用語・注釈
「腹囲」と「胴囲(ウエスト周囲径)」
厚生労働省やマスコミは「腹囲」という用語を用いていますが,本ウェブページでは "waist circumference" の訳語として「胴囲」という用語を用いています.それは以下の理由によります.
米国の基準 (NCEP, NHLBI & NIH, 2002) など,国際的な診断基準では "waist circumference" が用いられ,検討委論文 (2002) でも "waist circumference" が用いられています.メタボリックシンドローム診断基準検討委員会 (2005) ではその訳語として「ウエスト周囲径」が用いられており,その測定方法については次のように書かれています.
ウエスト径は立位,軽呼気時,臍レベルで測定する.脂肪蓄積が著明で臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定する.
メタボ健診での「腹囲」の測定位置もこれと同じです.日本では以前から慣例的にこの測定位置が用いられているようです.
AIST人体寸法データベース (河内・持丸, 2005) などによると,
「胴囲」(waist circumference)
「腹囲」(abdominal circumference)
と訳語が異なります.また両者の測定位置も異なっています(厳密には「臍位腹囲」「最小胴囲」というのもあるようです).胴囲の方が臍の位置に近く,腹囲は胴囲よりも少し下側(腸骨稜の付近)になります.
厚生労働省が「腹囲」と呼ぶようにしたのは,内臓脂肪の蓄積をメタボリック・シンドロームに関連付けるためかもしれませんが,いずれにせよ,「胴囲」 (waist circumference) と「腹囲」は定義・測定位置が異なるものであり,用語の乱れは気になります.
ついでに言うと,厚生労働省は「メタボリック・シンドローム」を日本語で「内臓脂肪症候群」と呼んでいます.やはり内臓脂肪の蓄積と関連付けるためかもしれませんが,これは誤訳であると考えます.「メタボリック」 (metabolic) は「代謝」を意味しますから「代謝異常症候群」とでも訳すべきです.このような用語の乱れも「メタボ=肥満」という誤った認識につながっているのではないでしょうか.
診断検査:感度・特異度
ある病気についての診断検査の能力を測るためには,あらかじめその病気の有無の状態が分かっている人にその診断検査を実施します.その結果が上表のようにまとめられているとしましょう.
診断検査の能力を表す代表的な測度が感度・特異度です.
- 感度:d/(c+d)・・・病気の人を正しく陽性と診断する割合
- 特異度:a/(a+b)・・・病気でない人を正しく陰性と診断する割合
感度・特異度が大きいほど診断検査の性能が良好といえます.ただし,一般に陽性の診断を増やして感度を大きくすると特異度は小さくなり,逆に陽性の診断を減らして特異度を大きくすると感度が小さくなります.
何らかの連続な測定値に基づいて診断検査が行われる場合,検査の能力をグラフで表したものが ROC曲線 (receiver operating characteristic curve) です.これは2次元平面上に (1-特異度)と感度の値をとり,診断基準(分割値)を変化させたときに点の軌跡を描いたものです(左図).ROC曲線は2点 (0,0), (1,1) を結ぶ曲線です. ROC曲線が両端の2点を結ぶ線分から左上に離れるほど,診断検査の性能が良好であるといえます. 検討委論文や我々の解析では,「肥満関連異常の項目数が2以上」のときメタボリック・シンドロームとみなし,BMI, VFA, 胴囲の各測定値を診断基準とした場合の感度・特異度を考えています.
本稿では単純に感度と特異度の合計を最大にするような診断基準を求めていますが,本来は診断検査にかかるコストを考慮して最適な診断基準を求めるのが一般的です.
分割表解析(独立性・関連性の検定)
簡単のため,右の分割表のうち,非肥満群のみを抜き出し,VFAと異常項目数のみに着目した,以下の分割表(男女併合)について説明します(実際に検討委論文でも行っています).
二つの因子(VFAと異常項目数)の間に関連があるかどうかを検証したいときに,独立性・関連性の有意性検定という手法を用います.まず,「VFAと異常項目数は関連がない(独立である)」という仮説(帰無仮説)を立てます.そして,帰無仮説が真であると仮定するとき,得られているデータが生起しうる確からしさを p値によって確率的に評価します.
最も有名でよく用いられるのはカイ二乗検定という方法です.これは
〔(観測度数-期待度数)の2乗/期待度数〕の総和
という量を求めます(簡単のため Yates の連続補正は考えないことにします).ここに,
- 観測度数・・・上表の黄色のセルの数字
- 期待度数・・・帰無仮説が成り立つとして,周辺度数(上表の緑色のセルの数字)を各水準の比率に分けた値
- 例えば(0個,VFA<100)のセルでは 429×254/589≒185 と計算される.
です.この統計量は近似的にカイ二乗分布という確率分布に従うことが知られています.データから計算されたカイ二乗統計量の値よりも大きい値を得る確率(p値)が極端に小さい場合に,帰無仮説を棄却します(すなわちその仮説が成り立つとすれば矛盾が生じると考えます).上表の例では,カイ二乗統計量の値は 16.2091 となり,カイ二乗分布(自由度2)の上でこれより大きい値を得る確率(p値)は0.001よりもはるかに小さいので,帰無仮説は棄却されます.すなわち,VFAと異常項目数には関連があることが認められます.
カイ二乗分布による近似が良好でない場合(あるセルの度数が極端に小さい場合)は,Fisher の正確検定法を用いるのが望ましいとされています.我々の解析ではこの正確検定法を用いています.
交絡因子による層別
前項の分割表では,VFAと異常項目数の独立性が棄却されました.これを男女別にすると,次表のようになったとします(極端な仮想データです).
正確検定法による p値は,男性 0.731, 女性 0.558 となり,男女ともVFAと異常項目数の間に関連は認められません.
分割表データの解析では,両方の因子に共通して作用する因子(交絡因子)の存在を考慮しなければなりません.性別はその典型です.ひどいときには,男女別にすると各水準の比率が逆転することもあります(Simpson の逆説とよばれます).交絡因子(性別)による層別は疫学の教科書では基礎として必ず扱われています.にも関わらず,検討委論文がこれを怠ったことが,胴囲診断基準を誤らせる結果につながったと言えるでしょう.
回帰モデルと変数内誤差モデル
変数の組 (X, Y) が観測されていて,Y を X の式で表すとき,これを Y の X への回帰といいます.このとき Y を応答変数,X を説明変数などとよびます.
最も単純な回帰モデルは線形回帰モデルで,Y を X の一次式で次のように表します.
線形回帰モデル
Y=α+βX+(誤差)
ここで注意したいのは,誤差は応答 Y のみに含まれるという点です.つまり,誤差はグラフ上でY方向に与えられます.
データが得られているとき,最小二乗法などによって回帰係数 α, βが推定され,回帰直線が得られます.
X, Y がともに(制御変数でなく)観測された変数であれば,反対に X の Y への回帰を考えることも可能です.このとき,X の Y への回帰直線は Y の X への回帰直線とは異なり,両者は X, Y の平均座標で交わります.
他方,変数内誤差モデルでは,観測値の組 (X, Y) がともに測定誤差を含み,潜在的な (X, Y) の値(真値とでも呼んでおきます)の間に直線関係が成り立つと考えます.
変数内誤差モデル
(Yの真値)=α+β×(Xの真値)
(Yの測定値)=(Yの真値)+(誤差)
(Xの測定値)=(Xの真値)+(誤差)
係数α, βの推定値は少し複雑です.なお,X と Y の誤差分散の比を与える必要があります.
推定される直線 Y=α+βX は2本の回帰直線(Y の X への回帰,X の Y への回帰)の交点を通り,傾きは2本の回帰直線の傾きの間の値をとります(本文参照).
検討委論文では,VFA と胴囲の対応関係を調べようとしているわけですが,VFAにも胴囲にも個人差や測定誤差が含まれていますから,回帰分析の使用は妥当でないと考えます.