後編第1話 <再会> ・・・・・・・・・・☆彡
僕(おっと、名前はケイってんだ)はまだ、ばあちゃんに話していなかった。だって初めての恋人が植物だなんて、それも元々虹色の髪が、実験の結果アクアブルーになって、耳はないけど音楽が好きで・・・ なんて話そうものなら
「ケイ、おまえ勉強も程々におし。環境だか資源だかが頭ン中で渦巻いちゃって、マボロシ見てんだよ」って一蹴されそうで怖かったのだ。実物連れてこない事にはどうにもならない。僕は初恋に囚われたジュニアみたいになっていた。
「あーあ、とうとうワラ来なかったなあ。どうしちゃったんだろ。」
大学に戻る日を明日に控え、憂鬱な気持ちで荷物を詰め込んでいた僕は、窓から空を見上げた。余りに早い失恋タイム。ばあちゃんの言う通り、ひょっとして幻だったのではとさえ思った。出るのは溜息ばかり。あーあ。すると突如スピーカからばあちゃんの声。
「ケイ!おっきい溜息ついてんじゃないよ。幸運が逃げちゃうんだからね!ちょっとリビングにお出で。」
けっ、溜息まで監視されてら。ばあちゃんからは逃げられんと重い気を引きずってリビングに入るとワラが居た。
「へ? え? ワラ? なんで? どーなってんの? えーーーっ?」
何とワラは、ばあちゃんとお茶していたのだ。
「ケイ、いいお嬢さん見つけたねえ、でかしたよ。ワラちゃんって耳がないけど、ちゃあんとお話しできるんだねえ」 ばあちゃんの頬も紅潮し、二人の前にはレモンティーが湯気を立てている。
「いや、だってさ、ワラ、いつの間に、どこから、その、レモンティーはここの水で淹れてんだけど、えー?なんで平気なの?」
僕は何から言っていいのか、何を言っているのか判らなくなった。しどろもどろってこの事だ。
∞ 免疫っていうのが出来たみたい。この髪の色が証拠だって長老が言ってた。あなた、ケイって言うのね。窓から覗いたらケイがくらーい顔してたからさ、こっちに回ったら、おばあちゃんが カモンって言ったの。
はー、なんじゃそりゃ。女同士って時々ミステリーみたいになる。
「この娘が窓から覗いてたからさ、見ると別嬪さんじゃない?髪も素敵だしお入りよって言ったらさ、そこの壁を抜けてきちゃってさ、ユーレイみたいで素敵だよねえ。みんな聞いたよ。ケイ、頑張ったねえ」
素敵なユーレイってのも理解できないが、まあいろいろ説明する手間は省けたようで、取り敢えず僕はほっとした。
「ワラって壁抜けの術とかできるんだ?」
∞ 壁が植物だからよ。お話しだって出来るよ。だけど壁が土や鉱物なら抜けられないわ。
うーむ、どうやら分子レベルの話らしい。頭の隅に「卒業研究テーマ」が過った。休暇中に密かに開発した”ワラウォータ”より稼げそうだ。でもなあ、壁と話するって、聞きようによっては恐ろしい。まさに壁に耳ありじゃないか。
ばあちゃんはにこやかに続けた。
「でさ、ケイはあと1年はまだアテーナ星にいるんだろ?じゃあ結婚式は1年先だねえ。それまでワラちゃんもアテーナ星に居られるかねえ、それともこっちに来ちゃう?」
「ワラちゃんはね、ちゃんと長老さんに届けたんだってよ。ネレイス星で結婚しますって。」
え?そこまで話は行ってるの? 僕の恋人気分は吹き飛んだ。ケッコンって、長老は良くてもここの役所はどーなんだ?そもそもどんな生活?子供ってできるの?決して後悔ではないけれど、こうなる事を予想しておかなかった男のアンポンタン振りに自分でも呆れてしまった。
「いや、何にも考えてなった…。だってこんな急展開って考えられる?」
「ね、ケイって結構抜けてるでしょ。親も居ないからさ、あたしが付いてないと全然ダメなのよ。でもまあこれが最後のお世話になるかなー。」
∞ 解ります。すぐにデレデレしちゃうし。
二人で言いたい放題だ。ま、理詰めでは敵いっこないので、僕は話題を変えた。
「じゃあ、ワラは僕と一緒に戻るって事?まあアパートは住めるけど、水の星から来たって初めてだからどうしていいのか、よく判んないな」
∞ 何にも要らないよ。木があれば入っちゃえるから、怖い時は隠れてる。ケイの作ったお水もあるし、全然平気。
水色の粉を少し撒いて、ワラはケロっとして言った。そしておもむろに浮き上がるとばあちゃんに向かって深々と腰を折り
∞ おばあちゃん、不束者ですがよろしくお願いします。時間があるとき、遊びに来ますね。
そして僕に向かって
∞ じゃあ先に行ってるね。
と微笑んだかと思うと、壁をすり抜けて見えなくなった。窓の外には水色の曳光。ばあちゃんも一緒に見上げて、
「へえー、美人のエスパーって格好いいねえ。あたしも50年若けりゃなあ・・・」
50年若けりゃどうなんだか聞きたいのを堪えて
「と言うことで、ばあちゃん、追々考えてくわ」とお茶を濁した。全く事実は小説より奇なりってこの事だ。飛ぶことも消える事も出来ない僕は、少々の劣等感を抱えて再び荷造りに戻った。
後編第2話 <不思議生活の始まり> ・・・・・・・・・・☆彡
僕のアパートはワンルーム。広さはそこそこなので区切れば2DK程度にはなる。軽合金で出来たラグビーボール型で下半分に入口とバスとトイレとクローゼット類、上半分がキッチン・リビングと寝室。こんなユニットが木の葉っぱのように枝にたくさんくっついた集合住宅だ。L1198惑星ことアテーナ星は学問と芸術の星だから、住んでいるのは学生と先生、そしてアーティスト。中には両方の人もたくさん居る。いろんな星から来ているから、顔や形も様々、だけど大昔の空想のような宇宙人はいない。色や大きさやパーツの形は違えど大抵は手が2本、足が2本にプラス尻尾やらウィングやらのスタイルだった。空気の圧力は一定で、これに耐えられない場合は、耐圧ラップをコーティングしたりするが、見た目には判らない。言葉は小さなコンバータを付けるだけで頭脳間をダイレクトに中継するし、僕とワラのようにストレートに交信できる場合もある。宇宙は広いけど、案外と似たもの同士が多いのでそれ程の苦労はないのだ。宇宙文化人類学や生物学を学ぶ連中に言わせれば、それは「必然」だそうだ。どの星にも生物のヒエラルキーがあって、同じ階層同士は似てくるんだと。ま、仲良くなれるんだから悪い事じゃない。きっと宇宙のどこかに神様が居て全ての生物を統括してるんじゃないだろうか。
僕がアテーナ星のセントラルステーションに降り立ったら、既にワラは待っていた。
∞ どのお家だかさっぱり判らない。みんなシーズのような形だもん。
ワラの住む水の星には家がないそうで(ま、みんな植物だもんね)ワラも家に住むのは初めて。幸い僕の家の扉は木製だったのでワラは自由に出入りできる。家に着いたワラは珍しそうにフワフワ飛び回っていた。友達、友達じゃないとかぶつぶつ言っているのが聞こえる。生活レベルになると、ワラの事はまだ全く理解できていないのだった。よくぞ結婚を決めたものだ。
食事は水分でいいし、寝るのも僕のベットの上。軽いので僕は全く気にならない。羽衣が掛かっているようなものだ。植物なので時々太陽(火の星)の光を浴びるが、人工照明でも大丈夫だそうだ。
僕は昼間は大学に出掛けて行く。ワラは時々ついてくるが研究室の中では退屈そうで、飽きたら勝手に出ていく。どこで何をしてるのか判らないけど、僕が帰宅すると程なく戻って来るので何の手間もかからなかった。
一緒に暮らし始めて1週間位経った休日、ワラのケラケラ笑う声が階下から聞こえた。
「何がおかしいの?」
∞ だってケイのこと、いろいろ教えてくれるの。自分で扉を思いっきり閉めて足を挟んで大騒ぎとか、本を読みながら帰ってきて扉にぶつかったとか、ケイって結構そそっかしいのねー。
「なんでそれが判るの?扉へこんでたっけ?」
∞ 扉が教えてくれたのよ。他にも面白い話ばっかり!
何の事だかさっぱり判らなかったが、ワラ曰く、扉に使われている材料は”ワラウン材”と言う名前で、”ワラウン材”になるワラウンの木は人を笑わせるのが大好きなんだそうだ。全く植物同士の関係は未知の領域だ。
∞ 水の星でもワラウンの木は、傍を通り過ぎるフィリーやリリー達を笑わせて自分も楽しんでいるのよ。笑う門には福来るって言うでしょ。だから扉には”ワラウン材”を使うの。でも気をつけてね、反対に笑うのが大嫌いな”ワラワンの木”だってあるからね。間違えるとお家が暗くなっちゃう。ワラワンの木は笑っちゃいけない場所の入口に使うものよ。
へーそうだったのか。家に住んだ事ないくせに、美人エスパーは博識だった。
それでも周囲は初めてのものばかり。ワラは何にでも話かける。木製品や布製品とは会話が弾むようだが、土や石や金属で出来たものとは会話が出来ないらしい。
∞ 何だか冷たいのよ。だまーっててバカにされてるみたい。
金属が冷たいのは不思議じゃないけど、誠に不思議な二人の生活が取り敢えずはスタートした。
一人より二人っていいもんだ、僕はこの星に留学して、初めて癒しという想いを噛み締めていた。
後編第3話 <ケッコンって?> ・・・・・・・・・・☆彡
∞ ねえ、ケイ。今更だけど、ケッコンって何?一緒に居ること? ある日ワラは唐突に言った。
「はあ?知らないの? だって、ばあちゃんと結婚式の話とか、してたじゃない。」
∞ だって、おばあちゃんはさ、『で、あんた達はケッコンするんだよねえ?』って言って嬉しそうにするからさ、私も解らないけどウンって言っちゃったの。そしたらおばあちゃんはもっと嬉しそうで、私も嬉しくなっちゃったよ。で、何の事?
「はあー?、だけどさ、水の星の長老さんにも届けたんでしょ?」
∞ うーん、ケッコンって言葉、知らないからネレイス星にいますって言っただけだけど、おばあちゃんはケッコンって思ったみたい。
おお、そのレベルでここまで来たのか。なんと暢気な大らかな。尤も僕だって、僕たちの結婚が本当に成立するのか実感がなく、また調べもしていなかったからあんまり人の事を言えたもんじゃないけど。
「結婚ってね、一生仲良く一緒にいるって誓い合って、周りからも認められることだよ」
∞ なんだ。じゃあもうケッコンじゃない、ケイと私。
んーまあ、届け出とか手続きを除けばそうとも言える。
「でもね、普通は結婚するときにパーティを開いて、たくさんの人に祝福してもらうんだ。僕たちはそういうのまだだから、結婚とは言い切れないんだよね」
∞ ふーん、それにおばあちゃんも来たいのね。じゃあ、まだケッコンじゃない。オーケイ。
やはり一般のお嬢さん達が想う結婚観とは程遠いようだが、まあいい。
「でもさ、その時には水の星から長老さんや他のフィリーさんが来てくれるんだよね?」
∞ 呼んだら来るよ。みんなケッコン知らないから、面白そうって来るかもね。
一体どんな長老だろう。長い七色のヒゲ爺さんなのだろうか。ステッキとか持ってて、振ったら虹色の粉が撒かれるのだろうか。リリーの長老は金銀の粉を撒いてくれるのだろうか。これは結構パーティに相応しい演出かも知れない。僕は急に長老に会いたくなった。
「ね、その前にお会いできるかな。長老さんに」
∞ うーん、お願いしてみる。
単に結婚パーティへの期待だけでなく、実は僕には解明したい事があったのだ。L1123惑星ネレイス星の水を吸収した途端に、虹色からアクアブルーになったワラの髪と粉。これって資源選別のためのマーカーになるんじゃないか。ワラは免疫って言ったけど、実はとんでもない試薬が出来るかもしれない と僕は考えていた。勿論ワラ達を実験になんて使えっこないけど、少し粉や髪を分けてもらえないかと虫のいい研究者魂が頭をもたげていたのだ。上手くゆけば、資源開発だけでなく、水の星の皆さんの移住にだって役立つかも知れない。
僕たちの結婚ってもしや銀河のエポックメイクな出来事かも知れないと、密かに僕は思い始めていたのだった。
後編第4話 <長老来たる> ・・・・・・・・・・☆彡
僕がレポートを書いたり勉強していると、背後からワラはそれを覗き込んで、まるで水を吸収するように知識を吸収する。文字が読めるわけではないのに、僕が覚えたこと、考えた事がそのまま入ってゆくみたいだ。便利というか、要領がいいというか微妙な所だが、ワラにとってはメロディも情報も同じようなものらしい。水の星ってひょっとしたら潜在的なパワーを持つエスパー星なのではないだろうか。あどけない、しかし美しいワラを見ながら、まこと、これは歴史上の巡り会わせなのかもと心が震える瞬間があった。
或るのんびりした休日の事、階下でワラの声(正確には交信)が聞こえた。
∞ ケーイ、長老がみえたよー。
え?なんて突然。そんな話聞いたかなと思いながら僕は階段に向かった。この前長老について、どんな人?(人じゃないけど)って聞いた時、ワラは 素敵な方だよって言ってたっけ。もしかしたら長い七色ヒゲ爺さんではなく、初老のイケてるジェントルマンなのかも知れない。僕は気を引き締めた。
長老は玄関のドアの前、ワラの後に立っていた。
「え? おー? び・・・美人!」僕はひっくり返りそうになった。
$ 初めましてケイ。ワラを救って頂いて有難う。
長身の、まるでモデルのような超美人はにっこり微笑んだ。た・・・確かに素敵な人だ。
∞ やっぱりデレデレしてる。ケイっていつもこうなんですよ。 ワラは口を尖らせた。
「いや、だってさ、だって思ってたのはもっと爺さんでさ、こう、ステッキかなんか持っててさ…」僕は慌てた。「でもまあ、あの、に・2階にどうぞ」 気を落ち着けるべく僕は階段を踏みしめた。
ソファに優雅に座った長老は、ささやかに七色の粉を振りまいて
$ ケイは私達が吸収できる水を作ったんだってね。本当に有難いわ。水の星を代表してお礼を言います。
100万ドルのスマイル、これはやっぱり長老の品格なんだ。僕は緊張してレモンティーを淹れた。
$ ケイ、ちょっと驚いているわね。私たちにはあなた方のような性別はないのよ。植物だから雌雄同体と言うのかしら。
そう言われるとその通りだ。わざわざ別構造を持つ必要はない。何故今まで気づかなかったのだろう。
「あの、確かに、そう言われればそうですよね。それで、あなたの事はなんてお呼びすればいいのでしょう?」
$ あなたたちの言葉にすると、クイーンって呼ばれてるわ。
クイーン、女王。なる程相応しい呼び名だ。きっと年長と言うだけでなく、品格や能力も秀でているに違いない。僕なんかが話して良いものだろうか。僕は少々気後れしだした。クイーンは少しワラと話した後、僕に向き直って言った。
$ それで、ワラと暮らすに当たって、ケイには知っておいて欲しい事があるの。きっと今後重要になる事。星の資源に詳しいあなたにだから話せることなのよ。ワラも聞いておいてね。まだ知らない事があると思うから。
どうやら結婚式のスピーチレベルの話ではないようだ。僕は真面目に向かい合った。
後編第5話 <星の生い立ち> ・・・・・・・・・・☆彡
$ ケイはネレイス星の過去を知ってる? 今の星になるずっと古代の話よ。私たちの星には文字がないから、ずっと長老に語り継がれた話だけど、私たちの水の星と、あなたたちのネレイス星と、ひょっとすればそれ以外にも関係することなの。
クイーンは一言一言を柔らかく、かつ慎重に話し始めた。
ずっとずっと古代、ネレイス星とほぼ同じ軌道を回る星があった。テラと言う星だった。広い海が星を覆っていたので銀河では密かに”青い星”と呼ばれていた。当時この近辺において、文明を持っていたのはテラだけだった。勿論、銀河の離れた星には高度な文明があったのだが、そして時々テラの様子を見るため、船を派遣して、銀河の調和を乱さないか監視はしていたのだが、そう言ったことを知らないテラの生物は、次第にバランスを失い、ある時大争乱になった。物質の原子レベルに達する相互侵略にも達したため、捨て置けない状況となり、銀河の他の星から派遣された船は盛んにメッセージを送り自重を促したのだ。しかし聞く耳を持たなかったテラ上の生物は、争乱を更に大きくし、遂にテラの奥深くに眠る巨大エネルギーに触れて星自体が自爆してしまった。勿論生命は全て絶たれ、星の欠片は火の星の周りに飛散し、そしてテラを回る衛星だったルナも欠片の直撃を受けて破裂し、テラと同じく星屑となった。
その後、時を経るにつれ、欠片たちは自転力によって再び結合、かつてのテラよりワンサイズ小さい惑星となり、それが現在のL1123惑星、すなわちネレイス星である。それ故に、ネレイス星の地中には、かつてのテラ文明の遺跡や証拠が断片的に残っている。そしてネレイス星に生まれた生物たちには、どこかにテラ時代のDNAが引き継がれているのだ。
ルナも同様の状況を辿った。かつてのルナの欠片が氷の周りに貼りついて、それが現在の水の星だと言う。だから水の星に生まれたフィリーやリリーのテレパシーはネレイス星の生物であるケイに届くのだと。元々親子のような存在だったから自然な事なのだと。
そしてクイーンは続けた。実はもう一つ、テラの欠片を引き継いだ星がある筈だ。比重の違いからか、再生したときに別の塊になり、たまたま楕円を描いてやって来た彗星に結合し、軌道を異にしたと言われている。この星については詳しくは判らない。そう言った話が叙事詩として水の星に受け継がれているのだ。
なんと壮大な話だろうか。僕は唸ったっきり言葉が出て来なかった。勿論、証拠がある話ではない。だが、クイーンの一言一言には「真実を受け継ぐもの」の重みがあった。いろいろな意見や反論はあろうが、僕は直感的に「これはきっと事実だ」と思ったのだ。
$ ケイの知識はテラの知識と重なる所があるの。私たちはテラの言い方では精霊って言うことになるわ。植物を守る精霊ね。だから木々とは話が出来るし同化することもできるのよ。私が受け継いだ話の中に、古代のテラでは神と精霊が結婚したって言うのがあるの。だからワラからケイの話を聞いた時、これはあり得るなって思ったのよ。それからね、私たちが今、実際に生きているのだから、他の精霊たちもどこかにいる可能性がある、と私は思っているの。きっとどこかに引き継いだものたちが居るんだろうなって。ただ、それ以上は解らないけどね。まあ、あんまり古代の話に縛られるのもどうかと思うから、あなた達はあなたたちの思うようにやればいいのよ。それがきっと新しい世界を拓く事になる。
クイーンは長い話を終えると、また100万ドルのスマイルを浮かべた。これはやっぱりリーダーの株だ。僕は感服仕っていた。
「クイーン、有難うございます。何だか途方もない話なので自分でもどうしたらよいのか判らないけど、ワラを身近に感じたのはやっぱり血だったんだなあって思いました。ワラは僕が守ります」
僕は心から素直に言った。過去に縛られる必要はない。だけど過去は未来を勇気づけることができる。僕の前に一本の道がすーっと開けた気がした。
後編第6話 <結婚式> ・・・・・・・・・・☆彡
一本の道はステージまで続いていた。真っ白なヴァージンロード。僕とワラは静々とふわふわと進んでゆく。周囲に座ったゲストは思い思いの形や音で拍手してくれる。流石は銀河の学府。ステージで改まって僕たちは頭を下げた。拍手はひと際大きくなり、大学のミュージックサークルが、これまた銀河中の珍しい楽器をかき集めて、祝福のミュージック・スタート。僕もワラもしばしメロディの中。最前列に座ったばあちゃんは、もうハンカチを目に当てている。大学の友人や先生、水の星のクイーンを始め招待客に囲まれて、僕とワラの結婚パーティが始まった。
と言っても、始まってしまえばもうみんなのパーティ。色とりどり、形様々のみんなが、そこここで楽しんでいる。見ようによってはエイリアン大集合と言えなくもないが、このカオスこそ銀河の友好の証だった。僕たちは一緒にその中を歩き回って「ようこそ」「ありがとう」を繰り返し、ワラも都度「初めまして」を繰り返した。初めてお目見えした水の星のクイーンはここでも大人気。美人の基準は星によって違う筈だが、どうやらクイーンのスマイルは銀河中を魅了する万能薬のようだ。これから水の星からの留学生も増えるかもしれない。と言う訳で大変和やかで温かいパーティだったのだが、僕は見逃さなかった。冷え冷えとした一角が混ざっていたことを。大学の施設内で行われたパーティだったから、基本的に誰でも入って来られる。僕だってここに居る全員の名前や素性を知っている訳でない。どうやら岩石系に見える一人か二人が冷めた視線をクイーンに送っていたのだ。勿論僕はそれ以上深入りはしなかった。折角の席だ、そんな人達もいるんだろうと、引っ掛かりながらもスルーすることにしたのだ。
パーティは無事に終わり、ばあちゃん達を光速船ステーションに見送って、僕とワラはアパートに帰ってきた。
「さすがに草臥れたね」
∞ 枯草になった気分よ。
手続き以外は夫婦になった僕たちは、労わりあうように眠りについた。その夜の夢は虹色だった。
∞ ねえケイ、昨日、変なヒトいたよね。
翌朝、お茶を飲んでる僕にワラが言った。
∞ よろしくお願いします、って言ったんだけど、なーんにも言わないの。そのくせ長老のことじーっと見てて感じ悪い。ケイの知りあいかなあ。
「大学って広いからね。僕だってみんな知ってるわけじゃないし、そもそも誰だって入れちゃうから大学の生徒とも限らないなあ。きっと岩石系だよね、あのクールな感じは」
∞ 長老に変なことしなきゃいいけど。長老が枯れちゃったら私たち、どうしていいか解らないよ。
ワラは本気で心配している様だった。その日から大学に出掛けるたびに、その冷ややかな顔を探したが、ついぞ見つける事は出来なかった。友人たちに聞いてみても
『なんでそんなのを見なきゃいけない? あのスーパービジュアルクイーンがいるのに、なんで岩のオッサンを見なきゃいけない?』
と取りつく島もない。次第に僕の懸念も薄れ、ワラも口にしないようになっていった。
1年はあっという間に経ち、僕は卒業を迎えた。残念ながら、フィリーの粉の試薬研究は中途で終わってしまったけど、これからは、ばあちゃんが待つネレイス星に帰って、資源探査の仕事に当たることになっていた。そしていよいよワラと家庭を持つのだ。僕とワラは光速船に乗り込んだ。一緒に帰れるって夢みたいだ。ワラと初めて会ったあと、同じ光速船からワラが飛翔するのを眺めたことを、僕はじんわり思い出していた。
後編第7話 <ネレイス星に戻る> ・・・・・・・・・・☆彡
ネレイス星に戻った僕は、環境研究室で資源探査の仕事に就いた。そして、ばあちゃんと僕とワラの奇妙な同居生活が始まったのだ。基本的にワラは何もしない。食事の時もワラは一緒にいるものの、時々水分吸収するだけ。僕が仕事に出ている日中は、ワラも大抵どこかに出掛けている。時々戻って来ては、ばあちゃんとお茶したり、喋ったりしている。妻と言うより居候に近いものだった。僕が現場で調査をしていると、時々ワラがやって来る。背後をフワフワ飛び回って誰かとペチャペチャ喋ったり、時には
∞ ケイ、ここに何かあるよ。冷んやりした硬いもの。
とか予言し、結構鉱脈を当てたりするので、それなりに僕たちも助かったりしていた。実は仕事の傍ら、僕はクイーンが言っていたテラの証拠とやらを探していたのだ。ワラのことだ、尋常じゃないリソースがあれば、何か響くに違いない。長老の話を聞いた後、僕は大学でも随分本を読み漁ったのだ。古代や遺跡をキーワードにデータベースも探しまくった。しかし、ネレイス星の成り立ちについては『宇宙を彷徨っていたチリが結合して出来たと考えられる』程度のもので、詳しく語っているものはなかった。ましてや水の星については銀河星図に名前が出てくるだけで、いわば無人島扱い。大学とは言え、現在の生物の過去からの成長についての専攻はあるものの、その発祥以前については誰も研究しようとしていない。自分たちやその祖先が生まれる前の話なんて、突拍子がなさ過ぎて学問ではないようだった。しかし僕にはクイーンの話がとてもロマンチックに感じられたのだ。大層な事は言わない。僕とワラの結婚が、クイーンの言うように 自然なこと と感じることができる証拠が見つかれば、僕の心のずっと奥の方で騒いでいる何かを鎮められる。僕はそう確信していた。
僕は週に3日はネレイス星のF63区画と呼ぶ地域で、水の浄化フィルターになるような資源を探していた。地面に掘った穴から横方向に脈を探る。採取した土を研究所へ持ち帰って分析する。その繰り返しだ。週に1回はワラもやってくる。時々ばあちゃんの伝言をわざわざ伝えに来たりするが、大抵は穴の中に入って顔をしかめながらブツブツ喋っていた。
∞ ねえケイ、この頃、辺りの所々がさわさわしてるの。
「え? さわさわ? ざわざわじゃなくて?」
∞ ざわざわまでいかない。この子たちのほんの一部だけど、ちょっとだけ何かが気になるみたい。目だけが一斉にそっち見てるみたいな感じ。
この子が何を指すのか判らないが、まあ何らかの小さな変化が土中にあるということだろう。尤もこれだけでは何も判らないので、せめて首だけが一斉にそっち見るまで待つしかないか。精霊のテレパシーだ、無視してはいけないと僕は思った。
その後暫くワラは何も言わなかった。僕はせっせと穴を拡げては土を持ち帰った。その色は濃淡様々、粒だって大小様々、硬さも様々。僕は大きな『ふるい』にかけて分け、固めて層にして水を通してみる。通す前と通した後の成分を分析する。全く気長な作業だ。余った土は研究所の外に山積みになり、溜まってくると元の穴に運んで埋める。まさに泥臭い仕事だったが自然に触れる仕事だ、ワラだって嫌いではなさそうだった。
後編第8話 <琥珀 見つかる> ・・・・・・・・・・☆彡
ある日ワラはその土の山の周りをフワフワ浮いていた。時々顔を近づけたり、首をひねったりしている。そしてくすっと笑った。
「ワーラー、何か居た?」僕は窓から顔を出した。
∞ 遠い遠い昔の仲間がいるみたい。超おばあさんだわー。
何だか嬉しそうだ。しかし、僕は『遠い遠い昔の』という言葉に反応した。
「ワラ、そのヒトってネレイス星が出来る前のヒトかなあ。聞ける?」
ヒトな訳ないのだが、僕は便宜上、ワラが相手できるものをヒトと呼ぶ。もしやテラにまつわる何かかも知れない。
∞ ちゃんとお話しできる訳じゃないの。超おばあさんだから機嫌がいいか悪いかくらいしか判らないよ。でも、ずーっと遠くを見てる気がする。待ってるのかな? よく判んないや。
予言者のような言葉を残してワラはどこかへ行ってしまった。僕は土の山を前に考え込んだ。埋め戻す前にもう一仕事ありそうだ。
翌日から僕は土の山を再度『ふるい』にかけ始めた。目の大きさを変えて少し大きめのものを分別したのだ。作業を始めて3日目、ワラが反応した。
∞ この中に超おばあさんがいるよ。
僕は更に選別を進めた。すると5mm程度の半透明なきれいな粒が見つかった。
∞ これよー超おばあさん。
それを見るのは僕も初めてだった。茶色っぽい半透明の硬いもの。どうやら琥珀と言われる植物の化石のようだった。植物と鉱物のハーフ、だからワラが交信できたのだ。
「この子がさわさわしてたの?」
∞ 判んない。でも可哀想なのよ。きっと若い頃は私達と一緒だったのに、時間が経ちすぎてこんなになって自由がなくなったのね。
うーん、やっぱ植物目線は解らない。「話はできるの?」
∞ 今はムリ。寝惚けてるみたいだし。だけど少しずつ解りあえるかもしれない。元の場所に戻してあげていい?
「うん、いいよ、仲間の近くがいいもんね。何か聞いたら教えてね」
ほんの小さな期待が芽吹いたが、一方で『さわさわ』の原因はまだ解っていなかった。
僕は『ふるい』を続け、成分分析もやってみた。ケイ素やリン、カリウムなど常連さんが検出されたが、何がさわさわしてるのか皆目解らなかった。
後編第9話 <琥珀の人生> ・・・・・・・・・・☆彡
琥珀はテラがあった頃から生きている。しかし琥珀は孤独だ。元はと言えば植物。でも動物を内包している仲間だっている。そして見てくれは鉱物。たくさん仲間が居る訳ではない。テラがあった頃は大勢でワイワイできたのだろうがが、このようにバラバラになってしまった今は、一層少なくなった仲間と「元気?」「元気だよ」程度の話しかない。
ただ、琥珀は弱者ではなかった。パワーを整流する不思議な力を持っていた。先祖である植物のパッシブながら大気を浄化していた力に、内蔵する動物の気力が加わるのだろうか。たくさん集まれば一つの星の運命だって変えられるパワーだった。
ネレイス星の琥珀達は、第2勢力だ。仲間の一番多くはずっと古代、あれが起きた時に放たれた。そして今はどこかに固まっている。その多くの仲間が少し近づいている。ネレイス星の琥珀たちは予感だか何だか判らない感覚をほんの少し感じ始めていた。「元気?」に加えて「何だろね?」が挨拶の様になってきたのだ。それは例えて言うと髪の毛が静電気で少し浮き上がるような微妙な感覚だった。植物や鉱物、そして動物とさえ意識の交換ができる琥珀だったが、その正体は判らなかった。
ネレイス星の琥珀達は、ネレイス星の植物と話することはあった。大した話ではない。「水が多いね」とか「水が少ないね」とか「ちょっと暑いね」とか「今日は冷えるね」程度のものだ。ところがある日「水の星」から来たと言う精霊が現れ、琥珀達に話かけたのは驚きだった。「誰?」「誰だった?」「何故?」琥珀達は口々に騒いだが、長年大した話をしてこなかった琥珀達は表現力に乏しく、精霊との話も盛り上がりに欠けた。だが琥珀達はちょっと嬉しかったのだ。ずっと古代にだって、岩の精霊は碌に相手してくれなかったのを、水の星の植物の精霊は対等に相手してくれたのだ。更に持ち去られた仲間をちゃんと元の場所に戻してくれた。
「良かった」「良かったよ」「いい子だ」「いい子だね」「可愛い」「可愛いね」「嬉しいね」「また来るかな?」ワラによって、琥珀達は一つ感情を増やしたのだった。尤もこう言った事実を僕たちは全く知る由もない。ましてや、この小さな欠片たちが、これから起こる事に深く関わってこようとは思いもしなかった。
後編第10話 <鉱物星接近> ・・・・・・・・・・☆彡
その彗星は数百年に一度現れると言われていた。
ネレイス星の天文台でも宇宙の奥にぼんやり拡がるその星を検知していた。それは近くを通るものの直接的な影響は少ない見込み。天文台はそう予想した。僕が留学していたアテーナ星は、銀河の学府だけあって更に精密な測定をしていたが、それでも近隣の惑星への被害はないと考えていた。
しばらくしてその彗星はビー玉位の大きさになった。背後に尾がぼんやりと見える。ワラはそれを見ながら時々物思いにふけっていた。
「ワラ、何か聞こえたりするの?」僕は思い切って尋ねた。
∞ ううん、反対よ。声が聞こえなくなってきたのよ。長老さんとかの声がね、細くなって時々切れるの。あの星のせいじゃないかなあ。
星はとんでもない速度で飛んでいるのだから、そう言ったこともあるのかも。僕はさして気に留めなかった。
更に2週間が過ぎ、彗星は方向を変えているように見えた。尾が見え始めたのだ。天文台は、彗星はネレイス星からは逸れる見込み、またアテーナ星にも近づかない計算 と発表した。どこかで不安な思いを持っていたみんなは、胸をなでおろした。ネレイス星にも、また学問の府であるアテーナ星にも、一つの星の軌道を変える技術やパワーはない。そんな中でワラだけが、まだ浮かぬ顔をしていた。
∞ 何だか声が聞こえないだけじゃなくて、大きい声が時々聞こえるの。この星の誰かと話してるんじゃないかな。
この星の誰か、それは以前ワラが「超おばあさん」って言ってた琥珀の事だろうか。
∞ 誰もが やーめーろー って言ってる気がする。
何の事やら判らないが、ワラの直感は捨て置けない。僕は天文台に問い合わせた。
「あの、彗星はどこへ行くんですか? この星は巻き添えになりませんよね」
『この星は大丈夫ですよ。彗星はね、どうも水の星に近づく感じですね』
これだ。ワラの不安は的中している。僕は飛んで帰ってワラに報告した。ワラは冷静に僕の話を聞きポツリと言った。
∞ 水の星の琥珀さんが騒いでるんだ。だからみんなの声が聞こえない。
その日からワラは時々僕の発掘現場に来て、穴の周りをフワフワ飛んで、誰かとブツブツ喋るようになった。
「ワラ、この頃、誰と話してるの?」
∞ ここの超おばあさん琥珀さんよ。知り合いが彗星にいるらしいの。みんなを誘拐するつもりみたいって言ってる。
はあ?先日の琥珀とワラは拙く会話が出来るらしい。で、”誘拐”って何だ? 随分剣呑な話じゃないか。
そうするうちにも彗星は水の星に近づいて行く。ネレイス星から見ると、彗星が握りこぶし位の大きさで、水の星がビー玉位に見える。僕はワラと連れ立って天文台に出掛けた。望遠鏡を覗かせてもらうためだ。天文台のスタッフもワラが水の星から来たと知って(そして飛び切りの美人だから?)快く望遠鏡を覗かせてくれた。その映像は少々ショッキングだった。水の星の表面にはガスのようなものが見える。ワラは顔が凍り付いていた。
『そのガスのようなものは、恐らく彗星の引力で巻き上げられた水の星のチリや埃と思います。大きさが全然違うし、衝突しないまでも、引力によって水の星の地表は随分めくられる恐れがあります。早いうちに避難した方がいいと思いますよ』
スタッフもワラを見て心配そうに言った。尤も水の星の生物についてはスタッフもよく解っていない。ワラを見て、素直に出た言葉だった。
「長老さんたち、ネレイス星に飛んでこれないの? みんなでネレイス星に避難した方がいいよ」
巨大台風を目の前にした島民を救うがごとく、僕はワラに提案してみた。何しろ彼女らは曳光を引いて飛べるんだ。
∞ あの近さじゃ、引っ張られて飛べないと思う。それに飛べない子の方が多いのよ。私たちは精霊だから飛べるだけ。みんなを放っておかないよ。
そりゃそうだ。安直な提案をした僕は自分に腹を立てた。同時に、この事態をどうにもできない不甲斐なさを呪った。ネレイス星もアテーナ星も、自ら水の星の植物を救おうとする気はない。
∞ やっぱり超おばあさん琥珀さんに頼んでみる。
ワラはフワフワと出て行った。
後編第11話 <ペトラの謎> ・・・・・・・・・・☆彡
「え?ペトラ? それが彗星の名前なんですか?」天文台を訪れた翌日、僕はスタッフから連絡をもらった。
『ただの彗星じゃないみたいでね、二つの星がくっついたみたいなんですよ。きっと彗星と別の星が結合してできたんでしょうね。で、もしかしたらその中に知性体がいるかも知れないんです。電波のようなものが飛んでいるんでね。それにわざわざ水の星めがけて接近しているように見えるんです。でもそれ以上は解らなくてね、情けないんだけど調べる手段もないし、けどワラさんには申し上げておいた方が良いかなと思って』
スタッフは、心底申し訳なさそうに言った。
「いいえ、有難うございました。ワラにはちゃんと伝えます。でもなんで水の星に接近するんだろう」
『3つ目の結合を狙ってるんでしょうかねえ、水の星は手頃な大きさだから』
スタッフとの会話もそこまでだった。もしそのペトラとやらに知性体が居るのなら、何か狙いがあるに違いない。以前ワラが言っていた”誘拐”が頭を掠めたが、誰かを誘拐するために星ごと接近するのも乱暴すぎる。謎は深まるばかりだった。
∞ 琥珀さん、やってみるって。昔のよしみだし、あそこに仲間がいるんだって。
ワラが帰ってきて言った。確かに琥珀は植物と昔のよしみかも知れない。でもそれで何とかなる話でもなさそうだが。
ペトラが水の星に更に近づき、舞い上がったガスは両星の間を繋ぐほどになっていた。ネレイス星でもこの先どうなるのかと固唾をのんで見守る。ワラはしょっちゅう琥珀を訪ねていた。ワラの顔に悲痛な思いが貼り付いている。
∞ ねえケイ、リシュムって知ってる? 琥珀さんがリシュムリシュム言ってるの。誘拐と関係あるんじゃないかな。
「リシュム? リチウムの事かな。」
リチウムは土中からほんの少量検出される事がある鉱物だ。壊れやすいので摘出も難しいのだが、以前ワラウォータを作る時に使った経験がある。生物の身体には良い作用があるのだ。でも、それが誘拐されるってどういうこと?
するとそれに覆い被せるように天文台スタッフから連絡が入った。
『ケイさん大変! どうもリチウムみたいですよ、ペトラの狙いは』 何という偶然だろう。スタッフは意気込んで言った。
『アテーナ星の岩石系に近い先生に聞いてみたんです。ペトラの動きが不思議だからね。するとペトラにはとんでもない過去と現在があったんですよ』興奮するスタッフの話はまさにとんでもない話だった。
ペトラはかつてのテラの一部だった。以前、水の星のクイーンが言ったとおりだ。テラの破片と彗星が結合してできた第3の惑星ペトラ。ペトラに生存する人たちは元はテラの岩の精霊と言われている。彼らペトラ星人は、新たなエネルギー源である太陽を新しい衛星として人工的に作ろうとしていた。そのために欲しかったのが、かつてテラの海中や地中にあったという地下資源リチウム。リチウムは核融合反応に使用される資源であり、永遠のエネルギーの元と考えたようだ。リチウムはテラに多く存在していたが、その飛散により海中のものは消滅し地中に埋蔵されていたものは行方不明になっていた。そのリチウムが実は水の星が結合した断片に含まれていることをペトラ星人は掴んだのだ。勿論リチウムは他の惑星にも存在するのだが、手近で手っ取り早いのは水の星の併合であり、それにより大量のリチウムを一気に手に入れようと考えた。
水の星に於いては、リチウムが水に溶けだすことで、フィリーやリリーに良い影響を与えていると考えられるが、研究としては進んでいない。しかし、水の星の資源からリチウムがなくなると、恐らくフィリーやリリーの生命への影響は避けられないだろう。ペトラに併合されるとフィリーやリリーの未来は暗いものとなる。
ペトラは水の星の併合を、体当たりによる強引な結合により実現できると踏んでいた。水の星は小惑星だったから、頑強なペトラの重力で巻き取るように、慎重に軌道計算を行い半彗星であるペドラ自身の軌道修正も行いつつ水の星への接近を図っていたのだ。
『先生はね、うすうすその企みに気が付いていたそうなんですが、アテーナ星にもお隣のネレイス星にも影響は無さそうだし、第一、水の星に人がいるなんて知らなかったから放っておいたそうなんですね。だからケイさんの結婚パーティでは水の星に人がいると知ってびっくりしたと言ってました。水の星はきっと少し前から影響を受けていたんじゃないでしょうか』
まさにこれが水の星の軌道の揺れや、水資源の変化の原因だったのだ。そして”みんなを誘拐”そのものじゃないか。超おばあさん琥珀の予言は正しかった。
後編第12話 <水の星の危機> ・・・・・・・・・・☆彡
∞ ケイ、私、やっぱり帰る。
ワラはポツンと言った。こうなる事は少し前から予想していたが、いざ現実となると心に冷たい筋が走った。
「だってさ、ワラが帰ってもペトラは止まらないよ。ワラだって行けるかどうか解らないよ。危険だよ。
僕は一生ワラを守るとクイーンに誓ったのだ。ワラの無事は僕の責任なのだ。
∞ 長老さんも帰ってきなさいって。私、長老さんの直系の株なのよ。
「え?クイーンの娘ってこと?」
∞ 娘っていうより同族で跡継ぎ
「それじゃワラはプリンセスってこと?」
僕は素っ頓狂な声を出した。フィリーは同種類の株で、そのそれぞれの精霊で、一番大きい株の精霊がクイーンで、その同根の株の跡継ぎ精霊がワラ。想像するにそう言う事になる。そしてそうだとすれば、そもそもネレイス星の水を採取する実験台にワラを選んだのも頷ける。きっとクイーンは、犠牲を出すなら身内からと考えたのだ。
∞ ね、だからケイ、ワラウォータの強力なのを作って。お願い。
僕は少し考え込んだ。ワラがプリンセス株なら、やはり帰るしかないのだろう。僕がワラウォータを作ろうがどうしようが。
ワラの決意は判っていた。なんて切ない。僕は頭を振った。でもきっとワラはまた復活するさ。だって2回ダウンしたけど僕の妻になったじゃないか。ポジティブ思考だ。ペトラなんかに負けるもんか。僕たちは夫婦なんだ。一緒に戦わないでどうするケイ。
僕は研究所に籠った。ペトラに負けないパワーを出せる魔法の水。スーパーワラウォータ。あらゆるミネラル、熱源を微妙に配合し、持続性を高め、比重を軽くする。長年資源開発をやってきたのはこのためだ。3日間徹夜でようやく2リットルのスーパーワラウォータを作り上げた。僕の愛と知識と意地の結晶だった。
その頃、水の星は巨大台風に襲われたようになっていた。強力なペトラの引力で、木々や草花は次々に宙に舞いフィリーやリリー達の精霊でさえ、引力に攫われるものが出ていた。成すすべがない、クイーンは山陰で悲痛な思いで荒れ狂う空を見上げた。ワラが戻ってくれば、その免疫力で多少嵐を緩和できるかと思ったが、ここまで来ればそれも難しそうだ。このままペトラはこの星に衝突し、私たちも星屑となって宇宙に舞うのか。移住タイミングを逸してしまったとクイーンは自分を責めながら、ペトラよ、何とか逸れてと祈るしかなかった。
∞ わ、何か元気!
スーパーワラウォータを少し吸収してワラは微笑んだ。
「ワラ、危ないと思ったら引き返すんだよ、無事なら何回でもトライできるんだからね」
僕は気休めを言って、ワラを離したくない気持ちと格闘していた。
∞ じゃ、行ってくるね。
ワラはニッコリ笑って飛びあがった。後ろで、ばあちゃんが泣いている。『ワラひゃん ひほふへへ…』言ってる事が言葉になっていない。僕のプリンセスかぐやはすぐに小さくなった。
「行けー ワラ!君ならできる!」僕は精一杯の虚勢を張って叫んだ。眼の奥に涙が滲んでいる。
アクアブルーの曳光は水の星の裏側へと伸びて行った。矢は放たれた。後は祈るだけだ。神様…。
後編第13話 <ブルーリボン> ・・・・・・・・・・☆彡
ワラが飛び立って2日後、水の星に細い水色の糸が掛かった。糸は次第に太くなり、まるで核の周りを回る電子のように、いろんな方向から水の星をくるんでゆく。遠目に見るとまるでアクアブルーのリボンが水の星にかかっている様だった。
天文台は不思議がった。正体が判らない。けどペトラの速度が落ちている。反発するような力がブルーリボンにあるのか。
僕には解っていた。あれはワラだ。ワラは水の星とシンクロして、かつて水車の周りでやったように水の星にアクアブルーのリボンを掛けたのだ。ワラは無事だろうか。僕は悲痛な思いで眺めた。
天文台から連絡があった。
『ケイさん、水の星の周囲の帯ですけどね、あの色は防衛カラーなんだそうですよ。水の星はどうやってか判りませんけど、防衛カラーのバリアみたいなのを張り巡らせたみたいですね。ペドラの知性体が賢明なら、本能的にあの色には近づかない可能性があるって、アテーナ星の先生も仰ってました。だからワラさんにも少し安心してって伝えて下さいね』
僕は、防衛カラーのリボンがワラだってこと、言えなかった。ワラの髪がアクアブルーになったのも防衛カラー、ワラが言った免疫色と言うのは当たらずとも遠からずだったのだ。資源選別云々なんて考えていた僕は恥ずかしく悔しかった。命の叫びだった色をマーカーに使おうだなんて。
後編第14話 <ペトラにて> ・・・・・・・・・・☆彡
その頃ペトラでは、突如目前に現れたアクアブルーのリボンに当惑していた。それと言うのもペトラの知性体、岩の精霊たちは水の星の明確なメッセージ ”近づくな” を感じていたのだ。加えて、足下の琥珀達が騒がしくなっていた。
琥珀達はアクアブルーのリボンの中にワラの歌声を聴いていた。背後に水の星の仲間たちのバックコーラスまで聴こえる。
それはテラ時代から水の星の長老に伝えられている叙事詩、ケイがクイーンから聞いた長い長い話だった。
♪ むかーしむかしのそのむかし、海が拡がるテラの地に、一緒に暮らした長い日々
わたしはあなたに根を張ってー、あなたはわたしを支えてくれた
そうよ琥珀は覚えているよ 中に抱えた虫たちの 自由に飛べた空の色
あなたは水を受け止めてー わたしはお蔭で葉を広げー 代わりに木陰を作ったわ
そうよ琥珀は覚えているよ 中に抱えた虫たちの 瞳に映った海の色
ある日みんなは吹き飛んだ 熱い光が差し込んで みんな一緒に吹き飛んだ
そうよ琥珀は覚えているよ 離れ離れになった闇
長い月日は経ったけど あなたとわたしは仲良くなれるー そっと寄り添い暮らしていけるー
そうよ琥珀は判るのよ いのち守って一緒になれる
だってみんなは兄弟だからー ぶつからないで仲良くなれる 労わりあって仲良くなれる
ペトラの琥珀達は色めき立った。行っちゃいけない、こんな形で行っちゃいけない、アクアブルーに入っちゃいけない。
ペトラの土中では大合唱が起こっていた。土中のパワーが整流され、ペトラから噴出する。
岩の精霊王は唇を噛んだ。琥珀も俺たちの仲間なんだ。無視することはできない。名誉ある撤退、一瞬でパワーバランスをシミュレートしながら、そんな言葉が精霊王の頭を掠めた。
反転! よーそろー!
それとともにペトラは急旋回を始めた。岩の精霊と言えども、パワーの中核となっている琥珀達は抑えきれなかったのだ。大地が謳っている。大地そのものがエネルギーをほとばしらせている。下手に触るとペトラそのものが吹っ飛びかねない状況だった。かつてのテラのように。
ペトラは水の星を掠め、少しずつ離れていった。また会おう兄弟。ペトラの琥珀の声が聞こえた。
水の星は次第に落ち着きを取り戻した。土埃は地上に戻り、水は流れ、倒れた草木はゆっくりと起き上がり、精霊たちは飛び回って草木を助けた。クイーンも胸をなでおろした。
しかし、急旋回したペトラの引力に、アクアブルーのリボンはズタズタにされ、宇宙に散った。
後編第15話 <ブルーは揺れる> ・・・・・・・・・・☆彡
ペトラが去ってから半ば放心状態で過ごしていた僕の前に、水の星のクイーンが立っていた。
$ ケイ、ごめんね。
クイーンの美しい顔にも疲れと淋しさの影が見て取れた。言われなくても僕には解っていた。ワラは見事に使命を果たした。そして還って来なかった。ネレイス星からアクアブルーのリボンの破片を見て、僕の涙も枯れたのだ。ワラをもう救えない。
「クイーン、解ってます。水の星が元通りになる事、願ってます。きっとワラもね」
クイーンは水の星の再建に大変そうだった。銀河の学府・アテーナ星の力を借りて、土を戻し、根を張り直し、水を巡らせる毎日。僕にも手伝えそうだったのだが、まだ水の星には足が向かなかった。そんな中、クイーンはずっと僕を気遣ってくれていたようだ。ワラには今一つピンと来ていなかった結婚や夫婦の概念が、クイーンには解っていたのだろう。僕とワラの事はずっと甘酸っぱく、切なく、そしてやるせなく心に溜まっていたに違いない。クイーンの言葉は少なかったが、その心は僕にも痛いほど伝わった。僕は微笑むしかなかった。そしてクイーンだってきっとそうだったのだ。
平穏な日々が戻ったその後、僕は窓辺に小さな鉢植えを飾った。こうやって植物を飾っておけば、いつかワラが戻って来るんじゃないか。願掛けのようなものだった。毎日ワラウォータをあげて、日光浴をさせて、その結果、晴れ渡ったある日、小さい綺麗な花が咲いた。アクアブルーの小さな花。僕はそーっと呼びかけた。
「ワラ、お帰り」
花はワラのように軽く風に揺れた。
[後編 おわり]
・・・・・・・・・・☆彡 その後 編 ・・・・・・・・・・☆彡
ここはどこだろう、今はいつだろう。
残ったワラ・ウォータを少しずつ吸収しながらワラは宇宙を漂っていた。それももうほんの少ししか残っていない。このままどこまでも流されて、自然と枯れてしまうのだろうか。
ケイ・・・ 身体も充分に動かせない程の疲労を貯めたワラの目の奥に涙が滲む。
周囲は漆黒。その闇に穴が開いたように星たちの光が遠くに見える。そんな中の一つの光が徐々に大きくなっていることにワラは気づいていなかった。
やがて、意識もなく漂うワラの周囲に眩い光が照射された。ワラの前には1隻のボート。更に、彗星が近づいている。
「発見! 収容します」 枯れたようなワラはハッチに吸い込まれた。
ワラが収容されたのはペトラから派遣された救急ボートだった。
「水の星の姫と思われます。救命措置の上で本国に戻ります」
☆彡・・・・・☆彡
意識のないワラはそのままペトラの病院に収容された。そしてそれに気付いた琥珀達が騒ぎ出した。
「あの子だ!友が言ってたあの子だ! 何とかしなくちゃ」
そのパワーに押されるようにペトラは治療に全力を挙げた。
そして3日後、起き上がれるようになったワラの元に、一人の精霊が訪れた。それは何と、ペトラの岩の精霊王だった。
「姫、大変ご無礼をした。あなたのお蔭で私達は乱暴者にならずに済んだ。ありがとう。姫は我々が責任もってお送りします」
∞ あ・ありがとうございました。助けて頂いて。
「いや、私たちの横暴を身をもって諫めた姫の心は、この星にも充分伝わりました。申し訳なかった。姫をこのまま枯らす訳にはゆかないと、私たちも必死でした。姫がお持ちだった水を分析して、応用した治療が功を奏したようです。」
「私たちはずっと昔、一緒に暮らしていたと、琥珀達が教えてくれました。またどこかでご一緒出来ることを楽しみにしています」
温かい石もあるんだ… ワラの心もほんの少し温まった。
☆彡・・・・・☆彡
数日後、アテーナ星の先進通信システムに突如ペトラからのメッセージが入った。
『こちらペトラ、我々は現在アテーナから3万マイル、水の星のプリンセスを収容した。姫は無事。光速ボートでお送りする。以上』
☆彡・・・・・☆彡
僕は毎朝アクアブルーの小さな花にワラ・ウォータを注ぎ、祈っていた。どこかでワラが無事でありますよう。この花が咲いている限り、きっとワラは生きている。僕はそう信じこもうとしていた。
そんなある朝、僕の前に、突如水の国のクイーンが現れた。僕を見るなり、クイーンの目に涙が溢れる。
「だ、大丈夫ですか?クイーン?」 僕は動転した。
$ ケイ・・・ ワラが還ってくるのよ・・・ 一緒に来て。 僕は更に動転した。
☆彡・・・・・☆彡
アテーナ星に桟橋にペトラのボートが静かに横付けされ、音もなくタラップが降りて来る。
間もなくその上に、はにかむ様にワラが現れた。少しほっそりしたワラ。一歩ずつタラップを降りたワラはまずクイーンに向かいあった。クイーンの目には涙が滲み、でも手をそっとワラの肩に置いて僕の方にワラを向けた。 「ダーリンからよ。」
いきなりワラは僕に抱きついた。そして泣き崩れた。 「ケイ・・・・∞∞∞∞」 言葉にならない。
僕はワラを抱きしめ、水色の髪を撫でた。みんなを守った色だ。
「ワラ よく頑張った、えらかったよ。もう大丈夫、大丈夫、よしよし、今度こそ僕が守るから」
僕の目からも涙が溢れ、そしてワラの水色の髪に散らばった。
すると、何と言う事だろう、ワラの髪がみるみる虹色に変化してゆく。
プリンセスが戻った! 水の星からやって来た精霊たちは叫んだ。ケイがプリンセスを治しちゃった!
クイーンも目を瞠っている。
男の涙も満更じゃない、どころではなかった。もう成分分析なんてどうでもいい。
少し戸惑っていたワラは、恥ずかし気に僕を見た。胸に小さな琥珀のペンダント。
∞ 岩の王様から頂いたの。お守りにもなるよって。
ワラは少し笑った。
∞ おばあさんが二人になっちゃうね。
空は青く、風も花もすべてがワラに微笑んだ。
[完]
⇒⇒ お帰りは http://yukikazepedaling.blogspot.jp/ まで! 「漕ぐ」ブログです