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法人税の役割とは:明治時代からのエビデンス


法人税は企業の経済活動をゆがめるといわれています.新しい事業にリスクはつきものですが,成功してあげた利潤に税金がかかるため,投資する動機が低くなってしまうためです.また近年では,法人税率の引き下げ競争が国家間で行われているといわれています.このため日本に企業をひきとめておくために日本の法人税率を引き下げるべきだと意見されています.

経済活動をゆがめ租税競争にも不利な法人税.なくしてしまった方がよいのでしょうか?

法人税をどうするか考えるためには,「法人税がない状態でおこること」がヒントになります.ないことが逆に法人税のになう役割を際立たせるためです.しかし現実には法人税がない状態というのはまれです.

なぜ明治時代をみるのか

そこで,私の研究では明治期の日本に着目しました.個人所得税が1887年に導入されましたが,当初は法人所得への課税がなかったためです.つまり明治中期の日本は法人税がない状態を理解するための貴重なサンプルなのです.

明治期に着目したのにはもう一つ,現実的な理由があります.明治期にさかのぼって個々の企業を観測できるデータがあったことです.これは社史などに基づいて作成された日本企業の系譜図を経済史研究家のジョン・タング氏が電子化したもので,タング氏が世界で初めて行った試みです.

法人税がない経済ではなにがおこるか

さて,事業活動には,法人化して株式会社などの会社として活動している場合や個人事業主として活動している場合があります.現在,会社の利益には法人税が課され個人事業の利益には所得税が課されます.しかし,1887年に所得税が導入された際,個人事業の利益には課税されるようになったのに対し.法人税が導入されなかったため,法人所得への課税がなされませんでした.そのため,税をのがれるために個人事業を法人化するという,「法人なり」のインセンティブが生まれたのです.

理屈では1887年の所得税導入は法人なりを助長させたと考えられます.でもどれだけ実際におこったのか.この研究では企業系譜図データから各事業主体の組織形態の情報を使って分析しました.企業サンプルで法人と個人事業の割合を調べたのが以下の図になります.

青の実線は個人事業主,緑の点線は株式会社,赤のダッシュ線は合資会社などの株式会社より簡素な法人形態の割合をしめしています.分析期間内,1887年まで比較的安定的に推移していることがうかがえますが,1887年を境に個人事業主の割合が急減しそれに代わり簡易な法人形態がのびていることが観測されます.株式会社の割合は増えていないため,所得税の導入は,簡易な法人への法人なりを助長したことがここから読みとれます.(注1)つまり法人税がない状態では,節税を目的の法人なりがおこってしまうのです.

“バックネット”としての役割

法人税はよく野球のバックネットに例えられます.バックネットは,キャッチャーのとり逃してしまったボールなど,うしろにそれてしまった球を捉える役割があります.法人税には個人所得税ではとり逃してしまう所得を捉えるという役割があるのです.

むろん法人税には税収をあげるという,特に国の債務が巨額になっている日本にとって現実的な役割があります.しかし法人税とは税制という巨大な人造物の歯車の一つである認識は,税を考えるうえで欠かせない視点ではないでしょうか.

この研究は科研費(15K03510)の支援を得て行われたものです.論文はJournal of Economic Historyに掲載されています.ワーキングペーパー版も公表しています.

より学びたい人へ

〇さまざまな税が絡み合って税制がなりたっていることは、古くから実務家の方々が経験的に知っていることです.経済学的視点から体系的に論じているものに、スレムロッドとギルツアーの「タックス・システムズ」があります.

Slemrod, Joel, and Christian Gillitzer. Tax systems. MIT Press, 2013.

〇企業系譜図を初めて統計分析に活用したタング氏の論文

Tang, John P. "Technological leadership and late development: Evidence from Meiji Japan, 1868–1912." Economic History Review, 64(S1): 99–116, 2011.

〇研究に使用した元データの企業系譜図

矢倉伸太郎,生島芳朗編.『主要企業の系譜図』東京:雄松堂出版,1986.

〇2002年のイギリスにおける法人税減税からのエビデンス.

Freedman, Judith and Claire Crawford. "Small business taxation." In Dimensions of Tax Design: The Mirrlees Review, ed. Institute for Fiscal Studies. Oxford: Oxford University Press, 2010.

注1:むろんこの1887を境にした変化は実は他の要因に引き起こされたことも考えられます.マクロ経済状況の急変,急速な工業化,税制以外の制度変更など経済状況の変化などや,また,統計的に誤差の範囲であることも可能性もあります.論文では因果関係を精査していますがここでは割愛します.