Research

光合成チーム(鹿内教授)

1. 光合成電子伝達の調節に関する研究

(1) PGR5依存光化学系Iサイクリック電子伝達経路に関する研究

光化学系Iサイクリック電子伝達は半世紀以上前に発見されたが、その生理機能は不明であった。シロイヌナズナの変異株の解析から、高等植物では、PGR5という機能未知のタンパク質に依存する経路とNDH複合体に依存する経路が存在し、特にPGR5依存経路は、光合成と葉緑体を過剰な光から守る反応に重要な役割を果たすことが明らかになった(図1)。我々は、遺伝学、生化学、生理学の手法を駆使し、電子伝達経路の全貌解明を目指している。また、イネ、ヒメツリガネゴケ、ゼニゴケを用いて、植物が陸上での進化の過程で光合成装置をいかに作り変えてきたのか、その進化的戦略を解き明かそうとしている。

図1 光化学系Iサイクリック電子伝達を完全に欠く二重突然変異体は正常に生育できない

野生型(WT)とPGR5経路変異株(pgr5)、NDH経路変異株(crr2-2, crr3, crr4-2)、PGR5経路とNDH経路両方を欠く二重突然変異体(crr2-2 pgr5, crr3 pgr5, crr4-2 pgr5)。

(2) NDH複合体の構造、機能、アッセンブリーの解析

NDH複合体はシアノバクテリアに由来し、葉緑体で光化学系Iサイクリック電子伝達を触媒する。我々は、2010年度にNDH複合体の構造、機能、アッセンブリーに関する重要な知見を発表し、複合体の関わる電子伝達の全貌解析を目指して研究を行っている。

2. 葉緑体遺伝子発現調節機構の解明

葉緑体は独自のゲノムを持つオルガネラであるが、その遺伝子発現調節は、核コード遺伝子が行なっている。我々はクロロフィル蛍光イメージングの手法で、葉緑体遺伝子発現調節が異常な変異株を多数単離、解析してきた(図2)。RNA編集は植物では葉緑体およびミトコンドリアで見られ、多数のシチジン残基がRNA上でウリジンに変換される。このRNA編集のサイト認識に、PPRタンパク質がRNA結合タンパク質として機能することを明らかにした。RNA編集とその他の葉緑体RNA成熟化の分子機構の全貌解明を目指して研究を続けている。

トウモロコシなどのC4植物は、細胞によって異なる葉緑体を作ることで、効率の良い光合成を実現している。そのためには、葉緑体遺伝子の組織特異的発現の必要がある。我々は、その分子機構の解明を目指している。

図2 クロロフィル蛍光イメージングによる光化学系Iサイクリック電子伝達活性の可視化

シロイヌナズナcrr2変異株は、葉緑体ndhB遺伝子の発現が異常なためNDH活性が検出されない。

3. 植物の銅イオン恒常性維持の分子機構解明

銅は光合成電子伝達を含む多くの生体反応に必須であるが、過剰な銅は毒性を持つ。植物は生体内の銅イオンの恒常性維持のため様々な戦略を持っている。シロイヌナズナの転写因子SPL7はこの銅イオン恒常性維持に中心的な役割を果たし、microRNAの機能を介して銅亜鉛と鉄の二つのSODの使い分けを制御したり、銅トランスポーターの発現を制御したりしている。SPL7の破壊株は、銅欠乏下で、深刻な生育障害を示す。

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植物のミトコンドリアや葉緑体 でおこるRNA編集の分子機構の解明

陸上植物のミトコンドリアと葉緑体にはRNA上の特定のシチジン(C)がウリジン(U)に変換するRNA編集(RNA editing) という機構があります。編集されるシチジンの数は葉緑体では30から40カ所、ミトコンドリアでは約500カ所に上ります。ほとんどの場合、このCからUへの塩基変化により合成されるタンパク質のアミノ酸配列が変化します。RNA編集の変異体はミトコンドリアの機能不全のため成長が遅れたり、葉緑体の分化不全になるものが多く、中には致死に至るものもあります。このことは、植物オルガネラコードの遺伝子が正常に働くためにはRNA編集が必要不可欠であることを示しています(竹中チームHPより抜粋)。我々は植物オルガネラのRNA編集がどのような分子機構によっておこなわれているのかについて研究を進めています。

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形態形成チーム(槻木助教)

維管束形成をモデル系として、植物細胞の分化と増殖を制御する仕組みに迫る

高等植物における協調的な細胞分化・増殖のモデル系として、維管束形成を取り上げ、維管束が形成される仕組みを解析している。維管束の連続的かつ側方抑制的なネットワーク状のパターンは、発生中の器官原基などで、一群の細胞が将来維管束になる細胞に極性的に分化することで形成される(図3)。植物ホルモンであるオーキシンが、維管束形成を正に制御するシグナル分子として知られている。近年の研究から、オーキシンの濃度勾配と濃度マキシマは、維管束形成だけでなく、胚における頂端基部軸の形成や側生器官の原基形成、根端分裂組織の細胞分化とパターニングなどを制御していることが明らかにされている。しかしながら、オーキシンの分布パターンを決定する上位機構についてはあまりわかっていない。

維管束の前駆細胞が蛍光で可視化された系統(図3)を用いて、葉脈維管束のパターンが異常なシロイヌナズナ変異体を単離し、解析している。維管束前駆細胞の協調的な細胞分化に関わる遺伝子として、NO VEIN (NOV)、VASCULAR HYPERPLASIA (VAH)、CLUMSY VEIN遺伝子などを同定している。これまでに、NOV遺伝子が、植物に特異的な新規核タンパク質をコードし、オーキシンの分布パターンやオーキシンによる細胞分化を制御していることを示している。また、VAH遺伝子が、地上部と根の両方で横方向の維管束細胞数を負に制御していることを明らかにした。VAHの解析から、維管束細胞数を制限する仕組みが明らかになると期待される。今後、これらの遺伝子の解析を進め、維管束形成に関わる極性的細胞分化・増殖の仕組みに迫りたい。

図3 葉脈のできる様子をGFP蛍光で観察した

葉脈維管束の前駆細胞がGFP蛍光で可視化されている。発芽後4日目(左側)と8日目(右側)のシロイヌナズナの本葉。左側は共焦点レーザースキャン顕微鏡像、右側は実体蛍光顕微鏡像。

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クラミチーム(西村助教)

母性遺伝の分子機構を探る

雄も雌もミトコンドリア/葉緑体をもつ。しかし多くの場合、雄のものは子孫には伝わらず,雌のものだけが子に伝わる(母性遺伝)。いったいどのようなしくみで母性遺伝が起きるのかは、最初の発見(1909年)から100年経た今日でも解らないことが多い。私たちは単細胞緑藻クラミドモナス(Chalmydomonas reinhardtii)をモデルとした遺伝学・細胞学・分子生物学的解析を通し、この疑問に分子レベルで答えて行きたいと考えている。

単細胞の緑藻であるクラミドモナスでは、雄と雌の配偶子が全く同じ形をしており、それぞれが子に同じ量のミトコンドリア(葉緑体)DNAを寄与する。それにも関わらず、葉緑体DNAは母性遺伝、ミトコンドリアDNAは父性遺伝する。

DNA特異的蛍光色素SYBR Green Iで生きた接合子の葉緑体DNAを染色して蛍光顕微鏡で観察すると、接合してから僅か45~60分程で、雄の葉緑体DNAが分解されてしまう事が解った(図4)。さらに、メダカの精子や粘菌のミトコンドリアにおいても、片親DNAの分解が起きる事が示され、クラミドモナスで最初にみつかった片親のミトコンドリア(葉緑体)DNAの積極的な分解は、母性遺伝の基本的なしくみの一つであると考えられている。

現在、雄の葉緑体DNAの分解を担う遺伝子を探るべく、母性遺伝変異体の単離、および接合子特異的遺伝子の逆遺伝学的解析に取り組んでいる。得られてきた変異体のなかには、接合子の成熟自体がとまるものや、雌雄の葉緑体DNAの蛍光までが消えるものなど、予想外の表現型を示す変異体もみつかってきている。今後、これらの変異体を解析して母性遺伝を制御する遺伝子群を一つ一つ明らかにしていくことで、真核生物の母性遺伝のしくみに迫りたい。

図4 クラミドモナスの母性遺伝

(A, B) SYBR Green Iで接合子のDNAを標識し、経時的に母性遺伝の様子を追った。核(緑色, N)と葉緑体のクロロフィル自家蛍光(赤色)と核様体(黄色)。接合直後(A)は雄雌両方の葉緑体に核様体が存在するが、時間と共に雄由来の葉緑体の核様体が消失している(B)。

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その他の研究

ゼニゴケ葉緑体シグマ因子の分子進化遺伝学的解析

植物が陸上への進出を果たしたのは、4億7千万年以上前と考えられている。基部陸上植物の一つ、コケ植物苔類ゼニゴケ(Marchantia polymorpha)は、当時の植物の形質を今日までよく伝えているとされる。本研究では、ゼニゴケの順遺伝学的解析系を確立し、変異体を詳細に解析することで、陸上化にともなう植物の進化、とりわけ色素体(葉緑体)の変遷(光合成、色素体遺伝子発現制御、母性遺伝など)について理解を深めることを目標としている。本年度は、色素体の「シグマ因子」に焦点を絞って研究を進めた。

色素体遺伝子の転写は、核コードのバクテリオファージ型RNAポリメラーゼ(NEP: nuclear-encoded plastid RNA polymerase)と色素体コードの原核生物型RNA ポリメラーゼ(PEP: plastid-encoded plastid RNA polymerase)によって担われている。シグマ因子は細胞核にコードされ、PEPのプロモーター認識を調節することで色素体遺伝子発現を制御する。シロイヌナズナでは現在までにSIG1~6までの6種類のシグマ因子が同定されており、それぞれが異なるプロモーター配列を認識し機能分担しているとされる。しかしコケ植物のシグマ因子は、これまでほとんど解析されていなかった。そこで私達は、ゼニゴケの3種のシグマ因子のうち、SIG1が破壊されているT-DNA変異体(Mpsig1)を同定し、その機能について詳細な解析を行ってきた。

Mpsig1変異体において、色素体遺伝子の発現を解析したところ、ある特定の遺伝子グループについて発現量の変動が観察された。このことは、SIG1の機能分化がゼニゴケで既に進行していることを示す。一方、シロイヌナズナのsig1変異体は致死となるのに対し、ゼニゴケではMpsig1変異体は野生株と比較して顕著な形態的変化を示さない。このことから、ゼニゴケではSIG1の機能分化が未熟であり、他のシグマ因子との機能重複の度合いが高いことが示唆された。

植物は、陸上への進出の後、多様な環境への適応を迫られる中で、シグマ因子遺伝子のコピー数増大、多様化、機能分化を一つの戦略として、複雑で柔軟な色素体遺伝子群の発現制御機構を進化させてきたのかもしれない。現在、SIG1の機能分化により被子植物が獲得した形質について解析中である。

PPR遺伝子ファミリーの分子進化

陸上植物ではミトコンドリアや葉緑体ゲノムの制御メカニズムが劇的に複雑化されている.中でもその遺伝子転写後制御に関わるPPRは植物の進化の過程で50倍以上に数が増えた遺伝子スーパーファミリーである.現在このファミリーの規模増大について全ゲノムレベルの種間比較を行う事で,進化的意義を解明しようとしている.

群体型ボルボックス緑藻における性決定領域の進化

ヒトを含む後生動物も、日常的に目にする機会の多い陸上植物も、細胞サイズの異なる配偶子である精子と卵(卵子)による「卵生殖」を行う。しかし、真核生物では配偶子細胞サイズに差がない「同型配偶」が祖先的であった。分子生物学の教科書を読めば、酵母やクラミドモナスでは配偶子細胞サイズに差がない二つの性(交配型)が存在することを学ぶ。これが同型配偶である。現在では、卵生殖は各系統群で独立に同型配偶から生じたことがわかっている。

真核生物の系統群の中でも、同型配偶から卵生殖が出現した過程を、段階的に・分子生物学的に比較できるのは、同型配偶のクラミドモナスから卵生殖のボルボックス、そしてその中間段階であるゴニウム(同型配偶)、ヤマギシエラ(同型配偶)、ユードリナ(異型配偶≒卵生殖)、プレオドリナ(異型配偶≒卵生殖)までを含む「群体性ボルボックス目緑藻」である。現在は中間段階の各生物で性決定領域配列の解読を進めている (Hamaji et al. 2008 Genetics; 2009 J. Phycol.)。既に解読されているクラミドモナスやボルボックスの性決定領域 (Ferris et al. 2002 Genetics; 2010 Science) との相互比較から、卵生殖をもたらした性決定領域ゲノムの変化を明らかにすることを目指している。

•Ferris PJ, Armbrust EV, Goodenough UW 2002 Genetic Structure of the Mating-Type Locus of Chlamydomonas reinhardtii. Genetics 160: 181-200.

•Ferris P, Olson BJ, De Hoff PL, Douglass S, Casero D, Prochnik S, Geng S, Rai R, Grimwood J, Schmutz J, Nishii I, Hamaji T, Nozaki H, Pellegrini M, Umen JG. 2010 Evolution of an expanded sex-determining locus in Volvox. Science 328: 351-4.

•Hamaji T, Ferris PJ, Coleman AW, Waffenschmidt S, Takahashi F, Nishii I, Nozaki H. 2008 Identification of the minus-dominance gene ortholog in the mating-type locus of Gonium pectorale. Genetics

•Hamaji T, Ferris PJ, Nishii I, Nozaki H 2009 Identification of the mating type minus specific gene MTD1 homolog from Gonium pectorale. J. Phycol. 45: 1310-4.

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