亭主はぷらぷらと手を振った。
「でかい宿の方が仕事もくる。信用もあるし、知名度もあるしな」
「……」
「そんな顔するなよ。食ってけるだけの冒険者は今もいるしな」
ここは、宿の亭主同士、伝わるものがあるのだろう。
何やら湿っぽい空気になってしまった。
「俺はここの飯、好きだけどな」
「嬉しいことを言ってくれるなあ、カジ。どうだ、うちに来ないか?」
「え」
「おい止めろハゲ。私の大事なメンバーを盗るな」
冗談だよと宿の亭主は笑った。
夜中、月が朝に向かって傾いてきた頃。
カジは何気なく部屋を抜け出して、食堂まで降りた。
――眠れない。
疲れすぎているのか、治ったはずの火傷が痛むのかは分からなかった。
水でもこっそりもらえればいいと思っていたが、そこには宿の亭主が仕事をしていた。
「おお、何だ。もう起きてきたのか?」
「いや……その……」
「まあ、座れ。何にする?」
「何、って」
「酒はそんなに好きじゃなかったか?」
「……いや、飲む。強いやつ」
「おう」
出てきたのは無色透明の何かだった。
「……?」
「サケだよ。東方から来た珍しい酒だ」
「うん? うん……」
とりあえず匂いは悪くない。
毒見のように飲むのも失礼かと思い、とりあえず煽る。
「……!」
強烈だった。
「はっはっは、冒険者の癖に酒に弱いってのも可笑しなもんだ。少しは飲めるようにしておけよ」
「……うぐ」
机に突っ伏す。
「それにしても、カジ。お前、ちょっと荒っぽくなったか?」
「え? ……そう、か?」
「ああ。前に会った時より、な。まあ、冒険者は少しくらい荒っぽい方がいいさ」
「……」
冒険者。
「なあ、親父」
「ん?」
「自分が分からなくなる時って、あるのか?」
それを聞いて、亭主は顔を顰めた。
「どうした?」
「いや……ちょっと、考える事があって。俺、何してんだろって。何で、こう……ここにいるんだろ、って」
コップに残ったサケを口に含む。
頭ががんがんと痛む。
痛んでいるのは、階段から落ちた時の傷なのか。
「よくあることさ」
「……そうなのか?」
「特にお前みたいな若い奴はそうだろうなあ。過去が少なすぎる」
「過去?」
「そうさ。思い出って言ったっていい。それが少ないと、自分っていうのは成り立たんものさ」
「……思い出」
――そんな物が必要だとは思いもしなかった。
でも。
今まで出会ってきた人々は、それを実に大事にしていたような気がする。
「まあ! 疲れた時は、何も考えずに記憶がなくなるまで飲むってのも乙さ! さあ、奢ってやる、飲め飲め!」
「お、おう……」
結局、朝方まで飲んだ。
珍しいという酒を親父はまるで水のように振る舞い、カジは次の日起き上がれなかった。
アダムはそれを聞き、これ幸いと暫らくリューンに滞在する事を決めたのだった。
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あとがき。
今回はRiverさんの「えんまの領域」を書かせていただきました。
テストプレイに参加した事もあり、私もかなり印象深い作品です。
とにかく火山オーガの強い事強い事!
3チームでテストプレイして、1チームはどうやっても勝てませんでした。
今回は演出の都合上、
火山オーガの前のザコ戦、攻撃を四人でやってみたんですが、
(カジとディエはひたすらカード交換)わりと余裕でした。
「ふふん、この面子なら火山オーガも楽勝じゃ!」
とも思ったんですが甘すぎでした。強い。ほんと強い。
後今回は裏ルートを進んでいます。
ただのギャグ? 実は重要な描写が詰め込まれています…。
でも書いている時は笑ってなかなか進みませんでした!!
快くリプレイ小説をご許可してくださったRiverさんに感謝を。
本当にありがとうございました。