研究計画をどうデザインするか?

リサーチデザインは全ての研究者にとって共通の悩みで、特に初めて学術論文を書く大学院生にとってはなおさらだと思います。結局は「自分の頭で現実のことを考えながらたくさん論文を読む」、より端的に言い換えると「子曰、学而不思則罔、思而不学則殆」ということに尽きるんですが、そうは言っても一定のコツみたいなものはあるし、分野ごとにいい研究デザインの評価基準の違いみたいなものもあるので、卒論~修士論文を書く人たちに向けて、私なりの解釈を書きます。(ちなみに同じようなテーマでもっといいことを書いている文章は山ほどあるので、私の意見を鵜吞みにしないで是非色々検索してみてください。)。ちなみに研究計画を構成する要素は、(1)答えるべき問題、(2)その新規性と貢献、(3)問題に答えるための方法論の提案、の3つで、この順番に考えていくのが最もスタンダードです。以下で一つ一つ見ていきましょう


(0)関心のあるテーマを持つ

このページを読んでくださっている人であれば、多少なりとも興味のあるテーマを持っていると思います。というわけで、これに関しては既にあるという前提で(1)に進みます。


(1)リサーチクエスチョンを設定する

問題は、「漠然と関心のあるテーマ」をいかに具体的な「リサーチクエスチョン」に落とし込むかということです。論文というのは言い換えると、「自分で問題を作り自分でそれを解く」という自作自演です。それを第三者が見たとき面白くて説得力があると感じれば、それは良い論文だということです。

というわけで、クエスチョンをまず立てます。私が考えるよいリサーチクエスチョンの条件は、以下のようなものです。

i) 質問に端的に答えられる形式になっている。「なぜ(why)」や「どのように(how)」よりは「何が(what)」という問いの方が良くて、もっと言えば、なるべくYES/NOで答えられる形式になっていることが望ましい。例えば、「高齢者にとって住みやすい街はどのようなものか?」ではまだ漠然と関心のあるテーマの域を出ませんが、 「病院が充実している町は高齢者にとって魅力的か?」だとだいぶ良くなります。

ii) 答えが自明ではなく、対立仮説が用意されている。例えば上記の「病院建設~」のテーマは、普通に考えれば答えが容易に「YES」となりそうなので今一つです。しかしここで、病院建設が他の財政支出を圧迫することまで考えたら、もう少し良い問いになります。「病院建設のための公共投資増加は、高齢者にとって魅力的か?」だと、対立する答えが明確に意識できるでしょう。

iii) 面白そう。結局はこれです。ただこの点は人それぞれなので、「オレは面白いと思わないけどお前が興味を持ってるのはよくわかったよ」と相手に言ってもらえれば、最低限良しとします。


(2)リサーチギャップを見つける

リサーチギャップとは、「既存研究とリサーチクエスチョンの差」とでもいえば良いでしょうか。要するに、我々が設定したリサーチクエスチョンがどのくらい斬新かということで、これが大きいほど論文のインパクトは大きく、他方で解決(後述)が困難になります。

実は、(1)と(2)のどちらが先に来るかということは難しい問題で、勉強会などで論文を読んでいるときにリサーチギャップ(まだ手が付けられていなさそうなテーマ)を先に発見することもあります。どちらを先にするのが良いかは一長一短で意見が分かれますが、以下で詳しく見てみましょう。

(1)クエスチョンが先というのは研究の在り方としてある意味王道ですが、既存研究を調べてみたら既に研究されつくされていたり、データ制約がきつすぎてほぼほぼ解決不可能、結果的にお蔵入り、ということがわりとあります。

(2)リサーチギャップが先だと比較的すぐに論文が書けますが(既存研究の手法やデータを応用できることが多いので)、安直でとってつけたような論文になって、一貫性のあるストーリーが生まれにくいことがあります。悪い例としては、「この研究はアメリカのデータを使っているが、日本のデータではどうなるか分からないからやってみた」みたいな論文です。もちろん全く無価値ではないんですが。。例えばある政策の効果を検証する際、日本とアメリカの市場構造や社会制度の違いによって起こるかもしれない結果の違いについて(モデルなどを使って)事前に仮説を立て、それをデータで実証する、というところまでデザインできれば良い研究になりそうです。

個人的には(1)が好きなのですが、結局は順番に過ぎなくて、(1)(2)はどちらも必要です。

あとできたら、研究としての新規性だけでなく、問題を解くことが社会にどう還元できるかも言えたほうが良いです。特に他分野や実務家の人と話をするときは、この辺がすごく効いてきます。


(3)解決方法を提案する

解決すべき面白そうな問いを見つけ、それが未解決であることも分かりました。では、その未解決問題にどう答えればよいのでしょうか?往々にして、その問題が未解決だったのは「難しすぎて放置されていたから」ということがあります。また、運よく誰も気づかなかっただけの面白い問題を発見したとしても、既存の手法を問題に適切にフィットさせなければならないことには変わりありません。大体どのような研究にも解決すべき困難(チャレンジ、と呼ばれている)というものはあって、それをどう処理するかが研究者としての腕の見せどころです。

実はここで、我々はもう一度リサーチクエスチョンを立て直すことになります。つまり、解決すべき技術的なチャレンジは何かということを明らかにしなければなりません。例えば、内生性のバイアスであったり、あるいは理論モデルであれば「新たに考える影響の経路をどんな風にモデル化してどんな方法でその効果を測ろう」というようなことです。

問題の解決方法は具体的な技術に属することなので、それこそケースバイケースで考えなければなりません。これに関して一般論を述べるのは非常に難しいし、たくさん論文を読んで勉強する必要があります。でも、この段階まで来ていれば、以前は読む気が起こらなかった数式のたくさん登場する論文にも、立ち向かう意欲がわくことがあります。今や我々はその難しい論文と、同じレベルで問題意識を共有できているからです。

問題解決に使う技術は、クエスチョンに対して必要十分なものでなければなりません。意味もなく難しい方法を使って技術をアピールするのは悪手です。では、乗り越えるべきチャレンジが低くて、技術が必要じゃなさそうな場合はどうでしょうか?たとえば、必要最小限で組んだモデルが中学生でも解けるようなものだったり、あるいは操作変数を使わないOLS推定でも特にバイアスの心配がなそうな場合です。これはこれで論文の評価が低くなることがあるので困ったものですが、こんな時はもう一度、「自分の直面しているチャレンジは本当に低いんだろうか」と疑ってみます。つまり、「現実的に重要で、かつモデルの結果を劇的に変えてしまうような要素を見落としていないか」、とか、「ありそうな内生性のバイアスの可能性を徹底的に考えてみよう」とかです。自分では単純な問題だと思っていても、学会で報告してみたら他人から色々指摘され、そのアドバイスを受け入れたことで論文が格段に良くなることはよくあります。ですからこの点に関しては、「このままでは自分の持ってる技術が発揮できないから、頑張ってチャレンジをひねり出して問題を難しくしてやれ」と考えるくらいでもいいのかもしれません。ただしほどほどに。


最後に、時々「ものすごいアイデアを思い付いた」といって私のところに来る学生(あるいは学生時代の私)がいて、そういう学生は大体前置きなしで(3)を持ってきます。要するに、何か今までにない働きをするモデルとかそんなやつです。でも、そういったアイデアは、経済学ではなかなか具体的なリサーチクエスチョンと結びつかなくて、多くは立ち消えてしまいます。「すごいアイデアはないかなー」という感じで考えている人も、大体無意識で(3)を最初に探していますが、迷宮入りしやすいので注意しましょう。

でも他方で思うんですが、本当にすごい、何もない空中から突然生まれるような研究は、結構な割合で(3)から始まってるんじゃないかと。要するに、我々の卑近な想像力の範囲を超えたリサーチというのは、地に足の着いた発想だけでは生まれにくいのかもしれません。(もちろん経済学である以上、卑近なところに着地しなければならないという宿命は持つわけですが)。だから、もし何もないところからアイデアがわいてきたら、成功する確率は低いかもしれませんが時間をかけて大事に育ててみてください。