昔のことは、ほとんどが文字でしか残されていなくて、再現するには、情報と既成概念の取っ払いが必要だ。それは、映画「ちはやふる」に見られることでもあり、特に当時のことは誰も何も知らないと思う。じゃあ、いったい何故それを描こうとしたのか。
初めに驚愕したのは、百人一首の発生理由だった。本人の風貌と身なり。色は紫を好んで着ていたらしいが、服の形は思ったより簡素だったようだ。イラストは、映画監督が描いている。本当は着物のようで着物でないようなのだが、それではあまりに簡素なので、少し手を加えたのだろう。
一番制作中に苦労したのは、百人一首そのものだろうな。ただでさえ意味がよくわからないのに、いろんな意味を含んだ捻りが加えられている。覚えようとすることさえ拒否されてしまうような作りだ。それは、映画制作側も苦心する内容の濃さだった。しかし、それだからこそ、その背景の奥深さが見え、同時に映画に深みを与えている。
最後のシーンにぴったりの歌を作ったらしいのだが、それは映画に入れられなかったらしい。出来上がった後で、作ってしまい、そのままになっていた。実は、後にそれをある有名アーティストが歌っている。時代が違うので、たぶん映画に入れられなかったことは知らなかったと思う。