日本アニメーションによる『フランダースの犬』しか知らなかった私が、初めて本当のネロとパトラッシュの物語に出会ったのはずいぶんと大人になってからです。ネロとの最初の出会いで感じたことをつづりました。
出典は、プール学院大学のキリスト教センター通信60号(2004年12月発行)です。
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イエスとの出会い
ルーベンスの二枚の絵
イエス様に出会った一人の少年の話をしましょう。みなさんは『フランダースの犬』を読んだことがありますか?日本ではアニメのおかげで誰もが知る世界の名作となっていますが、この作品はネロの悲劇ではないと言ったら、おそらく多くの人が驚くことでしょう。原作に描かれたネロは、ルーベンスのような絵描きになって、貧困の時彼を迫害した人々から尊敬されるような人物となる,言い換えるならば「見返す」ことを夢見る、誇り高い少年です。あまりにも誇り高かったがために、ネロは愛するアロアの父親コゼツさんの全財産を拾って届けた時、たった一人の友人である犬のパトラシエを託しても、彼自身は暖かな家に留まることを潔しとせず、立ち去っていったのです。それは、ネロにとって死にゆく道を意味します。もしネロがバトラシエとともにコゼツさんの帰りを待っていたら、改心したコゼツさんの支援によってネロには絵描きの道が開けたに違いありません。それだけに私には、コゼツ家を立ち去ってしまったネロの行動が無分別に思えてしかたなかったのです。
行く当てもないネロが向かったのは、尊敬してやまないルーベンスの二枚の絵__「キリストの昇架」"the Elevation of the Cross”と「キリストの降架」"the Descent of the Cross”__が飾られているアントワープの教会でした。貧困ゆえに見ることを許されないルーベンスの二枚の絵に対するネロの憧れは、「この絵を描いたとき、あの人は貧乏人に見せまいなどとは夢にも考えなさらなかったんだよ」と、ルーベンスを高潔な人物にまで高めていきます。さらにネロは、いつか幻に見た未来の中で、寄る辺のない貧しい若者を支援し、彼らから受ける感謝の言葉を「いや、私にお礼を言うことはない。ルーベンスにお礼を言いなさい。ルーベンスがいなかったら私はどうなっていたかしれないのだから」と言って返す程、ルーベンスに自らの人生を重ねていくのでした。
いわば自暴自棄になって死に行く道を踏み出したネロが、もしルーベンスの二枚の絵に出会うことなく死んだなら、ネロの物語はまさに悲劇となります。ネロは、ルーベンスが描いた二枚の絵の中に、十字架刑にのぞみ、自らの命でもって私たち人間一人一人の罪を贖われたイエス様の大いなる愛を見出し、心打たれたのです。そして、かたくなだった一人の少年の心をイエス様の愛で満たしたルーベンスの二枚の絵は、悲しいけれど、こうした形で目指すべき絵描きの姿をネロに示してくれたに違いありません。わずか15年の苦難の人生を思うと哀れですが、原作者ウィーダが物語っているように、「おお、神様、もうじゅうぶんでございます」"O, God, it is enough!” と言ったネロの心は、確かに歓喜に満ちていたのです。
注) 作品からの引用翻訳は、村岡花子氏による。
「ルーベンス展・バロックの誕生」に寄せて_李 春美
2018年11月23日更新
「ルーベンス展・バロックの誕生」が2018年10月16日から2019年1月20日まで東京・上野の国立西洋美術館にて開催されるという記者会見が、駐日ベルギー大使館において、同年3月29日に行われた。「ルーベンス展広報大使(1)」としてその会場の一角を、日本アニメーション制作によるネロとパトラッシュのイメージが飾っている(2)。本展の公式サイトであるTBSは、展示に先駆けて2018年秋に、日本アニメーション制作のアニメ『フランダースの犬』の再放送を企画し、「いまなお多くの人の記憶に残る『フランダースの犬』のネロのように、本企画を通じてルーベンスに想いを馳せてみませんか?(3)」と、記録的人気を誇ったアニメ作品をリアルタイムで視聴した世代を狙ったとも思える戦略で、タイアップ企画に力を入れている。
特に、著者が興味深く感じたのは、聖アントワープ大聖堂の祭壇画3点「キリストの昇架」、「キリストの降架」、「聖母被昇天」を4Kカメラで撮影し、その映像を本展会場となる国立西洋美術館のロビーにおいて、聖アントワープ大聖堂の雰囲気をそのままに、原寸大に近い大きさで、再現するという試みだ(4)。しかし、この意匠は何やら、アニメ名場面を集めたテレビ局の特番の手法に似てはしないだろうか。事実、日本アニメーションによる『フランダースの犬』の最終場面――舞い降りてきた天使たちに導かれ、ネロとパトラッシュが昇天する――は、このような特番の常連であり、近年のあるアンケート結果によると、「名シーンしかみたことがない有名アニメ」として一位につけている(5)。
確かに、バロックの巨匠ルーベンスとネロとの間には深い関係があるが、主催者の一つであるTBS と、日本アニメーションとのタイアップ企画は、ルーベンスを憧憬するネロとその物語を、アニメ作品の解釈で刷り込み続けることになりはしまいかと、筆者はやや案じている(6)。というのも、原作はもともと短編小説であるにもかかわらず、主として子どもである視聴者を楽しませるためと思われる改変や、副筋の展開、そして多様で活き活きとした登場人物を配することによって、一つの娯楽作品へと独自の変容を遂げた日本アニメーションの作品は、もはやウィーダによる原作の再話ではなく、一個の翻案作品と言っても過言ではないからである。しかしながら、明治の初期翻訳から現在にいたるまで、日本における『フランダースの犬』の出版状況は均一であり、子ども向けの良書として安定した人気を維持していることから伺えるように(7)、日本はそもそも『フランダースの犬』を好んで受容してきた稀有な国の一つだ。それ故、そろそろ、アニメ『フランダースの犬』の影響から離れ、ルーベンスを憧憬した少年ネロのほんとうの物語に立ち返ってもよいのではないだろうか。今秋開催予定の「ルーベンス展・バロックの誕生」のニュースを聞き、そのような思いがふと頭をよぎった。
[注]
1) ネロとパトラッシュが「広報大使」あるいは「応援役」をつとめることに関しては、TBS「ルーベンス展−バロックの誕生」ウェブサイト「ルーベンスを巡る旅inアントワープ・第1日目」<http://www.tbs.co.jp/rubens2018/column/>(2018年10月14日アクセス)と、日本アニメーションのオフィシャルサイトのニュースを参照<http://www.nippon-animation.co.jp/news/mobile/5982/>(2018年9月17日アクセス)
2) 美術手帖「Magazine・News・Exhibition - 2018.3.29」を参照。<https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/13517>(2018年9月19日アクセス)
3) TBS「ルーベンス展−バロックの誕生」ウェブサイト「ニュース・2018.4.3」「今秋、『フランダースの犬』放送予定!」<http://www.tbs.co.jp/rubens2018/news/#news1>(2018年9月17日アクセス)
4) 本展にける4K映像の情報については、Twitter「ルーベンス展―バロックの誕生」公式アカウントページ、8月8日投稿記事を参照。 <https://twitter.com/rubensten2018/status/1026819811857195009>(2018年10月14日アクセス)今回の4K映像には、ローマ、サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂の主祭壇画も含まれている。『ルーベンスぴあ』ぴあMOOK(ぴあ、2018)、p.82を参照。
5) 「Livedoorニュース・2018年1月29日」「1位は「フランダースの犬」 実は名シーンしかしらない有名アニメランキング」<http://news.livedoor.com/article/detail/14224624/>(2018年10月14日アクセス)
6) 「アニメ聖地」巡礼現象の比較的早期の例と認められるが、1985年、地元観光局につとめる青年ヤン・コルテールの努力の甲斐あって、作品の舞台と認定されたホーボーケン村に登場したネロとパトラッシュの銅像を一例に挙げるだけで十分であろう。日本人にとってこれが「がっかり銅像」となったのは、この銅像がアニメ番組で日本人の心に記憶されたネロとパトラッシュのイメージとは程遠いものであったからだ。アン・ヴァン・ディーンデレン他『誰がネロとパトラッシュを殺すのか・日本人が知らないフランダースの犬』(岩波書店、2015年)p.158を参照。
7) 飯田操『忠犬はいかに生まれるか』(東京:世界思想社、2013年)、pp.171-72 を参照。