妊娠中、どのように研究を継続すればいいのか、何に気をつければいいのか等、自分が経験するまで知る機会はほとんどありませんでした。妊娠/出産を経験している研究者が私の周りには少なかったですし、経験者に話を聞く機会もあまりありませんでした。そのような状況を少しでも改善できるように、妊娠中の研究活動の継続や、生活面について書いてみたいと思います。妊娠しながらの研究に不安のある方や、妊娠中の研究者が身近にいる方などの参考になれば幸いです。
研究分野やどういうポジションについているかなどによって研究活動や環境は大きく変わると思いますが、私の場合、妊娠中は【生物系[実験&フィールドワーク]のポスドク・遠距離婚の一人暮らし】の立場でした。ここではなるべく、多くの方の参考になりそうな部分に焦点を当てました。また、現在では制度などが変わっている場合もありますので、内容については参考程度に留めておいてください。何か誤りなどありましたら、お知らせください。
<研究>
妊娠中の研究は体調に大きく左右されます。体調が悪ければ研究はできないし、ひどい場合には絶対安静・あるいは入院しないといけません。また、あまり無理をすると切迫早産などにも繋がる恐れがあるので、くれぐれも体調を優先して判断してください。私は、疲れが溜まっている時や体調が普段と違うと気がついた時は、無理せず有給休暇を取ったり、早く寝るようにしていました。体調が悪くて研究を継続するのが難しい場合、担当の産婦人科医の先生にお願いして「母健連絡カード」に記入してもらえば、勤務時間の短縮、通勤緩和、休憩時間の延長、休業など様々な措置を講じてもらえます[1, 2]。通勤が辛い方は、在宅勤務に切り替えることを検討してもいいかもしれません。
私の場合、妊娠10週あたり(つわりのピーク頃)が一番辛い時期でした。吐き気はあまりなかったけれど、少しの気持ち悪さ、息苦しさと強い眠気がありました。眠気のひどい時は、文章、とくに英語の文章がろくに読めませんでした。1日10時間眠ってもまだ眠い日もあり、この時期のデスクワークは本当に大変でした。
妊娠8週〜13週くらいがおそらく多くの人にとって辛い時期だと思います。この時期はこういうものだと割り切り、よく寝て、無理をしすぎないようにしました。また、自分が楽にできて、眠くならない作業を優先的にしていました。私の場合、プレゼンの資料を作ったり、人とディスカッションすることは、体の負担にもならず比較的楽しくできました。
直属の上司には、私自身の海外出張の関係もあり、早い段階で妊娠を伝えました。ラボの他の人には、妊娠12週を過ぎ、流産の可能性が減ってから話しました。子供がいる人は、病院や保育園など地域の情報を教えてくれて参考になりました。共同研究者にも、メールのついでなどに伝えたりしました。
実験は、途中で気持ち悪くなったら嫌だなと思ってあまりしませんでしたが、デスク作業もあまり集中できなかったので、もっと実験に時間を割けば良かったな…と後になって思いました。ただ、長時間の立ち仕事は早産に繋がるリスクもある[3, 4]ので注意してください。それぞれの体調に合わせて、仕事内容を決めていくのが良いと思います。体調が悪くて辛い日は研究をしないで休暇を取ることもありました。
妊娠中はなるべくコーヒーを飲まないようにしていたのですが、あまりに眠気がひどいので、途中から朝に1杯コーヒーを飲んでいました。妊娠中は1日にコーヒー1〜2杯くらいなら良いようです[5, 6]。また、15分程の軽い昼寝を取ると、その後の眠気も改善されました。
あとは、デスクワークにこのような椅子のクッションを導入しました。デスクワークを長時間続けていると、お腹の重みで腰が圧迫されて痛くなります。私はこれを使っていて、腰痛がだいぶ緩和されました。骨盤ベルトも腰痛を軽減するために使っていました。
産前休業は、出産予定日より6週間(42日)前から申請できるようですが、私はもう少し仕事をしたかったのと、有給休暇が溜まっていたので、産前には有給休暇1週間+産前休業12日間の休みを取りました。その期間も、後述するように時々大学には来ていました。
妊娠後期も、体が重くて疲れやすく、大変な時期です。この頃は動くのも大変なので、早く産まれてほしいなと思っていました。それでも大学には出勤できるほどの体調だったので、仕事が残っているのもあり、産休中でしたが結局出産予定日まで大学に来ていました…(その日の夜に破水し、次の日に産まれました)。無理したせいなのか、関係ないのか、緊急帝王切開になってしまい、あたふたしました(担当医の先生曰く、陣痛中にへその緒が首に絡まって心拍数が下がってしまったとのこと)。夫は予定日の3日前に来て、出産に立ち会うことができました。夫側からの体験記もあります[7]。
あと妊娠中にしておくことは、研究費があれば産休・育休中の在宅勤務に備えて必要なものを買い足しておくことです。産休・育休中は科研費などが使えなくなるので、妊娠中に予め買っておく必要があります。これは研究機関にもよるようで、大学によっては産休中に科研費でなく大学からの個人の研究費は使える所もあるようです[8]。所属機関によく確認してみてください。
また、保育園の見学や入園申請関連の書類の準備も、子供が産まれる前に済ませておくと後で楽です。
<国内出張>
私は妊娠中、沖縄に住んでいたこともあり、出張というと飛行機に乗るの一択でした。妊娠中は航空会社のサポートがあるので、空港のカウンターで妊娠中であることを伝えると、色々と配慮してもらえます。荷物の預けも専用のカウンターでそのまま預けられたり、保安所優先レーン、優先搭乗などが利用できます。気をつけていたことは、飛行機が混んでいると疲れるので、11時台など比較的空いている時間帯の飛行機を選ぶこと、トイレにすぐ行けるよう通路側の席を指定することなどです。また妊娠中はエコノミークラス症候群になりやすいので、飛行機の中では水を多く飲んだり、時々歩いたりしていました。
出張先でも、仕事の予定はいつもより減らして、かかる時間を多めに見積もるようにしていました。飛行機に乗った記録を見返すと、妊娠中の国内出張は6回(+私用で1回)行っており、最後の出張は妊娠23週目でした。最後の出張の時には発掘調査に参加したのですが、お腹が大きくて土を掘るのが難しく、試料のサンプリングをするのみで、発掘作業にはほとんど貢献できませんでした。出張後は、疲れが出て体調を崩す(気持ち悪い、お腹が痛い、微熱など)ことがあったので、出張の翌日は午前中あるいは1日休みを取り、普段の体調に戻すように心がけていました。
国内出張は妊娠中でも、体調が良ければ十分可能だと思います。体調を勘案して出張をセーブすることも大事ですが、妊娠中のデスクワークは眠くて捗らないことも多く、出張先の学会で人と話したり、サンプリングのために手を動かしたりする作業の方が捗る時期もありました。子供が産まれるとしばらく出張が難しくなる(特に長期出張)ので、体調が良ければ妊娠中に行くのも手だと思います。
ただし、妊娠中の体調は個人差や時期差が大きく、全ての妊婦さんが出張できる訳ではありません。体調によっては、直前に飛行機をキャンセルする場合もあるかと思います。上司や共同研究者の方々には、妊娠中の研究者の方にあまり大きな負担を強いないようにくれぐれもお願いしたいと思います。
<海外出張>
海外に出張へ行く場合、国内出張の注意点に加えて、まず妊娠・出産に関する保障をカバーする海外保険に加入する必要があります。2018年当時、私が調べた限りでは、妊婦が加入できる保険はAIU(現AIG)のみでした。現在でもAIGが妊娠をカバーする保険を出しているようです[1]。ただこの保険も妊娠21週までで、それ以降は国内の保険会社では保障してくれません。
私は妊娠32週目に業務で海外出張に行かねばならなかったので(今考えると行かなくても良かったなと思うのですが)、Bupa Globalというイギリスの保険会社の海外保険に加入しました[2]。ちなみに、海外保険は研究遂行上必要であれば科研費などで支払うことが可能です[3]。
あとは、航空会社によって、妊娠何週目まで飛行機に乗れるか、医師の診断書が必要かなど、細かな条件が異なります。各航空会社の規定などをよく確認してみてください。医師の診断書は特に必要ない場合でも、念の為持っていく方が良いかと思います。現地の産婦人科を調べておく、通話のできる現地のsimカードを購入する、移動にはバスでなくタクシーを用いるなど、移動の負担を減らしたり、緊急事態に備えました。
海外出張に関しては、妊娠後期だったのもあり、大変だった思い出しかありません。アジア圏への出張だったのでフライトは比較的楽でしたが、空港に着いて迎えにくるはずの車が来ず、手配してもらったホテルに電話して確認するも実際に来たのは1時間後でした。無事にホテルに移動して最初は学会に参加していたのですが、いつもよりお腹が張るので、必要なとき以外はほぼ部屋で休んでいたくなる体調になってしまいました。通いなれたフィールドに行く場合は勝手が分かっているので良いかもしれませんが、学会参加など行ったことのない場所に行く場合は、非常事態にも備えた上で、産婦人科医の先生ともよく相談して決めるのが良いと思います。
ちなみに私の担当の産婦人科医の先生に「妊娠中に学会等で海外に行くかもしれませんが、飛行機に乗って大丈夫ですか」と聞いたところ、「どんどん行って大丈夫よー。海外も大丈夫。沢山動いた方がいいよ」と言われました。
妊娠中の出張に関しては、以下のブログも参考になりました。
研究職ではなく、コンサルティング業界で働いている方ですが、特に出張に関する記事は共通点が多いと思います。
<食事> ※以下はあくまで私の体験談です。サプリメントなどの摂取にあたって、妊娠されている方はかかりつけの産婦人科の先生によく相談してください。
体調は研究活動に直結するので、なるべく良好に保つのが大事です。ここでは食事面に関して、どんなことに気をつけていたかを書いておきます。
妊娠中に摂取した方が良いとされる栄養素はいくつかあります。
・葉酸は妊娠前に摂取すると妊娠しやすくなり、また妊娠初期に摂取すると神経管閉鎖障害の発症リスクを低減できます[1]。葉酸は妊娠期を通じて、なるべくサプリメントや葉酸入りの食品で補うようにしていました(ただし過剰摂取にならない程度に留めていました)。
・妊娠中は貧血になりやすく、鉄分の摂取推奨量も大幅に増えます(妊娠後期は+9.5mg)[2]。私は産婦人科の先生にお勧めされてヘム鉄も摂取していました。鉄分を積極的に取るようになって、動悸や息苦しさが緩和されたと感じました。ヘム鉄は非ヘム鉄より吸収率が高いので、摂取量には注意してください(妊娠中の鉄の吸収率については[3]を参照)。
・ビタミンB6はつわりを軽減するという報告があります[4]。
・妊娠中は足がつりやすくなり、私も夜に何度か経験しました。マグネシウムを十分に摂ると、これが軽減されるという報告があります[5]。マグネシウムは、妊娠中に摂取推奨量が増えるミネラルの1つです[2]。
私は妊娠前にこれらのことを知らなかったのですが、たまたまマルチサプリメント(マルチビタミン・ミネラル)を摂取していて(1日に規定の半量くらい)、妊娠後も継続して摂取していました。また、マルチビタミンを摂っていたおかげか、気持ち悪くなることはあってもそれほどひどくなく、つわりで吐くことはほとんどありませんでした。ただし、摂り過ぎに気をつけるべきビタミンもあるので、食事を補う程度に留めたいと思い、1日分の量を減らして摂取していました。
あとは、タンパク質を意識して摂るようにしていました。妊娠中に必要なタンパク質量は多い(特に妊娠後期の推奨量は普段の+25g)ので、1日の摂取量をおおまかに計算して、十分取れているか確認していました。タンパク質は肉、魚だけでなく、大豆や小麦からも意外と摂れます。
他にもビタミン類やミネラルなど、妊娠前より摂取推奨量が増えるものがあります。詳しくは『日本人の食事摂取基準(2020年版)報告書』の妊婦・授乳婦の章を参照してください[2]。
<妊娠中の一人暮らし>
妊娠中は主に、私は沖縄、夫は関東の遠距離生活でした。私達の例のように、お互い離れて暮らしている研究者夫婦は少なくないと思います。私達の実家は関東にあり、沖縄には大学以外の知人もほとんどなく、不安もありましたが、実際にやってみるとそれほど大変ではなく、(あくまでも私の場合には)意外となんとかなりました。もちろんつわりが大変な場合や、お腹が張って安静にしていなければならない場合もあると思いますので、あくまでn=1の感想です。私の場合、自宅から勤務先の大学まで車で10分弱という負担の少ない生活スタイルだったこと、夫が時々来て家事やご飯の作り置きをしてくれたこと、つわりがあまりひどくなかったこと、研究室の上司や同僚の理解があったこと、など体調や環境に恵まれていたことが大きかったです。特に同僚や研究室の秘書さんは、「何かあったら病院に連れていったり、手助けするから言ってね」と言って頂いて、精神面でも支えになりました。また実際に、出張の際には本当に那覇空港まで車で迎えに来て頂いたりもして、とてもお世話になりました。
生活面では、家が散らかっても最低限ちゃんと食べて寝ていればOK、と思って暮らしていました。気持ち悪くなったり、眠気がひどかったりと、食事を作るのも億劫なので、一応栄養は取れる簡単なメニューが多かったです。また、ネットスーパーは特に一人暮らしの場合、頼むと便利かなと思います(とはいえ、私はそれほど使いませんでした)。あとは子育てタクシーというのにも登録していました。子育てだけでなく、陣痛や、そのほか急に病院に行かないといけない場合などに頼めるサービスです[6]。家の近くにあるタクシー会社が加盟していたので登録し、出張の際にも同じ会社を使って最寄りの駅まで送ってもらっていました。
また、夫と離れて生活していたので、妊娠期の変化が分かるように記録を付け、それを共有していました。つわりがいつまであるのか、身体的な変化などが分かって良かったようです。また、私自身もこんなことがあったな、と振り返るのに役に立ちました。
<これから妊娠を考える方に>
これから妊娠を考える女性の方は、マルチビタミン、特に葉酸を摂取するのが良いと思います。葉酸は上記のように、妊娠前〜妊娠初期に摂取していると神経管閉鎖障害の発症リスクを低減できます。また、マルチビタミンを摂取することで妊娠しやすくなるという報告もあるようです[7]。ただし葉酸摂取量は400ug/日程度で、1mgを越えてはいけません。他のビタミンに関しても、過剰摂取には気をつけてください。また、これだけで妊娠するとは限りませんので、不妊が心配な方は男女共に病院でご相談されるのが良いと思います。
育児休業に関して、ポスドク・特任助教などの有期契約労働者は、雇用元や所属機関に特例がない限り、すくなくとも2年半は雇用が継続するようなポジションでなければ、育児休業を取得できません[8, 9]。学振PDなどでは産休・育休に伴って任期を延長することができますが、日本学術振興会と雇用関係にないため、産休育休中は無休になります。また、常勤職の場合でも、新任1年目には育児休業給付金が降りず、育休中は無休になる場合があります[10, 11]。詳しくは、「産休・育休中の研究活動に関して」に書いておきたいと思います(執筆中)。
育児休業は、特にポスドクにとっては取得するのがとても厳しい制度だと感じます。女性にとって、産後8週間で仕事に復帰するのは、体力の面でも保育園の面でもとても難しいです。もちろん、雇用主と相談して数ヶ月のブランクを取ってから復帰したり、学振RPDなどに応募するという道もありますが、各自が柔軟に考え対応するしかないと感じます。今後、このような条件が緩和されることを期待したいですし、上の立場にいる先生方にはこの状況を知り、改善を呼びかけていただきたいなと思います。
<そのほか参考にしたもの>
母乳育児に関しては、以下の本が参考になりました。
『ちょっと理系な育児 母乳育児編』牧野すみれ著
出産前にざっと目を通しておいて、出産後も入院中などに読んでいました。ウェブサイトもあります。
『Expecting Better: Why the Conventional Pregnancy Wisdom is Wrong and What You Really Need to Know』Emily Oster著
妊娠に関して、evidence-basedの情報が載っています。日本語版もあります。
他の方の文章を読んで、参考になったり、励まされることが多いので、妊娠中の研究活動については、多くの方が書いてくだされば嬉しいなと思います。