研究

研究分野: 非平衡統計力学

*孤立量子多体系の熱平衡化現象

孤立系がどのように熱平衡状態に達するかをミクロな動力学から理解することは、統計力学の基礎づけに関する重要な問題です。近年、冷却原子系などを用いた実験技術の発展により、ほとんど孤立した量子系のダイナミクスを制御・観測できるようになりました。それに触発され、孤立量子系での熱平衡化の機構や条件が理論的にも急速に理解されています。



・Few-body物理量の非典型性(参考:上田先生によるKITPでの発表

熱平衡状態への緩和の必要条件として固有状態熱化仮説 (eigenstate thermalization hypothesis または ETH)という仮説が注目されています。ETHは「小さなエネルギーシェル内では、その中に属するエネルギー固有状態で物理量を挟んだ期待値がほぼ等しい」という仮説で、多くの非可積分系とfew-bodyの物理量について数値的に確認されています。ETHは、エネルギー固有状態と物理量の固有状態が(ユニタリーハール測度の意味で)ランダムな方向を向くと仮定すれば正当化できます(典型性の議論)。しかし我々はエネルギーシェルが指数的に小さくない場合(例えばミクロカノニカルシェルなど)、ナイーブな典型性の議論が(通常興味のあるような)few-bodyの物理量についてはほとんどの場合に適用できないことを数学的に示しました。


R. Hamazaki and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 120, 080603 (2018). [arxiv:1708.04772]



 ・局所相互作用系でのETHの普遍性

上で述べたように、ナイーブな典型性の議論はfew-body系(あるいは局所相互作用系)では成立せず、ETHの正当化にはなりません。そのため、局所相互作用系でどれほどETHが普遍的に成立するか、というのは以前非自明な問題でした。我々は、局所相互作用をランダムにした集団を考え、その集団内のほとんどのサンプルについて、ETHが成立することを数値的に示しました。これは、現実的な系で普遍的にETHが成立する初めての証拠になっています。


S. Sugimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 126, 120602 (2021). [arXiv:2005.06379]



・長距離相互作用系におけるETHの振る舞い

さらに上で述べた結果が、べき的に減衰する長距離相互作用でどのように変化するかも調べました。その結果、べき指数aが0.6より大きいところでは、ETHが成立するという強い証拠を得た一方で、aが0.5より小さいところでは、20スピンまでの範囲でETHの兆候は見られませんでした。これはa=0の場合に存在する対称性(これによりa=0ではETHが敗れることが示される)が、有限のaでも実験的に重要な比較的大きなサイズまで近似的に影響し、ETHを妨げることを意味しています。

          

S. Sugimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 129, 030602 (2022). [arXiv:2111.12484]

また、これら先行研究の結果は、興味ある物理量が「全て」熱平衡化するというかという問いには答えられません。もちろん、本当に全ての物理量を許せば、ETHを破る物理量は必ず作れてしまいます。一方、統計力学で興味ある物理量は、相加物理量やその揺らぎ、あるいは冷却原子系で観測される運動量分布など、few-bodyの物理量として書かれます。我々は、few-bodyの度合いが決まると、対応する物理量全てに対しETHが成立するかを(ハール測度で分布した固有状態を持つ)典型的な系に対し検討しました。その結果、few-body物理量全てに対し、ETHが成立することを示しました。つまり、典型的な系で、相加物理量やその低次の揺らぎは全てETHを満たします。


S. Sugimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda. [arXiv:2303.10069]


・弱磁場下の横磁場Ising模型に現れるHilbert space fragmentation

多くの量子多体系の中でも、横磁場Ising模型は最も基本的な模型の一つです。一方、高次元においてはこの模型は非可積分となりその取り扱いは特に難しく、特に熱平衡化に関しては理解が進んでいませんでした。我々は、高次元横磁場Ising模型の弱磁場極限では、近年発見されたHilbert space fragmentation (HSF)という機構により、熱平衡化が起こらなくなることを解析的に示しました。HSFとは、ダイナミカルな束縛などに起因してHilbert空間が非自明な(通常の局所保存量では説明できない)分割を起こすことで、ETHおよび熱平衡化を妨げます。なお、今までのHSFの仕事の多くは二つ以上の保存則に基づいていましたが、今回のHSFはdomain壁という一つの保存則によって起こります。


A. Yoshinaga, H. Hakoshima, T. Imoto, Y. Matsuzaki, and R. Hamazaki. Phys. Rev. Lett. 129, 090602 (2022).  [arXiv:2111.05586]


・Hilbert space fragmentationにより保護された量子メトロロジー


量子多体系のコヒーレンスを制御し、それによるアドバンテージを生かすというのは量子技術の鍵になってきます。重要な例の一つとして、適切な量子コヒーレンスを持つ状態を用いた量子センシングの感度(Heisenberg限界)は、コヒーレンスのない状態を用いた場合の感度を高めることが知られています。しかし、実際に量子多体系を用いてセンシングを行おうとすると、相互作用の問題が生じます。すなわち、適切に相互作用を用いるとコヒーレンスやエンタングルメントを生成できますが、一般には相互作用は時間と共にそれを壊してしまいます。量子多体系では、相互作用による熱平衡化が起こってしまうわけです。


我々は、強い近接Ising相互作用を持つ高次元量子多体スピン系において、HSFによってコヒーレンスが保持されることで、弱い横磁場の量子センシングが安定的に行えるということを示しました。この手法はIsing相互作用の非一様性や付加的な縦磁場、次近接の相互作用などの摂動に対してロバストです。具体的方法としては、全系をプローブスピンとそれを囲む補助スピンにわけます。すると、補助スピンの初期配置をうまく選ぶと、それらは時間と共に変動しない(凍った)領域となります。一方で、プローブスピンは補助スピンと完全に分離することが示されます。プローブスピン同士は補助スピンで隔たれているので、それらには相互作用は働かず、安定的なセンシングを行うことができます。


A. Yoshinaga, Y. Matsuzaki, and R. Hamazaki.  [arXiv:2211.09567]



・示量的な数の対称性を持つ非可積分系の一般化Gibbs分布

孤立量子系の長時間後の定常状態は、エネルギーのみをもつ非可積分系においてはカノニカル分布で記述される一方、可積分系においては一般化Gibbs分布という付加的な保存量を指定した分布を用いる必要があることが期待されています。我々は、この中間的な場合である、幾何学的な対称性によって保存量を多く持つ非可積分系の緩和を調べました。その結果、対称性が示量的な数だけ存在する場合は一般化Gibbsを用いる必要があることを明らかにしました。

R. Hamazaki, T. N. Ikeda, and M. Ueda. Phys. Rev. E 93, 032116 (2016). [arxiv:1511.08581]



高次対称性と熱化

近年、主に高エネルギー物理の文脈で、高次対称性と呼ばれる一般化された対称性が注目されています。通常の対称性は、対称性演算子はd次元ですが、p次の高次対称性ではd-p次元となります。しかし、こうした高次対称性がダイナミクスにどのような影響を及ぼすかは理解が進んでいません。
我々はいくつかの仮定の下、高次対称性のある系では、多くの(d-p)次元の物理量が(熱平衡化の十分条件を与えることが知られる)ETHを破るということを示しました。なお、我々の結果はp=0の通常の対称性でも成立しますが、高次対称性(p>0)の場合に限り、ETHを破る物理量が系のサイズ(d次元)よりも遥かに小さい、すなわち熱浴が十分大きくても対称性によって熱平衡化が破れる、ということができます。


特に、このことを2次元のZ2格子ゲージ理論によって検証しました。この模型は1次対称性が存在し、非局所な保存量を与えます。一方、保存量でない非局所な物理量も、ETHが破れます。こうした非局所な物理量は、通常の統計力学の範疇を超えますが、ゲージ理論等で重要な役割を果たします。同時に、局所物理量は対称性の存在に関わらずETHを満たすことが数値的に確認できます。これらの帰結により、局所物理量はカノニカル分布へと緩和しますが、上記の非局所物理量は高次対称性を加味したGGEによって記述されるということがわかりました。

O. Fukushima and R. Hamazaki, arXiv:2305.04984

*量子カオス、量子古典対応、ランダム行列理論

量子系におけるカオスをどのように特徴付けるかは古くからの問題です。先行研究として、ハミルトニアンの種々のスペクトルの統計によってカオスを特徴付ける方法(エネルギー準位の隣接間隔分布など)や、ダイナミクスからカオスを特徴付ける方法、例えばLoschmidt echoやout-of-time-ordered correlator (OTOC) などがあります。

しかし、これらの指標がどのように関わっているかは部分的にしか明らかになっていません。


・非可換性と不可逆性の関係

カオスの伝統的な指標として、時間反転操作に対する不可逆性があります。状態をある時間まで時間発展させ、次に同じ時間だけ逆戻しすることを考えましょう。この操作が完全ならば系は初期状態に戻りますが、時間反転の前や途中に摂動が入ると、カオス系では元の状態から大きく異なる状態が得られると期待されます。一方、近年のカオスの新しい指標として、異時刻の演算子の交換子の二乗平均が注目されています。この量は量子系特有の非可換性を表しますが、半古典極限を持つ量子カオス系では古典カオスを反映した指数的増大を示すことが知られています。


我々は、局在した非平衡状態に対しては、この一件異なる二つの動的なカオスの指標(時間反転後の不可逆性と演算子の非可換性)が等価であることを予想しました。この予想を、quantum kicked rotorモデルと局所相互作用する量子多体系で確かめました。なおこの結果は、局在した非平衡状態に対しては従来と異なる形のOTOC(非時間順序相関関数:通常の時間相関では書けない形の異時刻相関)が非可換性の増大に重要であることも示唆しています。


R. Hamazaki, K. Fujimoto, and M. Ueda. [arXiv:1807.02360]



・対称性の変化する非可積分系におけるランダム行列的振る舞い

量子カオスの指標として最も多く用いられてきたものがハミルトニアンの固有値・固有状態などの統計的性質です。近年特に注目されている仮説として、局所相互作用する非可積分な量子多体系のスペクトルの統計がランダム行列で記述されるというものがあります。この仮説は多くの異なるモデルで確かめられているものの、ランダム行列の文脈で重要な反ユニタリー対称性(時間反転対称性など)が異なるクラスに対し系統的に調べた研究はありませんでした。


我々は、反ユニタリー対称性による三種類のクラスをパラメータによって変化できる、一次元の局所相互作用のみを持つ非可積分なスピン模型を提案しました。この模型を数値的に調べ、異なる対称性に対する固有値間隔と行列要素の分布が対称性を考慮したランダム行列の予言でよく記述できることを示しました。


R. Hamazaki and M. Ueda. Phys. Rev. E 99, 042116 (2019). [arXiv:1901.02119]



・非エルミートランダム行列における "threefold way"

Dysonはエルミートランダム行列を時間反転対称性(複素共役操作)に関して三種類のクラスに分類し、これに応じて準位間隔分布などの局所スペクトルの統計が三種類の異なる普遍性を持つことを示しました(Dyson's threefold way)。一方、非エルミートランダム行列理論においては、局所スペクトルの統計の普遍性は時間反転対称性の有無で変化せず、そのため一種類しか知られていませんでした。


そこで、我々は複素共役操作と転置操作が非エルミート系では非等価であることに注目しました。その結果、転置操作に対する対称性に関するランダム行列のクラスで新しい普遍的な準位間隔分布が発現すること、これが非エルミート行列におけるthreefold wayに対応することを(Dyson's threefold wayとの相違点とともに)指摘しました。


R. Hamazaki, K. Kawabata, N. Kura, and M. Ueda. Phys. Rev. Research, 2, 023286 (2020). [arXiv:1904.13082]


*非平衡ダイナミクスにおける普遍性

非平衡状態は平衡状態には存在しない多彩な物理現象を含んでいます。

これらの現象の中にも、系の詳細に依存しない普遍性が存在する場合があることがわかっています。


・一次元強磁性孤立スピナーボーズ気体の秩序化過程における新奇な普遍クラス

(対称性の破れた相などにおいて)系に複数の秩序が存在し、それらが場所ごとにドメインを作っているとしましょう。初めは小さなドメインでも、時間が経つと移動や衝突により大きくなっていきます。この現象は秩序化過程と呼ばれます。秩序化過程では、系の情報(たとえば同時刻相関関数)は時間ごとの特徴的な長さスケールL(t)で特徴付けられることが知られており、L(t)の時間依存性により秩序化過程の普遍性クラスを特徴付けることができます。


我々は、一次元かつ孤立した冷却原子系では、ドメインペア同士の衝突が秩序化過程を支配することを見出しました。そしてこの系は、散逸系で知られていた普遍性クラス(L(t)はべきや対数的増加となる)と異なる新奇な普遍性クラス(L(t)は指数積分を用いて表される)に属することを解析計算・数値計算を用いて発見しました。


K. Fujimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 120, 073002 (2018). [arxiv:1707.03615]



・一次元反強磁性孤立スピナーボーズ気体の非熱的固定点

上記の秩序化過程を始め、臨界点から離れた非平衡状態にも動的なスケーリング則が現れることが様々な物理現象で見られます。これを統一的に理解するために、十分強い非平衡性を持つ異なる初期状態が同じ非平衡状態(固定点)に一定時間漸近し、そこで自己相似なダイナミクスを起こすという非熱的固定点(non-thermal fixed point)のアイデアが近年提唱されました。我々は、一次元反強磁性孤立スピナーボーズ気体の強いクエンチダイナミクスにおいて、磁気ソリトンの新奇な束縛状態(flemish string)による非熱的固定点が現れることを発見しました。


K. Fujimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 122, 173001 (2019). [arxiv:1812.03581]



また、この研究でも重要な役割を果たす磁気ソリトンを、Georgia Techの実験グループとともに冷却原子系で観測しました。


X. Chai, D. Lao, K. Fujimoto, R. Hamazaki, M. Ueda, and C. Raman. Phys. Rev. Lett. 125, 030402 (2020). [arXiv:1912.06672]



・強く相互作用するボーズ気体におけるFamily-Vicsekスケーリング [日本物理学会誌での解説記事]

古典系においては、界面成長の高さゆらぎにFamily-Vicsekスケーリングと呼ばれる時空間の自己相似則が成り立つことが知られていました。我々は、強く相互作用する量子多体系(スピン1/2やスピン1で実効的に記述できるようなBose-Hubbard模型)においてもFamily-Vicsekスケーリングが現れることを初めて示しました。興味深いことに、このスケーリング則を示す「ある点での界面成長の高さ」は、その点のスピンそのものでなく、ある起点からその点までのスピンの和として定義されます。


K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi. Phys. Rev. Lett. 124, 210604 (2020). [arXiv:1911.10707]


同様に、乱れた自由フェルミオン系でも非局在相であれば高さ揺らぎとエンタングルメントにFVタイプのスケーリングが現れること、特にランダム二量体模型では、部分的な局在の効果により異常な普遍クラスが現れることを示しました。


K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi. Phys. Rev. Lett. 127, 090601 (2021). [arXiv:2101.08148]

プレスリリース 「乱れた量子系における粒子数揺らぎと量子もつれの成長則を発見 -コーヒーの染みの広がりとの意外なつながり-」

マイナビニュースでも取り上げていただきました。


さらに、開放量子系では、散逸が量子系のコヒーレントなダイナミクスを大きく変化させることがあります。

我々は、量子系の界面高さの増大に付随するスケーリング則が散逸によって新しいものになるということを発見しました。具体的には、自由粒子系にon-siteのdephasingを加えると、この量の従うスケーリング則(Family-Vicsekスケーリング)が、弾道的な指数を持つものから拡散的指数を持つものへと変化することを発見しました。重要な点として、今回の手法では開放量子多体系であるにもかかわらず、比較的大きな系の数値計算、さらには繰り込み群の手法を用いた解析計算ができます。特に、Family-Vicsekスケーリングの指数を解析的に説明したのは量子系では初めての例です。さらに、この手法により、Family-Vicsekスケーリングにおけるスケーリング関数が典型的な拡散を示すEdward-Wilkinsonモデルのスケーリング関数とは異なる新しいものになることも議論しました。


K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi. Phys. Rev. Lett. 129, 110403 (2022). [arXiv:2202.02176]



*非平衡統計力学に関する厳密な法則

非平衡統計力学は未だ完全な理解から程遠い状況にあります。こうした状況下で、非平衡系で成立する厳密な結果や法則を見つけることは重要な意味を持ちます。


・非平衡量子系における「不等式」に関するレビュー

非平衡系を理解することは物理学の重要な問題ですが、特に近年、その法則を支配する「不等式」の重要性が理解されてきています。このレビューでは、こうした非平衡系(特に量子系)における様々な不等式について、基本的なところから最新の結果まで解説しました。取り扱っている内容は、speed limit, quantum thermalization and equilibration, Lieb-Robinson bound, entanglement generation, error bounds for approximate dynamicsなどです。


Z. Gong and R. Hamazaki. International Journal of Modern Physics B [arXiv:2202.02011]


・マクロな遷移を伴う速度限界

MandelstamとTammは1945年に、ある量子状態がユニタリー時間発展により別の状態へ遷移する速度が、系のエネルギー揺らぎを用いて抑えられることを示しました。それ以来、こうした状態の速度限界は量子系・古典系問わず活発に研究され、また量子制御などへの応用にも活用されてきました。一方、従来の速度限界の多くは、マクロな遷移を含む過程には直接的に用いることができません。例えば、粒子がある場所から別の場所へ輸送される状況を考えると、Mandelstam-Tamm限界は発散してしまいタイトな不等式を与えてくれません。


本研究では、確率の局所保存則に基づき、マクロな遷移に対して有効な速度限界を導く一般的なフレームワークを与えました。系を一般のグラフ上に乗せ、そのグラフ上で定義される物理量の速度がその量の「(グラフ上の微分を用いて表される)滑らかさ」と、局所的な確率流を用いて表されることを示しました。特に、ユニタリー量子系の場合は、遷移ハミルトニアンの期待値が大きくなると(量子位相差が抑制され)速度限界が小さくなりうることを発見しました。さらに、同様な速度限界が(物理量期待値に限らず)マクロな量子コヒーレンスに対しても適用できることを示しました。また、このフレームワークは古典や量子のマクロ遷移を伴う確率過程にも適用できることを示しました。

        

R. Hamazaki, PRX Quantum 3, 020319 (2022). [arXiv:2110:09716]



・複数の物理量に対する速度限界
既存の(物理量ベースの)量子速度限界は一つの物理量に対する議論です。もし他の物理量(保存量や、実験的に測定しやすい量など)の情報を知っていれば、それを用いてよりタイトな不等式を得られるはずです。なお、このような「複数の物理量に対するダイナミクス」は(保存量による異常輸送など)他の文脈では自然な問題ですが、平衡から遠く離れた量子ダイナミクスに関しては研究が進んでいません。


これに対し本論文では、複数の物理量の期待値の速度のセットを表すベクトルに対し、それが満たす量子速度限界(quantum velocity limit)を導入しました。この応用として、(I)保存量の存在がどのように速度限界をタイトにするか、(II)他の物理量の知識を用いた物理量の速度の非自明な下限、(III)相関のない物理量の速度を同時に大きくできないというトレードオフ関係、(IV)多体系でも有効な速度限界、などを議論することができます。

R. Hamazaki, Phys. Rev. Research 6, 013018 (2024). [arXiv:2305.03190]



・束縛ダイナミクスにおける普遍的な誤差上限

例えば量子系でエネルギースケールに十分大きなギャップが開いているときは、実効的な物理は低エネルギー理論によって近似できます。この有効理論によりダイナミクスも近似できますが、実際には時間とともに誤差が蓄積し、近似は悪くなっていくと考えられます。我々はこうした束縛ダイナミクスにおける誤差について、普遍的に成り立つ誤差の上限を厳密に示しました。これは束縛ダイナミクスの(ある時間スケールまでの)妥当性を数学的に保証する初めての結果になっています。


Z. Gong, N. Yoshioka, N. Shibata, and R. Hamazaki. Phys. Rev. Lett. 124, 210606 (2020). [arXiv:2001.03419]

Z. Gong, N. Yoshioka, N. Shibata, and R. Hamazaki. Phys. Rev. A 101, 052122 (2020). [arXiv:2001.03421]


・非線形進化・生態ダイナミクスにおける速度限界

非線形系はカオスや分岐など多彩なダイナミクスを示しますが、それの従う一般的法則を見つけることは重要な問題です。我々は、進化・生態モデルにおける非線形系に着目し、物理量の(適切に定義された)速度に対する(Fisher情報量による)上限を導きました。この上限は、進化の文脈でよく知られているFisherの基本定理(種の増加率の平均の速度はその分散に等しい)の一般化を与えます。また、分岐点近傍において、速度とその情報論的上限がスケール普遍性を示すことを見出しました。そして、この速度のスケーリング則に付随する指数が分岐のタイプのみから決まる普遍的なバウンドを持つことを議論しました。例えば、速度の減衰のべきの下限は(系の詳細によらず)transcritical分岐では1/2、Hopf分岐では3/2などであることがわかります。我々の一般的結果は、進化モデル、SIRモデル、Lotka-Volterraモデルなどで確かめられました。


K. Adachi, R. Iritani, and R. Hamazaki. [arXiv:2202.02028]


*新奇な非平衡量子相

量子系のダイナミクスが冷却原子系、トラップイオン系、cavity QED系などさまざまな量子シミュレータで実現されるようになったことに伴い、Many-body localized (MBL)相(Anderson局在の多体系への拡張)やFloquet time crystal相など、熱平衡状態では存在しない量子相も予言・実現されています。


・周期駆動量子多体系における例外点的な動的相転移

平衡状態での相転移は自由エネルギーの特異性によって特徴付けられますが、近年、温度の代わりに時間を用いて定義された「動的自由エネルギー」が特異性を持つ場合があることが発見されました。この量は、量子系においては時間発展後の再起確率に対応します。


私はユニタリーな周期駆動系におけるこの転移の新しいメカニズムとして、隠れた反ユニタリー対称性の自発的破れに起因した「例外点的な動的相転移」を提唱しました。この転移は、動的自由エネルギーの平衡状態では存在し得ない強い特異性や、一般化相関と呼ばれる量に関する相関長の発散および振動的な長距離秩序を伴います。元の周期駆動系があるパラメータ条件を満たすとき、それを時空間双対に関して変換することで得られる非ユニタリー演算子が反ユニタリー対称性を持ちます。この隠れた反ユニタリー対称性が自発的に破れる(すなわち固有状態が対称性に対し不変でなくなる)とき、例外点と呼ばれるスペクトル特異性が発生し、元の模型で動的相転移を引き起こすことを示しました。


R. Hamazaki. Nature Communications 12, 5108 (2021).  [arXiv:2012.11822]

プレスリリース「新しいメカニズムによる動的量子相転移を発見 -反ユニタリー対称性の自発的破れ-」 [arXiv:2012.11822]

マイナビニュースでも取り上げていただきました。


・Lindblad系におけるmany-body localization

開放量子系の典型的な記述として、マルコフ近似等を施して得られるLindblad方程式があります。こうした散逸を入れた開放量子系におけるMBLも重要な問題として注目されていますが、従来の研究は孤立系のMBLの構造(準局所保存量など)が散逸によりどのように残るかなどに注目しており、開放系特有のシャープな転移が存在するかは明らかになっていませんでした。


我々は、乱れた開放量子系特有の新しい局在転移を発見しました。具体的には、Lindblad方程式で表される乱れたIsingスピン系において、Lindblad超演算子の固有値・固有状態行列の統計が乱れによって転移を起こすことを示しました。特に弱い乱れでは、非エルミートランダム行列理論の普遍的統計が現れ、強い乱れでは、固有状態行列の非対角部分に関する多体局在が起こります。そして、この「Lindbladian MBL」が起こると、ランダム行列相で存在していた多体デコヒーレンスが妨げられ、量子コヒーレンスの減衰率がロバストな値に固定されるという頑健性を発見しました。この転移は、固有値の間隔分布の統計や、固有状態の演算子空間エンタングルメントなどでも特徴付けることができることも明らかにしました。


R. Hamazaki, M. Nakagawa, T. Haga, and M. Ueda. [arXiv:2206.02984]



・非エルミート系におけるmany-body localization

通常のエルミートな量子系ではスペクトルの実性が保証されますが、(実験的には連続測定下の事後選択された量子開放系を記述する)非エルミート系でも固有値が実になる場合があります。特に重要なクラスであるHatanoとNelsonによるAnderson局在と時間反転対称性を持つ模型は非エルミート性の強さを変化させると固有値の実・複素転移が生じます。一方、今までの研究では相互作用のない一粒子スペクトルの研究が中心であり、相互作用の効果が多体スペクトルの構造にどう影響するかは不明でした。


我々は、非対称ホッピングを持つ相互作用する乱れた系において乱れを強くすると、固有値の実・複素転移が多体のスペクトルのレベルで起こること、それが系の動的安定性を劇的に変えることを発見しました。そして、この転移がmany-body localizationによって引き起こされることを見出しました。また、時間反転対称性がない非エルミート模型(粒子のgainとlossがある模型)は、many-body localizationは起こるものの実・複素転移は起こらないことも見出しました。


R. Hamazaki, K. Kawabata, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 123, 090603 (2019).  [arXiv:1811.11319]


なお、こうした非エルミート量子系の冷却原子系での実験として、PT対称な系も実現されています。


Y. Takasu, T. Yagami, Y. Ashida, R. Hamazaki, Y. Kuno, Y. Takahashi. Progress of Theoretical and Experimental Physics, ptaa094 (2020). [arXiv:2004.05734]


JPS Hot Topicsによる解説動画



・観測下における乱れた量子多体系の局在

連続測定で量子ジャンプも含めて考えると、乱れによる局在の効果にくわえ、測定による波動関数の局在の効果も現れることが知られています。乱れがない場合には、こうした測定による局在は、定常状態のエンタングルメントエントロピーなどで特徴付けられる測定誘起相転移を示すことが知られています。それでは、乱れによる局在と観測による局在が競合する場合は何が起こるでしょうか?我々は観測下の乱れた多体系を、特にその動的性質に着目し調べました。その結果、観測が強いレジームと、観測が弱いが強い乱れが存在するレジームは動的に異なる性質を持つことがわかりました。

すなわち、両者のレジームも定常なエンタングルメントエントロピーは面積則を示しますが、二つの量子トラジェクトリー状態(ランダムな観測の結果を追随して得られる状態)間のフィデリティをとると、後者の場合のみ特徴的なべき的減衰を示すことがわかりました。また、通常、観測誘起相転移の検証には所望の量子トラジェクトリーについての事後選択を行う必要があり、このことは実験的な困難となっていました。一方、我々は今回の系を含む幅広い連続観測下の量子系で、ユニタリーな操作のみを用いることで多くの物理量を事後選択なしに再現できる手法を考案しました。

K. Yamamoto and R. Hamazaki. Phys. Rev. B 197, L220201 (Letter) [arXiv:2301.07290]


・量子開放系における離散的時間結晶

周期Tで駆動されているにもかかわらず、多体効果によって周期nT(n=2,3,...)を持つ物理量の振動が安定化されるような量子多体系を離散時間結晶と言います。離散時間結晶はこれまで孤立量子系でのみ実現されており、開放系では不安定になると考えられていました。我々は、cavity QEDなどで実現されているopen Dicke modelを周期的に駆動した場合の時間発展を調べました。その結果、原子数が非常に多い場合は半古典的な分岐を反映して、異なる幾つかの離散時間結晶の相が安定化されることを発見しました。また、原子数が有限で量子効果が強い場合でも、相互作用が強い場合に限り、離散時間結晶の相が散逸によって指数的に長い時間まで安定化されることを見出しました。


Z. Gong, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 120, 040404 (2018). [arxiv:1708.01472]



*量子開放系のダイナミクス・非平衡定常状態の理解

ETHを満たす孤立量子系および詳細釣り合いの原理が成り立つような量子開放系では非平衡状態は時間とともに熱平衡状態に緩和します。一方、詳細釣り合いを満たさない量子開放系は一般には非自明な非平衡状態を定常状態として持つため、近年の実験技術(観測技術・散逸の制御技術など)にも触発され、理論的研究が急速に発展しています。


・非ユニタリーボゾンサンプリングにおける複雑性転移

非エルミート量子力学は開放量子系の記述の一つとしてここ数年盛んに研究がなされており、光学系などをはじめ多くの実験も存在しています。しかし、非エルミート量子力学、あるいは非ユニタリーダイナミクスがどれほど量子的な性質を持っているか、という基本的な問いはこれまでほとんど議論されてきませんでした。

ユニタリーな場合においては、量子的な性質は計算複雑性の観点で議論できます。特にボゾンサンプリングの問題では、量子光学系に入射したボゾンのアウトプットの分布を考えます。この分布が量子的にはサンプルでき、古典的には効率よくサンプルできない場合には、ある種の量子超越性を意味します。

我々は、非ユニタリーな量子光学系でのボゾンサンプリングを考え、計算複雑性に関する新奇な転移とともに、非ユニタリー性が古典的な性質を強固にすることを見出しました。特に、非エルミート性に特有のPT対称性の破れが、計算効率の転移と大きく関わります。まず、PT対称性が保たれているときは、光子分布が独立な粒子の分布と同一視でき、そのため古典的に効率よくサンプル可能な相から、ある時間スケールでそのアルゴリズムによる効率の良い計算が不可能になる相にうつるという、一つの動的転移があります。一方、PT対称性が破れると、上記の転移の時間スケールが急激に伸びます。さらに、長時間後で再び古典的に効率よくサンプル可能な相へとうつる二つ目の動的転移が現れることを発見しました。


K. Mochizuki and R. Hamazaki. Phys. Rev. Research 5, 013177 (2023). [arXiv:2207.12624]



デコヒーレンスを記述する「準粒子」インコヒーレントン

開放量子多体系の非平衡ダイナミクスは、ハミルトニアンによるコヒーレントな寄与と散逸によるデコヒーレンスの競合により、複雑なものとなります。我々は、こうした系のデコヒーレンスなどを記述する「準粒子」(インコヒーレントン)を導入しました。


インコヒーレントンは開放系のLindblad方程式に関するLiouville演算子の固有状態に現れます。こうした固有状態はbra空間とket空間の直積の上で定義されますが、インコヒーレントンはその二つの空間の束縛状態で、その存在はコヒーレンスが小さいことを意味します。散逸の強さを強くしていくと、インコヒーレントンが構成される束縛転移が起きます。この時、ダイナミクスに関し、コヒーレントな寄与が支配的なレジームからインコヒーレントな寄与が支配的なレジームに変化します。さらにこの時、通常の孤立系の量子相転移で固有値ギャップが閉じるのと同様、Liouville演算子の固有値の構造にも変化が現れることを発見しました。すなわち、インコヒーレントンの生成に伴い、(定常状態付近には限らず)固有値スペクトルにギャップがあらわれます。こうしたギャップ構造やインコヒーレントンの生成過程は、ダイナミクスの段階的緩和を理解することにつながることも議論しました。

T. Haga, M. Nakagawa, R. Hamazaki, and M. Ueda. [arXiv:2211.14991]



・ニューラルネット状態による量子開放系の定常状態の記述

量子開放多体系の数値計算は孤立系よりもさらに難しく、一般の系に対する有効な計算方法が古くから模索されています。我々は、最近の機械学習技術の孤立量子多体系への応用を踏まえ、ニューラルネット状態を用いて量子開放系の定常状態の記述ができることを実証しました。Cost functionの性質上、通常の多体系の基底状態探索に比べ、我々の方法は定常状態への最適化が行われているかの判別が容易です。我々の方法を用いて一次元や二次元の量子散逸スピン模型の定常状態が記述できること、特に厳密な方法であるLanczos法よりも効率よく定常状態を求められることを確かめました。


N. Yoshioka and R. Hamazaki. Phys. Rev. B 99, 214306 (2019). [arXiv:1902.07006]


研究室の扉「ニューラルネットワークでみる量子の世界」(YouTubeでの解説)

UTokyoFOCUSでのプレスリリース 「無限時間経過後の量子状態を表すニューラルネットワークの構築に成功」


ニューラルネットワークで「開いた量子系」を学習する – 機械学習と量子物理学の融合(アカデミストジャーナルの解説記事)


・Liouvillian表皮効果下でのスペクトルギャップと緩和時間の関係

孤立した系の緩和時間がスペクトルギャップの逆数で与えられることはよく知られています。開放系においても同様に、ダイナミクスの生成子であるLiouvillianのギャップが緩和時間の逆数で与えられると信じられてきました。我々は、粒子が系の端に局在するような「表皮効果」が起きている開放系では(開放系特有の非エルミート性のために)この関係が破れること、従来の関係式が系の局在長を用いて一般化できることを示しました。


T. Haga, M. Nakagawa, R. Hamazaki, and M. Ueda. Phys. Rev. Lett. 127, 070402 (2021). [arXiv:2005.00824]