ラットにおける援助行動

「Animal Cognition」誌に掲載された論文の紹介です.

論文:Sato, N., Tan, L., Tate, K., & Okada, M. (2015). Rats demonstrate helping behaviour towards a soaked conspecific, Animal Cognition, DOI 10.1007/s10071-015-0872-2

ポイント

・ラットが窮地に立っている同種他個体を助けることを実験的に示した(註1).

・自身が辛い経験をした場合には,援助行動が早く生じることを示した.

・ラットにとって,苦しんでいる仲間を助けることは,食物を得ることよりも価値が高い.

向社会的行動とは,報酬を期待せずに他者に利益をもたらす自発的行動を指し,他者への共感を動機として生起すると考えられています.報酬が与えられない状況で生じる援助行動は,向社会的行動の一つです.向社会的行動は,霊長類にしか見られないと考えられていましたが,最近の研究において,ラットが狭いところに閉じ込められた同種他個体を,その状況から解放するという向社会的行動を示すことが報告され,注目を集めています(註2).

本研究では,水を張ったプールを用いた実験によって,ラットが溺れそうになっている同種の他個体を,その状況から助けるかどうかについて検討しました.ペアで飼育しているラットの片方を水を張ったプールに入れ,もう片方はプールに隣接した,濡れていない部屋に入れました.水に浸かっているプール側のラットが隣接する陸側の部屋に移動するためには,2つの領域の間にあるドアを陸側のラットに開けてもらう必要がありました(Fig. 1).実験セッションは1日1セッションとし,5分(300秒)経ってもドアを開けなかった場合は,そこで実験を打ち切りました.

Fig. 1. 実験場面

実験の結果,陸側のラットはドアを開けることによってプール側のケージメイトを,そこから助け出すことを速やかに学習しました(Fig. 2. 黒丸実線).

Fig. 2. ドアを開けるまでの時間の推移(左)とドアを開けた個体数の推移(右).最大値(実験した個体数)は10.

ケージメイトが水にさらされていない場合は,そのようなドア開け行動は学習されませんでした(Fig. 3).つまり,ケージメイトが窮地に立たされているときのみにドアを開けることを学習したということです.

Fig. 3. ケージメイトも陸にいる場合のドア開けまでの時間の推移(左)とドアを開けた個体数の推移(右).最大値は8.

このドア開け行動は,プール側にケージメイトがいる場合はすぐに生じますが(Fig. 4. ケージメイト),向こう側にケージメイトがおらず,水だけの時(Fig. 4. 水のみ),水もなく空の時(Fig. 4. 水なし),ネズミのぬいぐるみを入れた時(Fig. 4. ぬいぐるみ)には,ドアを開けない,あるいは開ける場合でも,水に浸かったケージメイトがいる場合に比べると開けるまでに時間がかかりました.これは,陸側のラットが単にプール側の領域の方へ行きたいがためにドアを開けているというわけではないことを示しています.

Fig. 4. 統制テストの結果

また,ラットが水を嫌っていることを示すことにより,プール側のラットが実際に窮地に立たされていたことについても示しました.ドアを取り除いた状態で,陸側とプール側の滞在時間を5分間計測したところ,ほとんどの時間,陸側にいました(Fig. 5).

Fig. 5. 滞在時間テストの結果

さらに,陸側の援助ラットは,以前に水にさらされる経験を持っていた場合は,そうでない場合よりもドアを開けてケージメイトを助けることを早く学習しました(Fig. 2. 白丸破線).このことは,実際に辛い経験をすることによって,ケージメイトを窮状から救い出す動機が高まったことを示しています.これは,援助ラットと被援助ラットを入れ替える実験を行うことで検討しました.つまり,それまでには助ける側だったラットがプール側に,助けられる側だったラットが陸側に入れられるわけです.この実験での陸側のラットは,以前に水に浸かった経験があることになります(註3).

別の実験において,ケージメイトのいるプール側に通じるドアと,エサのある部屋に通じるドアのどちらを先にラットが開けるのかを選ばせると,多くの場合,ラットはエサを先に得るよりも,ケージメイト側のドアを先に開けることを選択しました.このことは,ラットにとって他個体を助けることが,食物を得ることよりも,相対的に価値が高いことを示唆しています.

Fig. 6. 選択テストの結果

この実験では,選択テストの前に,安定してドア開け行動を示すようにラットと訓練しました.その際,半数のラットについては,ケージメイトのいるプールへつながるドアを開ける訓練を行いました.つまり,ケージメイトを助けるためのドア開けを学習することになります.残りの半数については,エサのある部屋につながるドアを開ける訓練を行いました.こちらは,エサを得るためのドア開けを学習することになります.

訓練後におこなった選択テストの結果,ケージメイトを助けるドア開けを学習した群では,平均10回中8回(80%)の割合でプール側のドアを先に開けました.選択肢は2つですので,どちらかをランダムに選んだ場合,プール側のドアの選択率は50%になります.この群において,プール側のドアの選択率はランダムに選ぶ場合よりも統計的に高い割合になります.一方,エサを得るドア開けを学習した群では,プール側のドアを先に開けたのは平均10回中5回(50%)でした.これは,ランダムに選んだ場合と違わないのですが,援助のドア開けを学習した群の結果から,学習した側のドアを開ける割合が80%くらいだと考えると,それよりは多く,学習していない側のドア(この場合はプール側のドア)を開けました.

以上のような他個体を助ける行動は,ラットが溺れているケージメイトに共感することによって生じる可能性を示しています.つまり,ラットでも,苦境に立たされている同種他個体と感情を共有できることを示唆しています.陸側のラットは,水に浸かっているラットの嫌だという感情を共有し,自身も同様の感情を抱くことになります.ドアを開けることは,その嫌な感情から解放されることになるので,次第にドアを開ける時間が短くなっていくと考えられます.

1. 「窮地」と表現はしていますが,この研究の浸水条件のほとんどでプールの水深は約5 cmでした.この深さですと,ラットの脚は底に届きます.なお,この研究は,関西学院大学動物実験委員会の承認を受けた上で行いました.

2. Ben-Ami Bartal I, Decety J, Mason P (2011) Empathy and pro-social behavior in rats. Science 334:1427-1430.

3. 浸水経験だけではなく,助け出される経験もあることに注意.水に浸かった経験だけではなく,助けられた経験が相手を助けることを早めた可能性もあります.